燻る火種(1)

文字数 3,761文字

 それから数日間は平穏に過ぎていった。特筆すべき点は、キースのバディがセスからユーリに変わったことぐらいだろうか。
 出動班の(かなめ)として長らくギルドに貢献してくれたセス&キース組だったが、妻子有る身のセスをあまり危険なフィールドへ派遣したくないと皆思っていた。試しに一度組ませてみたユーリとキースの相性が良かったので、ギルドマスターと主任のルパートが相談してバディ変更を決定した。
 セスは最近腰痛が出始めたと言っていたからちょうどいいだろう。これからは後輩の育成を中心に、彼にはサポート役として活躍してもらうそうだ。

 13時。今日もルパートと共に未達成依頼の救済で出動した私は、無事にクエストクリアして冒険者ギルドへ戻ってきていた。

「腹減った」

 呟いたルパートに同感だった。報告を済ませてさっさと食堂へ行こう。
 しかし受付カウンターにはちょっとした人だかりが出来ていた。受付嬢のリリアナと事務の女性職員が対応に追われて忙しそうだ。たまたま同じ時間帯に冒険者達が大挙して押し寄せた状態?

「処理に時間がかかりそうだな。先にメシ食いにいくか」

 受付を手伝おうという気配を微塵も感じさせないルパートは、私の腕を引っ張ってカウンターの奥へ行こうとした。

「ちょっとルパートお兄様、てんてこ舞いで明らかに困っている私達をスルーするつもりですかぁ!?

 非難してきたリリアナへルパートは面倒臭そうに返した。

「まだ昼メシ食ってねーんだよ。今この瞬間から俺とウィーは昼休憩に入った。腹を満たしたら手伝ってやるから」
「それって一時間後くらいでしょ―!? 今忙しいんですよ! そもそもお兄様のお友達なんですから、この人達の手続きはお兄様がなさって下さいよぉ!」
「は?」

 お友達って誰やねんと、私とルパートは受付カウンター前の人混みを改めてチェックして驚いた。列の一番前を白い歯を見せて笑っているルービックとマシュー、苦笑いのエドガーら聖騎士達が陣取っていた。

「やぁルパートにロックウィーナ。今日も元気そうで何よりだ」
「会えて嬉しいよ~。タイミング良かったみたいだね」
「何かすまない…………」
「え、あ、皆さん? 何で?」

 手を振る聖騎士ズにルパートは困惑したが、すぐに思い出した。

「そうか、マスターにご用なんですね?」

 彼らは近い内にギルドへ挨拶に出向くと言っていた。

「リリアナ、マスターを呼ぶか執務室へご案内すれば良かっただろ?」

 ルパートの指摘に受付嬢は可愛らしく頬を膨らませた。

「それが皆さん、冒険者としての登録をお望みなんですよぉ」
「はい?」

 どういうこと? マシューとルービックはニコニコこちらを見ていた。聖騎士って公務員だよね? 公務員ってダブルワーク禁止じゃなかったっけ。
 後ろに聞き耳を立てている一般冒険者が居るので、騎士であることを伏せて私はルービックへ尋ねた。

「皆さんは副業が許されない職業では?」
「原則としては、な。稀に例外が認められる場合が有るんだよ」
「それで何で冒険者に???」
「とにかく今混んでますんでぇ、その方々の対応はお兄様にお任せします!」

 リリアナに聖騎士を押し付けられた。ヤレヤレとルパートがカウンター内から彼らを手招きした。

「……取り敢えずこちらへ。マスターの執務室へご案内します」
「ルパート、話し方がまた固くなっている。他人行儀は寂しいぞ。」
「勤務中ですので」
「え~でもルパート先輩、さっき昼休憩に入ったって言ってたよ~」
「言ってたよな」
「はいはい解ったよ。これでいいかよ」

 めんどくせぇ。ルービックとマシューは騎士団でもこんな自由な感じなのかな。そりゃ生真面目なエドガー連隊長、二人のお目付け役にルパートを巻き込みたくなる訳だ。

「おーいマスター、入るぞ」
「おー、いいぞ」

 呼び掛けに返答が有ったので、ルパートが執務室の扉を開いた。室内では書類に囲まれたギルドマスターが机に向かっていた。いつもの光景だ。
 ルパートの後ろの聖騎士ズに気づいたマスターは椅子から立ち上がった。

「これは皆さんようこそ。むさくるしい場所で申し訳ない」
「いや忙しいところを邪魔してすまなかった。手短に用件を済ますので、どうぞ座っていてくれ」

 ルービックに勧められてマスターはまた腰を下ろした。

「本日はアンダー・ドラゴンの件で?」
「そう。我々が本拠地を襲撃し、奴らと内通していた騎士を捕らえたことで、アンダー・ドラゴン内部は大いに混乱しているだろう。統制が取れず、下級構成員による犯罪がこれまで以上に活発化する恐れが有る」
「そうですね。ここ数日だけでも、犯罪被害を訴えるギルドへの依頼が増えています」
「やはりか……。それらの依頼、我らに回してもらえないだろうか?」
「はっ?」

 あ、もしかして彼らが冒険者登録を望んだのって……。

「アンダー・ドラゴン壊滅は国王陛下からの勅命だ。しかし現在我々三名は暗殺者の目から逃れる為に、騎士として大っぴらに活動できない状況なんだ。そこで冒険者として登録し、陰ながら犯罪撲滅活動に従事したいと考えている。既に騎士団長の許可は取った」

 やっぱりだ。お忍び中なのに、国の治安維持の為に働こうだなんて騎士の(かがみ)だなぁ。

「事情は解りました。ルパート、皆さんの登録手続きを頼む」
「えっ、役職付きの現役聖騎士だぞ? 一時的とはいえ冒険者にしていいのかよ!?

 冒険者には安定した収入が無い。私達ギルド職員の権利である雇用保険や各種手当すら付かない。国から雇われている騎士とは対極に位置する職業だ。

「いんじゃね? 騎士団長も納得されてるようだし」

 相変わらず我らがギルドマスターは軽かった。

「という訳でルパート、ちゃちゃっと手続きを頼むな」
「あいよ……。ウィー、おまえはメシに行っていいぞ」

 実は冒険者登録の手続きはちゃちゃっとは終わらない。長い説明と何枚もの書類にサインが必要だ。それを知っているからルパートは私を逃がそうとしていた。
 マスターに投げちゃえ、と私の中の悪魔が囁いたが彼は休み無く二十日間連続勤務中。これ以上仕事を増やしたら、元Sランク冒険者と言えども疲労でぶっ倒れるかもしれない。

「私も作業を分担しますよ。その方が早く終わるでしょう?」
「でもおまえ腹空いてるだろ?」
「先輩だって」
「あ、じゃあみんなで先に食事をしましょうよ。別に急いでいる訳じゃないし。俺、冒険者ギルド食堂のメニューが気になってたんですよね~」

 お調子者マシューが割り込んできた。貴族である彼の舌には合わないだろうと思ったが、そういえば遠征中は私達と一緒に質素な食事をしていたな。美味しいとはお世辞にも言えない干し肉を(かじ)られるんだからギルド食堂でも大丈夫っぽい。
 ギルドマスターに一礼してから私達は食堂へ向かった。

「う~ん、席が微妙に空いてないね~」

 食堂を見渡したマシューの感想通り、 混み合うピークの時間帯が過ぎたので空席がポツポツ有るものの、五人で(まと)まって着けるテーブルはまだ無かった。

「メシ受け取ったら会議室へ移動するか」
「あ、いいですね。そっちの方が落ち着いて話せそう」

 ルパートの提案に全員頷いた。そしてそれぞれが注文を済ませたのだが、ルービックとエドガーの盆には飲み物と軽く摘める程度の軽食しか乗っていなかった。

「それだけで足りますか?」
「我々は冒険者ギルドへ来る前に昼食を済ませたんだよ。アイツは痩せの大食いだからやたらと食うけどな」

 エドガーは日替わりランチを乗せたマシューの盆へ視線を移した。あーそう言えば高級レストランでも沢山食べてたなぁ。マシューはエリアス並みの長身だけれど細身だ。摂った食物は何処へ消えているんだろう。あの影の手に栄養を分け与えているとか? まさか。

「おや」

 向かった会議室、そこには先客が居た。新しくバディとなったキースとユーリだった。細長いテーブルに着いていた彼らの前にも、半分くらい食べて減った日替わりランチのプレートが有った。

「ルパートにロックウィーナ。どうしました?」
「食堂が混んでたからこっちへ来たんだ」
「僕達もです。考えることは一緒ですね」

 キースとユーリも出動任務を終えて、私達より少し早くギルドに帰っていたようだ。

「あの……、鎧を装着していませんが後ろに居るのは聖騎士の皆さんでは?」
「そうですよキースさん。今日も平穏無事に闇墜ちしてますかー?」
「………………」
「アハハ、その笑顔怖いですー」

 憎まれ口を叩きつつもマシューはキースの隣に着席した。ルパートに関してもそうだが、隠れ陰キャなマシューは闇を背負う人間に(なつ)く傾向が有る。さては天然陽キャの某上司に相当ストレスを感じているな?

「ここでユアンに会えたのは好都合だった」

 ルービックとエドガーも席に着いた。ユーリは少し警戒して彼らを見ていた。

「……どうも。俺に用ってことは、アンダー・ドラゴンについての話が有るんですね?」
「そうだ」
「裁判で証言者となるあなた方と俺が、命を狙われるかもしれないとマスターから注意喚起をされました。その話ですか?」
「それもそうなんだがもう一つ。……本拠地から逃亡を図った首領が、ここフィースノーに潜伏している可能性が高いそうなんだ」
「!」

 ルービックの発言に、冒険者ギルドメンバーは息を吞んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み