祝勝会

文字数 3,285文字

 18時半。部屋の扉を開けて廊下に呻く男達が居ないことを確認してから、私は一階へ降りて食堂に向かった。
 夕食時の食堂は冒険者に開放されていない。それ故にガランとした空間にポツポツとギルド職員が居るだけだった。
 マキアとエンが既に来ていたので、私は今夜のメニューであるビーフシチューとパンを盆に乗せて彼らの元へ行った。

「ここ座ってもいい?」
「もちろん!」

 二人は快く私の相席を受け入れてくれた。

「二人ともキース先輩から魅了されちゃってたよね? もう大丈夫?」
「ああ~……」

 マキアが苦笑いを浮かべた。

「凄いんだね魅了って、驚いたよ。初めて経験したけど、キースさんの靴を舐めて服従したいとか思っちゃったもん」

 それ別の性癖が開発されてない?

「……俺まで術に掛かるとは思わなかった。精神力の強さには自信が有ったんだが」

 あっけらかんとしたマキアとは違い、エンは落ち込んでいる様子だ。食事の為に覆面を外しているので表情が読み取れた。

「エンは魅了に興味を持っていたからさ、ある意味自分から掛かりに行った状態だったんじゃないかな?」
「ああ、それは否めないな」

 そしてエンは対面に座る私をじっと見た。

「キースさんの能力は生まれついてのものだ。俺に習得はできない。だがロックウィーナ、おまえの魅了は言葉や素振りから繰り出される技だ」

 技だったんか。知らなかった。

「ぜひ俺に伝授してくれ」
「前にも言われたけど……、どうしてそんなに魅了に興味が有るの? エンは精神魔法無しでも充分に強いじゃない」

 問われてエンは目を伏せた。

「魅了できたら……殺さなくて済むかもしれない」
「殺さないって誰を……」

 あ。それはもしかして、アンダー・ドラゴンに居る兄弟子のことかな?
 エンにとってはおそらく最もプライベートな話題だ。出会って数日間の私が聞いても良いものだろうか。

「なぁ、その相手ってユーリとか言うエンの兄弟子か?」

 口ごもった私に代わり、マキアが迷うことなく尋ねた。一緒に支部移籍を決めたバディだもんね。絆は深い。

「……そうだ」
「どんな人なんだ?」

 エンは少し困ったように私を見た。

「あ、ごめん。席を外すね」

 込み入った話みたいだから、二人だけにしてあげた方がいいよね。
 立ち上がろうした私だったが、左手を上げたエンに止められた。

「違うんだ。話すと長くなるし、明るい話でもないからおまえに嫌な思いをさせるかもしれない。それでもいいなら一緒に聞いてくれ」

 あれ、私のこと信用してくれているのかな? ちょっと嬉しい。
 私が座り直したと同時にエンは話し始めた。

「俺とユーリは戦災孤児だ。路頭に迷っていたところを、お(かしら)に拾われて忍びの里で育てられることになった。里で生まれた他の子供達と違い、親の居ない俺とユーリは孤独を埋めたかったんだろうな、自然と仲良くなったよ。そして義兄弟の誓いを立てたんだ」

 なるほど。それから?

「………………」
「………………」

 少し待ったがエンの次の言葉が出て来なかった。マキアが不思議そうに確認した。

「……終わり?」
「ああ」

 長くなかった。
 これを長話と主張するエンは、普段どれだけ喋っていないのだろう。

「ええと、あ、うん、ユーリさんとの関係は解った。それで今はどうして離れ離れになったんだ?」

 話を広げてあげるマキアは優しい。

「俺達が仕えていた殿……、こちらで言うところの貴族みたいな人が居たんだが、殿が帝の不興を買って失脚してな、財政が厳しくなって大勢の家来を雇用できなくなったんだよ。それでお頭とその家族以外の忍びに解散命令が出た」
「そうなんだ」
「………………」
「………………」
「……解散した後、ユーリさんとおまえはどうしたんだ?」

 促さないと続きを話さない忍者。面倒臭いぞ。マキアは優しい(二度目)。

「それが、他の仲間に俺を押し付けて、ユーリは独りでこの大陸に渡ってしまったんだ」
「え? 何で? 義兄弟の誓いを立てた程の仲だったんだろ?」
「ああ。俺も納得ができなかった。当時16歳の俺に新天地での生活は無理だと言い張って、アイツは俺が眠っている間に出立しやがった」
「……………………」

 エン、あなたは……。マキアも私と同じことを思ったようだ。

「おまえは、ユーリさんを捜してこの土地に来たんだな」

 捜して、と言うより「求めて」。

「……そうだ。しばらくは冒険者をしながら捜して、でも見つからなくて、それでも諦め切れなくてギルドに就職した。冒険者ギルドは広く情報を取り込めるから」

 そしてエンは望んでいたユーリの情報を手に入れた。嬉しくない情報だった。これから私達が壊滅させようとしている組織、そこに彼の兄弟子は居るのだ。

「エン、おまえはユーリさんを助けたいんだな?」

 真っ直ぐ視線を合わせてきたマキアにエンは応じた。

「そうだ」
「彼は前の周回で、躊躇(ためら)いなくおまえを殺した男なんだぞ?」
「理解している。それでも俺にとって唯一の家族だ。助けられるなら助け、殺さなければならないのなら俺が殺す」
「エン…………!」

 もうマキアと私は何も言えなかった。エンは覚悟を決めてしまっていた。

「おっ、おまえら早いな」

 緊迫した空気を破ったのはルパートとキース、エリアスとアルクナイトの年長組だった。
 食堂に登場した彼らは食事と、そしてお酒を入れたグラスをテーブルへ運んだ。厨房の人から好意で分けて貰えたのか、つまみに相応しいチーズやナッツ類まで有る。

「へ? 先輩、これから飲むんですか?」
「約束したろ? タイムリープを破ったことを祝おうって」

 そうだったな。

「でも明日から今度は討伐隊に参加ですよ?」
「明日のことはまた明日だ。全員無事に11日目に進めた。今はそれを喜ぼうや」
「そっか……、そうですよね」
「賛成です!」

 マキアとエンも頷いていた。アンダー・ドラゴン壊滅作戦はきっと大変なことになるだろう。でもこの仲間達とならきっと乗り越えられる。そう信じよう。

「よっしゃあ、じゃあ乾杯!」

 ルパートの音頭で皆はグラスに口を付けた。いつもよりお酒が苦く感じたのは、エンの決意を知ってしまったからだろうか。

「あ、ウィー、おまえにも伝えておくけど、俺達の間で魅了を使うのはしばらく禁止事項になったから」
「そうなんですか?」
「ああ。全員が沈んだことで、大の男が何をやっているのかと、皆がようやく冷静に物事を見られるようになれたんだ」
「犠牲は大きかったが得るものも大きかったな」

 すごく間抜けな会話をしている気がする。

「これで僕が皆さんを牽制することはできなくなりましたが、ロックウィーナに対しては、くれぐれも紳士的態度でお願いしますよ?」
「小娘をちゃっかり部屋に連れ込んだ男が何を言うか、白」

 そういえばキースの顔が大接近した瞬間が有ったな。邪魔が入らなかったらあの後どうなっていたんだろう?
 顔が火照るのは恥ずかしさか、アルコールのせいなのか。

「ロックウィーナ、次の一杯は私に()がせてくれ」

 お酒がなみなみと入った重そうなピッチャーを、エリアスが片手で軽く持ち上げていた。

「あ……」

 本来の私の酒量ならあと数杯はいけるのだが、今日はちょっとお酒の回りが早くなっている気がする。ハイペースで飲むとたぶん潰れるな。
 でも二杯目の段階で断るのは早いよなぁ。注ぐ用意をしてくれている訳だし……。
 困っていると、エンが自分のグラスをエリアスへ近付けた。

「俺が頂きます。ロックウィーナとマキアは無理をせず、自分のペースで飲むといい」
「あ、うん」

 助けてくれたエンに心の中でありがとうを言った。私にはマキアがお酒ではなく水を注いでくれた。

「ロックウィーナもお酒弱いみたいだね」
「うん。付き合いで飲む程度。自分から買ったりはしないな」
「俺も! 賑やかなのは好きだから、酒の席は楽しいんだけどね。いつもあんまり飲めないんだ」

 ふふっ、と私達は共感の笑みを浮かべた。
 時間のループに囚われている間は毎回命を落としていたマキアとエン。これからは友達としてずっと、彼らとこうして笑っていたい。
 私はそう切に願ったのだった。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は撤退済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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