第一項 降臨

文字数 3,033文字

 見晴らしのいい平地で、その戦いは始まりました。突然空から少年が舞い降りて、まるでクリスタルで出来ているような、透き通った翼を羽ばたかせて。彼は透明の大鎌を持っていて、それでいきなり、蓮に斬りかかったのです。
「お前……まさか!?」
大鎌を刀で受け止めて、顔を付き合わせる蓮。死神のような少年は、仮面で顔を隠しています。でも蓮は、それが誰か思い当たるらしく
「リジル!」
外国人の名前を叫ぶのです。
「どうしてお前が!?」
 困惑しながらも、刃を交える蓮。リジルと呼ばれた仮面の少年を斬らないように、死神の鎌を打ち払うことに専念します。そんな防戦一方の彼を
ガガガガガガ!
凄まじい銃撃が襲うのです。
「くっ!」
少年が潜んでいたであろう山の斜面から、ロボットが姿を現したのです。いえ、ロボットではなく、プレリュードの化け物が、金属の装甲と対戦車用のガトリングガンを装備しているのです。
 説明が長くなってすみません。蓮は少年と化け物に挟まれて、今も奮戦中です。だけども私たちは、突然始まった激しい戦闘を、呆然と見つめていました。蓮はプラヴァシーを発動し、結界を張ってしまいました。私たちを結界の外に押し出して、少年と化け物を一人で相手にするのです。
 ここで、もう一度整理しますね。この物語には、プラヴァシーと呼ばれる烙印を宿した”継承者”と、何かしらの理由で異能を獲得した”感染者”がいます。継承者は、最大で9人。五大元素を思わせる、”炎、水、雷、大地、風”の5つと、上位概念の”光、闇”の2つがあります。さらに、全てを分解する”争い”と、個々を結びつける”愛”があります。継承者はそれぞれの名を冠する特殊能力を発動するために、プラヴァシーからグラマトンを放出します。これにより、継承者は物理法則を若干無視した奇跡を起こすことができます。グラマトンで満ちた結界内の特殊な空間で、存分にその異能を発揮するのです。
 これに対し”感染者”は、炎や風を操るような、特殊能力を持ちません。あくまで感染者は、継承者が存在することによる副産物です。継承者の異能に触れることで感染し、体内もしくは体外に結界と同質の空間を保有します。その結果においてのみ、特殊な状態を生み出すことができるようになるのです。体内に結界を張るタイプをキャフィス(テレパシーなどの異能)といい、体外に結界を張るタイプをプレリュード(体外の結界に収まるサイズで、怒りなどの感情に影響された異形へと変身)といいます。私たちのパーティーでは、蓮が継承者、私がキャフィスの感染者です。
 「行け!ここは俺が何とかする!」
「でも!」
「でもじゃない!敵はこいつらだけじゃない!」
「え?それって……」
「こいつらは悪の爪(マレブランケ)だ!必ず組織戦を仕掛けてくる。だから」
高速の斬撃をぶつけ合いながら
「お前達は農園に戻れ!それから熊川!」
蓮は指示を出すのです。
「お、おう!なにすりゃいい?」
「ワルキューレ隊を出撃させろ!」
ワルキューレ、それはワーグナーの”ニーベルングの指輪”に出てくる、処女戦士たちです。北欧神話に出てくる戦乙女、ヴァルキリーをモチーフにした若くて美しい、神の遣いの女性戦士たちです。そんな部隊が蓮の仲間で、この北海道に存在していたなんて。
「わかった。オラ行くぞ!お嬢ちゃんたち」
 熊川さんは急いで発車させました。私たちは、蓮をひとり残し、その場を後にしたのです。そして何故か、セシルさんも一緒です。彼女は蓮の邪魔をするのではなく、今は私の隣に座っています。
 「さて……どうなるのかしらね?」
今度は私だけに聞こえるように、彼女は呟くのです。
「どういう意味ですか?」
「言葉のとおりよ。彼、あの子と戦えるのかなって?だってあの子は」
「ご存知なんですか?あの少年のこと」
「もちろん知ってるわよ。だってあれが」
再びその美しい顔を
「蓮が命懸けで守ってきた」
邪悪に歪ませるのです。
「アルビジョワの少年なんだもの」

 「さあ、楽しませて頂戴ね」
スコープ越しに、蓮を狙っている人物がいました。汚れ髪さんです。少年と化け物が潜んでいた場所の近くにもうひとり、ライフルを構えて潜んでいたのです。
 「あの化け物のことだから、同じ手は通用しないわ。一発で確実に仕留めてあげないとね」
そして引き金に指をかけます。蓮は今、結界を張っています。だから、蓮を狙撃することはできません。でももし、結界を中和できる存在がいるとしたら?
「ファルファレーロ隊の仇、討たせてもらうわよ」
湧き上がる情念に身を浸しながら、汚れ髪さんは蓮の動きが衰えるのを待ちました。まるで、茂み潜んで獲物を狙う、神話に出てくる毒蛇のように……

 「シッ!」
リジルと呼ばれた少年が、高速のコンビネーションで蓮を襲います。大鎌を振り回しての攻撃は難しそうですが、鎌の柄の鋭い部分も使って、まるで鎌と槍の2本を使っているかのように、鮮やかに刃を振るうのです。
 「くっ!マジかよ?」
蓮は刀で受け続けていましたが、剣技だけで戦うのは、さすがに厳しいと感じているようでした。少年は、回避するのが難しい攻撃を放ったのです。下段を2回連続で放った後、後退した蓮に向けて、敢えてワンテンポ遅らせてから、大きく鎌を横薙ぎに払うのです。蓮はさらに後退して、回避に全力を注ぎます。それを追撃する少年。顔面を狙った突き2発からの下段突き、そして最後に水面蹴りのように鎌を払います。
 上下に揺さぶる高速の攻撃に、蓮は完全に翻弄されていました。蓮が得意とする、ギリギリの回避からのカウンターが使えないでいるのです。
「強くなったな……仕方ない……」
だから指をパチンと弾き、銀色の悪魔を召喚します。自分の剣技だけでなく、あらゆるものを活用して、少年と戦おうとするのです。
 彼は自分を覆う結界の中で、彼に代わって異能を発現する、”カイン”と名づけた悪魔を召喚(構築)することが出来ます。悪魔の炎は、少年ではなく挟み撃ちに来た化け物に向けられます。右手に握られたガトリングガンに、悪魔の炎を叩きつけたのです。爆炎は弾丸に引火して、化け物は吹き飛び、もがれた右腕が宙に舞います。
 「フェルト!」
吹き飛ぶ化け物を見て、少年が動揺します。そこに蓮は
「あらよっ!」
刀を投げつけるのです。これを少年が翼で実を覆って防御すると
「どこだ!?」
既に蓮は少年の視界から消えていました。爆風で生まれた土煙に紛れ、刀を投げてさらに視界を封じることで、彼は完全に死角に回っていたのです。化け物の左手に握られていた、ナタのような大型のソードを両手で握って
「こっちだよ!」
完全に背後を取っていたのに、ワザと声をかけて攻撃します。防御する機会を与えての攻撃です。
「ならぁあああああ!」
そして、刀身1.5メートルはありそうな、大剣を振り下ろしたのです。
「ぐぉおおおお?」
蓮の渾身の一撃!少年は透明な鎌を打ち砕かれ、そのまま翼で身を守りました。再び振り下ろされる蓮の一撃。斬撃というより打撃に近い、大剣での強打が少年を襲います。身を守る透明な翼は、打ち付けられる大剣の勢いと重量に負けて、飛沫を上げて砕け散りました。
「うわぁあああああ?」
なんとか、身体への直撃は防いだものの、少年は武器と翼を砕かれて、そのまま吹き飛ばされました。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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