幕撤去 不穏な動きと輝ける聖騎士(4)

文字数 3,729文字

 ハイテンションで決めた私であったが、

「……………………」
「……………………」

 肝心のキースの反応が無い。
 言ってしまった後だが、もしかして調子に乗ってしまったんじゃないかと私は怖くなった。
 魅了の瞳にずっと振り回されてきたキース。そんな彼に「気合いで何とかなる」なんて、かなり無責任な言動に思えてきた。
 キースは(うつむ)いていた。前髪で顔を半分隠しているせいもあって表情が窺い知れない。

「……………………」

 何か言って欲しいのだが、しばらく彼は沈黙していた。
 私の行動を呆れたのかな? 喜んでくれたのかな? 怒っているのかな? 可笑しいと思っているのかな?
 キースのを心の内を勝手に想像して、私は独り不安になっていた。笑顔をキープしている顔がひくついた。

 どうしよう。キースを余計に傷付けてしまっていたら。

「……キミは馬鹿だ」

 ようやく開いてくれたキースの口からは、非難と取れる言葉が(つむ)がれた。
 あああ、やっぱり。私は失敗しちゃったんだ。笑顔が一気に(しお)れた。私も俯いてしまう。

「魅了の恐ろしさを知っていながら、僕と正面から見つめ合う愚か者はキミくらいだ」

 あうう。

「僕と一緒に旅をしてくれたケイシーとエルダでさえ、目を合わせないように気をつけていたのに」

 ギルドマスター夫妻ですら遠慮して付き合っていたというのに、私は図々しくも彼が隠していた心の傷に触れようとしてしまったのだ。
 ごめんなさい、ごめんなさい。やらかしてしまったことを何度も心の中で詫びた。

「あまつさえ、こんな面倒臭い僕とまだ関わろうとするなんてさ」

 ……………………。
 あれ?

「馬鹿だよ、ほんと」
「……………………」

 対面の彼が微かに笑ったような気がした。もしかしてキース、怒ってはいないのかな?

「あの……」

 私は顔を上げて恐る恐る尋ねた。

「私、キース先輩のお傍に妹分として、まだ居てもいいんでしょうか……?」
「……え?」

 キースの声音が強張(こわば)った。

「傍に居てもいいかなんて、……今さら聞くの?」
「すみません私は本当に馬鹿なんです。察することができないんです。ハッキリ言ってもらえたらありがたいです」
「ちょっとおい、ロックウィーナ、さっきまでの勢いは何処に行ったんだ?」
「さっきまでのテンションは足を生やして彼方(かなた)へ逃げていきました! 冷静になったら私、ドヤ顔ですっごい大口を叩いてしまったような……。先輩に嫌な思いをさせてしまったんじゃないかって、急に心配になったんです!」
「ぷはっ!」

 キースは盛大に吹き出してから、ケタケタ笑い出した。いつもは微笑んでいるだけの彼が珍しいことだ。

「………………嫌じゃないよ」

 少ししてキースは(こた)えてくれた。

「嬉しかったよ、キミの言葉。魅了に負けない第一号になるなんて、そんなことを言う人間に会えるなんて思わなかったから」
「先輩……」

 おおおおお! 良かった、やらかしてなかったぁ!
 キースを元気づけられた、そのことが何よりも嬉しかった。

「じゃ、じゃあ私、変わらず先輩の妹分で居ていいんですね!?
「……あ、妹分は卒業してもらう」

 え、何で? 私はちょっと考えて閃いた。

「そうですね、いつまでも妹なんて甘えていちゃ駄目ですよね。私もギルド職員として一人前にならないと!」
「ふ」

 キースは意味深な笑みを浮かべて立ち上がった。

「休憩終わり。森を抜けて馬車まで戻ろう」
「あ、はい」

 続こうとした私は下半身に力が入らず、へにゃんとその場にうずくまってしまった。

「……ええ? 何で立てないの!? 先輩、私の脚が変です!」
「ああきっと、魅了の効果が残ってたんだよ。腰に一番

らしいから」

 改めて、魅了の瞳恐るべし。

「……でもこれは、良い機会かもな」
「はい?」
「ロックウィーナ、荷物を持って」

 キースは地図や水筒と僅かな保存食、更に魔道ランプが入ったリュックを私に担がせた。そして自分は私のすぐ前に後ろ向きで屈んだ。

「僕の背中に乗って」
「え!? そんな、ちょっとしたら回復しますよ。先輩におんぶなんてさせられません!」
「いいから、乗りなさい」

 強めに言われてしまったので、私はキースの背中に身体を預けた。彼にとって重くなければ良いのだけれど。

「よいしょっと」

 掛け声と共に、私を背負ったキースは再び立ち上がった。全くよろけず森の中をスタスタ歩いて行く。
 魔術師なのに戦士タイプの私より筋力有るみたい。毎日身体を鍛えているのに立場が無いな。マキアには勝っていると思いたい。

「すみません先輩。妹分は卒業って話をしたばかりなのに、結局お世話を掛けてしまいました」
「ふふっ」

 また意味有り気にキースは笑った。なんだろう、くすぐったいような。

「……内緒だけどね、ロックウィーナ」
「はい」
「さっき、キミにならこのまま押し倒されてもいいって、ちょっとだけ思っちゃったんだ」
「!!!」

 何かサラッと凄いこと言ったよ?

「え、あ、あの、せ、先輩…………?」

 爆弾発言をかましたキースは、何事も無かったかのように鼻唄交じりに森を進んだ。おーい。
 ドックンドックンドックン。
 私の心臓の鼓動、絶対に背中越しにキースに届いている。
 何で? どういう意味? 冗談でああいうこと言う人じゃないでしょう? キースは何を考えているのだろう。

「……聞かないの?」
「はひっ!?

 私が質問できないでいたら、キースの方から話を振ってきた。

「僕が何であんなことを言ったか、知りたいんじゃない? 察することができないから、ハッキリ言って欲しいんじゃなかったっけ?」

 そうだけど、そうだけどさ。今回に関してはハッキリさせたら私の意識が飛ぶ予感がする。でも聞かないままでいたら、ずっとモヤモヤするよなぁ。
 キースってば実は意地悪さん?
 ……ああもう! 私は腹を(くく)った。

「すみません、先程の発言について明確な意志表示をお願い致します」
「ぶはっ!」

 冷静になる為に事務的口調で言った私に、キースがまた噴き出した。

「キミはつくづく面白いコだね、ロックウィーナ。そんな所も好きだよ」
「ど、どうも……」
「明るくてハキハキしている所も好き。努力家の所も好き。自分に自信が持てなくて、たまに卑屈になってしまう所も好き」
「………………」

 キースの声が一際大きくなった。

「僕はね、キミが大好きなんだよロックウィーナ」
「!………………」

 好き。それはどういった意味合いの好きなのか。そこが問題だ。

「……妹として?」
「妹分は卒業だって言ったろ?」
「じゃあ、どういう意味で?」

 私の声は震えていた。

「恋、だよ」

 恋。その言葉が胸を締め付けた。

「でもずっと僕には、キミに恋をする資格が無いと思っていた」

 やばい。動悸が異常に激しい。全身に血液と酸素が過剰供給されている。

「……ルパートにとやかく言える立場じゃなかったんだ。僕もまた、キミへの想いに(ふた)をして気持ちを誤魔化していた。何年間も……」

 顔を合わせない背中越しの告白。魅了の瞳を使わずにキースが本音を伝えるには、このポジションしかないのだろう。

「キミが幸せになればそれでいいと思っていた。どうせ僕なんか……って諦めてた。だけど今は欲が出てきたよ。キミが強く願えば、暗い気持ちを吹き飛ばせるって教えてくれたから」

 もうキースを止められない。せき止められていた川が流れ出した。きっかけを与えたのは私だ。

「僕は願う。強く。この先もキミと共に居られるように」

 これが先輩としての発言なら素直に嬉しい。でもキースは男性として女性の私を求めている。怖さと、嬉しさと、どうしていいか判らない不安。
 彼の肩を掴む手に自然と力が入った。彼と触れている身体の部分が熱を持った。いや、火照っているのはキースの方なのか。彼もまた緊張して私を意識していた。

 そしてキースは宣言した。

「キミを愛してる、ロックウィーナ。僕自身よりも、この世界の全てよりも」


☆☆☆


 魂が半分抜けかけた私は、ほとんど眠っている状態で馬車に乗って冒険者ギルドまで帰ってきた。ちなみに乗車中、ずっとキースに膝枕されていた。起こされた時にそれを確認して鼻血を噴きそうになった。

「おい、どうしたウィー!!

 先に戻っていたルパート隊が、キースに支えられながらエントランスホールに入ってきた私を見て駆け寄った。

「あ、ども先輩。早いお帰りでしたね……。マキアにエンも無事で何より……」

 私は気の抜けた挨拶をルパート達へ返した。

「おまえ達が出動したフィールドより近場だったからな。要救助者もエンがすぐに見つけてくれたし」
「それよりもロックウィーナ、キミはどうしてそんなにグロッキーなの? 強力なモンスターと戦闘にでもなった?」
「何処か痛めたりしたか? 良く効く傷薬が有るぞ」

 私を心配するルパート、マキア、エンに囲まれた。

「大丈夫、彼女に怪我は有りません。有ったら僕が回復させてます」

 丁寧口調に戻ったキースが、私へ手を伸ばしたルパートを牽制した。

「ちょっと驚いて疲れてしまっただけです。僕が責任を持って彼女の部屋まで送り届けてきますから」
「驚いたって、何に?」
「僕が彼女に愛の告白をしました」
「はっ!?

 ニコニコ顔のキースは、ここでも爆弾発言を投下した。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は撤退済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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