第七項 本領発揮

文字数 3,356文字

 蓮は、防戦一方にあります。セナさんの連打を、防御するので精一杯になってしまうのです。
「あらあらどうしたの?お姐さんに叩かれるのが嬉しいのかなぁ。ぼ・く?」
サンドバックとなりつつある蓮。
「ったく……ポカスカポカスカ殴りやがって」
ガードの上からでも、その衝撃は確実に蓮の体力を奪っていきました。
 なのに蓮は、追い詰められた悲壮感を微塵も見せず
「俺、あんたの良人(もの)じゃないぜ?」
軽口を叩いてから、腰の両側にかけていた拳銃2丁を床に置き
「そういえば今、彼氏とかいるの?」
少し離れた所に滑らせました。
 「あら、時間稼ぎの質問かしら?ところであなた、さっきからなにしてるのよ?」
「何って、見ての通りだよ。銃を床に”置いて”るんだ」
事実だけど、よくわからない回答をする蓮。そして今度は、脇のホルスターから両手に拳銃を抜きました。彼は4丁の銃を持ち歩いていたのです。
 「よくわからないわね……まさか、”銃が重くて、動きが遅かった”っていう、負け惜しみかしら?」
「まさか」
鼻で笑ったあと、彼は拳銃を握り締めたまま、ボクシングスタイルで構えました。
「あら、なにその構え?銃の扱い方を知らないの?脇を締めて両手でしっかり構えなきゃ、当たらないわよ」
セナさんが小馬鹿にしたように笑います。
「2丁拳銃なんて、慣れないことはしない方がいいんじゃない?」
しかし蓮は、セナさんに銃口を向けたまま微笑んでいました。
「あははは。ご忠告どうも」

 左ジャブがセナさんの顔面にヒットしました。正確には左手の射撃が、です。
「なっ!?」
突然のことに、セナさんが戦慄します。だって蓮は、銃の長所、距離を取っての戦いではなく、ボクシングを続けたのですから。軽快なステップでパンチが届く間合いに入り、その手の銃を打撃のように使用しました。パンチが当たる瞬間に、引き金を引くイメージです。
 「いやぁ、本当に美人だね。築山さん」
「なっ?」
撃たれたときに、仮面が割れて吹き飛んだのです。額から血を流す彼女は、明らかに動揺していました。銃を使った接近戦など、想定していなかったのです。
 「ちぃっ!」
怒りに染まったセナさんが仕掛けます。
ガン!ガキン!!
「くっ!?」
しかし、蓮の攻撃の前に、後退せざるを得ません。ガラ空きになった顔面を、蓮は躊躇なく撃ち抜こうとするのです。顔面を狙う正確な銃撃に、セナさんは右手をガードに専念させるしかありませんでした。右手で顔を守りながら、左のジャブとローキックでペースを取り戻そうとします。でも、一度傾いた流れは変えられず、蓮のジャブに翻弄され続けています。
 でも、すぐにセナさんはチャンスカードを手にします。蓮が扱う2丁の拳銃が、弾切れになったのです。オートマチックはマガジンを入れ替えるだけで弾込めができますが、接近戦の最中にそんな暇はありません。この期を逃さずと、勝負に出るセナさん。渾身の右ストレートを放ちます。が……
「くっそぉぉっ!」
再び銃撃のジャブで劣勢になります。
 何があったのか、スローモーションで見てみましょう。まず、弾切れになった蓮に、セナさんが襲いかかります。迫り来るセナさんの顔めがけて、蓮は両手の銃を投げつけました。振りかぶってとかではなく、手首のスナップでパッと投げたのです。それをセナさんが避けたとき、さっき床に置いた拳銃2丁を手に取ります。つまり、弾切れになったとき、マガジンを交換するのではなく、銃ごと交換してしまったのです。
 アテにしていた弾切れのチャンスを失い、セナさんは心が折れてしまいました。
 蓮が使うのはベルギー産の”FN ファイブセブン”。装弾数は20発です。とても次の弾切れまで、回避することなどできません。
「これほどとは思わなかったわ。シーブック・エル・ダート」
蓮を研究し、罠まで仕掛けて戦ったのに、カインも使わずに攻略されてしまい、勝ち目がないと悟ったのです。

 「だ・か・ら、その名で呼ぶの、やめてくれないかな。瀬名さん……というか、築山御前」
「!?」
「代行輪廻だろ?……酷い(むごい)ことをするね」
 築山御前(つきやまごぜん)?代行輪廻?一体なんのことでしょう?
 「あんたらマレブランケの幹部には、前世の記憶があるんじゃないか?」
マレブランケの幹部というと、汚れ髪さんや狂人ことセナさんのことでしょうか?それに前世って……
 「前世なんてものはない。俺以外にはね。でも、冷凍保存した脳をFIGに溶かして、それを注入することで他人の記憶をコピーできるんだろ?ただ、記憶データだけがあっても、心とリンクしなければ血が通わない。心象はコピーできないからね。だから、前にこんなことがあったはずだ。貴女にプラヴァシーを発動した奴が、いるはずだ」
そう言って蓮は左手の甲に宿る、”争いの烙印(プラヴァシー)”を開放しました。
「や、やめろ……」
エメラルドグリーンの輝きに照らされながら
「やめろ!」
セナさんは頭を抱えて悶え苦しみ
「や、やめて……」
フラッシュバックする、築山御前の少女時代と、結婚に出産。
「お、お願い……もうイヤ……やめて」
父を失い、夫との関係がこじれ
「もうやめてぇーーー!」
長男の処刑と、自身の暗殺……
 堪えきれず、セナさんは蓮に跳びかかりました。そして
「スーパー・ラスカル・キィーック!」
蓮の前蹴りをもろにくらって、悶絶してへたり込んでしまいました。

 「勝負あり……だな」
蓮はセナさんの横に膝をついて
「怪力乱神を語らず」
左手を輝かせるのです。
「な、何をする気……?」
「貴女を縛る呪い、解いてやるよ」
輝く左手を、彼女の額にかざすのです。
「ま、待って……」
「だいじょうぶだよ。記憶を消したり、書き換えたりする訳じゃない。ただ、貴女に押し付けられた憎悪の念を、取り去ってあげるだけだ。怨念を祓うイメージだね。そうすればもう、暴力に溺れないですむ。自分の人生を、取り戻すことができる」
「で、でも……」
「心配しないで。悪い感情を浄化するだけだから……そうだ!痛かったら、左手を上げてね」
 まるで歯医者さんです。ちょっとふざけつつ、優しい笑顔を向ける蓮。彼は、セナさんを助けようとしています。思い返してみても、彼はルビガンテ隊を誰ひとりとして殺さず、制圧してみせたのです。
 「やっぱり、女子供を殺せないのね……」
「まあね」
「まったく……それがわかっていたのに、負けちゃうなんて」
「上辺だけで判断したからさ。安易すぎるよ。”女子供を殺せない”イコール、”若い女性で戦えば勝てる”ってのはさ」
「そうね……完全に、私の負けね……ひとつ、教えてもらえるかしら?」
「なんだい?」
「スーパー・ラスカル・キックって、なんなの?」
「ああ、子供の頃見たアニメにさ、ラスカルっていう名のアライグマが出てきたんだ。めちゃくちゃ可愛くってさ、俺はそのアライグマが大好きになったんだ。だから、必殺技の名前にもらおうかなって。可愛いアライグマのキックって、どんなだろうね?そういえば、実際のアライグマは、とっても獰猛らしいよ?」
「まったく、メチャクチャ……ううん。自由なヒトね」
「それが俺の長所だからね」
 そして彼は、彼女の業を払いました。輝く左手のカリプソで、彼女をルビガンテの呪いから解放したのです。

 空中エレベーターが戻ってきたとき、彼は気絶したセナさんをお姫様抱っこして降りてきました。そんな終わりを見つめながら
「アダム見てる?」
リリィちゃんが静かに呟きます。
「あなたが生んだ悲しみが、ここまで強く、大きく育ったわ。”萌えあがる葦牙(あしかび)の、鮮緑(さみどり)のカイン”が降臨する」
瞳を閉じて天を仰ぎ
「もうすぐ、”神(あなた)の嘘”が暴かれる」
リリィちゃんが再び瞳を開くと
「悲しみが生まれるのは仕方ない……でもね、あなたの嘘は、あの子も、私も、大勢の純粋な心を不幸にした」
暗がりの中に、1柱の天使が羽ばたいて
「間もなく彼女たちの封印も解かれる……そうしたらあなたは、どうするのかしらね?」
蓮に襲いかかったのです。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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