新六幕 十日目の先へ(2)

文字数 3,388文字

☆☆☆


 アジトに居たアンダー・ドラゴンの構成員を全員、私達はフィースノーの街まで連行し、王国兵団の派出所へ引き渡してきた。首領と直に会っていた連絡係を捕縛できたことは大手柄だった。
 連絡係は組織本拠地の場所を吐くことを拒むだろうが、おっかない尋問道具を持った強面(こわもて)兵士の皆さんに接待されるのだ、情報提供は時間の問題だろう。

「あとは兵団に任せよう。冒険者ギルドが関わるのはここまでだ」

 戻ったギルドでマスターにそう言われて、私達は任務が完了したことを実感した。

「じゃあもう大丈夫なんですね? 俺達死ななくて済むんですね? レンフォード!! これからみんなで飲みに繰り出しましょうよ!」

 明るいマキアがウェーイとなり掛けたが、

「阿保、まだ時間のループの問題が残っている。明日一日何が有るか判らないんだから、体調は万全にしておくべきだ。そもそもおまえはほぼ下戸(げこ)だろうが」

 エンが冷静に(さと)してくれた。クナイを構えて「首は斬らない……」と自己暗示を掛けていた彼とは別人のようだ。

「彼の言う通りだ。今日明日は大人しくしていろ。特別におまえ達には明日有休をやる。出動も雑務も何もしなくていいからゆっくりしていろ」
「えっ!?
「有休!?

 マスターの言葉に過剰に反応したのは私とルパートだった。

「有給休暇だな? くれるんだな? マジでいいんだな?」
「そんなに念を押すなよ。まるでウチがブラック企業みたいに聞こえるだろ?」
「まんまブラックじゃねーか! ここ数年間、有休消化できたのは2~3日だけだろう!?
「普通の休みは一週間に一度はくれてやってるだろーがよ!」
「足りねえ! それに金が欲しい!」

 マキアが遠慮がちに尋ねた。

「あの……有給休暇って、年間で十二日貰えますよね? それに週休二日制では?」
「ウチの支部ではそれは無理なの。慢性的に人手不足で」
「そーなんだよ、だから仕方がねーんだよ」
「それを何とかするのがマスターの仕事だろうが!」
「そもそもおまえとセスが新人いびりするのが悪いんだ! 新しく入ってもすぐに辞めちまう!」
「アイツらはウィーのシャワー覗こうとしたり、下着盗ろうとした犯罪者だから!!
「ぎゃー! まだギルドにお客さん居ます! そんなこと大声で言わないで!!
「待て、それは初耳だぞ。未遂だろうな!? 手口は!?
「エリアスさんは、そんなこと掘り下げなくていいですから!」

 ギルドに来ている冒険者達が騒ぐ私達を遠巻きに見ていた。時刻は16時を回ったところだ。
 受付嬢であるリリアナが、カウンター越しに私を気遣った。

「ウィーお姉様、お疲れなのに大丈夫ですかぁ? まったく……粗暴な男達はこれだから困るんです。不能になって賢者タイムに入りやがれですよ」

 うん。その発言もマズいんじゃないかな。

「あ、リリアナちゃん、こんにちは!」

 女のコ大好きなマキアが、エロ発言にもめげずにリリアナに話し掛けた。

「朝も会ったけど、俺マキアって言います! 良ければ今度一緒にお食事でもどうですか?」
「あ、そういうのやってないんで。それに僕は男なんで」

 一瞬にしてリリアナの仮面をリーベルトは外した。冒険者達には聞こえていなかったようだが、至近距離で衝撃の事実を知らされたマキアはフリーズし、エンも目を剝いた。
 キースが遠慮がちに確認した。

「本当に……男性でしたか」
「はい。黙っていてすみません。あ、キースお兄様はお姉様にグイグイ行かないので好きですよ♡」
「はは……。ありがとうございます」
「もういいから、おまえらとっとと上がれ」

 マスターが片手をパタパタ振って、居住スペースへ行くように(うなが)した。

「そうですね、部屋へ戻って休みましょう。あ、飲み会は無理として、みんなでゆっくりお喋りしながら夕食会はどうですか?」
「ああ、それはいいな」
「んじゃあ、18時半に食堂に集合ってことで」

 キースの提案にエリアスとルパートが賛同した。私ももちろん賛成だ。今日のミッション成功はみんなで作り上げたんだ。みんなで互いを(ねぎら)いたい。

「レクセン支部の二人もそれでいいか?」
「はい。……ほらマキア、しっかりしろ」
「リリアナちゃんが……男。あんなに可愛いのに……」

 エンは固まったままのマキアを引き()っていき、他のみんなもゾロゾロ移動した。

(そういえば……)

 いつも茶々を入れてくるアルクナイト。一言も二言も多い彼が、さっきは会話に参加しようとしなかった。どうしたんだろう?
 私は黙ったまま歩く彼の横顔を観察した。


☆☆☆


「アンタ、何か隠しているでしょう?」

 時刻は19時。場所はギルドの安食堂。昼間は冒険者達で賑わう食堂だが、夜間はギルド職員しか使用できないので閑散としている。選べるメニューも少ない。
 だからこそ職員同士が親睦を深めるにはもってこいの場所なのだが、アルクナイトはここでも会話せず黙々と食事をするだけだった。
 そんな態度に私は不安を覚え、斜め前に座る彼へ我慢できずに聞いてしまった。

「教えて。アンタ、まだ私達に言っていないことが有るんじゃないの?」
「……喧嘩腰で人に物を尋ねるべきではないな」

 アルクナイトはナプキンで口元を(ぬぐ)いながら私を(たしな)めた。所作が綺麗で様になっている。流石は王様。
 私は一呼吸して、幾分か態度を和らげた。

「あなたは明日、昔の部下と戦うんだよね? 結果はどうなるの?」
「……………………」
「それは勝つのだろう。アルはロックウィーナの結婚式エンドを見ているのだから」

 エリアスはそう言ったが、アルクナイトは物憂(ものう)げな表情で微かに笑っただけだった。

「……違うのか? アル」
「……………………」
「負けたのか? だがエンディング時に生存はしていたんだよな?」
「……………………」

 エリアスは身を乗り出した。

「答えろ、アル!」

 真剣なエリアスの様子に皆は息を呑んだ。彼の(まと)う闘気が食堂に充満して私達の肌をピリピリ刺激した。

「気を落ち着けろエリー。その闘気はここでは場違いだ」
「ならばアル、答えてくれ。勝敗はどうなった。おまえは無事なのか?」

 二人が親友同士だったというのは本当なんだな。今のエリアスは心からアルクナイトを心配しているように見えた。

「……部下との決着はついていない。戦いの最中でいつもエンディングが始まるんだ」
「え、では……」

 キースが口を挟んだ。

「ループが壊れて先へ進んだとしたら、戦いが継続されるということですか?」
「そうなるだろうな」
「アル、それで勝てそうなのか? 難しいようなら助太刀するぞ」
「ああ、魔王様にはずいぶんと世話になった。俺の力も使って下さい」

 アルクナイトはフッと笑った。

「馬鹿者どもが。人間が魔王に加担したらその後が面倒なことになるぞ。特にエリーおまえは、勇者の血を受け継ぐ者だろうが。家名を汚すつもりか」
「しかし……!」
「俺様を誰だと思っている? 至高であり唯一無二の存在、魔王アルクナイトだぞ。俺様の方から手を貸すことは有っても、脆弱(ぜいじゃく)な人間の助けなど要らない」

 アルクナイトは席を立った。

「俺はもう寝る。おまえ達はそのまま宴を楽しむといい」
「アル!」

 アルクナイトはエリアスの呼び止めを無視して、さっさと食堂を出ていってしまった。駄目だ、このまま彼を独りにはできない。

「私、話してきます!」
「私も行く!」

 私に続いて席を立とうとしたエリアスを、隣の席のルパートが押し留めた。

「ここはウィーに任せよう」
「だが……!」
「ウィーは出会った当初から魔王様を怖がっていなかった。前の周回でも魔王様と会ったことが有るんだろう?」

 有る。首を絞められたあの周回よりもきっと前に。忘れてしまったが、きっと私はアルクナイトをよく知っている。

「はい……。彼との間に何が有ったかまでは覚えていませんが、私はアルクナイトを懐かしく感じるんです」
「ロックウィーナ」

 エリアスが私を真っ直ぐ見た。

「魔王と言う称号はこの際忘れてくれ。君はアルクナイトという一個人をどう思う?」

 魔王ではなくただのアルクナイトとして見て、彼は……。

「優しい人です。とても、優しい人なんです……!」

 私の脳裏に、忘れていたアルクナイトの温かい笑顔が蘇った。心が熱くなる。何だろうこの感情は。
 エアリスが微笑んだ。

「アルはキミに任せる。行ってくれ、ロックウィーナ」
「はい!」

 私は小走りでアルクナイトを追った。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

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