第六項 実情
文字数 1,944文字
「果物、剥いてあげようか?」
蓮は台所に立って、リンゴやオレンジの皮を剥き始めました。
「1年中、いろんな果物が食べられるのって、すごいよね」
蓮には、果物を食べさせたがる癖があります。
「日本だと、どうしてもデザートってイメージが強いよね。外国では、栄養価が高い食材って見方もあるんだよ。でもまぁ、おやつに食べるのが一番かもね」
そんなとき彼は、微笑んでいます。微笑んではいるんです。でも、心の中にはいろんな思いが複雑に絡み合っていて、胸の内はドロドロでぐちゃぐちゃになっているのです。
彼がイチゴやミニトマトを口にするときに一瞬見せる、”あの表情”に誰か気づいているのでしょうか?私は忘れられません。本当は今にも泣き出しそうなのに、甘い思い出と悲しみ(苦味)を飲み下すときの、垣間見えるあの表情を……
そんなことを考えながら、蓮を見つめる私に
「サキ……ねえ、サキ?」
アマノが声をかけて、現実に呼び戻します。
「あ、ごめん。ボーっとしてて」
「疲れてるんじゃない?あんまり無理しちゃだめよ?」
「うん。ありがとう」
「ほら、ヒデさんと蓮さんが、新世会の話をしてるよ」
そうです。晩御飯の後に荷物整理を終え、私たちはもうすぐおやすみなさいです。熊川さんのお宅の2階、宴会も出来そうな大部屋に、布団を敷いているのです。え?男女が同じ部屋で寝るなんて不謹慎だって?おっしゃるとおりです。
ただ、私たちはそれどころではありません。今はみんな、セシルさんが一緒の部屋じゃなくて、安心している状態です。ひと安心したところで、ヒデさんが蓮に質問中なのです。
「にしても、新世会っていうか、その親玉の”教導団(オートポル)”ってなにがしたいんですか?蓮さんの話だと、経済で世界を支配してるんでしょ?なのにラグエルとか召喚して、危うく世界を滅ぼしそうになってましたよ?支配する人間自体がいなくなったら困るんじゃないですか?」
「それは、教導団が二つの顔をもってるからかな」
「二つの顔?」
「そう。一つは世界でトップの金持ち、つまり権力者が集まってできた、秘密結社としての顔だ」
「秘密結社……」
「よく、テレビとかで秘密結社のネタが流れるよね?フリーメイソンとか。それと似たようなもの……っていうか、本当の秘密結社なんだ。正式名称は、”朝陽を手放した花々(ベアトリーチェ)”……ベアトリーチェだ」
「ベアトリーチェ……」
「ベアトリーチェは、最上位の意思決定機関だ。あくまで、支配層が数名所属するだけの組織。実行部隊はその下にある、オートポルっていう教導団でね」
「オートポル……それって、どんな組織なんですか?」
「ベアトリーチェの方針を受けて、世界各国に工作を行う組織だよ。奴らは長い間、いろんなことをしてきた。紛争地域に私設軍隊を派遣したり、国連軍に紛れ込ませた部隊に殲滅戦をしかけさせたりね。それだけじゃない。情報操作で民衆を操ったり、テロや暴動のコントロールしている。昔あったスパイ組織、CIAやKGBと特殊部隊がセットになった感じだね」
「おっかないですね」
「まあね、そいつらが暗躍してアメリカでテロが起きたときなんて、軍事費は5千億ドル、当時の日本円で約50兆円ぐらいまで跳ね上がったんだ。戦争は儲かるんだね。民衆を不安に陥れて、”テロとの戦争”、”安全保障”って言葉を掲げることで、終わらない戦争を始めて、暴力と経済で世界を支配できるんだから」
「……」
「もちろん、”ベアトリーチェのトップからの特別な仕事”も受ける。こっちは人間の金持ちの指示じゃない。プラヴァシーを形作るための、まったく別のお仕事だ」
「それって、森柴教授が宿していたっていうあれですか?俺たちは実際には見ていないんですけど」
「そうだね。天使を降臨させるには、社会を染め上げないといけない。怒りだったり、傲慢だったり……それが極度に強くなると、プラヴァシーが発現し、人間に憑依する。とんでもない異能を発揮するエネルギー体がね」
「なんか、スケールが大きいというか、SFっていうか」
「信じ難いお話だよね。まあ、神話の時代から続く戦争を、終わらせようってんだし」
「神話の時代からの戦争ですか?」
「ああ。こっちの方が教導団にとって重要なんだ。人間社会に溶け込んでいるのは、人間を駒として使うためだけだから」
「な、なるほど……で、そもそも、神話の時代からの戦争ってなんですか?」
「そうだね。それはまた今度教えてあげる。だって」
話が盛り上がってきたところですが、彼は不意に壁を見上げました。見上げた先には丸い時計が掛かっていて
「もう、お眠(おねむ)の時間だからね」
23時を過ぎていました。
蓮は台所に立って、リンゴやオレンジの皮を剥き始めました。
「1年中、いろんな果物が食べられるのって、すごいよね」
蓮には、果物を食べさせたがる癖があります。
「日本だと、どうしてもデザートってイメージが強いよね。外国では、栄養価が高い食材って見方もあるんだよ。でもまぁ、おやつに食べるのが一番かもね」
そんなとき彼は、微笑んでいます。微笑んではいるんです。でも、心の中にはいろんな思いが複雑に絡み合っていて、胸の内はドロドロでぐちゃぐちゃになっているのです。
彼がイチゴやミニトマトを口にするときに一瞬見せる、”あの表情”に誰か気づいているのでしょうか?私は忘れられません。本当は今にも泣き出しそうなのに、甘い思い出と悲しみ(苦味)を飲み下すときの、垣間見えるあの表情を……
そんなことを考えながら、蓮を見つめる私に
「サキ……ねえ、サキ?」
アマノが声をかけて、現実に呼び戻します。
「あ、ごめん。ボーっとしてて」
「疲れてるんじゃない?あんまり無理しちゃだめよ?」
「うん。ありがとう」
「ほら、ヒデさんと蓮さんが、新世会の話をしてるよ」
そうです。晩御飯の後に荷物整理を終え、私たちはもうすぐおやすみなさいです。熊川さんのお宅の2階、宴会も出来そうな大部屋に、布団を敷いているのです。え?男女が同じ部屋で寝るなんて不謹慎だって?おっしゃるとおりです。
ただ、私たちはそれどころではありません。今はみんな、セシルさんが一緒の部屋じゃなくて、安心している状態です。ひと安心したところで、ヒデさんが蓮に質問中なのです。
「にしても、新世会っていうか、その親玉の”教導団(オートポル)”ってなにがしたいんですか?蓮さんの話だと、経済で世界を支配してるんでしょ?なのにラグエルとか召喚して、危うく世界を滅ぼしそうになってましたよ?支配する人間自体がいなくなったら困るんじゃないですか?」
「それは、教導団が二つの顔をもってるからかな」
「二つの顔?」
「そう。一つは世界でトップの金持ち、つまり権力者が集まってできた、秘密結社としての顔だ」
「秘密結社……」
「よく、テレビとかで秘密結社のネタが流れるよね?フリーメイソンとか。それと似たようなもの……っていうか、本当の秘密結社なんだ。正式名称は、”朝陽を手放した花々(ベアトリーチェ)”……ベアトリーチェだ」
「ベアトリーチェ……」
「ベアトリーチェは、最上位の意思決定機関だ。あくまで、支配層が数名所属するだけの組織。実行部隊はその下にある、オートポルっていう教導団でね」
「オートポル……それって、どんな組織なんですか?」
「ベアトリーチェの方針を受けて、世界各国に工作を行う組織だよ。奴らは長い間、いろんなことをしてきた。紛争地域に私設軍隊を派遣したり、国連軍に紛れ込ませた部隊に殲滅戦をしかけさせたりね。それだけじゃない。情報操作で民衆を操ったり、テロや暴動のコントロールしている。昔あったスパイ組織、CIAやKGBと特殊部隊がセットになった感じだね」
「おっかないですね」
「まあね、そいつらが暗躍してアメリカでテロが起きたときなんて、軍事費は5千億ドル、当時の日本円で約50兆円ぐらいまで跳ね上がったんだ。戦争は儲かるんだね。民衆を不安に陥れて、”テロとの戦争”、”安全保障”って言葉を掲げることで、終わらない戦争を始めて、暴力と経済で世界を支配できるんだから」
「……」
「もちろん、”ベアトリーチェのトップからの特別な仕事”も受ける。こっちは人間の金持ちの指示じゃない。プラヴァシーを形作るための、まったく別のお仕事だ」
「それって、森柴教授が宿していたっていうあれですか?俺たちは実際には見ていないんですけど」
「そうだね。天使を降臨させるには、社会を染め上げないといけない。怒りだったり、傲慢だったり……それが極度に強くなると、プラヴァシーが発現し、人間に憑依する。とんでもない異能を発揮するエネルギー体がね」
「なんか、スケールが大きいというか、SFっていうか」
「信じ難いお話だよね。まあ、神話の時代から続く戦争を、終わらせようってんだし」
「神話の時代からの戦争ですか?」
「ああ。こっちの方が教導団にとって重要なんだ。人間社会に溶け込んでいるのは、人間を駒として使うためだけだから」
「な、なるほど……で、そもそも、神話の時代からの戦争ってなんですか?」
「そうだね。それはまた今度教えてあげる。だって」
話が盛り上がってきたところですが、彼は不意に壁を見上げました。見上げた先には丸い時計が掛かっていて
「もう、お眠(おねむ)の時間だからね」
23時を過ぎていました。