第二項 兄妹の資格

文字数 2,464文字

 「リジル!」
吹き飛んだ少年に、蓮が駆け寄ります。今の今まで戦っていて、自分がリジル君を叩きのめしたのですが、内心は彼のことが心配で仕方が無かったのです。そんな彼に
「にーにー!」
破損した化け物が襲い掛かります。残った左腕で蓮を押さえ込み、押し潰そうとするのです。
「ぐっ……邪魔すんな」
蓮はなんとか機械の巨体を振り払おうとしますが、相手は300キロ以上の重さです。人間の筋力では微動だにしません。
「死ね……死ね!あんたさえ居なくなれば、にーにーは自由になれるんだ!」
化け物から、若い女性の声が響きます。
「んだとッ!?」
「さあ、悪魔を召喚してみなさいよ!炎で焼く?それなら私と一緒に燃えてもらうわ!燃える躰で、あんたを一緒に焼いてやるわ!」
 そうです。炎で化け物を焼けば倒せるでしょう。でも、高温になった燃え盛る躰が、そのまま蓮に倒れ込んでしまいます。
「それとも私をぶっ飛ばす?あんたの首を掴んだこの腕ごと、吹き飛ばしてみなさいよ!そんなことしたら、あんたの首がへし折れるんだから!」
確かに、左腕に首を掴まれた状態で、銀色の悪魔に殴打させるわけにはいきません。
「さあどうするの!?選びなさいよ!このまま絞め殺される?焼け死ぬ?それとも自分で首をへし折るの!?」
これに対し、蓮は怒りを顕にし、カインを召喚したのです。だた
「るせぇんだよッ!」
呼び出されたカインは、いつもとは違いました。蓮と重なるように召喚され、首と左半身を侵食し、蓮自身がカインそのものになっているかのようでした。そして蓮は、金属化した右足で、思いっきり化け物の肩口を蹴り上げたのです。
「きゃあああああ!?」
化け物は左腕ももげてしまい、そのまま吹き飛びました。
 「ふぅっ……危なかったな」
蓮は呟きながら化け物の左腕を首から外し、地面に落としました。既にカインの召喚は終了しており、生身に戻りつつありました。
 
 リジル君のもとに歩み寄る蓮。そんな彼を追って
「にーにー!」
化け物から女性が出てきました。電気を帯びた警棒を抜いて、彼女は蓮に襲いかかります。でもスピードに勝る蓮の拳が、彼女の警棒を跳ね飛ばすのです。そして彼女はボディを強打され、うずくまってしまうのです。
「な、なんなのよ……この化け物は」
悶え苦しむ女性。リジルくんの妹役をやっていたサララさん。そんな彼女を見下ろして
「はじめまして。君、マレブランケだよね?」
蓮が刀を構えます。
「俺の質問に答えて死ぬか、答えずに死ぬか……好きな方を選べ」
彼女が答えるはずがない。そう思っているから
「どうやってリジルをさらった?」
はじめから蓮の刀には
「リジルに……なにしやがった?」
殺気が漲っています。
 サララさんは答えようとせず、首を刎ねられる瞬間を、ただただ待っていました。蓮が自分の首を刎ねる瞬間、それが彼女に残された、最後の勝機だからです。リジル君が敗れ、プレリュードの化け物も破壊された今、彼女たちの最後の切り札は、汚れ髪さんの狙撃なのです。
 膝を突いて俯いた彼女の視界に、蓮の影が映ります。刀が振り下ろされようとしたまさにそのとき、彼女はちからいっぱい両目を瞑りました。次にこの目を開くときが来るのか否か、彼女は運命に身を委ねたのです。

 少し経って、彼女はオズオズと目を開きました。ほんの数秒のことですが、彼女からすれば、永遠にも感じられる、長い時間だったと思います。見開いた瞳に映ったのは、彼女を庇うように立ちはだかる、リジル君の姿でした。
 「に、にーにー?」
「だめだ……だめなんだ……」
「どけリジル。そいつはフェルトじゃない」
「……フェルト……フェルト、フェルト……」
 様子が普通じゃない、洗脳されたリジル君が、思いつめた様子で呟き続けます。
「リジル……だいじょうぶだ。すぐに助けてやる」
「……フェルト……フェルトを……」
小刻みに震えだし
「フェルトをいじめるな!」
 彼は左眼のプラヴァシーを開放しました。すべての生命を司る、”水のプラヴァシー”を!
 途端に大地が揺れ始め、蓮のすぐそばに、温泉が噴出しました。高温の水柱がそびえるとすぐに、まるで生き物のように蓮を襲います。左眼のプラヴァシーの輝きが、激しさを増せば増すほど、蛟(ミズチ)と化した鉄砲水が、巨大化して蓮を襲うのです。巨大な水柱は、回避不可能な大きさにまで膨れ上がり
「四十日夜の浄化(アララトへいたれ)!」
洪水と化して、蓮を飲み込むのです。リジル君に必死に呼びかける彼を、無慈悲にも飲み込んで、そのまま遥か彼方へ押し流してしまったのです。

 「あらあら」
蓮が押し流されるのを見て、汚れ髪さんはライフルを下ろしました。
「まったく……もう少しで撃ち殺せたのに」
そうです。サララさんが斬られる瞬間こそ、蓮を狙撃する絶好の機会だったのです。でも、急にリジル君が飛び出して、彼は狙撃を保留することになったのです。
「でも、もう少し楽しめそうね。あの坊やと化け物の殺し合い」
そう言って彼は、ひとりその場を後にしました。曲者だらけのこの戦場は、まだまだ混迷の一途を辿るようです。
 さて、水擊で蓮を押し流した後、サララさんはリジル君と一緒に離脱しました。蓮を仕留めたとは考えられませんが、一時の危機が去って、2人は安心しているようです。
「フェルト、怪我は無いか?」
「私は大丈夫。でもにーにーが」
サララさんが自分のスカートを破いて、血と泥にまみれたリジルくんの顔を拭きました。
「俺は大丈夫だ。お前が無事なら、俺は……それだけで……」
優しい笑顔を向ける少年。年下の兄は、身を呈して自分を守ってくれた。ボロボロになりながら、こんな自分を助けてくれた。あなたを利用しているだけの、偽りの妹なのに……
 不意にサララさんの心を罪悪感が過ぎり
「にーにー……」
彼女は力一杯、リジル君を抱きしめました。そして心に誓うのです。
「貴方は、私が守ってみせる」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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