新四幕 ルパートの焦り(1)

文字数 3,839文字

 フィースノーの街へ戻った私達は、荷物を取りに宿屋へ向かったエリアスと一旦別れ、一足先に冒険者ギルドへ帰ってきていた。
 予想はしていたが、マスターはカンカンに怒っていた。リーベルト(リリアナ)は行き先も告げずに、ベテランの職員すら手こずる危険フィールドへ単独出動したのだ。マスターの怒りの大半は心配からくるものだろう。

 時刻は17時を回った。受付業務の終了時刻だ。冒険者達は帰り、ギルドのエントランスホールには職員である私達以外残っていなかった。

「どうもすみませんでしたぁ」
「すみませんで済んだら、冒険者ギルドも王国兵団も要らねぇんだよ」
「ケイシー、あまりカッカするな。俺の尻に免じて許せ」
「魔王様、リリアナの今回の行動は捨て置けない違反行為です。そして免じるのは尻ではなく顔です」
「……あの~ちなみにぃ、私が居ない間は、誰が受付カウンターに座ってくれたんですかぁ?」
「ギルドマスターである俺だ。大不評だったぞ」

 だろうな。美女であるリリアナと会いたいが為に、フィースノーの街を活動拠点にしている冒険者も居る程だ。それが急に強面(こわもて)のオッサンに代わったら、きっと泣きたくなる。

「あ、私ぃ、もう帰る時間ですのでぇ」

 ルパートが突っ込んだ。

「そういやおまえっていつも定時で帰るよな? まぁ仕事が早くてそれまでに終わらせてるから文句は無いが」
「ええ。夜は叔父から店の経営について学ぶので、家に帰らなくてはならないんです。本当は僕もここの独身寮に入りたいんですけどね」

 男の声でハキハキ話したリーベルトへ、今度はマスターが突っ込んだ。

「おまえ、自分の素性をみんなに話したのか?」
「はい。ちゃんと店を継いでから打ち明けるつもりだったんですが、魔王様に男だって見破られちゃったので、その流れで」
「何だよ、マスターはコイツがあの時のリーベルトだって知った上で雇ったのか?」

 マスターは腕組みをして難しい顔をした。

「まぁな。俺も最初は驚いたよ。裕福な家庭のお坊ちゃんにここの仕事が務まる訳が無いとも思った。だが、何度断ってもコイツは諦めなくてな。恩人であるウィーの傍で、ウィーの役に立ちたいって譲らなかったんだ」
「リーベルト……」

 私はついウルッと来た。そんな私にリーベルトは笑顔を向けた。美しい女性の中に熱い青年の眼差しを見つけた。

「ま、将来シュターク商会を継ぐ人物だから、くれぐれも危険な任務には当たらせないよう、商会の役員からキツく釘を刺されたがな」
「それで男を内勤の受付嬢にしたのか? 無茶苦茶だろ。リーベルトも女装なんて断れよ」

 ルパートは呆れ顔だったが、

「う~ん……。最初は仕方無しだったんですけどね、途中で楽しくなってきちゃいました。ホラ、僕って綺麗だからこういう服装やポーズが似合うんですよ」

 リーベルトは両拳を口の前に配置して、お尻をプリプリ振って見せた。

「……男と判った今ではそのポージング見ても殺意しか湧かねぇよ。あと魔王様、横で真似しなくていいんで」
「まぁまぁルパート、ギルドは商会から多額の寄付金を頂戴したんだ。それで調子が悪かった魔道ボイラーを最新型に交換できたんだぞ? 俺達が温かいシャワーを浴びられるのは、シュターク商会のおかげなんだから感謝せんとな」
「結局金かよ」
「結局金だよ」

 世知辛(せちがら)い世の中だ。
 私が悟っていると玄関の大きな扉が開いて、六十代くらいの見た目をした男性がホールへ入って来た。冒険者には見えないな。それにもう店じまいだ。
 男性は一礼して告げた。

「すみません、お嬢様をお迎えに参りました」

 すぐにリーベルトが男性を紹介した。

「彼は僕の送迎をしてくれている執事のアスリーです。いつもはギルドの前に馬車を停めて待っててくれるんだけど、今日は僕がなかなか出てこないから入ってきたんだね」
「お嬢様、その話し方は……?」
「うん。僕が男のリーベルトだってバレちゃった」
「さようでしたか。……ロックウィーナ様」
「え、はいっ!?

 急に名指しされてビクついた。執事のアスリーは私の前に立ち、深々と頭を下げた。

「リーベルト様を救って下さったご恩、生涯決して忘れません。お礼が遅くなりましたが本当にありがとうございました」
「いえ、そんな。私は仕事をしただけですので。それに私だって彼にいろいろ助けられています」

 今日ガロン荒野で有った出来事については言わないでおこう。心配させちゃうもんね。

「その謙虚さ、リーベルト様がお話し下さった通りの方のようですね。これからもリーベルト様のことを宜しくお願い致します」
「はい、こちらこそ」

 アスリーが握手を求めてきたので応じた。ん? まだ身体を鍛えているのかな? 握った彼の手は戦士の手だった。

「さ、リーベルト様、今日はもう帰りましょう。叔父様がお待ちですよ」
「そうだね、帰ろうか。それでは皆さんまた明日」

 これ以上マスターの小言を受けたくないリーベルトは、アスリーを伴ってさっさとギルドを出ていった。ちなみに彼は銃を鍵の掛かるロッカーに置いていたが、楽器ケースに入れて、周りに銃だと判らないようにカモフラージュしていた。

「くそっ、逃げられたか」
「マスター、今日はリーベルトを許してやってくれ。アイツが居なかったら、ウィーが大怪我を負っていたかもしれないんだ」

 それどころか死んでいたかもしれない。今更だが私は肝が冷えた。

「お、エリーが来たぞ」

 大きな鞄を二つ持ったエリアスが入ってきた。大荷物だな。

「待たせた。そこでリーベルトとすれ違ったが、彼はここで生活していないのか?」
「はい。彼女……じゃなくて彼は、毎日自宅から通っているんです」
「エリー、取り敢えず荷物を部屋に置いて早めの飯にしよう。腹が減った」
「そうですね。お部屋に案内します」

 エリアスを二階の独身寮に案内しようと私達は階段を上り掛けたが、ルパートが付いてこようとしなかった。

「ワリィ、俺は訓練場でもう少し身体動かしておくわ。構わず飯食っててくれ」
「あ、はい」
「じゃな。あ、魔王様、ウィーとエリアスさんが二人きりにならないように見てて下さい」
「任せろお父さん」

 ルパートと別れた私達は二階へ上がり、リネン室から必要な寝具を取って空き部屋へ向かった。

「こちらの部屋を使って下さい」
「ありがとう」
「判らないことが有ったら何でも聞くんだぞ? 先輩の俺様が懇切丁寧(こんせつていねい)に教えてやる」
「たった一日早く泊まっただけで偉そうに」

 エリアスは抱えていた荷物を降ろした。ドシン、と振動が床に伝わる。野営用のキャンプ用具も入っていると見た。

「ロックウィーナ、ルパートは普段からトレーニングに熱心な男なのか?」
「そこまでは……。もちろん毎日筋トレは欠かさずやっているようですが、三十分くらいでさっと上がっていますね」
「そうか」

 私がベッドメイクを終えて振り返ると、エリアスは考え込むような仕草をしていた。

「あの……どうかしましたか?」
「いや、すまない。食事に行こう」

 彼はそう言ってから戦闘用の手袋を外し、私の腰に手を回してエスコートしてくれた。ふわぁぁ。一流レストランのディナーじゃなくて冒険者ギルドの安食堂なんですけど……。


☆☆☆


 19時。ゆっくり食事したというのに、まるで姿を表さないルパートが流石に心配になってきた。
 食器を食堂のカウンターに戻している最中、エリアスから甘いお誘いが入った。

「ロックウィーナ、この後私の部屋へ来ないか? いろいろとお喋りをしたい」
「食事中に散々喋っただろうが。貴族の男が夜に異性を部屋に招き入れたら、周囲からは婚約関係だと見なされるぞ? それ狙ってる?」

 アルクナイトの突っ込みをエリアスは軽くかわした。

「まだ話し足りないんだ。ロックウィーナの魅力は表面上の美しさだけではない。もっともっと時間をかけてキミを深く知りたい」

 うっきゃあぁ。理想の美男子にそんなことを言われて頭がぼうっとした。本音を言うと全力で誘いに乗りたい。でも……。

「ごめんなさい。私、寄りたい所が有るので」

 告げた私にエリアスが優しく微笑んだ。誘いを断ったというのに。

「ルパートが気になるんだね? 訓練場に行くなら私も付き会おう」

 見透かされていたか。この人ってば凄いよなぁ。流石は神様一推しの結婚相手だけのことはある。
 私とエリアスは並んで訓練場へ歩いた。

「ふっ、ふっ」

 訓練場ではルパートが木刀で素振りを繰り返していた。上半身の服を脱いでいたが、凄い汗だ。あれから真面目にずっと鍛錬を積んでいたらしい。ガロン荒野に出動して疲れているだろうに。
 やはり付いてきていたアルクナイトが苦言を呈した。

「チャラ男、明らかなオーバーワークだ。今日はもう上がって休息を取れ」

 ルパートはチラリとこちらを窺ったが、素振りをやめなかった。

「大丈夫だ、もう少しだけ……」
「何をそんなに焦っている?」

 エリアスの低い声に静かに指摘され、ルパートの身体が一瞬だけ強張った。

「……別に」
「明日もミッションに挑むのだろう? 今日の疲れを残すと明日碌に動けなくなるぞ」
「解ってる。あと十分したら上がるよ。約束する」
「そうしろ。おやすみ」

 エリアスは私の肩を抱いて訓練場を去ろうとした。

「あの、エリアスさんっ……」
「今は駄目だ。ルパートと話したかったら奴の頭が冷めるのを待つんだ」
「………………」

 そうかもしれない。下手に言葉を掛けたらルパートは余計に意固地になりそうだ。
 私はエリアスに従って訓練場を後にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み