幕撤去 不穏な動きと輝ける聖騎士(2)

文字数 3,544文字

☆☆☆


 会議終了後、私達は冒険者ギルドのエントランスホールへ移動した。国王陛下からの命令書が届くまでは通常業務をこなすのだ。
 受け付けカウンターの中で、マスターがさっそく本日の出動に関する資料を渡してきた。あれ? 私とルパート、違う地図のようだけど。

「マキアとエンには行方不明者の捜索で、セダン峡谷へ出動してもらう。ルパート、サポート役として彼らに同行しろ」
「ん? ウィーは?」
「ウィーはキースと一緒に、ラフターの森へ冒険者の忘れ物を回収しに向かってもらう」

 セダン峡谷もラフターの森もCランクフィールドだ。難易度としては当然、行方不明者捜索の方が高い。そっか、だからルパートはあちらへ参加なのか。

「何でだよ!」

 私は納得したのにルパートがマスターへ嚙み付いた。

「俺のバディはウィーだ。何で離れて出動なんだよ!」
「おめーは出動班のリーダーだろうが。フィースノーに移籍したばっかりで、右も左も判らねー新人の面倒を見るのも役目の内なんだよ」
「チッ……」

 上司に舌打ちをかました無礼なルパートは私に向き直った。

「ウィー、油断しなければおまえの実力で充分やれるフィールドだ。無事に戻れよ」
「は、はい」
「よし、マキアとエン、出動準備だ」

 ルパートはもう気持ちを切り替えていた。こういうところはデキる男なんだと思う。

「私はロックウィーナとキース殿の手伝いをしよう」

 優美な笑みで付いてこようとしたエリアスを、ギルドマスターが焦った様子で止めた。

「通常業務へのご参加は駄目ですっ。現在街で、あなたに関するスキャンダラスな噂が出回っているそうなんで……」
「そうなのか? 私の噂?」
「そーなんですよぉ」

 受付嬢のリリアナが割り込んできて説明をした。

「噂の出所は、あなたにフラれた女冒険者達らしいですよぉ。彼女達が何度誘っても相手にしないのに、ギルドの仕事にはホイホイ協力してくれるでしょう? エリアスさんはゲイで、ギルド職員の誰かとデキてるんじゃないかってもっぱらの噂なんですぅ」
「なんと。どうしてゲイになる!? そこはせめて女職員を狙っているとしてくれ! 私はロックウィーナにプロポーズまでしたのに!! ……くっ、人の少ない朝一にしなければ良かった」
「ですからぁ、噂を流したのは女冒険者達だって言ったじゃないですかぁ。あなたがゲイだってことになれば、彼女達は自分がフラれたプライドを回復できるんですよぉ」

 私は(くだん)の女達にカチンときた。

「それって酷くない? フラれた腹いせに噓を流すなんて」
「ああロックウィーナ、私の気持ちを解ってくれるのはキミだけだ……痛っ」

 私の手を握ろうとしたエリアスは、キースが張った障壁に指先を弾かれた。アルクナイトみたいに自動で展開するバリアではないけれど、その代わりにキースの障壁は意識したもの全てを弾ける仕様らしい。

「はいはい、何かと口実を付けてロックウィーナに触ろうとしては駄目ですよ」
「はは、エリアスさんたら踏んだり蹴ったりだな」

 完全に他人事のルパートが茶々を入れた。しかし奴はリリアナにキツイ事実を告げられた。

「エリアスさんのお相手とされている第一候補は、ルパートお兄様なんですよぉ? きゃっ♡」
「はぁ!? 俺!? 俺もゲイだって思われてんの!?
「なっ、何故私がルパートと!?
「ええ~? いっつも至近距離で見つめ合ってるからかなぁ? きゃっ♡」
「あれは睨み合って牽制してたんだ!」
「発言を撤回しろ!」
「や~ん、私に怒られても困りますぅ~」

 マキアとエンがクスッと笑って、慌ててルパートとエリアスから目を逸らせた。その彼らはレクセン支部の青い防護ベストから、フィースノー支部の赤い防護ベストへ着替えていた。……本当に仲間になったんだなぁ。私は感慨深く二人を眺めつつ、自分の出動準備を整えた。

「そういう訳でしてエリアスさんには、ここぞという任務の時だけ助力して頂けると幸いです。普段は鍛錬なり、冒険者としてミッションに挑むなりお好きなように過ごして下さい。魔お……アルもそうです。目立つ行動は控えて下さいね」
「む……。そういえばアルは何処だ?」

 エリアスと同じく私も周囲を見渡した。あの派手で破廉恥な魔王が居ない。

「俺はここだエリー」

 少し離れた所に黒いローブを着て、首の左側に三つ編みを結った落ち着いた雰囲気の美青年が佇んでいた。

「え、どちら様……?」

 素で誰だか判らなかった私に、黒いローブの美青年は詰め寄って怒った。

「おまえはっ! 未来の夫の顔を忘れる奴があるか!!

 …………へ? この不躾な態度、輝く銀髪、魔力の循環で赤く変色した瞳。

「あなたアルク…………じゃない、アル!? 噓でしょ!」
「何が嘘だ。一発で気付け馬鹿者が!」
「だっておへそとお乳が出ていない!」
「おまえがギャーギャー騒ぐから、露出が少なく地味な服にわざわざ着替えてやったんだ!」
「それすっごい似合ってる! いいね、素直にカッコイイと思うよ?」
「は…………はぁ?」

 アルクナイトは暴言を飲み込んで下を向いた。

「そ、そうか……。俺の美しさを認識したのならそれでいい……」

 まさか照れてる?
 いやー、それにしてもビックリだ。露出を控えた途端に綺麗なお兄さん。ああいや、アルクナイトは元々美形なんだろうね。今まで半裸の姿が恥ずかしくて、私はまともに彼を見られていなかったんだ。

「服装一つでああも雰囲気が変わるもんなんだな……」
「マズいぞルパート。ロックウィーナがアルに見惚れている」
「……マジか。アイツ何気に面食いだからな。キースさん、ウィーを宜しく頼むな。出動してくれ!」
「あっ、はい。行きましょうロックウィーナ!」

 何だか慌ただしく私達は冒険者ギルドを出ることになった。準備は終わっていたからいいけどさ。
 ギルド横の乗場から、一つの馬車を選んで乗り込んだ。ええと、行き先はラフターの森で、野営の際に置いてきてしまった魔道具を回収すればいいのね。
 久し振りの通常業務だ。ようし、頑張ろう!

「張り切っていますね、ロックウィーナ」

 馬車の中で腕のストレッチをしていた私。落ち着き無いって思われた? ちょっと恥ずかしい。
 あ、私、キースと二人きりの出動はこれが初めてなんだ。彼は回復系だから私がメインのアタッカーになるのか。……私に務まるかな?
 冒険者ギルドに就職して七年間、いつも横にルパートが居てくれた。彼の物言いに苛ついたことも度々有った。でも何か遭った時は彼が何とかしてくれるという安心感を持てた。

(大丈夫、大丈夫……)

 そのルパートが、私の力で充分やれると言ってくれたんじゃないか。マスターだって、私の攻撃力を信頼した上でキースと組ませたんだ。

(よし……!)

 私は迷いを捨てて前を見据えた。


☆☆☆


「えええええぃっ!」

 私はウサギ系のモンスター相手に苦戦していた。クレイジーダンサーと言う名前のこのモンスターは、とにかく機敏でピョンピョン跳ねて私の鞭から逃げ回った。かと思えば猪すらも蹴り殺せる、強力なカウンターキックを繰り出す凶暴性も兼ね揃えている。

「こんのぉ!」

 スカッ。鞭は縄跳びのように飛んでかわされた。続いて助走を付けたウサぴょんの蹴りが私を襲った。

 バチッ。

 今回もキースの障壁に護られた。跳ね返されるウサぴょん。しかしあくまでも防御用の障壁なので、触れた相手は軽い痛みを受ける程度で怪我まではしない。アタッカーの私が敵にダメージを与えないと。

「大丈夫、あなたならやれます。たとえ外して反撃されても、相手の攻撃は何度でも僕が弾きます」

 戦闘中だというのに、いつもと変わらない穏やかなキースの口調に私は励まされた。ここで「何回攻撃を外してんだ!」とか責められたら萎縮しちゃってただろうな。
 キースの優しさに感謝して、私は再び鞭をうならせた。

 バシュンッ!

 ヒット! 鞭はモンスターの皮膚を裂き地面に叩き付けた。…………動かない。倒したようだ。
 ふうっと私は息を吐き、キースが小さく拍手した。

「おみごとでした」
「いえ、時間がかかって申し訳無いです。ルパート先輩なら一分もかからずに倒していたでしょう。瞬殺かも」
「あなただって倒しました。何分かかろうが、結果は同じ勝利(・・)なんです。胸を張りなさい」
「は、はい……!」

 キースには学校の先生のような雰囲気が有る。それも子供に好かれる良い先生の。
 ギルドで生活してきて彼に注意されることも有ったけれど、筋が通っているせいか反発心が湧かないんだよね。ルパートだって魅了の瞳の前から、何だかんだ言ってキースに懐いているし。
 ギルドの優しいお兄ちゃん。キースに付けられた渾名(あだな)だ。ピッタリだと思うけれど、キースは自分の我を出したいとか思わないのかな……?
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

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