第六項 対峙

文字数 3,272文字

 ワルキューレ隊は、恐ろしい部隊でした。だって、全員男性だったんですから。普段農作業で鍛えている体格のいいお兄さんたちが、空に散弾銃をぶっ放しながら、鋤(すき)や鍬(くわ)を振り回しながら突撃したのです。もう、何がなんだかわからなくなったルビガンテ隊のみなさんは、あっという間に制圧、拘束されました。
 「あ、あんた、やっぱり頭おかしいんじゃないの?ワルキューレって意味知ってる!?」
先ほども叫んでいた副官の女性が、泣きながら蓮に詰問します。
 「名と体にギャップがあるのって面白いでしょ?それと、我がワルキューレ隊の正式名称は、”ワルキューレみたいな若い女性が、嫁入りに来てくれたら嬉しいな隊”の略なんだ。この村、嫁不足でさ」
これには開いた口が塞がりません。
「ふ、ふざけたことを!」
「そうだ。制圧したルビガンテ隊のお嬢さんたちで、更正したい娘がいたら引き取るよ?大自然に囲まれて農作業に従事してさ、精神的に健康になった方がいいと思うんだよね。もし、ここでの生活を気に入ってくれたら、嫁入りしてくれればいいしさ」
とどこまでもふざけているのです。
 でも、最後には真顔になって
「ところで、狂人のお姐さんは、どちらかな?」
と、まだ敵が残っていることを私たちに伝え、緊張感を取り戻させるのです。

 私たちが捕虜を連れ出すと、突然空中エレベーターが動き出しました。プレートには、蓮だけが残っています。
「蓮!」
「だいじょうぶ。先に戻ってて!」
そう言って手を振る蓮。エレベーターは北上するために、水平移動レールに向けて斜面を登ります。その最中に、彼女は姿を現しました。
 「さすがね。シーブック・エル・ダート」
「その呼び名、やめて欲しいんだけど」
空中エレベーターが上昇するにつれ、小雨が降り始めました。陽が落ちて雨が振るそのステージで
「私たちはあなたを、“格闘術、剣術に優れた炎術師”と考えていた。そしてなにより、“女子供を殺せないオトコ”と定義していた。でも、その前提は関係なかった。あなたはとんでもない方法で、こちらが一切チカラを発揮できないようにして、不戦勝みたいな状況を作り上げた。脱帽ね」
「それって、降参してくれるってことかな?実は俺、先約があってさ。そっちに行かなきゃいけないんだよね」
「あら……連れないのね。せっかく私とデートできるチャンスなのに、棒に振っちゃうんだ?」
 そして彼女は、仮面を外しました。
「おっ!築山さん」
「あら、あまり驚いてくれないのね」
「驚いてるさ。敵だとは思ってたけど、マレブランケってのは、想像の斜め上だったよ」
なんと狂人さんの正体は、セナさんだったのです。
「あなたのお陰で、ルビガンテ隊は壊滅したわ。あなたの首なしじゃ、私、組織に帰れないじゃない」
「それなら、帰らなければいい。OL一本で頑張ってみたら?」
「そうもいかないのよ。私、刺激のない生活って、耐えられないの」
「それじゃあ、仕方ないね」
「ええ、仕方がないわね」
 プレートが最大の高さに上り、水平移動を始めたとき、彼女は再び仮面を身に付け
「シッ!」
低い姿勢での攻撃を開始しました。高速のワンツーが蓮の頬を掠めます。ダッキングで避けた蓮がワンツーを返すと、セナさんがピーカブーでガードします。ガードが上がったところで、蓮が左ローキックを放つと、彼女はバックステップで回避して
「こいつ!」
反動を付けて飛び込んできます。右の膝が蓮の腹部に迫り
「くっ!」
間一髪、重い一撃をガードします。蓮の注意が膝に集中したとき、再び放たれるワンツーが、蓮の顔面を捉えます。
「終わりよ!」
叫んで間合いを詰めるセナさん。でも、危険を感じて咄嗟にブレーキです。そんな彼女の目の前を、斬り裂くように弧を描く、蓮の左フックが通過します。攻める気満々の相手を、蓮は見えない角度からのカウンターで狙っていたのです。でも相手は、これを察するほどの強敵のようです。
 「ふぅ……やっぱり、簡単には殺らせてくれないのね。イカせてあげようと思ったのに」
「勘弁してくれよ。プレリュードとキャフィスの併用なんてさ」

 蓮とセナさんは、互角の格闘戦を繰り広げました。高速の打撃を繰り出す蓮と、堅いガードと正確なコンビネーションのセナさん。どちらも譲らず互いの拳を交換し続けます。
「まったく、大したものね」
「そうかい?」
「この戦闘スーツは、プレリュード感染者から造ったのよ。プレリュードの化け物を解体し、機械を組み込み戦闘用スーツとして仕上げる。そして栄養剤としてFIGでグラマトンを補充すれば、化け物の筋力と持久力を授けてくれるわ。これが両さ慣れれば、超人部隊を簡単に生み出せる」
「まったく……とんでもないことを考えるな……」
「仕方がないわよ。工業化による量産は、資本主義の基本思想ですもの」
「でも、それだけじゃないんだろ?」
「あら、どういう意味かしら?」
「あんたの異能、キャフィスの方だよ」
「気づいていたんだ」
「まあね。俺の思考を感じ取って、反射的に応じているんだろ?だってさっきから、フェイントが一切通じない」
「ご名答」
 もちろん。相手の思考が読めたって、最強の格闘家になれる訳じゃありません。セナさんは一流の体術を身につけているのです。だから蓮の思考を”感じたら”、反射的に体を動かして、対処できるのです。考えるより先に体を動かさないと、高速の格闘戦なんか、出来っこないですもの。
 「確かにあなたは、剣術と格闘術に優れている。でも、最強と呼べるレベルじゃないわ。それに私たちにとって一番の驚異は、銀色の悪魔の方。プレリュード、大人数の軍隊ともひとりで戦える。だ・か・ら」
再び、高速のワンツーで蓮を襲い
「強力な格闘術であなたを圧倒することになったの。1対1の格闘戦に持ち込んで、悪魔を召喚する隙を与えない。あっという間に、イカせてあげることにしたのよ」
渾身の右ストレートで、ガードした蓮を吹き飛ばすのです。

 「ふぅっ……参ったな」
「あらあら弱音?」
「いや、今日は一日中戦ってるだろ?さっき休憩したとはいえ、疲れが溜まっててさ。足は怠いし、腕も上がらなくなってきた。明日あたり、筋肉痛だよ」
さっきの休憩とは、洪水に飲まれて、泥まみれで行方不明になっていたときのことのようです。
「あのまま姿をくらませて、こっそり貴女たちを始末しようと思ってたんだけどね」
「やっぱり、ずっと起きていたのね」
「そりゃそうさ。長時間行方を絶って回復して、その後奇襲をかけようとしてたんだ。サーモで見つからないように、体に泥塗りたくったんだぜ?ただ、”敵を欺くにはまず味方から”ってやったら、まさかの救援が来ちゃってさ」
なんと、私たちが必死になって探したことは、蓮の足を引っ張る行為だったようです。
「まあ、済んだことは仕方がない。それに、みんなが一生懸命探してくれたのって、すごい嬉しかったし……ね!」
 喋りながら、蓮は強力な左前蹴りを放ちました。今度は、ガードしたセナさんが吹き飛びます。
「まったく……食えない男ね」
「食えないどころか、手にも負えないかもよ?」
蓮がシニカルな笑顔を見せると
「どうかしら。悍馬を調教するっていうのも、私の趣味なの。躾てあげようかしら?」
セナさんもまた、嘘笑顔を返します。
 「そういえばあなた、さっき”明日筋肉痛”が……とか言ってたわね」
「言ったけど、それがどうしたの?」
「生きてればの話でしょ?明日を迎えられるのは。それにはまず、私に勝たないといけないのよ?」
「そのつもりだよ?そもそも負けることなんて、考えたことないからね」
「傲慢な男ね。私が”敗北”って言葉、あなたに教えてあげるわ。恐怖と屈辱のオプションをトッピングしてね」
「なんかそれ、遠慮したいなぁ。ノーサンキューセット、売れ残るよ?」
そんな不真面目なやり取りを経て、2人は再び激突しました。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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