エピローグ
文字数 3,392文字
「あ、アマノ先輩!こっちですよ~」
アマノがサララさんとリジル君、フェルトちゃんを連れて歩いてきます。私と一緒に待ち合わせ場所にいたメグが、笑顔で手を振ります。それを見て、アマノが笑顔で走ってきます。
あの戦いから2ヶ月が経ちました。私たちは東京に、元の生活に戻りました。サララさんは、リジルくんとフェルトちゃんと一緒に、3人で暮らしています。スメラギさんの庇護を受け、穏やかな生活を送っているようです。
私も、蓮野岬から早苗沙希に戻りました。もとの高校生に戻り、スメラギさんたちと疎遠になりました。フェルトちゃんたちとも随分会っていません。会って遊んであげたかったです。だって蓮が、彼が命懸けで守ろうとした、大切な子たちなのだから……なのに、私は部屋に閉じこもり、なにもしない毎日を送りました。そうするうちに、いつしかアマノもお見舞い来なくなりました。そして、私が復学したときには、彼女は転校していました。
「久しぶり。サキ……もう、落ち着いた?」
アマノが私を気遣ってくれます。ちょっと気まずかったけど、彼女が本心から心配してくれているのがわかるから、無理に笑顔をつくって頷きます。
「その制服、可愛いね」
話題がなくて、彼女の制服を褒めてみました。まるでシスターの修道服のようなデザイン。それでいて可愛らしい制服を何の気なし褒めてみたのです。
「う、うん」
でもそれは、嫌味に聞こえてしまったかもしれません。私が病んでいる間に転校したことに、アマノは後ろめたさを感じているようだから……
「あ、ごめん!別に変な意味じゃなくって」
「ううん。だいじょうぶ。でも、サキが元気になってくれてよかった」
うっすら涙ぐむ彼女を見て、少しだけ安心しました。私は変わってしまったかもですが、みんなは優しい、以前のままだと感じられたから……
私たちは今、あの公園にいます。スカルミリョーネ隊に襲われた怖い場所。そして、蓮と恋人になった、大切な場所です。蓮のことを考えると辛くって、どうしてもここには来れませんでした。来たくありませんでした。でも、久しぶりにアマノからメールが来て、みんなで集まったのです。
「こんにちは」「こんにちはぁ~」
サララさんとフェルトちゃんが、クレープ片手に笑顔で歩いてきます。もう、すっかり仲良しみたいです。
リジルくんが記憶を取り戻したとき、「はじめまして」と言われたそうです。操られていたときの記憶があったら、一緒にはいられない。それがわかっていても、やっぱりサララさんは辛かったと思います。でも、彼女は悲しみを押し殺して、2人のお世話係を振る舞いました。リジルくんの傍にいられるだけで、リジルくんたちを守れるだけで、彼女はよしとしたのです。
穏やかな風が吹く公園、久しぶりに、大切なヒトたちとの、優しい時間に身を任せていました。
「そういえば、今日はサキに会わせたいヒトがいるんだ」
フェルトちゃんがクレープを食べ終わる頃、アマノはそう言いました。
「会わせたいヒト?」
「うん。だから今日、うちの学校に遊びに来てくれないかな?」
アマノが通う学校、その転校先は、聖エリギエール学園の高等部です。とある資産家が、千葉県に広大な敷地を用意して、そこに全寮制の学校を設立させたのです。小学校から大学まで一貫教育が受けられる、私立の教育機関です。
「嶋田教授が、研究室ごと移籍されたの」
そうです。スメラギさんたちは、聖都大学をあとにして、聖エリギエール学園を次の拠点にしたのです。恐らく、リジルくんとフェルトちゃんを保護するために、学校法人を立ち上げて経営しているのでしょう。サララさんもそこで働きつつ、2人を守ることができるのです。
「サキは、これからどうするの?」
急に進路の話でしょうか?私は進学希望だったので、受験勉強をしないといけません。もちろん、将来何をしたいかなんて、今は考えることもできませんが……
「えっと、進路はまだ」
「あ、そうじゃなくって……スメラギ研究所の方……」
彼女が質問しているのは、進路ではありませんでした。”スメラギ研究所の工作員として、蓮がいなくなった今も、働き続けるのかどうか”ってことでした。
「ごめん……わからない」
「そう……でもだいじょうぶ。私が頑張るから」
言われてはじめて気がつきました。アマノが転校した理由を。アマノは私の代わりに、スメラギさんのもとで働いているのです。そのために、全寮制の学校に転校したのです。
「さて、カッコイイ男の子はいるかな?」
電車を乗り継いで1時間ぐらいでしょうか。私たちは聖エリギエール学園に到着しました。駅からは専用のバスが出ていて、大きな公園とそれを囲む民家を通り過ぎた先に、学園都市と呼べそうな、聖エリギエール学園がありました。首都圏とは思えないほど緑豊かで、広大な敷地を持つステキなところでした。
そんな学園に入るやいなや、メグが悪ふざけです。少しでも空気を明るくしようと、気遣ってくれているのです。
「やめなよメグ。恥ずかしい」
学園はできたばっかりで、まだ学生は集まっていないようです。今はアマノたちのような編入生がいるだけで、本格的な生徒募集は来年からのようです。新築の校舎と宿舎に、ポツポツと学生の姿が見える程度です。それでもメグは頑張って、男の子たちを物色します。
「何言ってるんですか!ステキな出会いとか、ある日急に降ってきたりするかもですよ。あ、先輩。気をつけてくださいね」
どこかで聞いたことのあるくだりです。でも、ここはひとつ、話をあわせてみましょう。
「何を?」
微笑みながら、わざとらしく質問します。
「曲がり角で、男の子と衝突事故があるかもしれないですよ」
「それじゃあコントだよ」
前にもこんな会話をしたな……確か私は苦笑いしながら、先頭を歩いていて……そして曲がり角を右折したとき
「どあっ!?」「きゃぁっ!?」
コントを演じた憶えがあります。男性とぶつかって尻餅をついて
「イタタタタ……あ!ごめんなさい」
目を丸くしたのです。あのときも、目を丸くしたのです。でも
「メガネ、メガネ……」
と、落とした眼鏡を探している彼は
「あ、あの……これですか?」
私から眼鏡を受け取ったその男性は……
「ああ、ありがとう。じゃなかった!ごめんね。君の方こそ大丈夫?」
「れ、蓮……」
蓮野久季そのヒトでした。
出会ったあの日と同じように、拾ってあげた伊達眼鏡をかけるのです。
私の手は震えていました。私の声も、震えていました。後ろを歩いていたメグも驚いて
「れ、蓮さん!?」
と叫ぶのです。
亡くなったと思っていた蓮が、目の前にいます。私は目頭が熱くなり、蓮の姿が霞んで見えません。でも
「蓮!」
思わず彼に抱きつきました。抱きついて思いっきり泣きました。
彼は優しく、私の頭を撫でてくれました。一緒に暮らしているときと同じように、優しくナデナデしてくれたのです。でも
「キミ、どうしたの?だいじょうぶ?」
見上げると、微笑みつつも困惑した様子の、蓮がいました。
「え……蓮?わたし……だよ?」
「えっと、僕は飯嶋蓮乃(いいじまはすの)と言います。キミは?」
信じ難いことに、彼は”私を知らない”という素振りを見せました。名前も、蓮野久季ではなくて……
「あの、レン先生。彼女は私の友だちで、早苗沙希さんです」
「ああ、アマノさんが紹介したいって言っていた?」
「はい……彼女、先日大切なヒトを亡くして……それで」
「そうか。苦しんでいるんだね……でも、もうだいじょうぶですよ。”悲しむものは幸いである。そのヒトたちは、慰められるから”」
目の前にいる蓮は、蓮にしか見えない男性は
「アマノさんのご友人なら、彼女を訪ねて遊びに来なさい。ちょっと遠いかもしれませんが、いつでも歓迎しますよ?」
なんて言っていました。
このヒトは何を言っているの?あなたは蓮なんでしょ?顔も声も同じで、その作り笑いだって……
「僕のことは、”レン先生”って呼んでね」
アマノは終始、辛そうに俯いていました。アマノ、なにがあったの?どうしてなにも教えてくれないの?
そして物語は、次の”王様ごっこ”へと続くのです。
アマノがサララさんとリジル君、フェルトちゃんを連れて歩いてきます。私と一緒に待ち合わせ場所にいたメグが、笑顔で手を振ります。それを見て、アマノが笑顔で走ってきます。
あの戦いから2ヶ月が経ちました。私たちは東京に、元の生活に戻りました。サララさんは、リジルくんとフェルトちゃんと一緒に、3人で暮らしています。スメラギさんの庇護を受け、穏やかな生活を送っているようです。
私も、蓮野岬から早苗沙希に戻りました。もとの高校生に戻り、スメラギさんたちと疎遠になりました。フェルトちゃんたちとも随分会っていません。会って遊んであげたかったです。だって蓮が、彼が命懸けで守ろうとした、大切な子たちなのだから……なのに、私は部屋に閉じこもり、なにもしない毎日を送りました。そうするうちに、いつしかアマノもお見舞い来なくなりました。そして、私が復学したときには、彼女は転校していました。
「久しぶり。サキ……もう、落ち着いた?」
アマノが私を気遣ってくれます。ちょっと気まずかったけど、彼女が本心から心配してくれているのがわかるから、無理に笑顔をつくって頷きます。
「その制服、可愛いね」
話題がなくて、彼女の制服を褒めてみました。まるでシスターの修道服のようなデザイン。それでいて可愛らしい制服を何の気なし褒めてみたのです。
「う、うん」
でもそれは、嫌味に聞こえてしまったかもしれません。私が病んでいる間に転校したことに、アマノは後ろめたさを感じているようだから……
「あ、ごめん!別に変な意味じゃなくって」
「ううん。だいじょうぶ。でも、サキが元気になってくれてよかった」
うっすら涙ぐむ彼女を見て、少しだけ安心しました。私は変わってしまったかもですが、みんなは優しい、以前のままだと感じられたから……
私たちは今、あの公園にいます。スカルミリョーネ隊に襲われた怖い場所。そして、蓮と恋人になった、大切な場所です。蓮のことを考えると辛くって、どうしてもここには来れませんでした。来たくありませんでした。でも、久しぶりにアマノからメールが来て、みんなで集まったのです。
「こんにちは」「こんにちはぁ~」
サララさんとフェルトちゃんが、クレープ片手に笑顔で歩いてきます。もう、すっかり仲良しみたいです。
リジルくんが記憶を取り戻したとき、「はじめまして」と言われたそうです。操られていたときの記憶があったら、一緒にはいられない。それがわかっていても、やっぱりサララさんは辛かったと思います。でも、彼女は悲しみを押し殺して、2人のお世話係を振る舞いました。リジルくんの傍にいられるだけで、リジルくんたちを守れるだけで、彼女はよしとしたのです。
穏やかな風が吹く公園、久しぶりに、大切なヒトたちとの、優しい時間に身を任せていました。
「そういえば、今日はサキに会わせたいヒトがいるんだ」
フェルトちゃんがクレープを食べ終わる頃、アマノはそう言いました。
「会わせたいヒト?」
「うん。だから今日、うちの学校に遊びに来てくれないかな?」
アマノが通う学校、その転校先は、聖エリギエール学園の高等部です。とある資産家が、千葉県に広大な敷地を用意して、そこに全寮制の学校を設立させたのです。小学校から大学まで一貫教育が受けられる、私立の教育機関です。
「嶋田教授が、研究室ごと移籍されたの」
そうです。スメラギさんたちは、聖都大学をあとにして、聖エリギエール学園を次の拠点にしたのです。恐らく、リジルくんとフェルトちゃんを保護するために、学校法人を立ち上げて経営しているのでしょう。サララさんもそこで働きつつ、2人を守ることができるのです。
「サキは、これからどうするの?」
急に進路の話でしょうか?私は進学希望だったので、受験勉強をしないといけません。もちろん、将来何をしたいかなんて、今は考えることもできませんが……
「えっと、進路はまだ」
「あ、そうじゃなくって……スメラギ研究所の方……」
彼女が質問しているのは、進路ではありませんでした。”スメラギ研究所の工作員として、蓮がいなくなった今も、働き続けるのかどうか”ってことでした。
「ごめん……わからない」
「そう……でもだいじょうぶ。私が頑張るから」
言われてはじめて気がつきました。アマノが転校した理由を。アマノは私の代わりに、スメラギさんのもとで働いているのです。そのために、全寮制の学校に転校したのです。
「さて、カッコイイ男の子はいるかな?」
電車を乗り継いで1時間ぐらいでしょうか。私たちは聖エリギエール学園に到着しました。駅からは専用のバスが出ていて、大きな公園とそれを囲む民家を通り過ぎた先に、学園都市と呼べそうな、聖エリギエール学園がありました。首都圏とは思えないほど緑豊かで、広大な敷地を持つステキなところでした。
そんな学園に入るやいなや、メグが悪ふざけです。少しでも空気を明るくしようと、気遣ってくれているのです。
「やめなよメグ。恥ずかしい」
学園はできたばっかりで、まだ学生は集まっていないようです。今はアマノたちのような編入生がいるだけで、本格的な生徒募集は来年からのようです。新築の校舎と宿舎に、ポツポツと学生の姿が見える程度です。それでもメグは頑張って、男の子たちを物色します。
「何言ってるんですか!ステキな出会いとか、ある日急に降ってきたりするかもですよ。あ、先輩。気をつけてくださいね」
どこかで聞いたことのあるくだりです。でも、ここはひとつ、話をあわせてみましょう。
「何を?」
微笑みながら、わざとらしく質問します。
「曲がり角で、男の子と衝突事故があるかもしれないですよ」
「それじゃあコントだよ」
前にもこんな会話をしたな……確か私は苦笑いしながら、先頭を歩いていて……そして曲がり角を右折したとき
「どあっ!?」「きゃぁっ!?」
コントを演じた憶えがあります。男性とぶつかって尻餅をついて
「イタタタタ……あ!ごめんなさい」
目を丸くしたのです。あのときも、目を丸くしたのです。でも
「メガネ、メガネ……」
と、落とした眼鏡を探している彼は
「あ、あの……これですか?」
私から眼鏡を受け取ったその男性は……
「ああ、ありがとう。じゃなかった!ごめんね。君の方こそ大丈夫?」
「れ、蓮……」
蓮野久季そのヒトでした。
出会ったあの日と同じように、拾ってあげた伊達眼鏡をかけるのです。
私の手は震えていました。私の声も、震えていました。後ろを歩いていたメグも驚いて
「れ、蓮さん!?」
と叫ぶのです。
亡くなったと思っていた蓮が、目の前にいます。私は目頭が熱くなり、蓮の姿が霞んで見えません。でも
「蓮!」
思わず彼に抱きつきました。抱きついて思いっきり泣きました。
彼は優しく、私の頭を撫でてくれました。一緒に暮らしているときと同じように、優しくナデナデしてくれたのです。でも
「キミ、どうしたの?だいじょうぶ?」
見上げると、微笑みつつも困惑した様子の、蓮がいました。
「え……蓮?わたし……だよ?」
「えっと、僕は飯嶋蓮乃(いいじまはすの)と言います。キミは?」
信じ難いことに、彼は”私を知らない”という素振りを見せました。名前も、蓮野久季ではなくて……
「あの、レン先生。彼女は私の友だちで、早苗沙希さんです」
「ああ、アマノさんが紹介したいって言っていた?」
「はい……彼女、先日大切なヒトを亡くして……それで」
「そうか。苦しんでいるんだね……でも、もうだいじょうぶですよ。”悲しむものは幸いである。そのヒトたちは、慰められるから”」
目の前にいる蓮は、蓮にしか見えない男性は
「アマノさんのご友人なら、彼女を訪ねて遊びに来なさい。ちょっと遠いかもしれませんが、いつでも歓迎しますよ?」
なんて言っていました。
このヒトは何を言っているの?あなたは蓮なんでしょ?顔も声も同じで、その作り笑いだって……
「僕のことは、”レン先生”って呼んでね」
アマノは終始、辛そうに俯いていました。アマノ、なにがあったの?どうしてなにも教えてくれないの?
そして物語は、次の”王様ごっこ”へと続くのです。