第三項 恋人の資格

文字数 2,610文字

 「蓮ー!どこにいるのー?」
さて、場面は蓮が濁流に飲まれてから、2時間後の牧草地帯です。
 熊川農園に戻った私たちは、二手に分かれて行動しました。熊川さんはワルキューレ隊の出動要請をご近所に触れ回り、私はスメラギさんに連絡することにしたのです。でも、電話回線が切断されたのか、それとも基地局自体になにかあったのか、”ツー、ツー、ツー”という、無情な音が鳴り続けました。
「だめ。電話が通じない」
「回線が切られたんかもなぁ」
「熊川さん。他に連絡手段はないんですか?」
「電話以外に通信手段はないなぁ。あとは直接、車で知らせに行くしかないよ」
「そんな……」
 農園に戻ったはいいけれど、通信手段がありません。なんとか外部に助けを求めないといけないのに……そんな感じで途方に暮れていると
「あ!そうだ」
アマノが何かに気づいたのです。
「どうしたの?アマノ」
「空中エレベーターがあるよ!」
「空中エレベーター?確かにあれは動いてるみたいだけど」
「あれ、レールに沿って電話線も完備してたと思うの。レールが無事なら、電話も生きてるんじゃないかな?」
「よかった!じゃあ今から」
アマノの気づきで嬉しくなって、まさに行動を起こそうとしたその時
「な、なに!?」
ものすごい轟音が響き渡りました。そして見たこともないような洪水が、視線の先を横切っていったのです。
「あれって……蓮がいるところ……じゃないの?」
「そうね。あれはリジルが起こした洪水でしょうね。あんなのに飲まれたら、さすがの蓮も、無事じゃ済まないでしょうね」
 取り乱す私と、それを面白がって不安を煽るセシルさん。必死にアマノがなだめようとしてくれるのですが、私は心配で仕方がありません。
 「だいじょうぶよ」
そんなときにリリィちゃんが口を開くのです。
「私がお兄ちゃんを見つけてあげる」
「え?リリィちゃんも探しに行くの?危ないよ」
「だいじょうぶ。それに、私が一緒じゃないと、おイタする子がいるでしょう?」
 10歳の少女がニッコリと微笑む先には、セシルさんがいました。セシルさんはもちろん、その場にいた誰もが言いなりでした。上手く表現できない、独特な雰囲気を醸し出すリリィちゃんに。
 リリィちゃんに言われるがまま、私たちはリリィちゃんを連れて、熊川さんたちの車に乗って、蓮を探しに出発するのです。

 「蓮ーーー!」「蓮さ~ん!」「レ~ン~~~!」
さて、再び蓮を捜索する場面に戻ります。
「えっと、水はこっちに流れて……」
アマノが周囲を警戒しつつ、地図を見ながら誘導してくれます。どうも彼女は、地図が読めるタイプの女性です。そんな彼女と比べて
「どうしよう……サーモにも映らないし……蓮!」
私はパニック状態でした。泣きながら蓮の名を、ただ呼び続けることしかできませんでした。
 蓮の捜索は、熊川農園で買ってる3匹のワンちゃんと、体温を感知するためのサーモグラフィーを頼りに実行中です。ただ、あたりは洪水でキレイに流されて、蓮の匂いがなかなか見つからないようでした。サーモグラフィーでも、生き物の体温は検知できません。
 「蓮が……蓮が……」
「大丈夫だよサキ。蓮さんは無事に決まってるよ」
泣き崩れる私を、アマノが必死に励ましてくれます。そして蓮を探し続けるのです。
「熊川さん。どうですか?」
「さっきの水、あっちの方に流れていったよな?」
「はい」
「だとすると、あの辺にいるかもしんねぇな」
「じゃあ、3組に分かれて探しませんか?」
「3組?」
「はい。ここから向こうの端まで、”近、中、遠”の3つに分けます。その3つそれぞれを、1匹ずつ犬を連れて探すんです」
「わかった。そしたらさっそく班を分けるべ」
 そしてアマノの指示で、私たちは3組に別れました。”近”のエリアは、ヒデさんとメグが、”中”のエリアは、熊川さんたち3人の男性陣。そして最後の”遠”のエリアは、私とアマノとリリィちゃんです。
 その後、どれほどの時間、探し続けたでしょうか。泥まみれになりながら、私たちは蓮を探し続けました。
 「蓮……どこにいるの?お願い返事をして……蓮」
泣きながら、震える声で彼を呼び続けます。もう喉が痛くなって、声が掠れてきた頃
「サキいたよ!蓮さんが、蓮さんが!」
アマノが、泥まみれ蓮を見つけたのです。

 「蓮……」
蓮は今、私の膝の上で眠っています。顔の泥を落として、軽トラックの荷台に乗って、農園に帰る途中なのです。私の膝枕で寝むっている彼は
「子供みたいな寝顔だな」
缶コーヒーを差し出してくれる熊川さんの言うとおり
「ホント、眠っているときだけは、子供みたいな表情なんですよね」
疲労とダメージのせいでしょうか?それとも水に打たれた後意識を失ったのか、グースカ眠っていたのです。
 「まったく……25年前と変わらねぇな」
「え、ええっと……」
「25年前、俺がまだ21歳のときだ。北海道は中国と朝鮮の連合艦隊に占拠された。だが、とんでもない奴が現れた。一度は瓦解した自衛軍と、俺たちレジスタンスを束ねて、こいつは連合軍を撃退した」
「蓮……」
「驚かねえのか?25年前に、産まれてないはずのこいつが、ここで戦ったって話」
「はい……多分、蓮の超能力と関係がるんですよね?実は私、彼の秘密をほとんど知らないんです」
「聞かねぇのか?知りたいだろうに?」
「知りたい……知りたいです。だって私たち、恋人のはずだから……でも、きっと楽しい過去だけじゃないんです。辛いことがいっぱいあったと思うんです。だから、蓮から話してくれるまで、私は聞きません。聞いちゃけないんです……」
「そうか……だからか」
「なにがですか?」
「大事にしてやんな」
「え?」
一気に缶コーヒーを飲み干した熊川さんが
「こいつがこういう表情(かお)するの、あんたにだけなんだろ?」
そう言って荷台の前の方に行ってしまいました。
 「あ、あの……その……」
私は思わず赤くなってしまいました。そんなドギマギする私を、微笑ましく眺める荷台の面々。アマノにメグにヒデさんと、なぜかドレスが汚れていないリリィちゃん。
 戦いの中の、ほんの僅かな憩いの時間……でも、それはすぐに打ち砕かれました。私たちの軽トラに、側面から飛び出した別の軽トラがタックルしたからです。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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