二幕  困難な救助ミッション(3)

文字数 3,211文字

 ルパートはすぐに屈んで、横たわる男性の首筋に己の指を当てて脈動を確認した。

「………………」

 ルパートは私達へ向けて頭を左右に振った。駄目だった。戦士に見える男性の方は既に死亡していたようだ。ルパートは無表情で、男性の服の首元に付いていた特徴的な大きなボタンを引き千切った。捜索対象者が死亡している場合は遺品を持ち帰らなければならない。

「助け……て。この村から出して……」

 生き残っていた女性が掠れた声で懇願した。唇が乾いて割れている。私は携帯していた水筒の蓋を外して彼女に手渡した。

「大丈夫、助けます。私達はその為に来たんです。まずはこれを飲んで」

 女性は受け取った水筒の水を勢いよく飲んだ。途中で咳込んだが必死に水筒に口を付けていた。一昼夜何も口にしていなかった感じだ。
 魔術師で長いハニーブロンド、身長167センチで細見、年齢26歳の女性。目の前の彼女は要救助者の特徴と一致していた。

「あなたはシモーヌさんですか?」

 私の問い掛けに女性は何度も頷いた。

「あなたは四人でパーティを組んでいたはずですが、他の二人のおおよその居場所は判りますか?」

 シモーヌは苦しそうに言った。

「二人とは……村の東側で別れた……。人型のモンスターに襲われて……強くて歯が立たなくて……。ダグが私を連れて逃げてくれたけど、ダグも大きな傷を負っていて……昨夜動かなくなって……」

 推測するに彼女の傍で死亡していたのがダグだろう。そして残る二人は東側で強いモンスターと戦って、現在の生死は不明。

「東側ならエリアスさんとセスさんが捜索している区域だな。俺達はとりあえず彼女を連れて待ち合わせ場所へ向かおう。アンタ立てるか?」

 ルパートに問われてシモーヌはヨロヨロと立ち上がったが、すぐにフラついて倒れそうになった。その身体を私が抱いて支えた。
 怪我はしていないようだが、長い時間クローゼットに隠れて身動きできない状態だったのだろう。仲間が息絶えるという精神的苦痛も味わっている。強風が吹き荒れる野原を自力で歩かせるのは酷だと私は判断した。

「背負います。背中に乗って」
「いえ、それは僕が担当しましょう」

 キースがシモーヌを背負った。

「この中で戦えないのは僕だけですからね。ロックウィーナはルパートと共に臨戦態勢でいて下さい」

 キースの背中で人の体温を感じたせいか、シモーヌは少しだけ柔らかい表情になった。

「よし、行くぞ」

 部屋から出ようとする私達だったが、シモーヌが待ったを掛けた。

「あのっ、ダグは!?
「……彼は連れて行けない。ギルドに登録した時に説明を受けただろ? 俺達職員は生存者と遺品しか回収しない。死者の為に仲間を危険に晒す訳にはいかないんだ」
「で、でも……彼は……私の……」
「遺体を回収して欲しかったらギルドに戻って冒険者に依頼しろ。もしくは自分でやるんだな」

 ルパートはキッパリと言い放った。絶望したシモーヌは再び生気の無い顔に戻ってしまったが、これは冒険者ギルドの原則なのだ。情けを掛けてしまったが故に、更に犠牲を増やしてしまった事例が過去に何度も有ったそうだ。
 シモーヌを背負ったキースと私は、無言になって歩くルパートの後を追った。


☆☆☆


 村の反対側の待ち合わせ場所には、肌と衣服を赤く染めたエリアスとセスが既に到着していた。

「二人とも、怪我をしたのですか!?

 キースは慌てたが、私には見慣れた光景だった。二人とも普通に立っているので大丈夫だろう。あの血はおそらく……、

「これ全部返り血。エリアスさんてばマジでつえーわ」

 やっぱり。

「探索中にな、ダークストーカーが出たんだよ!」

 セスが興奮気味に言った。
 ダークストーカーとは黒い身体と赤い角を持つ人型悪魔だ。音も無く近付いてきて、鋼鉄の爪で獲物を何度も何度もしつこく切り裂く。素早い上に短い距離なら瞬間移動もできるという厄介なモンスターだ。

「奴は瞬間移動で神出鬼没だから、俺の斧は空振りばかりだったんだけどな、エリアスさんは何と目を閉じて気配だけで捉えたんだ。大剣で一閃だぞ!? ダークストーカーの身体が真っ二つに割れて血とか内蔵とかドバーッと」

 詳しく説明せんでいい。生で見なくて良かった。

「レディ、無事のようでなによりだ」
「エリアスさんも」

 私とエリアスは互いに微笑んだ。死人が出ているのでテンションはそんなに上がらないが、それでも知り合いの無事は嬉しいものだ。

「おお、生存者が居たのか!?

 セスはキースの背中のシモーヌに気付いた。

「はい、魔術師のシモーヌさんです。先輩、そちらの区域には誰かいましたか……?」

 セスは気まずそうにシモーヌから目を逸らした。

「うん……二人見つけたが駄目だったよ。傷の付き具合から見てダークストーカーに殺られたんだろう。書類に有った風貌をしていたから、行方不明のパーティメンバーで間違い無い」

 セスの報告を聞いて、シモーヌが身体を震わせながらキースにしがみ付いた。掛ける言葉が見つからない。

「こっちも彼女の他に遺体を発見した。ダグと言う名前の冒険者だ。これで捜索対象者は全員確認できた」
「そうか……。じゃあ任務は完了だな。ギルドへ戻ろう」

 キースの背中ですすり泣くシモーヌを囲むように陣形を取って、私達は帰路についた。
 行方不明者の捜索に向かっても、発見時には亡くなっていることの方が断然多い。一人でも救助できたことは喜ばしいことのはずなのに。私の胸はチクチク痛んでいた。
 仲間を失ったシモーヌの今後を考えてしまうのだ。「彼は……私の……」。あの時シモーヌは何を言い掛けたのだろう。ダグと言う男性はシモーヌにとってどういった存在だったのだろう。

「余計なことは考えるな」

 ルパートが私にだけ囁いた。私が任務中に落ち込むと彼はいつもこの言葉を掛けてくる。
 うん。冒険者ギルドには大勢の人が訪れる。その内の何割かはミッション中に命を落とす。いちいち気に留めていたらこちらの身が保たない。
 解っている。でも割り切れない感情というものは存在するのだ。

「……先輩、リーベルトと言う少年を覚えていますか?」
「ん? ……ああ、あのガキか」

 五年前、別の任務で出動した私とルパートは偶然、Dランクフィールドでリーベルトと名乗る迷子の少年を保護した。当時の彼は14歳。冒険者に登録できる年齢は16歳からである。
 どうして冒険者ではない彼が人里離れた所に独りで居たのか? 酷い話だが義理の姉に置き去りにされたそうだ。

 リーベルトは大商会を経営する親の元に産まれた。しかし母が病死して、父が後妻として迎えた女とその連れ子が欲深い人物だった。
 義母と義姉は先妻の子供で後継ぎのリーベルトを殺害して、商会を自分達のものにしようと画策したのである。

 リーベルトは義姉とその従者によって無理やり馬車に乗せられた。そして彼らはモンスターが徘徊する森までリーベルトを運び置き去りにした。
 武器も水も食糧も、地図さえも渡されずに放り出された少年は、モンスターに怯えながらたった独りで丸二日間危険地帯を彷徨った。
 生きた状態で私達と出会えたのは奇跡に近かった。

 義姉はピクニックに出掛けたものの、勝手な行動を取ったリーベルトが行方不明になったと主張していたらしいが、生還したリーベルト本人によって真実が明かされて、共謀者であった義母と一緒に投獄された。
 商会の問題はそれで片づいた。でも……。

 私は忘れない。私の背中でずっと震えていたリーベルトのことを。発見時の彼は心身共に衰弱していたので私が背負った。
 彼の命は助かった。しかし身内に裏切られて殺され掛けた心の傷を背負って、これからの長い人生を生きていかなければならないのだ。

「彼はもう19歳ですね。……元気にしているでしょうか」
「余計なことは考えるな」

 同じことをルパートに言われた。
 私は口を噤んで、風の中の荒野を進んだ。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

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