プロローグ

文字数 775文字

 「夢を見たんだ……」
暗闇で、雨に打たれてずぶ濡れの彼が、絞り出すように囁くのです。
「君が……死んじゃう夢……」
 前髪を滴り落ちる雨露が、彼の頬を濡らします。
「俺の腕の中で、クレナと同じように……」
 ”クレナ”さん。蓮が心から愛し、今も彼の心に生き続ける、永遠の恋人……
 私は彼女に嫉妬します。だって、蓮は今でも彼女を想っていて、私はクレナさんに永遠に勝てないのだから……
 私は彼と一緒にいられる……それで満足できれば、どれほど楽でしょう……
 「泣きながら起きたとき、沙希(きみ)は無事だって、今のは夢だってわかった。死んだのはクレナなんだって思い出して……」
 力いっぱい、彼が私を抱きしめます。恐いの?苦しいの?彼は震えながら、顔を隠して抱きしめて
「ホッとしたんだ……」
泣いていました……
 「残酷だろ?……最低だろ?……俺は……俺は……」
罪悪感が、彼の心を締め付けます。締め付けて、ぐちゃぐちゃにして、壊そうとするんです。
 貴方は、どれほどの苦しみと一緒にいるの?その悲しみから、心(じぶん)を守っちゃいけないの?
 「蓮……魔法の呪文、教えてあげる」
私は彼を失いたくない。それに
「魔法?」
クレナさんもきっとそう。もしクレナさんが、私が思うような女性(ヒト)なら、貴方の幸せを願ってくれる。例え隣にいるのが自分じゃなくても、貴方の笑顔を望んでいるはず……だから
「うん。お父さんが教えてくれたの」
 私は蓮を抱きしめました。首元に腕を回し、耳元で魔法を唱えるのです。
「どうしても辛くなったら」
彼を虜にするために
「心の中で叫んで」
彼を幸せにするために
「私の名前……」
私は彼を独占するの。
 「大切なヒトの名前はね、不安を、心配を、吹き飛ばしてくれるんだよ……」
 これが私たちの、“恋人ごっこ”なのです。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み