新四幕 ルパートの焦り(3)
文字数 3,317文字
「廊下の真ん中で何してんだ? ウィー」
声を掛けられて振り返ると、シャワー帰りでホカホカ状態のルパートが歩いてくる。濡れ髪が無駄に色っぽいな。イケメンめ。でもトレーニングは終えたようだね、そこは安心。
「おい、おまえ顔が異様に赤いぞ? 熱有るのか?」
おでこを触ろうとしたルパートの右手から逃れた。今は男性とのスキンシップを避けたい気分だ。
「だいじょーぶです! 心配ご無用、めっさ元気です! 先輩こそ、早く髪を乾かさないと風邪ひいちゃいますよ」
「そ、そうか。元気ならいいんだけどよ……」
ルパートは肩に掛けたタオルで髪を拭いた。使っているシャンプー良い香りだな。今度製造元を聞いておこう。
「ウィー、時間有るか? 少しおまえと話したいんだが」
「構いませんよ。私も先輩とはお話ししたいと思っていました」
何かを焦っているらしいルパート。その原因を取り除いておかないとミスに繋がってしまうかもしれない。自分から話したいと言ってくるあたり、頭はだいぶ冷えたようだ。
「そっか、じゃあ俺とおまえの部屋、どちらで話す?」
「えっ……と、夜に男性と二人きりになるのは、ちょっと……」
ルパートは私を性の対象として見ていないから大丈夫だろうが、さっきも大丈夫大丈夫と軽く考えて一線を越える寸前まで行ってしまった。
「おまえも漸 くそういった意識が芽生えたか。良いことだ。まぁ俺は安全な男だけど、男に対して油断はするなよ」
「はい。油断大敵ムダ毛ボーボーですよね」
「……女がそういうことを言うな。だがそうなると何処で話すかな」
そこへ計ったかのようなタイミングで、少し離れた部屋のドアが開いた。出てきたのは冒険者ギルドのお兄ちゃん的存在、キースだった。
「キースさん!」
「うぉっ、どうしました?」
「悪いんだけどさ、ちぃ~っと部屋にお邪魔させてくんねぇか? ウィーと話がしたいんだが夜もふけてきたもんで、二人きりになるのはマズイかなって」
「ああなるほど、いいですよ。トイレに行ってくるので少しだけ待っていて下さいね」
キースは快諾してくれた。ありがたい。
ルパートは自分の部屋にシャワーセットを投げ入れた後、私と一緒にキースが戻るのを廊下で待った。少し時間がかかったので、ルパートが「ウンコかな?」と余計な推測をした頃に、キースが小さなポットと木製のコップを持ってやってきた。二階に在る給湯室でお茶を用意してくれたらしい。
「すみませんキース先輩。勝手に押し掛けたのに……」
「いいんですよ。僕もちょうどお茶を飲みたかったから」
善い人だ。私とルパートはキースの部屋へ通された。折り畳み式のイスを借りて座った。
「で、どうしたんですかルパート」
キースからお茶を淹れたコップを受け取ったルパートは、神妙な顔つきになった。
「うん……今日のミッションでさ、ウィーがダークストーカーに襲われたんだよ。でも俺は離れた所に居て、ウィーを護ってやれなかったんだ。それを謝りたくて」
何ということでしょう、ルパートが私に深々と頭を下げた。
「ごめんな、ウィー」
「え、ちょっとやめて下さい、あれはルパート先輩のせいじゃないでしょう!? 違うんですよ、キース先輩」
その直前に人形に取り憑いたゴーストと戦っていたこと、ポルターガイスト攻撃を避ける為に私は後方へ下げられたこと、だからみんなと離れた位置に居たことをキースに説明した。
「……なるほど。それならロックウィーナの言う通り、キミのせいではありませんよルパート」
「でも俺は何もできなかった」
「それはエリアスさんや魔王様だって一緒でしょう?」
「いや、エリアスさんは剣を投げてウィーを助けるつもりだった。実際に投擲 モーションに入ってた。それで自分が丸腰になることを恐れずに」
あの大剣を数十メートル投げ飛ばすつもりだったんかい! そっちの方が恐怖だよ!!
「魔王様だって飛んでおまえの元へ行くつもりだった。リーベルトが撃たなかったとしても、たぶん間に合っていただろう」
「リーベルト?」
キースが首を傾げた。
「キースさんなら話してもいいだろう。受付嬢のリリアナはな、実は男だ」
「え!?」
「五年くらい前に俺とウィーが保護した金持ちの少年が居たろ? リーベルトって名前の」
「え、ええ。ギルドまで連れてきましたよね。家に帰るのを嫌がって大泣きしていた記憶が有ります」
「リリアナはソイツだ。助けてくれたウィーに恩返しがしたくて、女装してギルドに潜り込んでいたんだ。マスターもグルな」
「えええええ~~!?」
キースが仰 け反 った。
「ちょっと何ですかそれ! ここは良家の子息が働くような職場じゃないですよ? しかも女装なんて。ケイシーは何故そんなことを許可したんです!?」
「多額の寄付を受けたらしい。それで新品の魔道ボイラーに交換できたとか何とか」
「ああ、それなら仕方が無いですね」
キースは簡単に納得した。利益と実用性を優先させる傾向が有るようだ。
「で、リリアナ……じゃなくてリーベルトが銃でダークストーカーを撃ったんだよ。……俺だけウィーが危ない時に何もできなかった」
「だからって、先輩が悪い訳じゃないでしょう?」
「でもさ……一生おまえのことを護るのは、俺の役目だって思っていたから……」
らしくもなく落ち込むルパートを見て私は納得した。彼の様子がおかしかった理由はこれか。
ま、最大の要因はエリアスの出現なんだろうな。妹分の私を護るつもりでいたのに、その役割を強くて精神的にも大人のエリアスに奪われそうになって、ルパートは焦ってしまったのだろう。
私のことは気にせず、自分の人生を楽しめばいいのに。もう一度恋をしてみたりしてさ。
私は悩めるルパートの気持ちを軽くしようと、わざとおちゃらけて言った。
「あはは先輩、一生護るってそれ、まるでプロポーズの文言ですよ」
「………………」
「………………」
どうしたことだろう、ルパートとキースが同時に固まった。
「二人とも……何か?」
「………………」
押し黙ったルパートを気にしながら、キースが区切りながらゆっくり述べた。
「ロックウィーナ……。まるで、ではなく、ルパートは今、あなたにプロポーズしたのだと思いますよ?」
「へ?」
ルパートが私に求婚を?
「無い無いそれは無い。ですよね、ルパート先輩」
ルパートへ視線を移して私はたまげた。奴は顔、更には耳まで真っ赤に染め上げていた。
「ど、どうしたんですか先輩! またキース先輩に魅了されたんですか!?」
「いやあの、ロックウィーナ、好きな相手に告白した後は照れるものなのですよ」
「へっ? 照れてる? ルパート先輩が? 好きな相手? 私が?」
大量の疑問符が私の頭上に浮かんだ。
「違~~~~う!!」
ここでやっとルパートが発言した。と言うか吠えた。
「そんなはずは無い! 俺の好意は兄弟愛だ! そうだよな、ウィー!?」
知らんがな。私に聞くなや。
「自分の感情なんですから、自分の言葉に自信を持って下さいよ」
「そうなんだけど……俺……」
語尾がまた弱々しくなった。ルパート、あなた変だよ。
「いやいや、ルパートはロックウィーナを女性として好いているのでしょう?」
「キース先輩、それ誤解ですよ。ルパート先輩に私は昔、異性として見られないってフラれましたもん」
「えっ……、ルパートがあなたをフッのですか? あなたがルパートをフッたのではなくて?」
このやり取り一周目もやったなぁ。やれやれ。私はキースに六年前、初恋の相手だったルパートに告白してブロークンハートしたことを説明した。
「えええええ……、噓でしょう? ルパートがロックウィーナにちょっかいを掛けるのは、完全に男の独占欲からの行動だと思っていましたよ。いや、絶対にそうでしょう? でなかったら一生護るなんて発想になりませんよ」
「俺……俺は……」
「ちょっと先輩、しっかりして下さい。私はあなたの妹分なんでしょう? それで悪い虫が付かないように、周りの男性達を牽制してきたんですよね? 完全に余計なお世話でしたけど」
「そのはずなんだ……でも」
「でも?」
「俺、自分の気持ちが解らなくなってきた…………」
ルパートはがっくりと項垂 れた。
声を掛けられて振り返ると、シャワー帰りでホカホカ状態のルパートが歩いてくる。濡れ髪が無駄に色っぽいな。イケメンめ。でもトレーニングは終えたようだね、そこは安心。
「おい、おまえ顔が異様に赤いぞ? 熱有るのか?」
おでこを触ろうとしたルパートの右手から逃れた。今は男性とのスキンシップを避けたい気分だ。
「だいじょーぶです! 心配ご無用、めっさ元気です! 先輩こそ、早く髪を乾かさないと風邪ひいちゃいますよ」
「そ、そうか。元気ならいいんだけどよ……」
ルパートは肩に掛けたタオルで髪を拭いた。使っているシャンプー良い香りだな。今度製造元を聞いておこう。
「ウィー、時間有るか? 少しおまえと話したいんだが」
「構いませんよ。私も先輩とはお話ししたいと思っていました」
何かを焦っているらしいルパート。その原因を取り除いておかないとミスに繋がってしまうかもしれない。自分から話したいと言ってくるあたり、頭はだいぶ冷えたようだ。
「そっか、じゃあ俺とおまえの部屋、どちらで話す?」
「えっ……と、夜に男性と二人きりになるのは、ちょっと……」
ルパートは私を性の対象として見ていないから大丈夫だろうが、さっきも大丈夫大丈夫と軽く考えて一線を越える寸前まで行ってしまった。
「おまえも
「はい。油断大敵ムダ毛ボーボーですよね」
「……女がそういうことを言うな。だがそうなると何処で話すかな」
そこへ計ったかのようなタイミングで、少し離れた部屋のドアが開いた。出てきたのは冒険者ギルドのお兄ちゃん的存在、キースだった。
「キースさん!」
「うぉっ、どうしました?」
「悪いんだけどさ、ちぃ~っと部屋にお邪魔させてくんねぇか? ウィーと話がしたいんだが夜もふけてきたもんで、二人きりになるのはマズイかなって」
「ああなるほど、いいですよ。トイレに行ってくるので少しだけ待っていて下さいね」
キースは快諾してくれた。ありがたい。
ルパートは自分の部屋にシャワーセットを投げ入れた後、私と一緒にキースが戻るのを廊下で待った。少し時間がかかったので、ルパートが「ウンコかな?」と余計な推測をした頃に、キースが小さなポットと木製のコップを持ってやってきた。二階に在る給湯室でお茶を用意してくれたらしい。
「すみませんキース先輩。勝手に押し掛けたのに……」
「いいんですよ。僕もちょうどお茶を飲みたかったから」
善い人だ。私とルパートはキースの部屋へ通された。折り畳み式のイスを借りて座った。
「で、どうしたんですかルパート」
キースからお茶を淹れたコップを受け取ったルパートは、神妙な顔つきになった。
「うん……今日のミッションでさ、ウィーがダークストーカーに襲われたんだよ。でも俺は離れた所に居て、ウィーを護ってやれなかったんだ。それを謝りたくて」
何ということでしょう、ルパートが私に深々と頭を下げた。
「ごめんな、ウィー」
「え、ちょっとやめて下さい、あれはルパート先輩のせいじゃないでしょう!? 違うんですよ、キース先輩」
その直前に人形に取り憑いたゴーストと戦っていたこと、ポルターガイスト攻撃を避ける為に私は後方へ下げられたこと、だからみんなと離れた位置に居たことをキースに説明した。
「……なるほど。それならロックウィーナの言う通り、キミのせいではありませんよルパート」
「でも俺は何もできなかった」
「それはエリアスさんや魔王様だって一緒でしょう?」
「いや、エリアスさんは剣を投げてウィーを助けるつもりだった。実際に
あの大剣を数十メートル投げ飛ばすつもりだったんかい! そっちの方が恐怖だよ!!
「魔王様だって飛んでおまえの元へ行くつもりだった。リーベルトが撃たなかったとしても、たぶん間に合っていただろう」
「リーベルト?」
キースが首を傾げた。
「キースさんなら話してもいいだろう。受付嬢のリリアナはな、実は男だ」
「え!?」
「五年くらい前に俺とウィーが保護した金持ちの少年が居たろ? リーベルトって名前の」
「え、ええ。ギルドまで連れてきましたよね。家に帰るのを嫌がって大泣きしていた記憶が有ります」
「リリアナはソイツだ。助けてくれたウィーに恩返しがしたくて、女装してギルドに潜り込んでいたんだ。マスターもグルな」
「えええええ~~!?」
キースが
「ちょっと何ですかそれ! ここは良家の子息が働くような職場じゃないですよ? しかも女装なんて。ケイシーは何故そんなことを許可したんです!?」
「多額の寄付を受けたらしい。それで新品の魔道ボイラーに交換できたとか何とか」
「ああ、それなら仕方が無いですね」
キースは簡単に納得した。利益と実用性を優先させる傾向が有るようだ。
「で、リリアナ……じゃなくてリーベルトが銃でダークストーカーを撃ったんだよ。……俺だけウィーが危ない時に何もできなかった」
「だからって、先輩が悪い訳じゃないでしょう?」
「でもさ……一生おまえのことを護るのは、俺の役目だって思っていたから……」
らしくもなく落ち込むルパートを見て私は納得した。彼の様子がおかしかった理由はこれか。
ま、最大の要因はエリアスの出現なんだろうな。妹分の私を護るつもりでいたのに、その役割を強くて精神的にも大人のエリアスに奪われそうになって、ルパートは焦ってしまったのだろう。
私のことは気にせず、自分の人生を楽しめばいいのに。もう一度恋をしてみたりしてさ。
私は悩めるルパートの気持ちを軽くしようと、わざとおちゃらけて言った。
「あはは先輩、一生護るってそれ、まるでプロポーズの文言ですよ」
「………………」
「………………」
どうしたことだろう、ルパートとキースが同時に固まった。
「二人とも……何か?」
「………………」
押し黙ったルパートを気にしながら、キースが区切りながらゆっくり述べた。
「ロックウィーナ……。まるで、ではなく、ルパートは今、あなたにプロポーズしたのだと思いますよ?」
「へ?」
ルパートが私に求婚を?
「無い無いそれは無い。ですよね、ルパート先輩」
ルパートへ視線を移して私はたまげた。奴は顔、更には耳まで真っ赤に染め上げていた。
「ど、どうしたんですか先輩! またキース先輩に魅了されたんですか!?」
「いやあの、ロックウィーナ、好きな相手に告白した後は照れるものなのですよ」
「へっ? 照れてる? ルパート先輩が? 好きな相手? 私が?」
大量の疑問符が私の頭上に浮かんだ。
「違~~~~う!!」
ここでやっとルパートが発言した。と言うか吠えた。
「そんなはずは無い! 俺の好意は兄弟愛だ! そうだよな、ウィー!?」
知らんがな。私に聞くなや。
「自分の感情なんですから、自分の言葉に自信を持って下さいよ」
「そうなんだけど……俺……」
語尾がまた弱々しくなった。ルパート、あなた変だよ。
「いやいや、ルパートはロックウィーナを女性として好いているのでしょう?」
「キース先輩、それ誤解ですよ。ルパート先輩に私は昔、異性として見られないってフラれましたもん」
「えっ……、ルパートがあなたをフッのですか? あなたがルパートをフッたのではなくて?」
このやり取り一周目もやったなぁ。やれやれ。私はキースに六年前、初恋の相手だったルパートに告白してブロークンハートしたことを説明した。
「えええええ……、噓でしょう? ルパートがロックウィーナにちょっかいを掛けるのは、完全に男の独占欲からの行動だと思っていましたよ。いや、絶対にそうでしょう? でなかったら一生護るなんて発想になりませんよ」
「俺……俺は……」
「ちょっと先輩、しっかりして下さい。私はあなたの妹分なんでしょう? それで悪い虫が付かないように、周りの男性達を牽制してきたんですよね? 完全に余計なお世話でしたけど」
「そのはずなんだ……でも」
「でも?」
「俺、自分の気持ちが解らなくなってきた…………」
ルパートはがっくりと