第八項 もうすぐ、クリスマスイヴ!

文字数 3,121文字

 「甘かった……」
甘かったです。私は彼を甘く見ていました。
「この衣装は、スカートのヒラヒラがポイントだから、歩くときは意識しといてね。それと、頭の飾りは絶対外さないこと」
”可愛いウエイトレスさん”というコスプレ衣装を手渡されました。なんというか、メイド服みたいな衣装です。女性の視点では引いてしまうのですが、男性からは可愛く見えるのでしょうか?頭に乗せるティアラにも、熱いこだわりを感じます。
「え……えっと……」
「で、こっちのタンスに入れる下着と寝巻き、持ってきてくれた?お泊りに慣れて、ちょっと可愛いけど、あんまり新しくないやつね。あくまでも予備って感じ」
真顔でコスプレと下着指導です……
「それからヒデ!手はずは?」
「整ってます!蓮さんに彼女がいる疑惑、しっかり流しておきました」
 さてさて、いつものことですが、状況がわかりませんよね。私たちは蓮さんの部屋にいます。12月23日の夕方、アマノ、メグとヒデさん、それに私の4人は、蓮が先日引越した、少し古いけど綺麗なマンションにいました。学生がひとりで住むには広すぎる、2LDKのマンションです。彼女との同棲にリアリティを持たせるために、部屋の模様替えをしながらの作戦会議です。
 12月12日に、私が協力するって宣言したことで、全てが始まりました。蓮は大学を2週間も休んで引越して、私が頻繁に通っているかのように、お泊りしているかのように演出中です。可愛い小タンスに一面鏡、マグカップに歯ブラシと余念がありません。しかも大学では、”サラさんの求婚に耐えられず、蓮が国外逃亡した”って噂も流れています。
 「昨日の飲み会は?」
「ああ、研究室のやつですね。蓮さんの睨んだとおり、お嬢が暴走してました」
「俺との結納がどうとか?」
「はい。なんか”蓮さんがお嬢に夢中で、蓮さんから告白した”とかなんとか仰ってました」
「どうしたらそんな思い込みができるんだ?正直感心するよ」
「もちろん、先輩方は誰も信じてないですけね。だからそこでボソっとかましときました」
「なんて?」
「”蓮さん、彼女いるのになぁ~”って」
「そしたら?」
「お嬢にしっかり聞こえたらしく、すげぇ怖い顔で睨まれました」
「グッジョブ!お陰で昨晩から面白いことになってるよ。メールと電話が止まらないんだ。全部無視してるけどね」
「む、無視してるんですか?」
「ああ、焦らしに焦らしてる。さっき仕方なくメールを返して、12月24日にランチデートすることになった」
「ランチですか?」
「そ。”夜はデートがあるから、お昼なら一緒に食べるよ?”ってね」
「お嬢、カンカンじゃないですか?」
「たぶんね。でも、イヴにデートができるってんで、喜んでるかもしれないぜ」
「さすが蓮さん!本当に図太いですね」
「それって褒めてないだろ?まあいいや」
「いいんだ……」
 時計を見ると、午後7時を過ぎてています。
「とりあえず、続きは晩飯食べながら話そうか。みんな、何食べたい?」
作戦会議は、ファミレスで延長戦に入ります。ドリンクバーを制覇するほどの、長丁場が始まります……

 「私、あなたが一般家庭でも気にしないわ!」
クリスマスイブ当日!盛り上がるお嬢!語り部は蓮野久希こと女難の相です……つまり、2人っきりでお食事中。ここはどこかって?東京駅の地下にある、お洒落なイタリアンカフェだよ。ランチタイムはビュッフェがある。ディナーは高いけど、ランチなら美味しい料理が1000円で食べられる。お得だよね。ただ、お昼に1000円って、正直キツいんだよね。妻帯者のサラリーマンやOLは、基本、家からお弁当を持ってくる。独身男性だって、少しでも安い店、安いお弁当を探している。外食するのは、他所の会社のヒトとか、上司とのお付き合いがあるときじゃないとなかなかね。だけどもこのお嬢様は
「お昼が1000円なんて、とっても安いわね!」
大声でとんでもないことを宣ってた。周りのサラリーマンがびっくりしてるよ?
「私、自分で言うのもなんだけど、いい奥さんになれると思うの。最初は2人とも働いて、子供が出来たら私が専業主婦になるでしょ?そしたら蓮は婿養子としてウチの家業を」
「もしもし森柴さん?なんか、俺の知らないところで話が進んでるんだけど?」
「え?だって私たち、運命的な出会いをしたでしょ?これは神様が決めた運命なの」
「質問の答えになってないよ。ただ、神が与えた試練だってことはよくわかった……」
「試練?婿養子にそんな抵抗があるの?心配しないで。2020年代から、婿養子に入って奥さん方の姓を残すヒトって、増えてるみたいだし」
「噛み合わない……そんなこと心配してないし……」

 「キミの言う、”普通”とか”一般家庭”って何?」
会計を済ませながら、俺はサラさんに聞いた。目の前で年上の女性がレジを打っている。一生懸命働いているんだ。周りだって、働いている男性ばかり。これを見て、気づいて欲しいもんだけどね。
「ほら、あそこの奥様方とか、そんな感じじゃない?」
サラの指さす先に、お金持ちの奥様4人のテーブルがある。60席のうち4席だけね。
「あれは君ほどじゃないかもだけど、裕福なご家庭の奥様だよ。しかも、子供が独り立ちしてるくらいのご年齢だ」
「どういうこと?」
「つまり、一般家庭はキミが思っているほど裕福じゃない。毎日節約して暮らしてるんだ。家のローンとか、子供の教育費もあるからね」
「?」
「わからない?やっぱり、僕とキミは価値観が違うね僕はキミが思っているような、”お金持ちが思う一般家庭”の人間じゃないってこと」
「何言ってるのかわからない」
「キミとは会話が成り立たないね。正直辛い」
「そんな!私たち、こんなに愛し合ってるのに!」
「いつ俺が、キミを愛してるって言った?そんな素振りを見せたこともないぜ」
「でも占いで……」
「あれ、別の娘のことなんだ」
「そんなことないわ!どうしてそんな」
「僕、彼女いるし。年下で運命的な出会いをした娘がね」
「そんな!?私というものがありながら」
「だから、キミとは交際してないし、ずっと前から大好きな彼女がいるんだ。いい加減、話を聞いてくれ!」
「嫌よ!蓮は私の恋人なの!私がそう決めたんだから絶対よ!」
わがまま放題に育ったんだな。だから好きになれないんだけど。
「仕方ないな。ついといで」

 「ず、随分趣のあるお家ね……その……デザイナーズマンション?」
「んな訳ないだろ。これでも、彼女と同棲するために奮発したマンションなんだけどね」
「そ、そうなんだ……でも、ちょっと古くない?」
「まあ、築35年だからね。それでも管理と修繕が行き届いた大型マンションだから、この辺じゃ人気物件なんだよ」
「へ、へぇ~……」
 世間知らずのお嬢様の目に、どう映っていたんだろうね。都内の中古大型マンションで、2LDKでも3千万くらいするマンション。サラリーマンが月10万返済で30年くらいのローンを組んで、ようやく買えるんだけどね。まあいいや。明らかに動揺してくれてる。あとひと押しって感じだ。
 そして扉を開ける。中を見たサラさんの表情が、一気に険しくなる。部屋がボロいからかって?そうじゃないさ。だってフルリフォーム物件だもの。外観と不釣り合いなくらい、綺麗でカッコイイさ。
 サラさんが愕然としたのは、モノじゃなくてヒトが原因。入ってすぐのリビングに、彼女が待っていた。ヒラヒラドレスにエプロン姿。いかにも”可愛らしい”って雰囲気の、愛しのサキちゃんがね。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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