第六項 恋人ごっこ

文字数 1,664文字

 「蓮!」
泣きながら抱きついてくるサキ……この娘が、どうしても愛おしい……
 プラヴァシーで洗脳を解除したリジルが、サララと一緒に熊川たちに連れて行かれる。もう大丈夫だ。リジルを取り戻すことができた。ホッとしていると、サキちゃんが俺の顔を見て驚いていた。血や泥を拭っている時に気づいたんだ。俺の左眼が、“灰色”であることに……
「蓮……その眼……」
「ああ……カラーコンタクト、どっかいっちまったな」
まだまだ、彼女に話していないことがいっぱいある。この戦いを生き抜いたら、彼女に話すべきだろう。俺が抱える秘密と、”俺を愛する女性がどうなってしまうのか”を……
 でも今は、少しでもいいから、この娘のそばにいたい。この娘を、抱きしめていたい。
「れ、蓮?どうしたの……」
「夢を見たんだ……君が、死んじゃう夢……」
 本降りになった雨が、俺の涙を飲み込んでしまう。
「俺の腕の中で、クレナと同じように……」
そう、さっきと同じ夢を見るたびに、俺は泣いていた。泣いてサキの無事を、喜んでいた……今でも、クレナのことを忘れられないのに……
 「泣きながら起きたとき、君は無事だって、今のは夢だってわかった。死んだのはクレナなんだって思い出して……ホッとしたんだ」
 辛い……いっそあのとき死んでしまった方が、どれほど楽だったろう?でも俺は、生きることを選んだ。リジルとフェルトを幸せにすると誓った。でも、それでも俺は、苦しくて苦して、生きているのが辛いんだ。
 「残酷だろ?……最低だろ?……俺は……俺は……」
俺は自分が赦せない……でも、自分を殺すほど、自分を憎めない……リジルとフェルトを口実に生き続け、リジルとフェルトを支えに生き抜いている……心がギュって締め付けられて、握り潰されそうで、壊れてしまいそうになる……
 そんな俺に
「蓮……魔法の呪文、教えてあげる」
彼女は魔法をかけてくれた。
「魔法?」
「うん。お父さんが教えてくれたの」
 今まで愛した女性たちとは違う、どこか、”夢に出てくる愛娘”に似た雰囲気のこの女の子は
「どうしても辛くなったら、心の中で叫んで」
俺を救ってくれた……
「私の名前……」
生きるチカラを与えてくれた……
 「大切なヒトの名前はね、不安を、心配を、吹き飛ばしてくれるんだよ」
彼女に惹かれた理由が、恋焦がれた理由が、なんとなくわかった気がする……

 恋愛ってなんでしょう?蓮と抱き合いながら、私はそんなことを考えていました。
 物語とかでは、”若い男女が惹かれあい、恋に落ちて”ってお話が多いと思います。でも、恋焦がれる相手、愛するヒトに、制限はないと思います。例えそれが身内でも……あ、変な意味じゃないですよ?例えば私のお父さんのように、私と、娘と引き離されて悲しんだヒトもいると思います。若い頃に、大切な家族を失ったり、引き離されたヒトもいるとおもいます。そんなヒトが、会えなくなった誰かの幸せを願い、生きているとしたら?会いたいと願い、焦がれることを、責めることができるでしょうか……誰かの幸せを願っての優しい想いなら、相手の迷惑にならないのであれば、それも恋愛と呼べるのではないでしょうか?
 残念ながら、私と蓮の恋愛は、そんな色合いを帯びています。年頃の男女のそれと、どこか違うのです。
 私は彼に父親を感じ、彼は私に愛娘を感じる時があるのです。それが2人の関係をこじらせて、それでいて絆のように、強く結びつけるのです。
 あなたは、自分が死ぬかもしれないとき、誰の名前を叫びますか?変なことを言っているように思われちゃいますね。でもそれこそが、”恋人ごっこ”に必要なんです。
 自分が終わるときだけじゃない。誰かが終わるとき、”あなたの名前を叫んでくれるヒト”はいますか?そんな生き方を、私たちはできるのでしょうか?
 この世界に2人だけ、置き去りにされたように佇む私たち。そんな私たちのもとに、大切な友達が、仲間たちが、その手に明かりを灯して迎えに来てくれるのです。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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