第二項 到着、新千歳ステーション

文字数 2,563文字

 「はぁ~、やっと着いた~」
ヒデさんが伸びをして、腰を叩きながら降りてきます。
「座りすぎて、腰が痛くなっちゃったよ」
そんなお兄さんに
「何言ってるのよオニイ、ずっと寝てたくせに」
と、メグ教官がたしなめます。教官は終始元気で、私たちを”トランプ&モノポリー地獄”に陥れました。さすがに飽きたと言った時、私とアマノは”ようやく開放される!”と期待したのですが、彼女の鞄からは人生ゲームが出てきました……しばらく、テーブルゲームはお腹いっぱいです……
「まあまあ、15時間の移動は、さすがに長かったよね」
そこに笑顔の蓮が参加します。
「僕も座りすぎで、お尻が痛くなっちゃった」
「お尻が割れましたか?」
案の定、ヒデさんがふざけ
「オニイ、お尻は最初から割れてるわよ!」
メグがツッコミを入れてしまいます。すると
「そうだよ!元から割れてるのに、さらに割れて、今ではお尻に十字傷ができてるかもだよ!」
蓮が相乗りします。
「え!蓮さんのお尻、4つに割れたんですか!?」
残念です。残念すぎる方向に、話が進んでしまうのです。
 私と蓮は付き合い始めたばかりです。おちゃらけた彼を嫌っている訳ではありませんが、もう少しちゃんとして欲しい……
「それじゃあ、みんな荷物を受け取って、待合ロビーで合流ね」
終始ふざけながら、私たちは到着ロビーに向かうのです。
 手荷物の受け取りを済ませ、私たちは到着ロビーに出ました。暖房は効いていますが、ヒンヤリとした空気が、”北海道に来た”って実感させてくれます。
 地上3階、ガラス張りのテラスから外を見ると、ステーションの周辺の美しい緑地が目に入ります。3月に入っても、まだまだ雪が積もっています。さあ、これから北海道での冒険が始まります。
 それなのに、ヒデさんがなかなか出てきません。どうやら、抜き打ちの荷物検査を受けているようなのですが……それでは語り部を、ヒデさんに交代していただきましょう。

 こんにちは。ヒデこと渡部秀央です。俺は今、とんでもない事態に見舞われています。どんな状況かって?それは、搭乗前にチェック済みの荷物を、何故か出口で再検査されているんです。
 「めんどくさいなぁ~」
そう呟いてカバンを差し出すと
 キンコーン!
 って、金属探知機が反応しました。
「えっ!?」
予想外のことに戸惑っていると、大柄な外国人警備員が何人も出てきました。
「オープラ!」
「え?なんて言ってるの?」
自分に詰め寄る警備員が、片言の英語を話していることに、俺は気づきませんでした。後で蓮さんに教わるのですが、もともとイギリスの支配下にあったインドでは、英語を公用語にしていた時期があるそうです。だからインドの方には、訛りのある英語を話す方がいるそうなんです。そんな方々の発音は、学校で習う英語とはかけ離れていて、とても理解できませんでした。
 言葉が通じなくてヤキモキした警備員が、メモ帳に”Open”と書いたとき、やっとわかりました。彼らは英語を話しているつもりなのかもしれないって。
 「え?もしかして英語?English?」
「Yes(ヤス)!English(エングラ)!」
なんだかYesじゃない気がしますが、とりあえず筆談を繰り返し、俺は旅行かばんを開きました。
 言葉が通じるようになって油断していると、警備員が荷物からあるものを取り出して、勝ち誇ったような笑顔になりました。隠していた何かを見つけたとでも言いたげな、“してやったり”といういやらしい笑顔です。
 「こんな危険物を持ち込んで、北海道で何をするつもりだったんだ!え!?」
そんなことを宣う彼の手を見ると、検査官は小さな栓抜きを握り締めていました。
「は?」
 その後俺は十分以上、不毛な言い合いに付き合わされました。検査官も本気で問題視している訳ではなく、栓抜きを没収するだけで事は済んだのですが
 「次からは気をつけろよ。でないと、お前をとっ捕まえなきゃならん」
と言われたのは衝撃でした。
「な、なんだったんだ?一体……」
 原作者が初めてインドに出張したときの思い出をベースに、ほぼノンフィクションでお送りしました。もう疲れたんで、ナレーションは男装の麗人こと、変装中のサキちゃんにお返しします。

 ヒデさんが到着ロビーに出てきました。ぐったりしたヒデさんは、これからが冒険の始まりなのに、すでに精も根も尽き果てていました。
 「栓抜きを見つけて、“危険物の持ち込みを防いだ”って得意になってるのさ」
苦笑いの蓮が、ヒデさんにミネラルウォーターを差し出します。
「あ、ども」
冷たい水で不満と疲れを流し込むと
「って!栓抜きで何ができるっていうんですか?銃器とか怪しい薬とか、そんなものを持ち込んだんじゃないですよ?北海道で、栓抜き一本で、暴力事件を起こせるわけないでしょうに」
「彼らからすれば、“今日の仕事の成果”が欲しかっただけさ」
「真面目に警備して、危険物を没収したってアピールですか?」
「そういうこと」
「栓抜きであれじゃあ、銃やナイフが出てきたら、さぞ大騒ぎでしょうね」
「そんときは、見て見ぬ振りだよ」
「へ?」
「考えてごらん。誰が好き好んで、危険な仕事に打ち込むと思う?彼らは旅行者相手に安全なものを没収して、“危険を防いだ”って、“働いた”ってことにしたいんだ。間違っても、本当の危険に立ち向かいたい訳じゃない」
「は、はぁ……」
「だから、荷物検査で危ないものが見つかりそうなときは、むしろすんなり通してくれるよ」
「そ、そんな!そんなんで、北海道は安全なんですか?」
「だから俺たちが来たんだよ。世間一般に流れている、パラダイスみたいな土地じゃないってことだよ。2076年現在はね」
 そう話しながら、蓮がニッコリと笑います。いつもの、心の込もっていない作り笑いです。
「おっと、すまない。余計なことを言い過ぎたね」
「蓮、笑いながらいうことじゃないと思うよ」
さすがに私も、呆れ気味にツッコミを入れてしまいます。
「ははは、かもね。ヒトとして、難ありかな?」
「ピピッ!イエローカードです」
 さあさあ、スメラギさんに言われたとおり、現地連絡員を探しましょう。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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