新四幕 ルパートの焦り(4)
文字数 3,439文字
「ルパート、他人 から言われないと自分の心も解らないんですか?」
キースは呆れた口調だった。
「……キミがセスと一緒に、ロックウィーナに群がる男連中を蹴散らしていることは知っていました」
「………………」
「でもやり過ぎですよね? ロックウィーナが自由に恋愛することを妨げてしまっている。セスについては正座させて一時間ほど説教しました」
セスは出動班の中では一番の年長者なのだが、力関係はキースの方が上のようだ。ちょこんと座って怒られて、しょんぼりしている髭面のオッサンの絵が脳裏に浮かんだ。
「俺には何も言って来こなかったじゃないか」
「ええ。セスのは完全にお節介な父性愛でしたが、キミの場合は男として、真剣にロックウィーナを愛した上での行動だと思ったからです」
お茶のコップを落としそうになったルパートへ、キースは逆に尋ねた。
「そうじゃないんですか? 蹴散らした男性の中には、セスがアイツならいいんじゃないかと評価した、まともな人も何人か居たそうじゃないですか。キミの想いが兄弟愛であるのなら、セスと一緒にそこで引き下がっていたはずでしょう?」
「………………」
「でもキミはそういう相手に限って、必要以上に厳しく接したんですよね? 二度とロックウィーナの近くへ寄らないよう脅したでしょう? 自分のライバルになると危惧したからではないですか?」
「………………」
え? え? キースは何を言っているの? そしてルパートは何故反論しないの?
「ルパート、キミが恋愛に慎重なのはどうしてですか?」
「……昔、親友に恋人を寝取られたからだよ」
「それは……つらい体験でしたね」
同情したのか、キースは声音を和らげた。
「キミはそれから、恋愛事から遠ざかりたいと思ったのではないですか?」
「……思ったさ。だからウィーに告白された時は過剰に反応しちまって、酷い言葉で傷付けちまった」
キースは頭を横に振った。
「キミは……恋をしても、それを恋だと認めたくないだけなんだと思います」
「!?」
キースが導いた結論に、ルパート、そして私は息を吞んだ。
「ロックウィーナに告白されたのは六年前だそうですが、僕が知る限り、キミはその後も彼女にべったりしていました。自分が振った相手である彼女に」
「それは……、女としては見れなくても、ウィーはイイ奴だから」
「あのですね、その気も無い相手に好きだなんて言われたら、普通は気まずくなって距離を置くものなんですよ」
だよね。少なくとも振られた側の私は遠ざかりたかった。
「だけど、仕事に私情は挟めないから」
「そうですか? 命懸けで任務に当たる出動班は、相性の良い者同士がバディを組みます。そもそもロックウィーナの教育係は、当初はセスがなる予定でした。ルパート、キミがバディを解消したいとケイシーに申し出ていたら、希望はすんなり通ったはずです」
「………………」
「でもキミはロックウィーナの傍から離れなかった。ロックウィーナが自分から離れることも許さなかった」
「………………」
「ルパート、キミはもう恋で傷付きたくないんです。だから……」
キースは一瞬躊躇 ったが、意を決して言った。
「だから、ロックウィーナに恋をしたのに、それを認めることができないでいるんです」
「!……………………」
ルパートは静かにコップを机に置いて沈黙した。まばたきを忘れてしまったのか、目を見開いたままだ。
私はというと、イスに座ったまま金縛りに遭っていた。キースってばとんでもないことを言い放ったよ。よりにもよって、ルパートが私に恋してるなんて。
……馬鹿馬鹿しいと思うのに、どうして私はショックを受けているんだろう? どうしてルパートは言い返さないんだろう?
「る、ルパート先輩……」
身体は硬直したままだが声は何とか出た。
「否定……しないと。キース先輩の勘違いを……正さないと」
顔の筋肉も強張 ってしまったから喋りにくいな。
「否定は……できない」
ほえ?
「キースさんの……言う通りかもしれない」
ほえ?
ほええ?
ほええええええ!?
「なっ、何言ってるんですか、先輩まで!」
「魔王様が……」
ん? ぐっすりおやすみマンがどうかした?
「魔王様が、俺とおまえが結婚する未来も存在したと言っていた」
「それは……」
「ええ!?」
私以上にキースが反応した。
「ルパートとロックウィーナは将来結婚するんですか!? そこまで仲が進展するんですか!? 険悪になったここから大逆転ですね!」
「……そういう未来も有るって話。昨日の晩にさ、俺達は時間のループに閉じ込められているけど、行動によって未来が変わるって話したろ? ウィーの結婚相手もそうなんだ。何もしなければエリアスさんだが、彼の代わりに俺やキースさんが結婚相手になった未来も有ったそうだ」
キースは目を剝いた。
「ぼっ、僕もですか!? 僕は独身主義者なんですが!?」
「時間のループを十七周も体験した魔王様情報だ」
「そんな……まさか……」
キースはイスの上であわあわし出した。ルパートを諭 していた彼であったが、自分のこととなると冷静さを欠くようだ。
「俺、魔王様からそれを聞いてから何て言うか、ずっと心にモヤが掛かったみたいな気分になってたんだ……」
ルパートは再度項垂 れた。
「でもキースさんに指摘されて、そのモヤが晴れた気がする」
顔を上げたルパートは真っ直ぐに私を見た。
私は熱を帯びた彼の瞳に捉 えられた。キースに魅了された時の表情と同じだ。それを私に向けるなんて。
怖い。大きな変化がもたらされようとしていた。
「今になって解ったよ。ウィー、俺は……」
だめだよルパート。その先は言っちゃ駄目。やっと落ち着いた私達の関係がまた壊れてしまう。
私は彼を止めたかったが、彼はもう覚悟を決めていた。
「おまえを愛していたんだ。一人の男として、ずっと前から」
「!………………」
ドクン。心臓が跳ね上がった。
エリアスに押し倒された時と同等、いやそれ以上の激しいリズムが私の身体を駆け巡った。
「今さら虫のいいことを言っているのは承知の上だ。それでも、気づいてしまった心はもう偽 れない」
ルパートは一旦立ち上がり、私の傍へ移動すると、左手でガッチガチに固まっていた私の右手を取った。そして己の右膝を折って私の前に跪 いた。
エリアスが私にプロポーズした時を思い出した。
「ウィー、いやロックウィーナ。おまえを傷付けた償いはする。もしも俺を許して受け入れてくれるなら、俺はおまえの心に生涯を懸けて忠誠を誓おう」
ふっと、腰に剣を差して騎士の制服を着たルパートが見えた気がした。シャワーの後でラフな服装の彼であるのに。
さっきのなんちゃってプロポーズではなく、今のはルパートの本気のプロポーズだ。
ど、どうしよう? カウンターパンチを……入れられる空気じゃないよね!?
私の思考が定まる前に、ルパートは私の右手の甲へキスをした。どっひゃあぁ。
ドックン、バックン、ドックン。短期間で心臓に負担を掛け過ぎて早死にしそう。
「返事は急がない。だがいつか俺を選んで貰えるように頑張るよ」
あのルパートが私にここまでするなんて、言うなんて。
かつて彼に恋をしていた記憶が走馬灯のように蘇った。やっぱり死ぬのかな。意識が遠のいていく。
「ウィー!?」
ふにゃあ。イスの背もたれからずり落ちた私をルパートが支えた。それだけではなく、彼は軽々と私を両手を使って身体の前に抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
恋愛小説を読んで憧れていたこの抱っこ、まさかルパートにしてもらう日が来るとは。
「キースさんおやすみ、邪魔をしたな」
「おやすみ……ってルパート、何処へ行くつもりですか?」
「え? コイツを部屋へ送り届けてくるんだよ。ベッドに寝かせてやらなきゃ」
「僕も同行します」
「俺一人でやれるよ」
「阿保か。恋心を自覚したおまえと、気絶しかけているロックウィーナを二人きりにしたら危ないだろうが」
「……キースさん?」
あれ? キースの話し方が変わった?
「誰かに見られたら誤解される状況ですからね、キミが彼女の部屋を出るまで同行しますよ。彼女をベッドに寝かせて、それから間違いが起きないようにサッと退出しましょう」
気のせいだったようだ。キースはいつもと同じ穏やかな話し方だ。ルパートが小さく舌打ちしたような気もしたが、これも聞き違いだろうな。
衝撃展開の連続で神経が擦り減っていた私は、ルパートの腕の中で眠りに落ちた。
キースは呆れた口調だった。
「……キミがセスと一緒に、ロックウィーナに群がる男連中を蹴散らしていることは知っていました」
「………………」
「でもやり過ぎですよね? ロックウィーナが自由に恋愛することを妨げてしまっている。セスについては正座させて一時間ほど説教しました」
セスは出動班の中では一番の年長者なのだが、力関係はキースの方が上のようだ。ちょこんと座って怒られて、しょんぼりしている髭面のオッサンの絵が脳裏に浮かんだ。
「俺には何も言って来こなかったじゃないか」
「ええ。セスのは完全にお節介な父性愛でしたが、キミの場合は男として、真剣にロックウィーナを愛した上での行動だと思ったからです」
お茶のコップを落としそうになったルパートへ、キースは逆に尋ねた。
「そうじゃないんですか? 蹴散らした男性の中には、セスがアイツならいいんじゃないかと評価した、まともな人も何人か居たそうじゃないですか。キミの想いが兄弟愛であるのなら、セスと一緒にそこで引き下がっていたはずでしょう?」
「………………」
「でもキミはそういう相手に限って、必要以上に厳しく接したんですよね? 二度とロックウィーナの近くへ寄らないよう脅したでしょう? 自分のライバルになると危惧したからではないですか?」
「………………」
え? え? キースは何を言っているの? そしてルパートは何故反論しないの?
「ルパート、キミが恋愛に慎重なのはどうしてですか?」
「……昔、親友に恋人を寝取られたからだよ」
「それは……つらい体験でしたね」
同情したのか、キースは声音を和らげた。
「キミはそれから、恋愛事から遠ざかりたいと思ったのではないですか?」
「……思ったさ。だからウィーに告白された時は過剰に反応しちまって、酷い言葉で傷付けちまった」
キースは頭を横に振った。
「キミは……恋をしても、それを恋だと認めたくないだけなんだと思います」
「!?」
キースが導いた結論に、ルパート、そして私は息を吞んだ。
「ロックウィーナに告白されたのは六年前だそうですが、僕が知る限り、キミはその後も彼女にべったりしていました。自分が振った相手である彼女に」
「それは……、女としては見れなくても、ウィーはイイ奴だから」
「あのですね、その気も無い相手に好きだなんて言われたら、普通は気まずくなって距離を置くものなんですよ」
だよね。少なくとも振られた側の私は遠ざかりたかった。
「だけど、仕事に私情は挟めないから」
「そうですか? 命懸けで任務に当たる出動班は、相性の良い者同士がバディを組みます。そもそもロックウィーナの教育係は、当初はセスがなる予定でした。ルパート、キミがバディを解消したいとケイシーに申し出ていたら、希望はすんなり通ったはずです」
「………………」
「でもキミはロックウィーナの傍から離れなかった。ロックウィーナが自分から離れることも許さなかった」
「………………」
「ルパート、キミはもう恋で傷付きたくないんです。だから……」
キースは一瞬
「だから、ロックウィーナに恋をしたのに、それを認めることができないでいるんです」
「!……………………」
ルパートは静かにコップを机に置いて沈黙した。まばたきを忘れてしまったのか、目を見開いたままだ。
私はというと、イスに座ったまま金縛りに遭っていた。キースってばとんでもないことを言い放ったよ。よりにもよって、ルパートが私に恋してるなんて。
……馬鹿馬鹿しいと思うのに、どうして私はショックを受けているんだろう? どうしてルパートは言い返さないんだろう?
「る、ルパート先輩……」
身体は硬直したままだが声は何とか出た。
「否定……しないと。キース先輩の勘違いを……正さないと」
顔の筋肉も
「否定は……できない」
ほえ?
「キースさんの……言う通りかもしれない」
ほえ?
ほええ?
ほええええええ!?
「なっ、何言ってるんですか、先輩まで!」
「魔王様が……」
ん? ぐっすりおやすみマンがどうかした?
「魔王様が、俺とおまえが結婚する未来も存在したと言っていた」
「それは……」
「ええ!?」
私以上にキースが反応した。
「ルパートとロックウィーナは将来結婚するんですか!? そこまで仲が進展するんですか!? 険悪になったここから大逆転ですね!」
「……そういう未来も有るって話。昨日の晩にさ、俺達は時間のループに閉じ込められているけど、行動によって未来が変わるって話したろ? ウィーの結婚相手もそうなんだ。何もしなければエリアスさんだが、彼の代わりに俺やキースさんが結婚相手になった未来も有ったそうだ」
キースは目を剝いた。
「ぼっ、僕もですか!? 僕は独身主義者なんですが!?」
「時間のループを十七周も体験した魔王様情報だ」
「そんな……まさか……」
キースはイスの上であわあわし出した。ルパートを
「俺、魔王様からそれを聞いてから何て言うか、ずっと心にモヤが掛かったみたいな気分になってたんだ……」
ルパートは再度
「でもキースさんに指摘されて、そのモヤが晴れた気がする」
顔を上げたルパートは真っ直ぐに私を見た。
私は熱を帯びた彼の瞳に
怖い。大きな変化がもたらされようとしていた。
「今になって解ったよ。ウィー、俺は……」
だめだよルパート。その先は言っちゃ駄目。やっと落ち着いた私達の関係がまた壊れてしまう。
私は彼を止めたかったが、彼はもう覚悟を決めていた。
「おまえを愛していたんだ。一人の男として、ずっと前から」
「!………………」
ドクン。心臓が跳ね上がった。
エリアスに押し倒された時と同等、いやそれ以上の激しいリズムが私の身体を駆け巡った。
「今さら虫のいいことを言っているのは承知の上だ。それでも、気づいてしまった心はもう
ルパートは一旦立ち上がり、私の傍へ移動すると、左手でガッチガチに固まっていた私の右手を取った。そして己の右膝を折って私の前に
エリアスが私にプロポーズした時を思い出した。
「ウィー、いやロックウィーナ。おまえを傷付けた償いはする。もしも俺を許して受け入れてくれるなら、俺はおまえの心に生涯を懸けて忠誠を誓おう」
ふっと、腰に剣を差して騎士の制服を着たルパートが見えた気がした。シャワーの後でラフな服装の彼であるのに。
さっきのなんちゃってプロポーズではなく、今のはルパートの本気のプロポーズだ。
ど、どうしよう? カウンターパンチを……入れられる空気じゃないよね!?
私の思考が定まる前に、ルパートは私の右手の甲へキスをした。どっひゃあぁ。
ドックン、バックン、ドックン。短期間で心臓に負担を掛け過ぎて早死にしそう。
「返事は急がない。だがいつか俺を選んで貰えるように頑張るよ」
あのルパートが私にここまでするなんて、言うなんて。
かつて彼に恋をしていた記憶が走馬灯のように蘇った。やっぱり死ぬのかな。意識が遠のいていく。
「ウィー!?」
ふにゃあ。イスの背もたれからずり落ちた私をルパートが支えた。それだけではなく、彼は軽々と私を両手を使って身体の前に抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
恋愛小説を読んで憧れていたこの抱っこ、まさかルパートにしてもらう日が来るとは。
「キースさんおやすみ、邪魔をしたな」
「おやすみ……ってルパート、何処へ行くつもりですか?」
「え? コイツを部屋へ送り届けてくるんだよ。ベッドに寝かせてやらなきゃ」
「僕も同行します」
「俺一人でやれるよ」
「阿保か。恋心を自覚したおまえと、気絶しかけているロックウィーナを二人きりにしたら危ないだろうが」
「……キースさん?」
あれ? キースの話し方が変わった?
「誰かに見られたら誤解される状況ですからね、キミが彼女の部屋を出るまで同行しますよ。彼女をベッドに寝かせて、それから間違いが起きないようにサッと退出しましょう」
気のせいだったようだ。キースはいつもと同じ穏やかな話し方だ。ルパートが小さく舌打ちしたような気もしたが、これも聞き違いだろうな。
衝撃展開の連続で神経が擦り減っていた私は、ルパートの腕の中で眠りに落ちた。