第四項 本気の始まり

文字数 2,460文字

 「呑気に寝てるなんて、よっぽどの大物みたいね」
その女性は、蓮を見下ろしながら笑っていました。いえ、仮面をしているので、”笑っているみたい”としか、わからないのですが……
 「危うく野垂れ死のうとしてたのにね」
 突然、横から追突事故を起こしておいて、突然、こっちの荷台に乗り込んできて、とんでもない女性です。そんな彼女は、頭を押さえて痛がる私に微笑みかけてきました。おもむろに顔に手を伸ばしてきて
「あなた、可愛いわね。壊し甲斐があるわぁ」
私に狙いを定めるのです。
 言いようのない不安に囚われた私ですが、すぐに彼女は飛び退いて、私から離れてくれました。
「狸寝入りなんて、嫌な男ね」
「ヒトの女に手を出す女衒(ぜげん)よか、マシじゃないかな?」
 さっきの衝撃で起きたのでしょう。蓮が静かに上体を起こします。
「せっかく膝枕で夢心地だったのに……邪魔すんなよな」
「あらあら、いつから起きていたのかしら」
「うん?もちろん、あんたらが突っ込んで来たときだよ」
「嘘おっしゃい!膝枕を堪能していたのは、それ以前の話よ」
「あらら……お気づきでしたか」
「それはそうよ。だってあなた、ずっと起きていたんでしょ?」
「さてね」
 ビックリです。どうやら蓮は、起きていたようです。一体いつから?
「それはそうと、ご要件は?」
「あなたと遊びたくて、お誘いに来たのよ」
「悪いけど、欲求不満の女性は苦手でね」
「そんなこと言わないで。せっかくあなたのために、ステージを用意したのよ?」
背後のステーションを指差しました。
 すると、ステーションと空中エレベータの線路沿いに電灯が灯ります。
「本当は、遊園地のような場所を用意したかったの。でも、子供の遊び場を壊すのは気が進まなくって」
そして空中エレベーターを顎で指しました。
「あそこで遊びましょう。今日のあれは、大人のための遊園地」
彼女の悪意が待ち受ける、死のエレベーターを。
 「私はルビガンテ隊の隊長、狂人よ」
そして狂人さんが頷いてみせると、包囲していた全隊員がフードを取りました。そこにいたのは、みな若い外国人の女性。十代後半の少女達でした。
 「この娘たちで、あなたのお相手をさせてもらうわ。それじゃあ、待ってるわね」
少女たちが、狂人さんに連れられて、その場を去っていきました。たくさんの女性におもてなしされるのは、男性としては嬉しいのではないでしょうか?ただそれが、悪意溢れる殺し合いでなかったのなら、ですが……
 「蓮……今のヒトたち……若い女の子だったよ?」
「ああ。貧村出身の子供たちだ。アジアの貧しい農村とかで、子供が売られることがよくある。オートポルが買い集めて、育てたんだろうな。ニンゲン兵器として」
 そうやって育てられた少女たちは、各国で工作員としてた働いてきたようです。そして今回、蓮と戦うために、新世会を通じて密入国し、今日まで潜伏していたようです。
 「そんな……そんなヒトたちと戦うなんて!」
自分と歳が近い、不幸な生い立ちの少女たちと殺し合う……それはとっても怖くて、残酷すぎる現実でした。
「あっちから仕掛けてきたんだ。やるしかないよ。ただ」
「ただ?」
「いんや、なんでもない」

 蓮は悩んでいました。彼女たちを倒すには、あのあどけない少女たちの顔面を撃ち抜くか、首を斬りおとすしかないのです。なぜなら彼女たちは、プレリュード感染者から作った、特殊なボディアーマーを装備していたからです。それを蓮に伝えるために、わざと姿を見せ、コートの前を開き、さらに顔を晒したのです。さすがの蓮も、戦う決心が着かないのでしょう。
 「大丈夫。あなたなら出来るわ。お兄ちゃん」
そんなとき、いつの間にか、リリィちゃんが蓮の隣に立っていました。
「リリィ……」
「せっかくお呼ばれしたんだもの。ご馳走が腐る前に頂戴したら?」
「?」
「人生は旅に似ている。そう思わない?だから、旅人の心で招かれてごらんなさいな」
リリィちゃんが何を言っているのか、私にはわかりませんでした。でも
「俺に」
蓮とは通じ合えたらしく
「戦えと言うんだな……」
2人の会話は続きました。
 「ゲストはご馳走を選り好みできないものよ。出されたものは、進んで頂戴しないと」
「……」
「じゃないと、北海道が涼しいとはいえ」
蓮に向ける彼女の笑顔は
「すぐに腐って、中毒(あた)っちゃうわよ?」
どこか楽しんでいるような、遊んでいるようなものでした。悲壮感のないその笑顔に
「そうだな。”臭く”なっちゃうな」
蓮は何かを思いついたようです。
 そしてリリィちゃんに笑顔を返し
「当たって砕けろってやつかな?」
なんてふざけてみせるのです。
「それじゃあダ・メ。当たって……砕いてらっしゃい!」
リリィちゃんも悪戯っぽく微笑みます。
 「OK。常識の範疇じゃ俺を縛れない、止められないってことを、教えてくるよ」
「いってらっしゃい。私は歌いながら、あなたを待っててあげるわ」
 穏やかな調べに乗せて、リリィちゃんが歌を口ずさみます。何語かわからない、知らない歌のはずなのに、どこかで聞いたことがあるそれを、蓮も口ずさんでいます。口ずさんで、心を落ち着かせていました。
 日本語ではなかったけれど、私の心にはこんな風に聞こえてきました。
 『ひとりぼっちの青年に、月は毎夜、語るのです。
貧しい絵描きの若者に、見てきたものを話すのです。
月が見てきたその情景、空の上から見るそれが、青年の心を癒すのです。
月の語りを絵に換えて、青年は月灯りにキスをする』
 「じゃあリリィ、行ってくるよ。サキのこと、よろしくね」
リリィちゃんが、歌いながら軽く頷くのです。
「蓮、何を言って?」
 リリィちゃんに私のことをよろしくって、逆じゃないですか?彼の言葉とさっきの歌と、わからないことが一杯です。なのに彼は、戸惑う私に頷いてみせるだけで、そのまま戦場に赴いてしまうのです。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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