第四項 前世(カイン)

文字数 2,427文字

 「今度は誰だ!?」
ウリエルは、本気で怯えていた。獣のような咆哮を上げ、全身を銀色の殻で覆ったそれに……カインと化したそれが発するプレッシャーに、恐怖と狂喜を融合させる。
「そうか、見せてくれるというのか。貴様の本性、化け物の真の姿を!」
 『汝……極限まで憎悪に染まりし者よ』
俺の頭の中に、薄暗い声が響いていた。
『憎悪に……研かれし刃よ』
最も憎い、赦し難き神(アダム)の声だ。
『さあ、我に対する憎悪を開放し、その身を我が悪意に委ねよ!憎悪で魂を焼いて、消滅するがいい!』
やなこった!烙印の暴走に身を任せて、憎悪に呑まれたりしねぇよ……落ち着いて、落ち着いて、そいつを徹底的に痛めつけてやる。そして本物の、銀色の悪魔(カイン)として降臨して
「次は、神(きさま)を殺してやる!」
そう、絶対にてめぇを殺してやる!

 「我はウリエル。またの名を、神の炎」
殴られながらウリエルは
「神の炎は、”神の剣(つるぎ)”」
6枚の翼を羽ばたかせ
「絶対のチカラであり、絶対の正義だ!」
完全に天使様へとシフトした。霊性を高め、輝かしい神の御遣いとなり、逆転しようというのだろう。とんでもない異能を開放する。
 「紅炎(プロミネンス)」
ウリエルの額に炎の烙印が浮かび上がり、金属の左腕をかざす。その瞬間、光のような五千度の炎が俺を包んだ。避けきれず、左腕が一瞬で蒸発した。
 爆炎じゃない。火柱でもない。いつの間にか灼かれた……“プロミネンス”だ。周囲の空気が高温の熱に変化したんだ。
 「プロミネンスは防げない。さすがの貴様も、実体を失っては生きてはいけまい?さあ、どうする?叡智至高の戦術家、カインよ!」
 プロミネンスは、太陽の下層大気である彩層の一部が、磁力線に沿って突出するものだ。 ウリエルは、炎の烙印、プラヴァシーのエネルギー(彩層に相当)を額から発し、左腕から発生させた電磁波で操作しているんだ。額の烙印を軸にして結界を体内に展開し、太陽とリンクして炎を召喚しているんだ。
 発生すれば電磁波は光の早さだからね。回避なんてとてとても。でもね、相手が悪かった。光速の炎撃をもってしても、カインを止めることは出来ない。だって、三千年ぶりに開放されたんだよ?元気が有り余ってるんじゃないかな。それに俺たちには、セトとして支えてくれたブレーンも宿っている。カインの異能とセトの智謀。それを前に、炎なんか無力だ。

 俺は今、感覚だけで攻撃を避けていた。光速の攻撃なんか、認識してからよけられないから。だから“ウリエルが放つ殺気”を感じて、彼の勘に頼って避けていた。悪意に敏感なセトの勘で避けながら、会話していた。
 『あの左腕から、何か発生してるはずだよ』
『左腕から?』
『そう。体格が大きくなって、翼を羽ばたかせている。とっても印象的な変身だ。でもよく見ると、左腕だけはロボっぽい金属のままだ。プロミネンスの発生には強力な磁力線の発生と操作が不可欠だからね。それを妨害してみようよ』
『してみようって、簡単に言いますね』
『キミなら出来るはずだ。カインとシンクロした、今の蓮くんなら』 
『仕方ないか』
 俺はウリエルに突進した。それまで左右に走り回っていた俺が、急に真直ぐ走ってくる。突然の変化に距離感がぶれたのか、プロミネンスは俺を捉えられなかった。光の炎は、俺のすぐ後ろで輝いていた。
 「ちぃっ!」
ウリエルが羽ばたき、急いで距離を取ろうとする。でも
『高温の炎(あんなもん)出すのに』
俺は両腕を刃に変えて
『その不自然な腕が』
逃げようとするウリエルに迫り
『関係ないわけ』
両腕を振り下ろした。
『ないよな!』
振り下ろした2本の刃が、身を守るように閉じた翼と、銀色の左腕を斬り飛ばした。

 離れた所から見守る私たちは、その凄まじさに言葉を失いました。蓮、いえ、蓮であったそれが、天使を痛めつけているのです。光り輝く美しい翼が、ことごとく喰い千切られていきます。突然ですが、語り部は早苗沙希に代わります。
 『貴様はなんとも思わないのか!?あんな小さい子供を!一生懸命生きる命を!』
その凄まじい激情のせいでしょうか、悪魔の声が、心の叫びが、私の頭に直接響いてきます。
『あの子は笑ってた……どんなに悲しいことがあっても、一生懸命笑ってくれた』
ウリエルさんに恐怖を刷り込むように
『戦争で親を亡くして……兄貴と2人で野山を彷徨って……食べるものも無くて、ひもじい思いで泣いた……暗い夜に怯えながら、それでも一生懸命生きてきた』
悪魔はウリエルさんを喰い千切りました。傷跡にさらに噛み付いて、牙を突きたて、肉の内側を喰い千切りました。
 この場にいるみんなが、蓮に恐怖を抱きました。身動き一つ取れず
「なんなんだよ……あれ?」「そんな……あれが蓮さん?」「あれが……ヒト?」
呆然としながら見つめていました。蓮の心の声が聞こえない分、暴力だけが延々と繰り返されるから、恐怖が絆すらも押し潰してくのです。
 最後はその爪で、天使の肉体を引き裂きました。あまりに残虐な行為に、私たちは目を背けます。ウリエルさんは吐血し、全身からも血を噴出させながら悶え苦しみました。全身の骨を粉々に砕かれて、ウリエルさんの生が終わりに近づいていきます。
 「始まるわ!」
その凄惨な様子を眺めながら、ただ一人平気なヒトがいました。セシルさんです。彼女だけは狂気染みた笑みを浮かべ
「ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット」
と叫ぶのです。
「ラハット・ハヘレブ……なんですか?」
問いかける私を無視して
「古(いにしえ)の黒き炎……神殺しの剣が発動する!」
彼女は悦に浸るのです。悦を通り越して、お腹を抱えて笑い出すのです。
「さあ見せて頂戴!あのときと同じ炎を!アルビジョワで何千人と焼き殺した黒い光!もう一度全てを……焼き消しなさいよ!」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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