祝勝会
文字数 3,285文字
夕食時の食堂は冒険者に開放されていない。それ故にガランとした空間にポツポツとギルド職員が居るだけだった。
マキアとエンが既に来ていたので、私は今夜のメニューであるビーフシチューとパンを盆に乗せて彼らの元へ行った。
「ここ座ってもいい?」
「もちろん!」
二人は快く私の相席を受け入れてくれた。
「二人ともキース先輩から魅了されちゃってたよね? もう大丈夫?」
「ああ~……」
マキアが苦笑いを浮かべた。
「凄いんだね魅了って、驚いたよ。初めて経験したけど、キースさんの靴を舐めて服従したいとか思っちゃったもん」
それ別の性癖が開発されてない?
「……俺まで術に掛かるとは思わなかった。精神力の強さには自信が有ったんだが」
あっけらかんとしたマキアとは違い、エンは落ち込んでいる様子だ。食事の為に覆面を外しているので表情が読み取れた。
「エンは魅了に興味を持っていたからさ、ある意味自分から掛かりに行った状態だったんじゃないかな?」
「ああ、それは否めないな」
そしてエンは対面に座る私をじっと見た。
「キースさんの能力は生まれついてのものだ。俺に習得はできない。だがロックウィーナ、おまえの魅了は言葉や素振りから繰り出される技だ」
技だったんか。知らなかった。
「ぜひ俺に伝授してくれ」
「前にも言われたけど……、どうしてそんなに魅了に興味が有るの? エンは精神魔法無しでも充分に強いじゃない」
問われてエンは目を伏せた。
「魅了できたら……殺さなくて済むかもしれない」
「殺さないって誰を……」
あ。それはもしかして、アンダー・ドラゴンに居る兄弟子のことかな?
エンにとってはおそらく最もプライベートな話題だ。出会って数日間の私が聞いても良いものだろうか。
「なぁ、その相手ってユーリとか言うエンの兄弟子か?」
口ごもった私に代わり、マキアが迷うことなく尋ねた。一緒に支部移籍を決めたバディだもんね。絆は深い。
「……そうだ」
「どんな人なんだ?」
エンは少し困ったように私を見た。
「あ、ごめん。席を外すね」
込み入った話みたいだから、二人だけにしてあげた方がいいよね。
立ち上がろうした私だったが、左手を上げたエンに止められた。
「違うんだ。話すと長くなるし、明るい話でもないからおまえに嫌な思いをさせるかもしれない。それでもいいなら一緒に聞いてくれ」
あれ、私のこと信用してくれているのかな? ちょっと嬉しい。
私が座り直したと同時にエンは話し始めた。
「俺とユーリは戦災孤児だ。路頭に迷っていたところを、お
なるほど。それから?
「………………」
「………………」
少し待ったがエンの次の言葉が出て来なかった。マキアが不思議そうに確認した。
「……終わり?」
「ああ」
長くなかった。
これを長話と主張するエンは、普段どれだけ喋っていないのだろう。
「ええと、あ、うん、ユーリさんとの関係は解った。それで今はどうして離れ離れになったんだ?」
話を広げてあげるマキアは優しい。
「俺達が仕えていた殿……、こちらで言うところの貴族みたいな人が居たんだが、殿が帝の不興を買って失脚してな、財政が厳しくなって大勢の家来を雇用できなくなったんだよ。それでお頭とその家族以外の忍びに解散命令が出た」
「そうなんだ」
「………………」
「………………」
「……解散した後、ユーリさんとおまえはどうしたんだ?」
促さないと続きを話さない忍者。面倒臭いぞ。マキアは優しい(二度目)。
「それが、他の仲間に俺を押し付けて、ユーリは独りでこの大陸に渡ってしまったんだ」
「え? 何で? 義兄弟の誓いを立てた程の仲だったんだろ?」
「ああ。俺も納得ができなかった。当時16歳の俺に新天地での生活は無理だと言い張って、アイツは俺が眠っている間に出立しやがった」
「……………………」
エン、あなたは……。マキアも私と同じことを思ったようだ。
「おまえは、ユーリさんを捜してこの土地に来たんだな」
捜して、と言うより「求めて」。
「……そうだ。しばらくは冒険者をしながら捜して、でも見つからなくて、それでも諦め切れなくてギルドに就職した。冒険者ギルドは広く情報を取り込めるから」
そしてエンは望んでいたユーリの情報を手に入れた。嬉しくない情報だった。これから私達が壊滅させようとしている組織、そこに彼の兄弟子は居るのだ。
「エン、おまえはユーリさんを助けたいんだな?」
真っ直ぐ視線を合わせてきたマキアにエンは応じた。
「そうだ」
「彼は前の周回で、
「理解している。それでも俺にとって唯一の家族だ。助けられるなら助け、殺さなければならないのなら俺が殺す」
「エン…………!」
もうマキアと私は何も言えなかった。エンは覚悟を決めてしまっていた。
「おっ、おまえら早いな」
緊迫した空気を破ったのはルパートとキース、エリアスとアルクナイトの年長組だった。
食堂に登場した彼らは食事と、そしてお酒を入れたグラスをテーブルへ運んだ。厨房の人から好意で分けて貰えたのか、つまみに相応しいチーズやナッツ類まで有る。
「へ? 先輩、これから飲むんですか?」
「約束したろ? タイムリープを破ったことを祝おうって」
そうだったな。
「でも明日から今度は討伐隊に参加ですよ?」
「明日のことはまた明日だ。全員無事に11日目に進めた。今はそれを喜ぼうや」
「そっか……、そうですよね」
「賛成です!」
マキアとエンも頷いていた。アンダー・ドラゴン壊滅作戦はきっと大変なことになるだろう。でもこの仲間達とならきっと乗り越えられる。そう信じよう。
「よっしゃあ、じゃあ乾杯!」
ルパートの音頭で皆はグラスに口を付けた。いつもよりお酒が苦く感じたのは、エンの決意を知ってしまったからだろうか。
「あ、ウィー、おまえにも伝えておくけど、俺達の間で魅了を使うのはしばらく禁止事項になったから」
「そうなんですか?」
「ああ。全員が沈んだことで、大の男が何をやっているのかと、皆がようやく冷静に物事を見られるようになれたんだ」
「犠牲は大きかったが得るものも大きかったな」
すごく間抜けな会話をしている気がする。
「これで僕が皆さんを牽制することはできなくなりましたが、ロックウィーナに対しては、くれぐれも紳士的態度でお願いしますよ?」
「小娘をちゃっかり部屋に連れ込んだ男が何を言うか、白」
そういえばキースの顔が大接近した瞬間が有ったな。邪魔が入らなかったらあの後どうなっていたんだろう?
顔が火照るのは恥ずかしさか、アルコールのせいなのか。
「ロックウィーナ、次の一杯は私に
お酒がなみなみと入った重そうなピッチャーを、エリアスが片手で軽く持ち上げていた。
「あ……」
本来の私の酒量ならあと数杯はいけるのだが、今日はちょっとお酒の回りが早くなっている気がする。ハイペースで飲むとたぶん潰れるな。
でも二杯目の段階で断るのは早いよなぁ。注ぐ用意をしてくれている訳だし……。
困っていると、エンが自分のグラスをエリアスへ近付けた。
「俺が頂きます。ロックウィーナとマキアは無理をせず、自分のペースで飲むといい」
「あ、うん」
助けてくれたエンに心の中でありがとうを言った。私にはマキアがお酒ではなく水を注いでくれた。
「ロックウィーナもお酒弱いみたいだね」
「うん。付き合いで飲む程度。自分から買ったりはしないな」
「俺も! 賑やかなのは好きだから、酒の席は楽しいんだけどね。いつもあんまり飲めないんだ」
ふふっ、と私達は共感の笑みを浮かべた。
時間のループに囚われている間は毎回命を落としていたマキアとエン。これからは友達としてずっと、彼らとこうして笑っていたい。
私はそう切に願ったのだった。