魔王の牽制(2)

文字数 3,560文字

☆☆☆


 何だかアルクナイトが怖い。
 他の男性達が和やかな談笑を挟みつつ朝食を摂っている横で、彼は静かにナイフとフォークを動かしているだけだった。

 こんなことが前にも有った。
 アルクナイトがたった独りで、かつての部下達と戦おうと決めた時だ。
 彼は何かを決意した時に無口になる。
 ただ今回に関しては理由を聞けなかった。
 
(おまえには一度きっちり、俺の女だということを自覚させなければならないな)

 自覚させなければならない……俺の女……自覚……。奴が水場で呟いた危険な匂いのするワードが、私の頭の中でエコーとなって鳴り響いていた。

「ロックウィーナ? 食欲が無いのですか?」

 食べるスピードが遅かった私は、隣の席のキースに心配された。

「あ、いえ、少し緊張してしまったようで……」
「そうですね、アンダー・ドラゴン壊滅は大きな任務ですからね。でも大丈夫。僕の障壁であなたのことは必ず護ります」

 向かいの席のエリアスも頷いた。

「私は剣でキミを護ろう。迫り来る全ての敵を斬り伏せ、キミに危険を近付けさせないと誓う」
「ま、前面に立つのは王国兵団だよ。俺達は後方支援だろうから、あまり気負うな」

 ルパートも続いた。みんなで私の緊張をほぐそうとしてくれる。気持ちはとてもありがたい。
 でもね、違うんだ。私が警戒している相手はアンダー・ドラゴンではなく、斜め前でデザートのリンゴを優雅に食べている魔王様なんだよ。(関係無いけど、コックが皮をウサギさん型に剥いてくれているよ)
 いつもだったらキースの陰に隠れて護ってもらうところなんだが、妹分を卒業した上に、キースからも愛の告白を受けてしまっている。この状態でキースを頼るのは駄目だろう。

 う~ん、う~ん。
 しばらく考え込んだが、悩んでいても仕方が無い、結局私はそう結論づけた。

「みんな、今度の任務は何日も拘束されることになるだろうから、旅の支度をしておいてくれ。午前中の業務は免除されたから、時間をかけてしっかり準備だ。13時にギルド前に集合な」

 そうだ。今はやらなきゃならないことに集中しよう。
 朝食を済ませた私達は二階へ引き上げた。


 歯を磨いてから自室へ戻り、早速出動準備に取り掛かった。
 アンダー・ドラゴンの本拠地は国の端っこ、ここから遠いダイレグ地方に在るとの情報だ。馬車でも三日近くかかる。
 前の周回で首領達がフィースノーのアジトに居たから、もっと近くに本拠地が在ると推測していたのだが、私達が捕らえた連絡係の話だと、たまたま首領は所用で近場に来ていただけみたいだ。 

(必要な物は武器、薬と包帯、水筒と保存食、着替えにタオル……)

 野営をすることになるだろうけれど、汚れ物を洗える場所が在るのかな? 無いとなると着替えが多くなって荷物がかさばる。
 あと女性兵士さんが居るといいな。男の中に女が独りで行軍はいろいろとキツイ。

 トントントン。

 荷物を(まと)めたタイミングで扉がノックされた。

「はい?」
「俺だ」

 扉越しに聞こえてきたのはアルクナイトの声だった。ヤバイ。今一番会いたくない相手だよ。

「あなた一人? 他にも誰か居る?」
「俺だけだ」
「……ごめんね、まだ旅の支度が終わってないんだ。また後でね」

 二人きりでは会えない。
 だというのに内鍵が勝手にカチャリと音を立てて開き、ドアノブが回された。

「え? え? ええ?」

 ドアを開けて部屋に入ってきた魔王へ私は抗議した。

「ちよっと、また後でねって言ったじゃない! それに何で開いたの!?
「開錠の魔法だ」

 魔法にはそんなものまで有るの? 泥棒し放題じゃん。
 勝手に室内へ入ったアルクナイトは、やはり勝手に私のベッドに腰掛けて脚を組んだ。

「ほら、荷物の整理を続けろ」

 いつものことだが偉そうだ。

「あなたの準備は済んだの? 落ち着かないからって部屋をあれだけ改造した程なんだもん、持っていく物は沢山有るんじゃない?」
「デキる人間は荷物を少なく(まと)めるものだ。それに足りない物が有ったら、城に残った部下達に持ってこさせる」
「へっ? まさか、独身寮のあなたの部屋の装飾品は全部……」
「部下に持ってこさせた。頭が良くて空を飛べる魔物は便利だぞ?」

 王様め。

「ところで小娘。一見おまえも荷物は出来上がっているように見えるんだが……?」

 あ、バレた。
 アルクナイトは私は睨んだ。

「噓を吐いて俺の訪問を拒もうとしたのか?」
「いや、だって……。あなたが意味深なことを言うから」
「意味深?」
「俺の女がどうとか……」
「ふ」

 魔王は鼻で笑った。ムカつく。

「俺が真っ昼間から子種を仕込むとでも思ったのか?」

 ぎゃああ。ストレートに言ったよこの人。

「安心しろ、そんな真似はしない。性急過ぎるだろうが」

 ……あ、本当? 取り敢えずは安心した。そうだよね、最年長者だもん。そうガッツいたりはしないよね。

「隣に座れ。おまえには言っておかなければならないことが有る」

 何だか説教モードだな。それはそれで嫌なんだけど。

「す・わ・れ」

 魔王に命令されて私は渋々奴の隣に腰を下ろした。こうなったらさっさと話を聞いて帰ってもらおう。そうしないとコイツ動きそうにないから。

「んで? 何?」
「……本当におまえは魔王に対して遠慮が無いな、小娘」
「丁寧語で対応したら気持ち悪いって言ったじゃない」
「ふ。まぁそうだったな」
「だいたい人を小娘なんて呼ぶ人に、敬意なんて払えませんから!」
「ロウィー」

 え。

「ロウィー。これでいいか?」

 何だろう? 心がくすぐったくて温かくなるような。

「……ロウィーって?」
「十五周目、俺とおまえが結ばれた時間軸で、俺ははおまえをそう呼んでいた」
「ロウィー……」

 私とアルクナイトが結婚した未来も存在した。その周の二人はどんな風に過ごしたのだろう。

 アルクナイトの指が私の顔に伸びてきそうになって、私は慌てて顔を伏せてかわした。

「おまえは俺を愛していた」
「……前にも言ったよ? それは私であって私じゃないの」
「俺も言った。どちらのおまえもおまえだと」

 アルクナイトの腕は私の肩を捉え、そして私を後方へ押し倒した。
 ドサッと、私のベッドに二人で寝転んだ。

「ちょ、ちょっと!」
「何だ」
「何だじゃないでしょう!?

 私に覆い被さるアルクナイト。これはマズイ、本気でピンチ。

「え、えっちなことはしないって言った!」
「子種は仕込まない、とは言ったな」

 詭弁だ。魔王の急所を蹴り飛ばそうかと迷っている間に、彼の顔が私の顔に近付いてきた。
 キス!? とっさに両手で私は口元をガードした。



「………………」

 出鼻を(くじ)かれたアルクナイトは私に非難の目を向けた。やーい。
 しかし彼はその姿勢のまま、私の瞳をじっと見つめていた。諦めてくれないの!?

「は、早く私の上から ど、どきなさ、い」

 平静を装いたかったのだが無理だった。声が震えて繋がらない。だって男の人が上に乗っかっているんだよ!?

「俺の印を付けさせてもらう」

 印? 何のこと?
 考えている間にアルクナイトの頭が、私の肩方向へ沈んで行った。

「!!!」

 首の左側に、柔らかく熱を持つものが押し付けられた。
 アルクナイトの銀髪が私の頬をくすぐった。

(何? え、何をされているの……?)

 訳も解らず逃げようとした肩を掴まれて、私はベッドの上に拘束された。
 左の首筋が熱い。与えられる熱と圧力に頭がぼぅっとした。

(キスだ……。首筋にキスをされているんだ……!)

 長く濃厚な接触に、私の全身から力が抜けていった。

(ヤバイ……抵抗できない……)

 恥ずかしさと興奮と恐怖。いろんな感情が入り混じって思考が定まらない。
 そこでふっと、アルクナイトは私から離れた。そして腰砕けになっている私を見下ろして宣言した。

「他の男達への牽制だ」
「けんせ……い?」

 奴は自分の首を指差して言った。

「印を付けた。後で鏡を見て確認してみろ」

 はい? 印? 首に……。
 私はトロンとしていた目を見開いた。

「あっ、あなたまさかキスマーク付けたの!?

 アルクナイトは綺麗な顔でクックッと怪しく笑った。

「ではな、ロウィー。集合場所で会おう」
「ちょ、待ちなさいよ馬鹿魔王!」
「いいのか? 俺がここに残れば次の段階へ進むが」
「~~~~! うわあぁぁ出てけぇーー!!

 笑いながら魔王はベッドから降りた。えっちな置き土産ができたことで満足したようだ。

 どうしようどうしようキスマークだよ!? みんなに見られたら絶対にひと悶着有るよね。私自身そんなの付けて歩き回るのは恥ずかしいよ!
 今着ているギルドの支給シャツは首元出るデザインだから。まぁだからアルクナイトにキスを許してしまった訳なんだが。
 ううう。思い出すとまた力が入らなくなる。

 ああもう魔王の大馬鹿野郎~~~~~~!!!!
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は撤退済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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