三幕 ギルドへの挑戦状(2)
文字数 3,743文字
「闇討ちしてきた相手がアンダー・ドラゴンの構成員だって判明したのか?」
「犠牲になった先輩達の手の甲に……、アンダー・ドラゴンの組織マークが焼き印されていたんです」
「畜生が……」
ルパートが舌打ちして、私は身震いした。ギルド職員が逆恨みで犯罪者に殺害されるなんて。明日は我が身かもしれない。
「……はふっ?」
「何だよウィー」
変な声を出してしまった私をみんなが怪訝そうに見つめた。
「何デモ無イデス。続キヲドウゾ」
動揺を隠しつつ答えた私の身には、ある意味大事件が起きていた。
エリアスが、私の左隣に座るエリアスが、テーブルの下で私の左手を握ってきたあぁぁぁぁ!!
おそらく不安そうにしている私を元気づけようとしたのだろうが、こういうことに慣れていない私は一気に動悸が激しくなった。エリアスってば隠れてお手々ニギニギしているくせに、表情には一切出していない。もう片方の手でテーブルに頬杖ついてシレッとしているyo!
「おまえ熱でも有んの?」
「無イデス」
顔が赤くなってしまったか、恥ずかしい。ルパートはしつこく私をチラチラ見たが、奴が座る右側からは握られた手が死角になっていたのでセーフだった。
ギルドマスターが話を戻した。
「……レクセン支部の件で解ってもらえたと思う。不敵にもアンダー・ドラゴンは、冒険者ギルドへ挑戦状を叩き付けてきやがったんだ」
「殺るか殺られるか、もう全面対決を回避できないってことか」
「その通りだ。ならばこちらから打って出る!」
えええ~? 犯罪組織と戦争するの!? 噓でしょ?
身体が再び震えたが、エリアスが握る力を強めて私を無言で励ました。うわはぁ。怖かったり照れ臭かったりルパートの視線がウザかったり、私の思考は目まぐるしく入れ替わっていた。
「ですがマスター、まだ全容が解明されていない大規模な犯罪組織なのでしょう? 二つの支部だけで太刀打ちできるでしょうか?」
キースが慎重な意見を述べた。もっともだ。
「安心しろ、ついに国が動いた。我々ギルドの仕事は、奴らのアジトを辿って本拠地の場所を掴むところまでだ。本拠地の制圧は王国兵団の一個師団が担当する」
凄い。一個師団は三千人超えの兵士の集まりだ。そんなに大勢の兵が動くのか。
「本拠地を探ることも危険な任務に変わりはないですが……、先輩の仇をのさばらせてはおけません!」
「……必ず突き止める」
先輩を殺されたレクセン支部の二人は熱を帯びた瞳となった。
「師団長は誰になるんでしょうね?」
「うーんと、届いた資料によるとルービックとか言う名前だったような……」
「おお、ルービックさんか! あの人も聖騎士だよ。俺が在籍していた頃は大隊長だったのに、この八年で師団長にまで出世したのか!!」
ルパートが興味を示した。騎士の話は終わりだと自分で言ったのに、懐かしい知り合いの名前が出て来て嬉しくなったようだ。
……ん? 八年?
「ルパート先輩、八年って何ですか?」
「八年は八年だよ。俺が聖騎士を辞めてからの年月」
「それから冒険者ギルドへ就職したんですか?」
「ああ」
「先輩、ギルドの古株だって言ってましたよね?」
「あ」
ヤベッという表情を作ってからルパートは私から顔を背けた。私は彼に俺は古株だ、大ベテランなんだから言うことを聞けと散々こき使われていた。大先輩の指示だからと仕事と関係の無い使いっ走りもやったのに、ルパートは私よりたった一年早くギルドに来ただけだった。やっぱりウンコ野郎だよコイツ。
ルパートは話を逸らした。
「レクセンでも本拠地探しはするんだろ? そっちの二人はどうして忙しい中ウチの支部へ来てくれたんだ?」
マスターが重い口調で言った。
「それはウチの支部が深刻な人手不足だからだ。新人が全く育たん。この十年、現場担当で残ったのはルパートとウィーだけだ」
「アンタが安月給でこき使うから新人が逃げるんだろ」
そうだったね。私の後に何人も採用されたけど、みんな半年くらいで辞めてしまった。酷いのなんて一ヶ月も保たなかった。事務仕事に比べてハードな上に命の危険も有るからね。僅かな危険手当が付くだけでは割に合わないと考えたんだろう。
「通常業務もやっていかなきゃならんから、アンダー・ドラゴンの案件に割 ける人員は多くない。だからレクセンから助っ人を回してもらったし、エリアスさんにもまた手を借りることになった」
なるほど、だからエリアスがここに居るのか。
「エリアスさんは宜しいんですか? 昨日以上に危険な任務となりますよ……?」
ギルドから謝礼金が出るといっても大した額じゃない。冒険者として富豪の依頼を受けた方が成功報酬は高い。同じ命を懸けるなら見返りが多い方が良いだろうに。
聞いた私にエリアスは微笑んだ。左手はもちろん握ったままです。
「今はまだこの地方だけの話かもしれないが、アンダー・ドラゴンを放っておけば被害はいずれ国中に拡大するだろう。父が護る領地にもな。決して他人事ではないよ」
この人は恩着せがましいことを言わない。善い人なんだよね、本当に。身分違いでさえなかったら素直に恋ができたのに。
「それじゃあ早速……と言いたいところだが、レクセン支部の二人は長距離移動で疲れただろう? 独身寮に部屋を用意したのでそちらで足を休めてくれ。今から案内する」
本拠地探しは時間がかかりそうだからな、彼らはしばらくフィースノー支部に宿泊することになるのだろう。
「任務開始は本日13時からとする。時刻になったらまたこの会議室に集まってくれ。それまでは自由時間だ」
わぁ、勤務中に自由時間を貰えるのは珍しいな。それだけ大変な任務だからしっかり準備しろということなんだろうけど……。
マスターがレクセン支部の二人を連れて会議室を出ていった後、残った私達も席を立った。
「え、ロックウィーナ?」
「おい、おまえら!?」
キースとルパートがこちらを見て目を丸くしていた。あ、しまった。エリアスと手を繋いだまま立ち上がったから見えちゃったよ。
「ずっと手ェ繋いでいたのか!? 真面目な会議中に何やってんだよこのスカタン!」
ルパートが私の頭を叩こうとした。いつもならスパーンとやられるところだが、今日はエリアスがルパートの手を掴んで止めた。
「女性に暴力を振るうな」
低音ボイスでエリアスに凄まれたが、ルパートは引かなかった。
「……ずっと言いたかったんですが、ウチの職員にちょっかい出すのをやめてもらえませんかね?」
「私も前々から疑問に思って尋ねたかった。ルパート……、おまえはどうして彼女を支配しようとするんだ? 何日か同行して判ったが、おまえとレディは恋人同士ではないのだろう?」
「それはっ……」
「ギルド職員には恋愛禁止のルールでも有るのか?」
「………………」
「無いのなら、私がレディと交流を深めるのを邪魔しないでくれ」
ルパートは忌々し気にエリアスを睨んだ。
「俺はただ、コイツの先輩として心配しているだけです。世間知らずの女は、男の甘言に簡単に騙されて身を崩してしまう」
「それは余計なお節介じゃないか? レディはもう立派な大人だ」
「精神年齢は十代のまま成長していませんよ」
ああん?
「ルパート、それはおまえのことではないのか?」
「え?」
「おまえはまるで、お気に入りの玩具 を取り上げられそうになって焦る子供のようだ」
「!…………」
ルパートは顔を真っ赤にした。怒りからか、言い当てられた恥ずかしさからか。
「レディ、また約束の時間に」
エリアスは私の手の甲にキスをしてから会議室を出ていこうとした。
「待てよコラァ!! まだ話は終わってねぇぞ!」
ルパートが乱暴な口調でエリアスを呼び止めた。相手はお貴族様だってば。
エリアスは半分だけ振り返ってルパートを見やった。
「頭を冷やせ」
それだけ言ってさっさと行ってしまった。
「あの野郎!」
ルパートは閉じた会議室の扉にイスを投げ付けた。ガシャンと激しい音が響いた。
「おいウィー、あんな奴にフラフラしてんなよ!」
怒りに任せて肩を掴んできたルパートの手を、私は自分でもビックリするくらい冷たく払い除けた。
「触らないで下さい」
「……ウィー?」
エリアスの言った通りだ。ルパートにとって私は玩具なんだ。
「先輩は私の男関係によく口を出してきますが、もうやめて下さい。私はもう25歳、いい大人なんです」
「おまえが大人ぁ?」
ルパートは鼻で笑った。
「そうです。今まで流してきましたがもう限界です。金輪際私のプライベートに口を挟まないで下さい」
「おいちょっと、何マジになってんの……?」
「迷惑なんです」
私は断言した。ルパートは沈黙して私を見た。
……傷付いた? 私も傷付いたんだよ、六年前にね。
まるで恋人のように接してきて、期待させるだけさせて突き放す。ルパートの常套手段だ。
あんたは私をフッたでしょう? 女として見られないって。それなのに男に騙されそうだから心配だ? ふざけんな。
フラれて泣いた私を見たでしょう? それなのにどうして付き纏うの? どうして距離を置いてくれないの?
もうあんたに振り回されたくない。あんな想いをするのは一度で充分だ。
私は呆然とするルパートとキースを置いて会議室を出た。
「犠牲になった先輩達の手の甲に……、アンダー・ドラゴンの組織マークが焼き印されていたんです」
「畜生が……」
ルパートが舌打ちして、私は身震いした。ギルド職員が逆恨みで犯罪者に殺害されるなんて。明日は我が身かもしれない。
「……はふっ?」
「何だよウィー」
変な声を出してしまった私をみんなが怪訝そうに見つめた。
「何デモ無イデス。続キヲドウゾ」
動揺を隠しつつ答えた私の身には、ある意味大事件が起きていた。
エリアスが、私の左隣に座るエリアスが、テーブルの下で私の左手を握ってきたあぁぁぁぁ!!
おそらく不安そうにしている私を元気づけようとしたのだろうが、こういうことに慣れていない私は一気に動悸が激しくなった。エリアスってば隠れてお手々ニギニギしているくせに、表情には一切出していない。もう片方の手でテーブルに頬杖ついてシレッとしているyo!
「おまえ熱でも有んの?」
「無イデス」
顔が赤くなってしまったか、恥ずかしい。ルパートはしつこく私をチラチラ見たが、奴が座る右側からは握られた手が死角になっていたのでセーフだった。
ギルドマスターが話を戻した。
「……レクセン支部の件で解ってもらえたと思う。不敵にもアンダー・ドラゴンは、冒険者ギルドへ挑戦状を叩き付けてきやがったんだ」
「殺るか殺られるか、もう全面対決を回避できないってことか」
「その通りだ。ならばこちらから打って出る!」
えええ~? 犯罪組織と戦争するの!? 噓でしょ?
身体が再び震えたが、エリアスが握る力を強めて私を無言で励ました。うわはぁ。怖かったり照れ臭かったりルパートの視線がウザかったり、私の思考は目まぐるしく入れ替わっていた。
「ですがマスター、まだ全容が解明されていない大規模な犯罪組織なのでしょう? 二つの支部だけで太刀打ちできるでしょうか?」
キースが慎重な意見を述べた。もっともだ。
「安心しろ、ついに国が動いた。我々ギルドの仕事は、奴らのアジトを辿って本拠地の場所を掴むところまでだ。本拠地の制圧は王国兵団の一個師団が担当する」
凄い。一個師団は三千人超えの兵士の集まりだ。そんなに大勢の兵が動くのか。
「本拠地を探ることも危険な任務に変わりはないですが……、先輩の仇をのさばらせてはおけません!」
「……必ず突き止める」
先輩を殺されたレクセン支部の二人は熱を帯びた瞳となった。
「師団長は誰になるんでしょうね?」
「うーんと、届いた資料によるとルービックとか言う名前だったような……」
「おお、ルービックさんか! あの人も聖騎士だよ。俺が在籍していた頃は大隊長だったのに、この八年で師団長にまで出世したのか!!」
ルパートが興味を示した。騎士の話は終わりだと自分で言ったのに、懐かしい知り合いの名前が出て来て嬉しくなったようだ。
……ん? 八年?
「ルパート先輩、八年って何ですか?」
「八年は八年だよ。俺が聖騎士を辞めてからの年月」
「それから冒険者ギルドへ就職したんですか?」
「ああ」
「先輩、ギルドの古株だって言ってましたよね?」
「あ」
ヤベッという表情を作ってからルパートは私から顔を背けた。私は彼に俺は古株だ、大ベテランなんだから言うことを聞けと散々こき使われていた。大先輩の指示だからと仕事と関係の無い使いっ走りもやったのに、ルパートは私よりたった一年早くギルドに来ただけだった。やっぱりウンコ野郎だよコイツ。
ルパートは話を逸らした。
「レクセンでも本拠地探しはするんだろ? そっちの二人はどうして忙しい中ウチの支部へ来てくれたんだ?」
マスターが重い口調で言った。
「それはウチの支部が深刻な人手不足だからだ。新人が全く育たん。この十年、現場担当で残ったのはルパートとウィーだけだ」
「アンタが安月給でこき使うから新人が逃げるんだろ」
そうだったね。私の後に何人も採用されたけど、みんな半年くらいで辞めてしまった。酷いのなんて一ヶ月も保たなかった。事務仕事に比べてハードな上に命の危険も有るからね。僅かな危険手当が付くだけでは割に合わないと考えたんだろう。
「通常業務もやっていかなきゃならんから、アンダー・ドラゴンの案件に
なるほど、だからエリアスがここに居るのか。
「エリアスさんは宜しいんですか? 昨日以上に危険な任務となりますよ……?」
ギルドから謝礼金が出るといっても大した額じゃない。冒険者として富豪の依頼を受けた方が成功報酬は高い。同じ命を懸けるなら見返りが多い方が良いだろうに。
聞いた私にエリアスは微笑んだ。左手はもちろん握ったままです。
「今はまだこの地方だけの話かもしれないが、アンダー・ドラゴンを放っておけば被害はいずれ国中に拡大するだろう。父が護る領地にもな。決して他人事ではないよ」
この人は恩着せがましいことを言わない。善い人なんだよね、本当に。身分違いでさえなかったら素直に恋ができたのに。
「それじゃあ早速……と言いたいところだが、レクセン支部の二人は長距離移動で疲れただろう? 独身寮に部屋を用意したのでそちらで足を休めてくれ。今から案内する」
本拠地探しは時間がかかりそうだからな、彼らはしばらくフィースノー支部に宿泊することになるのだろう。
「任務開始は本日13時からとする。時刻になったらまたこの会議室に集まってくれ。それまでは自由時間だ」
わぁ、勤務中に自由時間を貰えるのは珍しいな。それだけ大変な任務だからしっかり準備しろということなんだろうけど……。
マスターがレクセン支部の二人を連れて会議室を出ていった後、残った私達も席を立った。
「え、ロックウィーナ?」
「おい、おまえら!?」
キースとルパートがこちらを見て目を丸くしていた。あ、しまった。エリアスと手を繋いだまま立ち上がったから見えちゃったよ。
「ずっと手ェ繋いでいたのか!? 真面目な会議中に何やってんだよこのスカタン!」
ルパートが私の頭を叩こうとした。いつもならスパーンとやられるところだが、今日はエリアスがルパートの手を掴んで止めた。
「女性に暴力を振るうな」
低音ボイスでエリアスに凄まれたが、ルパートは引かなかった。
「……ずっと言いたかったんですが、ウチの職員にちょっかい出すのをやめてもらえませんかね?」
「私も前々から疑問に思って尋ねたかった。ルパート……、おまえはどうして彼女を支配しようとするんだ? 何日か同行して判ったが、おまえとレディは恋人同士ではないのだろう?」
「それはっ……」
「ギルド職員には恋愛禁止のルールでも有るのか?」
「………………」
「無いのなら、私がレディと交流を深めるのを邪魔しないでくれ」
ルパートは忌々し気にエリアスを睨んだ。
「俺はただ、コイツの先輩として心配しているだけです。世間知らずの女は、男の甘言に簡単に騙されて身を崩してしまう」
「それは余計なお節介じゃないか? レディはもう立派な大人だ」
「精神年齢は十代のまま成長していませんよ」
ああん?
「ルパート、それはおまえのことではないのか?」
「え?」
「おまえはまるで、お気に入りの
「!…………」
ルパートは顔を真っ赤にした。怒りからか、言い当てられた恥ずかしさからか。
「レディ、また約束の時間に」
エリアスは私の手の甲にキスをしてから会議室を出ていこうとした。
「待てよコラァ!! まだ話は終わってねぇぞ!」
ルパートが乱暴な口調でエリアスを呼び止めた。相手はお貴族様だってば。
エリアスは半分だけ振り返ってルパートを見やった。
「頭を冷やせ」
それだけ言ってさっさと行ってしまった。
「あの野郎!」
ルパートは閉じた会議室の扉にイスを投げ付けた。ガシャンと激しい音が響いた。
「おいウィー、あんな奴にフラフラしてんなよ!」
怒りに任せて肩を掴んできたルパートの手を、私は自分でもビックリするくらい冷たく払い除けた。
「触らないで下さい」
「……ウィー?」
エリアスの言った通りだ。ルパートにとって私は玩具なんだ。
「先輩は私の男関係によく口を出してきますが、もうやめて下さい。私はもう25歳、いい大人なんです」
「おまえが大人ぁ?」
ルパートは鼻で笑った。
「そうです。今まで流してきましたがもう限界です。金輪際私のプライベートに口を挟まないで下さい」
「おいちょっと、何マジになってんの……?」
「迷惑なんです」
私は断言した。ルパートは沈黙して私を見た。
……傷付いた? 私も傷付いたんだよ、六年前にね。
まるで恋人のように接してきて、期待させるだけさせて突き放す。ルパートの常套手段だ。
あんたは私をフッたでしょう? 女として見られないって。それなのに男に騙されそうだから心配だ? ふざけんな。
フラれて泣いた私を見たでしょう? それなのにどうして付き纏うの? どうして距離を置いてくれないの?
もうあんたに振り回されたくない。あんな想いをするのは一度で充分だ。
私は呆然とするルパートとキースを置いて会議室を出た。