第十項 決着!クリスマスイブ

文字数 3,539文字

 「お、おおおおお、お義兄ちゃん!このヒトだれ?」
「誰って……彼女だけど?」
「か、彼女って、私と同い年くらいじゃない!?」
「そうかもしれないね。それが?」
「そ、それが?それが、じゃないわよ!」
 予想通り、ドタバタ劇が始まりました。初対面のコトネさんが、終始金切り声を上げています。それはそうです。大好きな義兄さんが、女子高生を部屋に連れ込んでいたのですからね。しかも間が悪いことに、ちょうど洗濯が終わって、私が蓮のトランクスを畳んでいたのですから。
 蓮野琴音(はすのことね)(15)さん。蓮が養子に入ったご家庭のお嬢さんです。でも、コトネさんは普通の人、民間人みたいです。ご家族の秘密をご存知ないようですね。
 コトネさんがどんな方かっていうと、細身でポニーテールの女の子です。大人になったら美人になること間違いなしって感じの顔立ちです。ただ、気が強いだけでなく、語気が強くて攻撃的なところがあります。ツンデレなのかもしれませんが、傍目にはヒステリーに見えちゃうかもです……
 「ほ、ほら!お母さんからも言ってやってよ!」
あ、話を戻しますね。コトネさんは蓮に彼女がいて、しかもそれが女子高生だったことにお怒りモードです。30分以上お怒りだったのですが、そこに遅ればせながら、ご両親が到着してくれました。これでみんなでコトネさんを宥め、この茶番劇が終わってくれるのでしょう。私はいそいそとお茶を出し、またまた油断してしまいました。

 「そうねぇ~、とっても可愛らしいお嬢さんだけど」
そう言ってお母さんが、まじまじと私の顔を覗き込みます。お茶を出している最中だったので、私は硬直してしまいました。何を言われるのか、ドキドキしながら身構えていると
「蓮なんかでいいの?」
とんでもない一撃です。思わず吹き出しちゃいました。さて、ここからは蓮とコトネさん、そしてお母様の会話です。
 「ひどいなぁ~、自慢の息子に対して」
「ごめんなさい。お母さん、こんなにステキな彼女さんが出来て、とっても嬉しいのよ」
「お、お母さん!?何言ってるのよ?お義兄ちゃん、高校生と付き合ってるのよ!?」
「いいじゃない。ちょっとくらい年の差があっても。そりゃあ、蓮が”コトネちゃんと結婚したい”って言ったら反対するわ。”血は繋がってないけど、あなたたちは兄妹なのよ!”ってね」
「ぐっ!」
味方だと思っていた母親からの予想外の一撃、かなりキツめのオウンゴールです。
「でもね蓮、ひとつだけ約束してちょうだい」
お母様の真面目な表情。
「なんだい?」
蓮も真面目に向き合います。
「ちゃんと避妊するのよ」
「お、お母さん!?」
コトネさんが叫び、私はまた、お茶を吹き出してしまいました。

 「大丈夫。収入があるっていっても、今の俺はまだ学生だし。彼女もこれからやりたいことがあるだろうし」
「そうね。わかってるならいいのよ」
「もちろん。毎回ちゃんと、気をつけてるよ」
「ま、毎回!?」「ちゃんと!?」
 おっといけない。これは彼の手口です。意表をつく言葉で動揺させて、自分のペースで会話を進めようというのです。でも、動揺した私まで、会話に巻き込んじゃうようなこと言わなくてもいいですよね。
 「それなら安心ね。とはいえサキちゃん」
「は、はい」
「もしできちゃったら、ちゃんと報告するのよ」
「は、はぁ……」
 蓮とお母さんの出来レース、仕組まれた会話だってわかっていても、内容的に私はメチャクチャ動揺してます。次はいったい、何を言われるのでしょうか?
 「私が赤ちゃんの面倒を見るから」
「へ!?」「な、なに言ってるのよ!お母さん」
「だってぇ~、早く孫の顔を見たいじゃない。それにサキちゃんみたいな美人な孫が生まれたらどうする?お母さん、毎日散歩して自慢しちゃうわぁ~」
 やっぱり蓮のお母さん……あ、義理のお義母さんですが、変人みたいです。この親にして、この子あり……私は恐ろしい方々と、お知り合いになってしまったようです。

 「こらこら母さん。ちょっとはしゃぎ過ぎだぞ」
そこにお父さんが参戦しました。さて、こちらのダンディなお義父様は、一体どんなキャラなんでしょうか?どうやってこの、残念すぎる座談会を終わらせてくれるのでしょうか?
 「まあ蓮のことだ。ハメを外しすぎることはないだろう」
「そうねぇ。でもお母さん、ちょっとだけ心配なのよね。蓮ったらやりすぎる時があるでしょ?」
「ああ、そういえばあったな。”パンドラの机”事件」
「パンドラの机?それってなんですか?」
 開けてはいけないパンドラの箱。世界一有名な箱だから、みなさんもご存知ですよね。まさかそんな、そんな大層なお名前を、この茶番で聞けるとは……
 「うん?実は蓮が中学一年生のときの事件なんだ」
「じ、事件ですか?」
「そうだ。まさかあんな方法で、母さんを撃退するとは思わなかったよ」
「一体何があったんですか?」
「実は母さんが、毎日毎日蓮の机を漁っていたんだ。掃除していると言いながら、連日のエロ本探しだ。ただでさえ思春期だの反抗期だので難しい中1男子だ。そんなことされれば、母親と喧嘩にならないわけがない」
「はぁ……」
「実際のところ、蓮は中学に入って新しい友達ができて、小学校の友達とは違う遊びに夢中だった。音楽を聴いたり、ゲームセンターに入り浸ったりで、エロ本に興味がなかったらしい。だから、濡れ衣で叱られて、本気で怒っていたよ」
「それで、一体どうなったんですか?」
「”なんとかあのわからず屋を懲らしめたい”と考えた蓮は、全財産、大切に取っておいたお年玉や小遣いを握り締めて家を飛び出した。そしてまさかの行動に出たんだ」
「まさかの行動?」
「ああ。持てる資金を費やして、大量のエロ本を買ってきたんだ」
「は!?なんでそんなこと?」
「簡単なことさ。母さんは何を言っても毎日机を調べる。特に引き出しを念入りにね。だから」
「だから?」
「引き出しの奥に、大量のエロ本を詰め込んだんだ」
「えっと……意味がわからないんですが」
「母さんは蓮が、”そういった物”を隠し持ってないか不安なんだ。だから執拗に探す。”見つからないから”毎日探し続ける。だったらわざと見つけさせよう。そうしたらどうなると思う?」
「どうなるって言われても……」
「最初は”見つけた!”って大喜びだ。だが、次々に見つかるエロ本の山に、次第に悲しくなって虚しくなる」
「はぁ……」
「そして母さんは悲嘆にくれ、蓮の引き出し漁りをやめた。蓮の作戦は見事に大成功したんだ」
「す、末恐ろしい中1男子……」
 私は開いた口が塞がりませんでした。よくわかりませんが、普通こういう時って、隠し方を工夫するんじゃないですか?わざわざ自分から買ってきて、発見させるなんて……こんなことする反抗期の少年って、他にいるんでしょうか?
 「あんときはオヤジに叱られたよなぁ~。説教されたの覚えてるよ」
それはそうでしょう。
「”隠すなら、ちゃんと隠せ!”ってね」
「はい!?」
「”反抗期なのはわかるけど、妹が見たらどうするんだ!”って」
「それはそうだ。蓮の戦術は見事なものだが」
「ほ、褒めるんですか?」
「母さんの度肝を抜いて、一気に戦意を奪うその手並み。大したものだ」
「は、はぁ……」
「だが、周りへの配慮が足りない。確かに母さんは撃退したが、あんなに見つけやすくしたら、コトネが見つけてしまう」
「そうだよね。そこんとこ考えてなかった……反省してるよ」
蓮が申し訳なさそうにしています。それはそれで、納得がいかないというか、違和感を感じます。
「まだ13歳だったからな。仕方がないといえばそれまでだが。”どんなに優れた戦術も、民間人に被害が出るようなものは邪道”なんだ。それを知って欲しかった」
なんか、叱るポイントがズレてるような……
「そうだよね。だからそれからは、念入りに下調べして、丁寧に作戦を立てるようになったよ」
「”敵を知り、己を知れば百選危うからず”だ。わかってくれたようだな」
「ああ。昔のヒトはいい事言うよね」
なんか、孫子様の名言が、残念な使われ方をしています……
 「蓮って、小さい頃からとんでもないヒトだったんだね……」
「そうかな?そんなに褒めないでよ」
「いや、褒めてないし……」
なんていうか、”とんでもない”ってことだけはわかりました。ただ、これは半分本当で半分嘘です。蓮とハスノさんご夫婦の思い出じゃありません。だって、蓮が養子としてハスノ親子と行動しているのは、ほんの2年前からなんですもの。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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