第一項 恋人の過去

文字数 2,625文字

 アルビジョワの空が真っ赤に染まる。街灯のないこの村で、星の輝きが美しい闇の夜空が、一瞬で奪われた……空爆だ!
 国連、いや、オートポルの奴ら、遂に決断しやがった。派兵された各国の軍隊がかく乱され、連携どころか通常戦闘も失敗続きだ。犠牲が出て、金が掛かって、だんだんこの戦争に乗り気じゃなくなっていった。まるで、米国が敗戦したベトナム戦争の再現だ。世論は当然、戦争反対、派兵反対と騒ぎ出した。無理にアルビジョワ共和国を維持する代償は、あまりにも大き過ぎるのだ。
 この国を解体し、この地で苦しむ市民を解放できる。勝利は目前だと思った矢先に、奴らは最後のカードを切った。日米共同管理の特殊部隊、”黒水(クロミズ)”だ。
 え?日本にあるのは自衛隊で、そんな特殊部隊があるはずないって?そうだね。この部隊が創設されたのは2038年頃だから、読者のみなさんの時代には、確かにないだろうね。
 機密情報保護法と連邦自衛権法が可決された。おかげで他国との共同作戦や部隊の創設が可能となり、さらに情報非公開になった。その結果うまれたのがクロミズなんだ。
 麻薬取締官と同じように人を集めていた。自衛官や在日米軍で、親戚などがほとんどいなくて、戸籍操作が可能なメンバーを選出する。彼らを篩いにかけ、素質のあるものを鍛え上げる。残ったメンバーは精鋭になって、それぞれの分野のプロに、スペシャリストになる。昔中国にあったっていう、”致死軍”のイメージに近いかもね。
 そして2045年のアルビジョワ解放戦争末期、奴らは遂に牙をむいた。それまで裏方で、隠密工作がメインだったのに、暗殺や情報操作が主務だったのに、表立って戦闘をおっぱじめやがった。
 完全な情報統制のもと、存在しないはずの、隠された部隊が動き出す。レジスタンスの制圧が困難とわかると、奴らは空爆を選択した。内陸にあり、国境を閉鎖されたこの土地は、”巨大な密室”となった。
 悪意に染まった爆撃機(黒い鳥)が空を覆う。降り注ぐ爆弾が、無差別の虐殺が、皆を恐怖で追い詰める。海から脱出することも出来ず、助けが来ることも期待出来なくて、パニックがこの土地を覆い尽くす。レジスタンスが崩壊するのに、時間はかからなかった。
 空を飛べるようになったから、ヒトの欲望は、その妄動は、際限が無くなってしまったのだろうか?
 無線通信が発達したから、遠く離れた地とすぐにコミュニケーションがとれるから、ヒトは待つことができなくなったのだろうか?その軽挙を抑えることができないのだろうか?
 音の無い夢、いや、音は確かにあったのだ。だが、爆撃の轟音ですべてがかき消されてしまい、誰の声も聞くことができなかった。そこで俺は、飛来するボールと目があった。
 ボールと目が合うだなんて、何を言ってるんだ?って思うよね……戦場で子供は遊ばない。爆撃中に、ボールが飛んでくる訳がない。
 それが視界を横切ったとき、俺は目を逸らすことができなかった。だって、ボール大のそれは……一緒に戦っていた戦友、”喧嘩友達イザークの顔”だったのだから……

 「だいじょうぶ?蓮……」
汗だくになってうなされる彼を、私は優しく起こすのです。命の恩人であり、スパイごっこのパートナー。そしてなにより、私が恋する優しい男性(ヒト)……
 「ありがとう……ごめん、起こしちゃったね」
「気にしないで。それよりだいじょうぶ?お水飲む?」
「ああ、もらおうかな」
 みなさんこんにちは。桜苗沙希(さなえさき)(16)と申します。私立聖都大学附属女子高等部の2年生です。訳あって今は、聖都大学経済学部の一年生です。一年生の男子学生として、こちらの男性、蓮野さんの従兄弟ということになっています。
 余計混乱させてしまいましたか?すみません。そうだと思います。私だってまだ、色々と混乱しているのですから……
小さい頃読んだ少女漫画に、”好きな男子を追っかけて男子校に潜入!(男子生徒に変装して)”とかあったのですが、まさか自分がそんなことをするなんて。しかも、ラブコメのドタバタ劇ではなく、スパイの助手になるだなんて。どっちかって言うと、男の子向けの物語ですよね。
 状況を整理しますと、去年の夏、私は蓮野さんと出会いました。彼に命を助けてもらったのですが、秘密を知ってしまったため、彼の助手になっちゃいました。なっちゃったんです。16歳の女子高生が、今年の1月から18歳の男子大学生として、“彼と同棲”するという、バリューセットになっちゃったんです。
 惚れた弱みと言いますか、そのまま彼の、身の回りのお世話までしています。いえ、最初に告白したのは彼の方なんだし、惚れた弱みってのはおかしいのかも。でも、そもそもあれって告白にカウントされるのかなぁ?
”鶏が先か、卵が先か”、そんな感じで頭がぐるぐるしちゃいます。
 「ふうっ……」
500ミリリットルのペットボトルに口をつけ、冷たいお水で心と身体の熱を冷ました彼に
「落ち着いた?」
私はタオルを手渡しました。
 「ありがとう。いやぁ~、怖い夢見ちゃってさ」
そう言って彼は、汗を拭いながら笑顔を”作る”のです。本当に怖い夢だったのでしょう。怖くて怖くて、どうしようもない夢だからこそ、彼は嘘を吐くのです。
 「今日はさ、白い服装で髪の長い女性が出てきて、必死に逃げて風呂場に駆け込んだんだ。そしたらさ、風呂場の鏡から中に入ってきて……いや~、ちょっとしたホラー映画だったよ」
 そんなことを言って、はぐらかしてしまうのです。うなされるたびに、いろんな名前を口にする……でも、そのヒトたちが誰なのか……貴方は……何を謝り続けているのか……教えてくれることはありません。だから私は
「しょうがないなぁ~。寝る前に怖い番組見るの、控えなきゃダメだよ?」
彼の嘘にのってあげるのです。
「ラジャ」
そして彼は安心し、2人っきりのときだけ見せる、優しい表情に戻るのです。
 さてさて、彼は台所に行ってしまいました。冷蔵庫にお水を戻すのでしょう。時計を見ると、まだ夜中の2時です。
 物語を語るには、ちょっと時間が早いようですね。というか、夜中に起きちゃって、ちょっと眠いです。ですからみなさん、ごめんなさい。朝が来るまで、ちょっとだけ私の日記をお見せします。特別ですよ?日記にある、この物語の背景をご覧ください。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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