幕撤去 不穏な動きと輝ける聖騎士(5)

文字数 3,801文字

「ええと、何か幻聴が聞こえたような気がする」

 ちゃんと聞こえていただろうに、現実を認めたくないルパートはすっ呆けた。

「おや、僕の声が小さかったでしょうか。ロックウィーナに、愛の、告白を、したんですよ」

 まるで挑発するかのように、キースは区切ってゆっくりハッキリ言った。あわわわわ。慌てる私にキースが微笑んだ。

「内緒にしたままキミと親しくなったら、抜け駆けしたとかずるいとか絶対に言われちゃいますからね。宣言しておくべきだと思ったんです」
「宣言、と言うより宣戦布告だよな?」

 ルパートが引き()った笑みを見せた。

「キースさんまで参戦て……マジかよ。おいウィー、おまえはキースさんに告白されて何と答えたんだ!?
「ヒッ!? ショックで幽体離脱していたのでまだお返事できていません!」
「ま……、おまえはそうだよな」

 ルパートは安堵の溜め息を吐いた。

「キースさん、この案件は一旦保留にして、エリアスさんとアルが揃ったところで再び議題に出させてもらうぞ」
「お好きなように」

 私の恋愛事情がギルド会議に掛けられそうになっている。
 そっと、エンが私の脇に立って囁いてきた。

「アンタも魅了の術を使えるんだな」
「ひぇっ、そんな訳無いじゃない!」
「謙遜するな。短期間で四人もの男を虜にする技術は大したものだ、誇っていい。その内の一人は魔王ときている。なかなかできることじゃない」

 そもそも魔王がそうそう居ない。
 それにしても技術って……。エンは自然な恋をしたことが無いのかな?

「俺達忍びも潜入任務が多いので、相手を油断させる為に人心掌握術を学ぶんだがな……、俺にとっては苦手な分野で身に付けることができなかったんだ」

 それは容易に想像できた。エンってば無愛想だもんなぁ。

「ぜひおまえから教えを請いたい。手始めにその技術で俺を魅了してみてくれないか?」
「はいぃ!?

 変なこと言い出したよこのコ。研究熱心なのはいいことだけど、真顔で女性に言うことじゃない。

「ちょっとエン、おまえロックウィーナに何恥ずかしいこと言ってんだよ!?

 マキアが大声で突っ込んだので、怖い笑顔で睨み合っていたルパートとキースがこちらに気づいた。片方の眉毛を吊り上げてルパートが尋ねた。

「エン? ロックウィーナがどうしたって?」
「彼女に魅了されたいんです」
「はぁ!?
「まさかエン、キミもロックウィーナが好きなんですか?」
「いえ、俺は感情についてはどうでもいいんです。男女間で発生する性欲の原因さえ解明できたら」

 エンの馬鹿、それじゃあ言葉が足りな────い!!!!

「おいぃ! 途中の過程をすっ飛ばして最終形態に進むつもりか!?
「真面目で奥手な青年だと認識していましたが……、ムッツリでしたか」

 案の定だ。面倒臭い誤解をされたと私がアワアワしていると、出入口の方がにわかに騒がしくなった。
 何でもいい、この状況を変えられるのなら。そんな気持ちで振り返った私の目は、騒がしい冒険者ギルドに相応しくない人物の姿を捉えた。

 見慣れた王国兵団の灰色の鎧とは違う、輝ける白銀の鎧を装着した三人の兵士が佇んでいた。窓から射し込む陽の光を反射して何と眩いことか。

「あれ聖騎士だぜ……」

 エントランスホールに居た冒険者の誰かが呟いた。ホールの誰もが左右に分かれ、騎士達の為に道を開けた。
 「聖騎士」と聞いた私は思わずルパートの方を窺った。彼は目を見開き騎士達を凝視していた。

 騎士達は落ち着いた足取りでカウンターへ歩み寄った。先頭の中央ポジションの騎士が最も威厳を放っている。こんな時に何だが、女性から黄色い歓声が飛びそうな、がっしりした体格の渋いオジ様だ。彼がリーダーなのかな。

「冒険者ギルドの職員だろうか?」

 リーダーと思しきイケオジ騎士が、ギルドから支給されたベストを着ている私達一団へ声をかけた。

「……はい」

 出動班主任のルパートが前へ出て対応をした。その彼の顔を見た騎士が驚いた声を上げた。

「ルパート……! ルパートじゃないか!?

 名前を呼ばれたルパートは一瞬、泣きそうに顔を歪めた。しかしすぐに平常に戻って深いお辞儀をした。

「ご無沙汰しておりました。……ルービック隊長」

 えっ……。私は声が出そうになった。
 ルービックとは、ルパートが聖騎士時代の上司だった人だ。ルパートの悪評を訂正しようと動いてくれた恩人でもある。
 更には、犯罪組織アンダー・ドラゴン壊滅作戦を指揮する立場に就く大物だ。

「やはりルパートか。おまえ、一切顔を見せないから気を揉んでいたぞ! せめて手紙の一つでも寄こせ」
「すみません。庇って頂いたのに除名となってしまい、隊長に合わせる顔がありませんでした……」

 二人の間に目に見えない絆を感じた。ルパートが少年のように目を輝かせていた。初めて見せる彼の様子に私は戸惑った。

「失礼します。ギルドマスターのケイシーと申します」

 マスターが姿を現した。ルービックはマスターに一礼した。

「王国兵団第七師団長、ルービックと申す。陛下からの命令書を預かっている」

 ルービックは斜め後ろに居た騎士(部下?)から巻物状の書簡を受け取り、ケイシーへと手渡した。

「冒険者ギルド、フィースノー支部はアンダー・ドラゴン討伐隊へ参加する為に、明日14時に街の正門前で第七師団と合流するように」
「……承りました。師団長自ら命令書を届けて下さるとは思っていませんでした」
「国から命令が出ているが、我々としては民間人に協力を願う立場だと認識している。責任者の私が協力者の元へ出向くのは当然のことだ」

 おお。ルパートが慕うだけあって筋を通してくれるお人だな。

「ルパート、おまえも討伐隊参加メンバーに入っているのか?」
「はい」
「そうか。ではまた明日会おう」

 爽やかな笑顔を残し、イケオジ騎士は深紅のマントを(ひるがえ)して回れ右をした。
 そのまま颯爽と騎士達は冒険者ギルドを後にする……はずだったのだが、ちょうど外から帰ってきたエリアスとアルクナイトとすれ違う形となった。

「………………」

 足を止めて、彼らは互いの気配を窺った。強者であると瞬間的に判断したのだ。特に魔王のダダ漏れ魔力量は半端ないからなぁ。

 やがて気が済んだのか、騎士達はギルドを去り、エリアスとアルクナイトはこちらへ向かってきた。

「お帰りなさい。何処へ行っていたんですか?」
「時間が有ったのでAランクの依頼を受けたんだ」

 エリアスはバックから依頼書と大きな魔物の牙を取り出した。生臭い血の匂いがした。
 依頼書によると、報酬24万ゴルのモンスター討伐ミッションだった。いいなぁ、一人当たり12万ゴルか。数時間で12万……。Aランク以上の冒険者は稼げるよなぁ。
 ちなみに依頼者は40万ゴル支払っている。仲介手数料と保険料を合わせて四割がギルドのものとなり、残りが冒険者の報酬となる。

 サクッとミッションクリアした割に、アルクナイトが仏頂面だった。魔王様にとっては12万ゴルもはした金か。

「さっきの騎士は何だ」

 ああ、そっちか。強そうな相手を見てライバル心を抱いたのかな?

「アンドラ討伐隊、責任者の聖騎士だそーですよ」

 マキアの説明にアルクナイトは更に顔を(しか)めた。

「ではアイツとしばらく行動を共にすることになるのか? 気に食わん」
「ルービックさんは高潔な人物ですよ?」
「馬鹿者が、チャラ男。だからこそ厄介なんだろーが。デキる男が小娘の傍に来るんだぞ? おまけに無駄に顔がいい!」
「あっ……確かに。ウィーは面食いだから危ないかも」
「だろう? もっともっと危機感を持て」

 何言ってんのこの人達。

「でも魔王さ……アル、それ以上の厄介事が起こりました。キースさんがウィーに愛の告白をしたんです!」
「はぁ!? マジか白!」
「マジです。自分の気持ちに素直になることに決めました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! キース殿は私にとってある意味一番の強敵なんだが?」

 大きな体躯(たいく)のエリアスが狼狽(うろた)えていた。

「ロックウィーナと良い仲になる前に、私がキース殿に魅了されそうだ!」

 そうかも。関係無いけどカウンターに置かれたままの魔物の牙が臭い。これを入れていたエリアスのバッグがえらいことになっている気がする。

「慌てるなエリー、強い信念を持てば魅了の瞳など(おそ)れるに足りん! …………ん? 何だ白、急に前髪を掻き上げてどうし………………おっふぅぅぅ!!

 アルクナイトは真っ赤になった顔を両手で隠して、背後に大きく()()った。エリアスが支えたので彼は倒れずに済んだ。

「ぎゃ────っ!! アルまで魅了された────!!!!

 ルパートが叫んで、顔を全部出しているキースが物凄く悪い顔で笑った。

「魔王にも効果有りでしたね……。この瞳を持って得した気分になれたのは今日が初めてですよ」

 キースはリュックから魔道ランプを取り出して、牙の隣に置いた。それからマスターに確認した。

「ケイシー、今日はもう僕達上がっていいですよね?」
「あ、ああ。明日から討伐隊だからな。ゆっくり休んでくれ」
「はい。それじゃあロックウィーナ、二階へ行きましょう。疲れに効くお茶を淹れますよ」
「お、おい、ちょっと待て……」
「あ?」

 止めようとしたルパートは、キースに不機嫌そうに聞き返されて言葉を失った。後ろ髪を引かれたが、私はキースにエスコートされてその場を立ち去ったのであった。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は撤退済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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