六幕  アジトを探れ!(1)

文字数 4,109文字

 12時45分に私とルパートは一緒に会議室へ入った。集合時間は13時。早めの行動だったのだが室内には既にキースが待機しており、私達の姿を見るとすぐに近付いてきた。

「ロックウィーナ、大丈夫ですか? ルパートに酷いことをされませんでしたか?」
「酷いことをされたのは俺の方だよ。危うく()られるところだった」

 仏頂面(ぶっちょうづら)のルパートにキースは吐き捨てた。

「それはおまえの日頃の行いのせいだろうが。しばらくは大人しくしていろ、背景に徹するくらいに」
「背景ってアンタ……」
「可哀想にロックウィーナ。この阿保(あほ)を手に掛けそうになるなんて。僕も同席するべきでした」

 私に対しては相変わらず優しいキース。彼を安心させてあげないと。

「大丈夫ですよ。ルパート先輩と今は和解して、協力関係にありますから」
(こぶし)で語り合ったのですか?」
「ええと、真摯(しんし)に向き合ったら解ってもらえました。ちょっぴり蹴りは繰り出しましたが……」
「あなたの蹴りには天性の輝きが有りますからね。上手くいったようで良かったです」
「いや褒めるポイント違くね? キースさんも大概ズレてるよな……」
「うるさい背景。それで、協力関係とは具体的に何をするのですか?」

 うーん、聞かれると照れるな。

「あの……私恋人が欲しいんです。ルパート先輩には素敵な人を見つける手助けを……ゴニョゴニョ」

 積極的に異性を求めることについて、元僧侶のキースは難色を示すかもしれないと私は思った。しかし、

「そうですか、恋に前向きになれたのですね。あなたはとても魅力的な女性なのに、ずっと殻に閉じ籠っているようで心配していました。僕も応援しますから素敵な恋をして下さい」

 キースは明るい声で肯定してくれた。私はホッとした。

「でもその前に、エリアスさんと話をしないと」
「ああ、彼はあなたをとても気に入っているようですね」
「はい……。でも彼と私とでは住む世界が違うと思うんです。お付き合いはできません」
「それは……。うん、そうですね……」

 キースもやっぱりそう思っていたか。そりゃそうだよ。
 ルパートの先輩であるルービックさんだって、貴族と結婚して上手くいかなかったんだ。類いまれの無い才能の持ち主でさえ出自の違いは乗り越えられなかった。私なんて……。

自惚(うぬぼ)れかもしれませんが、エリアスさんがギルドに協力して下さっているのは、私のことが何割か関係しているんじゃないでしょうか?」
「何割かって、確実に十割ウィーの為だろうな」
「だったら、彼は私から解放されるべきなんです。お付き合いするつもりが無いのに、これ以上エリアスさんを危険な目に遭わせる訳にはいきません」

 エリアスの優しさに甘えていては駄目だ。私にはお返しできるものが無いのだから。
 ルパートが腕組みをして頷いた。

「まぁ、それが誠意ある対応だろうな。強いあの人の力を借りられなくなるのは痛いが、今度のミッションは俺が本気出してやるからさ、エリアスさんには理由を話して隊を抜けてもらおう」
「その必要は無い。話は聞かせてもらった」
 
 低音ボイスが響いて会議室の扉が開かれた。そこにはエリアスが……、そしてマキアとエンも揃っていた。まだ集合時間まで十分以上有るよ? みんな真面目だなぁ。

「エリアスさん……!」
「立ち聞きの無礼を詫びるよ。レディの美しい声はよく通る」

 どんな状況でも褒め言葉に持っていくね。

「貴女の私に対する気持ちはよく解った」
「……すみませんエリアスさん。もっと早くお伝えするべきでした」

 私はエリアスに深々と頭を下げた。

「顔を上げてくれレディ。むしろ私は感動している。黙っていれば私をいいように使えるのにそうしない誠実さ。そして奥ゆかしさ。貴女は私が思った以上の女性だった」

 どうして振る側の私が称賛されているのだろう。 

「あの、エリアスさん……?」

 顔を上げて私は驚いた。エリアスは慈愛に満ちた微笑みを浮かべて私を見ていた。そしてその斜め後ろで恋バナ大好きマキア青年が瞳を輝かせていた。キラッキラに。 
 私は今ゴメンナサイをしているんだよね?

「レディ、貴女にも事情が有るのだろう。だが私が想い続けることは許して欲しい」
「……いけません。エリアスさんにはもっと相応しい女性が居るはずです」
「相応しい、相応しくないかは心が決めること。私は己に噓は吐けない」

 エリアスが私を見つめた。その視線から目が()らせなかった。

「私は隊を抜けない。レディの傍に居る」
「私はっ、私はレディなんかじゃありません……! そんな風に扱わないで下さい」
「では貴女は何だ?」
「何も無い……ただのロックウィーナです」

 フッと笑ってエリアスは両手を私の肩に乗せた。

「それでは今からキミは私の友人だ」
「え」

 友人?

「レディではなく友人として接する」
「え」

 どういうこと?

「よろしく、ただのロックウィーナ」
「えええ?」

 彼が言っている意味が解らない。友達から始めようとかそういうことだろうか? でもお付き合いできる未来が無いからお断りしているんだけどな。
 首を傾げる私をエリアスはグイっと両腕で引き寄せた。あ、これデジャヴ……とか思う間も無く、訓練場でルパートにされたように私はエリアスに抱きしめられていた。

「ええええええええ!?
「おいぃっ、何してる!!

 私の悲鳴とルパートの怒号が同時に上がった。
 胸部は鉄製の鎧を着けているが、私の背中に回された両腕からエリアスの体温が伝わってきた。更にこれでもかという密着感。息ができないくらいギュウギュウにしめられた。
 あまりの衝撃的な出来事に私の思考は彼方(かなた)へと飛んだ。抱きしめられ人数、これで五人目☆とかどうでも良いことを考えていた。
 ルパートがキーキー騒いでいたが、エリアスは落ち着いたものだった。

「友人とは事あるごとにこうして抱き合うものだ」
「そんな常識初めて聞いたぞ!?
「レディとして見ていた時は遠慮していた。本当はトロールを倒した後、貴重鉱石を採掘した後、廃村で再会した後、こうして抱き合って喜びを分かち合いたかった」
「我慢してたんだ、偉いね。いっそのことずっと我慢しててくれよ!」
「もう友人だから」
「友達でも遠慮しろ、親しき中にも礼儀ありだ。なんで前より距離が縮まってるんだよ!?
「親友になったから」
「進展早いな!」
「そこまで!!

 キースの慌てた声が二人を止めた。

「ロックウィーナがタップしてる! 腕の力が強過ぎて息ができないんだ、(ゆる)めて!!
「なんと」

 エリアスの腕が開かれ、私はルパートによって救出されてキースに預けられた。ゼイゼイ。怪力の人に抱きしめられるのって命懸けなんだと知った。

「すまなかったロックウィーナ。次からはちゃんと力加減をすると誓う」

 次が有るのか。ルパートの言ったように距離が縮まった気がする。私がやらかしたのか、エリアスにしてやられたのか。

「恋っていいなぁ……」

 呟いたマキアをエンが何とも言えない目で見た。絞め落とされるところだったんだけどね。

「おー、全員揃ってるな。では始めるぞー」

 何も知らないギルドマスターがのほほんと会議室に入ってきた。

「はーい、みんな着席ー。説明するよー」

 呑気な声に気が削がれた。私達は各々手近なイスに腰掛けた。
 マスターは長机の上にフィースノー地方の大きな地図を広げた。数ヶ所に赤い丸印が付けられており、マスターがその丸印を指し示した。

「寄せられた情報から推測して、この三か所にアンダー・ドラゴンのアジトが在ると思われる」

 ギルド支部にはお抱えの情報屋が居る。それ以外にも依頼で出掛けた冒険者から帰還の際に、出会ったモンスターや気になった場所等の情報を提供して貰える場合が有る。

「一番近いアジトはここだな。取り敢えずここへ(おもむ)いて、出入りする人間をチェックしてくれ」
「チェックするだけか? 捕まえて本拠地の場所を吐かせた方が早いだろう」

 ルパートの進言をマスターは首を振って否定した。

「下っ端の構成員は本拠地の場所を知らされていない。今までに逮捕された奴らは王国兵団の厳しい尋問を受けたが、誰一人として有力な情報を吐かなかったそうだ」

 尋問の名を借りた拷問だろうな。それでも吐かなかったということは、彼らは話して楽になれる情報を持っていなかったのだ。

「そんな訳だから最初は見張るだけに留めてくれ」
「最初だけ?」
「本拠地からの連絡係がアジトに絶対現れるはずだから」
「ああそうか。そいつがターゲットか」

 アジトに居る構成員は、街でよく見掛ける不良やチンピラくんレベルの小者に過ぎない。アンダー・ドラゴンという大組織の名前を使って大きな顔をしているのだ。だがその対価は払わなければならない。犯罪行為で得た金のいくらかを組織に上納している。その繋ぎ役が連絡係だ。

「連絡係を捕まえるか、後を付けて本拠地の場所を探るかすればいいんだな?」
「そういうことだ。どちらにするかはおまえ達の判断に任せる」
「もし見張っていることが奴らにバレて戦闘になったら?」
「戦え。自分の命を護ることが最優先事項だ。その為ならば相手を殺しても構わん。冒険者ギルドに喧嘩を売ったことを後悔させてやれ」

 静かにマスターに言われて身が引き締まった。普段は軽い言動をしていても、マスターは死線を()(くぐ)ってきた勇士なんだと思い知らされる。

「まぁうっかり一つのアジトを壊滅させちゃってもドンマイドンマイ。まだ二つ在るからな、気を取り直してそっちへGO。三つとも全滅させちゃっても気にしない。アンダー・ドラゴンの制圧は元々、王国兵団がやるべき仕事なんだからさ」

 やっぱり軽かった。この人は本当に元Sランク冒険者か?
 ここでエンが挙手をした。

「はいエンくん」
「……アンダー・ドラゴンと言う呼び名は長くて面倒」

 そこかよ。

「あ、私もそう思っていた。長いよな」
「僕もです。省略してアンドラでいいんじゃないですか?」
「いいっスね、アンドラ!」
「それなら面倒じゃない……」
「じゃあこっからアンドラで!」

 全員軽かった。でもまぁ、そのくらいの図太い神経じゃないと冒険者やギルドの職員は務まらないんだよね。私もだいぶ感化されてきたな。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

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