第五項 気さくな奇策

文字数 2,168文字

 ルビガンテ隊は銃器を構えて待ち構えていました。空中エレベーターのプレート上に、八の字型に陣取り、入口からの侵入者を優位に射撃できる布陣を取っているのです。
 「さ~て、早くお出迎えのファンファーレが聞きたいわ」
プレート上にまばらに積んである、大きな貨物の陰に姿を隠した狂人さんが、戦闘開始の瞬間を待ちわびます。彼女は万一の場合に備えているのです。
 「この警備、正面から来るバカはいないわ」
彼女が鼻で笑ったとき
「待たせたな!」
バカは来ました……拡声器で叫びながら、蓮は車で、ステーション正面から突っ込んだのです。

 予想外のバカ正直な正面突破に、ルビガンテ隊の女性たちは動揺しました。だって、単身乗り込んで来ないまでも、それなりの装備で姿を現すと思うじゃないですか。戦車や装甲車がないのはわかりますが、これが映画なら、防弾ガラス装備の車だとか、頑丈そうな外車だとか、もしくはバイクで颯爽と現れると思うじゃないですか。なのに彼が選んだ車は
「バキュームカー、参上!」
まさかの農耕器具です。これはさすがに予想できないでしょう。ええ、味方でも想像できない、というか、思わず止めてしまうような選択です。
 さて、バキュームカーが突っ込んで行きます。運転席にはヒデさんがいて、蓮は後方の噴射口近くにしがみついています。
「待たせたな!」
そんな大声を上げた後、彼は噴射口を構えてホースを伸ばし
「バキューム・アターック!」
今日採れたての、バキュームカーの中身をぶちまけたのです……

 これにはルビガンテ隊のみなさんも、本気で度肝を抜かれたと思います。最初はバキュームカー(家畜の屎尿処理車)が乗り込んできてキョトンとしていました。百歩譲って、トラクターやショベルカーだったら、彼女たちも銃撃を開始できたと思います。でも、完全に意表を突かれてしまい、それが奇襲だと認識する前に、総崩れとなったのです。
 頭上から降り注ぐ黄金色の液体……敢えて顔を出している女性兵のみなさんは、この世のものとは思えないような悲鳴を上げて逃げ惑いました。彼女たちは、優秀な兵士かもしれません。特別な訓練を受けて、高い戦闘能力を有しているのかもしれません。でも、想定外の攻撃で頭上から降り注ぐ有機飼料と、そのものすごい悪臭の前に、戦闘どころではなくなってしまいました。ばら撒かれた糞尿で足元が滑るので、現場の混乱は半端ないものだったようです。転んでしまった娘たちなんか、あまりの残念さに泣き出してしまったくらいです。私、その場にいなくて本当によかったです……
 「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。戦わずして勝ってこその兵法ってね!」
なんというか、またまた孫子様の兵法が、残念な使われ方をしています。蓮が関わると、違うものになってしまうのかもしれません……

 「あ、あんた!頭おかしいんじゃないの!?なんてことするのよ!」
副官と思しき女性士官が、悲鳴にも似た怒声を上げます。敵とはいえ、激しく同意です。そんな彼女に
「だいじょうぶだよ。タンクの中、たまに洗ってるみたいだからさ」
と、蓮はイケシャアシャアです。
「しっかり洗って!じゃなくて、なんなのよこの攻撃は!?」
意表を突いてペースを乱す、蓮の攻撃は本当に恐ろしいです。
 そういえばスメラギさんが言ってました。蓮の強さは、その異能や剣技、格闘術だけじゃないって。どんな状況でも型にはまらない、柔軟を通り越して”自由すぎる発想と行動力”だそうです。なんというか、”絶対に蓮を敵に回しちゃいけない”って、誰もが痛感する戦い方です。
 さて、ルビガンテ隊の女性兵たちは、あっという間に戦闘不能になりました。でも、まだプレート上にはロボットが、2匹の化け物が金属装甲とガトリングガンで武装しています。逃げ惑う女性兵士が邪魔で、同士打ちの危険があるため、銃撃できないでいるようですが。
 ただ、化け物は噴射される汚水を恐れません。だから、バキュームカー・アタックでダメージを受けていないのです。そこに今度は、熊川さんが運転するショベルカーが入場です。大型の金属のコンテナに水をいっぱい汲んできて、化け物に突撃するのです。
 「こ、今度は何!?」
そんな声があちこちからする中で
「おらよ!」
蓮は雪球のようなものを投げ入れました。そして
「伏せろ!」
と叫ぶのです。
 熊川さんがショベルカーから飛び降りて、蓮は汚れていない床に伏せるのです。でも、ルビガンテ隊のみなさんは、伏せたら床が汚いです。だからどうすることもできず、とにかく走って暴走するショベルカーから離れました。そして2匹の化け物が、突撃してくるショベルカーを押さえ込んだとき、蓮の投げた何かが水の中に落ちました。
 蓮が投げたのは、食塩で包んだナトリウムの塊です。ナトリウムは水に触れるとすぐに、水酸化ナトリウムに化学変化します。そのときの勢いが凄すぎて、大量の水素が発生します。これが轟音鳴り響く大爆発となり、衝撃で化け物も吹き飛ばしてしまいました。
 「今だ!ワルキューレ隊突入!」
待っていましたワルキューレ隊。蓮の切り札が投入され、あっという間にルビガンテ隊を制圧しました。ワルキューレ隊と呼ばれる、農園の若い男衆たちに……
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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