第一項 強欲

文字数 3,300文字

 「どういうつもりだ?汚れ髪」
見上げるような階段の上から
「裏切るつもりか?」
30代前半くらいの、スマートな金髪男性が降りてきました。スマートなこの男性、鍛え抜いているのでしょう。軍服のようなコートを羽織ったこの男性は、訓練された身のこなしと厳しい眼差しが印象的です。
 「いいえ。私は裏切ってなどいませんよ」
そんな金髪男性に、汚れ髪さんは飄々と向き合います。
「ではなぜ、その男を連れてきた?」
「だってぇ~、見てみたくなっちゃったんですもの」
 どうやら金髪男性は、汚れ髪さんの上官のようです。それにしても、上官に対して
「貴方と彼、どっちが強いのか」
なんて、凄いことを言いますよね?
 「相変わらず、ふざけた男だ」
「お褒めに与り、光栄です。ウリエル様」
 ”ウリエル様”って言いました。天使ウリエル様なのでしょうか?それとも、たまたまウリエルというお名前のなのでしょうか?欧米ではよく、天使ミカエル様から名前をいただいて、マイケルさんとか、ミッシェルさんとか、いらっしゃいますが……
 「まあいいだろう。私も、その男と話をしてみたいと思っていたところだ」
ウリエルさんと呼ばれたその男性は、不敵に微笑みながら、蓮を見下ろします。
 「あんたが”至高のカヴィ”……ウリエルか」
ウリエルさんに視線を返す蓮。どうやらこの男性は、本当に天使ウリエルを降臨させた、寄り代のようです。
「その通りだ。炎のプラヴァシーの継承者であり、オートポル設立メンバーでもある。もっとも、人間だった頃の名前は、忘れたがね」
 「オートポル設立メンバー……ヴェアトリーチェのひとりか……あんたいったい、何歳だ?」
「さあな。ウリエルが降臨したのは、1990年頃だったよ」
「100年も前か……その姿、代行輪廻だね?」
「そのとおりだ。最初の身体は老いさらばえてしまってな」
 そう答えたウリエルさんは、右拳を握ったり開いたして微笑み見ました。今の力強い肉体が、大層お気に入りだそうです。お気に入りを通り越して、ご自慢のようです。
 そんなウリエルさんに
「あんたなんだろ?代行輪廻を完成させたのは」
蓮は問いかけます。
「ほぅ……わかるかね?」
「とんでもない財力を用いて、貧困に苦しむ人間を買ってきて、人体実験を繰り返した。違うかな?」
「そのとおりだが、それがどうした?」
「それがどうした、じゃねぇだろ?アルビジョワの子供たちを攫って、どんだけ酷いことをしてきやがった!」
「言葉遣いが変わったな。まあ、私はなんとも思わっていない。古代からそうであろう?支配者たちは永遠の生命を求め、他人を、下々の者たちを犠牲にしてきた。それと同じことだ」
「てめぇ、何様だよ?」
「偉大なるプラヴァシーを宿した、本物の天使……いや、神にも等しい存在だ。この世界を統べる、無二の存在」
「ったく……あんたが司ってるのは”強欲”だろ?”傲慢”までセットになってるぜ」
「そうだな。貴様が封印した雷のプラヴァシーもこの身に宿し、”傲慢”も従えてみせようか」
 ここまでの会話をとおして
「とんでもない”強欲”だな」
蓮は諦めたようです。
「プラヴァシーの封印も大事だけど」
このヒトと、語り合うことを。
「まずはあんたを……殺すことから始めようか」
言葉でわかり合えるかどうか、探ることを……
 「良い眼だ」
刀を構える蓮に対し
「精々、楽しませてくれよ」
右腕を銀色の、悪魔の腕に変えました。

 「1980年代のアメリカは、それは酷いものだった」
ウリエルさんは語りながら、右手の異能を開放しました。
「アメリカの国債は売れ、投資家とブローカーどもは空前の利益を上げた」
右手の4本の指が、まるで電極のようにバチバチいって
「その後、金利が引き下げられた。アメリカとその国民は、借金で物を買い漁った。”借金が怖い”という感覚がマヒしてしまったのだ」
強力なプラズマを発生させます。
「債権大国となって、みんなの金銭感覚がおかしくなって、あっという間に債務大国に転がり落ちた」
掌に発生させた激しい炎を
「その時だよ。社会が”強欲”に染まりきって、プラヴァシーが降臨したのだ」
蓮に向けて放つのです。
「2億6千万人もの強欲だ。それはそれは強力な、圧倒的な火力だよ」
蓮は回避で精一杯でした。連続で投げつけられる強力な爆炎で
「勢いづいて燃え移り、薪尽きるまで、人間が滅びるまで燃え広がるような……な」
 ”強欲”……七つの大罪のひとつで、救恤(きゅうじゅつ)と対を成すもの……強すぎる欲求で視野が狭くなり、自身を見失わせる心の様子……
 「そうか……あんたは、あの時代に覚醒したんだよな」
「ヒトの命は、尊厳は、本当に大切だよな?金儲けのために弄んではならない。だが、命は何にも代えられない。代えられないからこそ、金を払わざるを得ない。自分のものであれ、大切な誰かのためであれ、それを守れるのなら、金を積んで助けを求めざるを得ない。特に医療にな」
 反撃の機会を窺いながら、降り注ぐ爆炎を回避しながら
「あんたらはそこにつけこんで、病院、製薬、保険業界を取り込んで、市民を支配したんだろ?医師たちを手続きで忙殺し、時間をかけて患者は診れないようにする。不要な検査と投薬を勧めさせ、金と待ち時間ばかりかかるようにした……それが社会を歪ませて、人間を家畜に、奴隷にした……」
蓮はウリエルさんと戦って(会話して)いました。
 1961年に、日本では国民皆保険制度が成立しました。日本が、福祉国家へと歩み始めた歴史的な第一歩です。でも、アメリカでは全く逆の流れが始まっていました。”小さな政府”と”民営化”が謳われて、福祉が縮小されたのです。この思想は時間をかけて、他の先進国も呑み込みました。そして発展途上国をも巻き込んで、世界中に浸食していったのです。
 「ボルカーとサッチャーを操っていたのは、私だよ」
なんと、ウリエルさんが当時のFRB議長ボルカーさんとイギリスのサッチャー首相を操っていたそうです。よその国にドルで借金させて、その後金利と為替を操作して、返済できないほどに借金を拡大させて、国ごと乗っ取ったのは、彼のアイデアだというのです。
 「”金利を上げる”と宣言して、返済利息を跳ね上げた。最初に破綻したのはメキシコだ。IMF(国際通貨基金)が助けてくれると縋ったメキシコは、緊急融資と引き換えに”規制撤廃”せざるを得なかった。”自国を守れなく”なったのだ。そして最後には、ハゲタカの餌食になった」
 「でも、アメリカ全てが儲けた訳じゃないだろ?儲けたのは、1%の支配者たちだけだ。メキシコみたいに借金に溺れた国を、アメリカ産業のアウトソーシング先にしてさ。安い人件費で工場を経営してさ」
「詳しいな。結果アメリカ内の製造業は廃れ、貧富の差をさらに拡大させた」
「前の俺が、その時代の市民でね。ウォール街を中心とした金融至上主義。投資と騙る”投機ブーム”が、実物経済を置き去りにする瞬間を、”強欲資本主義”が生まれた瞬間を、目の当たりにしてるんだよ」
「面白い……貴様のこと、もっと知りたくなったよ」
 雨で濡れていたこのステージが、いつの間にか炎で包まれていました。周囲の水分が消滅するほどの高熱が、万遍なく広がっていました。
 まるで、2人の周りだけ、世界からくり抜かれてしまったかのように。
「あんたの炎、どこから持ってきてるんだ?」
何かに気づいた蓮が、ばら撒かれた炎を刀で振り払いました。
「面白いな。やはり貴様は面白い。戦いながら観察している。話しながら、勝つための糸口を探っている。マルチタスク型のようだな」
「あれ?ひょっとして、気に入られちゃったかな?」
 ふざけているような言動のまま、鋭い眼光で刀を構える蓮と
「知識もあるようだ……我が炎で、もう少し踊ってもらおう。貴様のことを、もう少し知りたくなった」
右腕を、さらに禍々しく変貌させたウリエルさん。2人は遂に、本気で激突するようです。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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