素直になりたくて(6)
文字数 3,717文字
冒険者ギルド前に到着したらルパートにそう言われた。それがいいだろう。二人で仲良くエントランスホールへ入ったら、受付嬢のリリアナにデートがバレて撃たれるかもしれない。ルパートが。
「了解です。先輩、今日はありがとうございました。思い出に残る素敵な一日になりました!」
率直な私の感想を聞いたルパートは嬉しそうに微笑んだ。
「俺もだよ。また二人で出掛けような」
私の肩を軽く叩いて彼は正面玄関へ立ち去った。その後ろ姿を私は複雑な感情で見送った。
(もっと早くこんな関係になれていたら、私は迷うことなくあなたを選んだのに)
私達は出会うタイミングが悪かったよね。七年前、新しい土地であらゆる可能性に胸をときめかしていた私と、大切な人の裏切りから立ち直れないでいたルパート。
私は鈍くて周囲が見えていなくて、彼が抱えて隠す心の闇に気づけなかった。そんな中でした六年前の私の愛の告白は、無神経な鋭い刃となってルパートの胸を深く抉(えぐ)った。失恋で傷付いたのは私だけじゃなかったんだ。
もう少し私の告白が遅かったら……、ルパートが前を向けるタイミングまで待てていたら、私達は自然な恋人同士になれていたのかな? 結局は両想いだったんだもんね。
(今さら嘆いてもどうしようもないか)
私はギルドの裏口をくぐった。出動任務を含めて外出している者が多いのか、居住スペースは静まりかえっていた。すぐに階段を使って二階へ上がった。
すると廊下にエリアスが居た。
「お帰り、ロックウィーナ」
こっそり家を抜け出したのを親に見つかった子供の気分になった。
エリアスは良い香りのする鉄製のカップを手に持っていた。給湯室でコーヒーを
「買い物は上手くいったかい?」
下着を買うって嘘を吐いてデートを誤魔化したんだっけ。朝の罪悪感が蘇った。
「はい。久し振りにゆっくりお店を見て回れました。エリアスさんも今日はお休みにしたんですか?」
「ああ。午前中は下の訓練場で身体を動かしたが、午後はゆっくり休むことにした。アルは朝から自分の領地の見回りに行っている。あれで真面目な領主なんだよ」
魔王領は遠くに在るが奴は飛べるからね、日帰りで戻ってこられそうだ。
……アルクナイトは領地の視察ではなく、世界を見張るように部下へ命令しに行ったんじゃないかな。何処かに妙な兆しが出ていないかどうか。
彼が見た世界崩壊の光景が、ただの夢でありますように。
「ロックウィーナ、今日のキミはいつも以上に可憐に見える。髪形が普段と少し違うせいかな」
真面目なことを考えていたら不意に褒められた。
「あ、ありがとうございます」
「その髪留め、とてもよく似合っているよ」
「あ……」
ルパートからの贈り物である蝶のバレッタ。それを評価されてエリアスへの罪悪感が増しちゃった。
私が伏し目になったのを、照れたのだとエリアスはきっと勘違いした。
「どうだろう、これからどちらかの部屋でお喋りをしないか?」
「えっと……」
部屋で二人きりはマズイな。お馬鹿な私だが何度もえっちなピンチを迎えて流石に学んだ。
「ごめんなさい……、歩き回って疲れちゃいました。夕食の時間まで身体を横にして休みたいです」
「そうなのか? だったら私がマッサージしてやろう」
「ひゃあぁ!? それはいけませーん!!」
余計マズイでしょうと素で慌てた私。しかしエアリスは笑っていた。……あれ?
「解っているよロックウィーナ。非常に残念だがここは引き下がろう」
爽やかな笑顔なので残念そうに見えない。どうやらマッサージは冗談で言ったようだ。
彼のモデルとなった衛藤先輩もユーモアを交えて会話してくれたっけ。うん、これは鈴音ちゃん惚れるわ。
「お疲れ様。また夕食時に食堂で会おう」
エリアスは自室の扉を開けて去った。私にその気が無さそうな時はしつこくせず、スッと引いてくれる。カッコイイ人だなぁ。
いろいろ世話を焼いてくれるのに押し付けがましくなく、小さなことでも私を褒めて励ましてくれる。アルクナイトの正体を知っても友達であり続けようとする、豪胆で誠実でとことん優しい人。
(私ってば……。ルパートとデートしたばかりなのに、他の男性に気を持っていかれるなんて)
私の為に今日いろいろしてくれたルパートを裏切った気分になった。合意の上でキスまでした仲なのに。
だけどこの際認めよう、私はエリアスにも
……たとえエリアスに対するこの温かい気持ちが、私を生み出した岩見鈴音から受け継いだものだとしても。彼女が創造した十日間を過ぎても変わらずにエリアスを好きなのだから、これはもう私の中から湧き上がる想いなんだ。
「どうか……したか?」
遠慮がちに後ろから声が掛かった。振り返るとそこにエンが居た。
不安そうに私を見る彼は精彩さに欠けていた。
「廊下で突っ立って、何か困り事か?」
「あ、いや、ただボ~ッとしてただけ」
「それならいい。じゃあ……」
エンは自分の部屋へ向かって歩き出した。今は私を避けたいだろうに、心配して声を掛けてくれたのだ。
「エン、今日の出動は?」
すれ違う瞬間に彼へ尋ねた。エンは歩みを止めた。
「もう済んだ。残りの就業時間はギルド内の雑務をやる予定だったんだが、出動中に負傷した俺は早退扱いになった」
「えっ、怪我したの!?」
エンを観察すると左腕の肘付近の服が少し破れており、真新しい包帯が巻かれていた。
「大した傷じゃない。薬師のマーカスさんに手当てしてもらったし、キースさんが戻ったら回復魔法をお願いする」
「手強いモンスターが出たの?」
エンは悔しそうに眉を歪めた。
「いや……。今日の探索フィールドはDランクだった。負傷してしまったのは戦闘中に俺の集中力が切れた結果だ」
Dランクなら私でも余裕を持って臨めるフィールドだ。戦闘のプロである忍者のエンが苦戦するような敵は居ない。となると……。
「エン、私のことで悩んでるの?」
覆面で顔半分を隠していても判った。図星を刺された彼は表情を
「……………………」
エンは私から目を逸らした。
「俺はこれ程までに……、自分が余裕の無い人間だと知らなかった」
苦しそうに彼は心情を吐露した。
「自分勝手な欲望でアンタを襲って、後悔して、任務中に気持の切り替えが出来ずにミスを犯した」
「………………」
「それなのに……こんなに情けない状態なのに……、今アンタと話せていることが嬉しい」
(エン……)
恋をすると誰でも不器用になるよ。私もそうだった。
こう思えるのはマキアの胸を借りて泣いたおかげだな。溜めたストレスの多くをあの時に吐き出せた気がする。
「話せて嬉しいならいくらだって会話するよ。エンは大切な仲間なんだから」
「!…………」
私の発言にエンは驚いて目を丸くした。
「ロックウィーナ、俺を…………許すのか?」
「許す訳ないでしょう」
即座に否定されたエンは一歩後ろへよろめいた。
「相手の気持ちを無視して襲うのは絶対に駄目。怖かったし、信頼していたのに心を踏みにじられた気がして悲しかったよ」
「すまない…………」
「でもエンが悩んで怪我をするのは嫌だから、お喋りするし、同じテーブルでご飯食べるし、出動中は協力し合う」
「………………」
「くだらないことで笑い合ったり、つらい時には一緒に泣いてあげる。あの晩のことは許さないけどね!」
「ロックウィーナ……」
まだ語調に力は無いが、エンは私を真っ直ぐ見た。
「ありがとう。いつか……アンタに背中を預けてもらえるような男になれるよう精進する」
背中を預ける相手か。エンらしい表現だ。
彼は私にペコリと頭を下げた後、今度こそ自分の部屋へ引っ込んだ。怪我の具合が軽ければいいな。
(私も休もう……)
身体が重くてダルイ。そりゃそうだ、疲れているよ。アンダー・ドラゴン本拠地壊滅作戦で一週間近く遠征、帰った後も二日間働いて今日は久し振りの休日だった。
デート中に足取りが軽く感じたのは、楽しくて気持ちが浮ついていたからだな。
「ふうっ……」
共同水場で顔を洗ってメイクを落とした後、私は自室へ戻りベッドに大の字で寝転んだ。そうしたらチクッと軽く、枕に沈めた後ろ頭が刺激された。そうだ、バレッタを付けていたんだった。
起き上がって外した髪飾りの蝶を、そっと机の上に着陸させてしばし眺めた。
(ありがとう、ルパート)
エリアスにエン、ごめんなさい。今日一日はルパートへ捧げたい気分なんだ。彼のことだけを考えて過ごしたい。
早めにデートを切り上げることになったけど、あのまま夜まで街に居たらどうなっていたのかな。お酒とか飲んじゃったり? 冬だったら公園のイルミネーションを二人で見ただろうな。
私は再びベッドに横になり、目覚まし時計をセットして夕食の時間まで昼寝をすることにした。
夢の中で、ルパートとデートの続きができることを期待して。