白と黒とピンク(1)
文字数 3,653文字
最悪な置き土産、魔王のぶっちゅ
復讐を決意して、次に考えるのは対処法だ。……どうやって隠そうか、コレ。
自室のチェストを漁ってみても、可愛いチョーカーもお洒落なスカーフの一枚も出てこない。不甲斐ない私。「どうせ自分なんか誰も見ていない」と卑屈になって、ファッションアイテムから遠ざかってた。
束ねている髪の毛を下ろしてみる? でも邪魔になるしルパートが気づいて何か言ってきそうだ。
(受付カウンターまで行って、リリアナに何か借りようか。彼女ならきっと……)
駄目だ。彼女は
彼
だった。そして私を「お姉様♡」と慕ってくれている。キスマークなんて見せた日にゃ、魔王相手にあの銃とか言う強力な武器をぶっ放しそうだ。アルクナイトは防ぐだろうが、流れ弾が善良な冒険者の誰かに当たる気がする。
(冷やすと消えるとか、早く治す方法ないかなぁ……)
ん? 治す?
私は閃いた。治癒魔法で何とかなるんじゃないかと。そして治癒のスペシャリストと言えばキース大先生だ。街の治療院でキスマークを消して欲しいとは流石に頼めない。
(キース先輩もアルクナイトの行為に対して怒るだろうけど、それ以上に私を気遣ってくれるはず。きっと冷静に処置してくれるよ)
決まったら善は急げだ。キースの元へ行こうと、私は自室の扉を開けた。
「!」
間が悪い。ちょうどエンも廊下へ出ていた。彼は私を見て軽く会釈してくれたので私も返した。
そして左首筋を隠したい私は左側を壁にして歩きたいのだが、エンが居るのも向かって左側だった。
仕方無く私は首に軽く手を当てて歩いた。きっとアンニュイな雰囲気になっている。
「……どうした?」
「ん?」
「アンタはそんな気取ったポージングを普段取らない」
うん、そうだね。そうなんだけど今はスルーしてくれないかな?
「首、痛いのか?」
「いや大丈夫」
「見せてみろ」
親切だ。でもその親切心が仇となる場合も有るんだよ。
「大丈夫だから」
「いいから、見せろ!」
決して大きな声ではなかったが、迫力を持っていた。私はビクッとして首から手を放した。
「………………」
エンが私の首筋を観察する。
「虫に刺された痕では無いな」
ぶわっ。今度は羞恥心で総毛立った。
エンはこれがキスマークだと察したのだろう、踏み込んだ質問をしてきた。
「……誰かと付き合うことになったのか?」
私は反射的に頭を左右に振って否定した。するとエンは眉間に
「では無理矢理されたのか? 相手は誰だ?」
「………………」
答える代わりに、私の目から一粒涙が零れた。恥ずかしさが限界突破したのだ。
眉間の皺は相変わらずだが、エンの声音がだいぶ柔らかくなった。
「すまない、アンタを責めている訳ではないんだ。泣かないでくれ」
「ち、違う……。エンのせいじゃなくて自分が情けなくて……。25歳にもなって、キスごときでオロオロしちゃうなんて……」
挙句の果てに21歳の青年の前で泣いてしまった。確実に今日と言う日が黒歴史になる。
エンは私の肩に触れようとして、その手を戻した。
「今は……男に触れられたくないよな」
うわあぁぁぁ。優しくしないで。号泣しそうだから。
「アンタは誰とも付き合ったことが無いんだろう? いくつだろうが初めてのことなら動揺して当たり前だ。そんなことを気にするな」
エン……。いきなり泣き出した女を前にしてきっと困っているだろうに、何とか慰めようとしてくれる。
それに比べて私の面倒臭さと言ったら。絶対にエンの方が精神年齢高いよね。
「ロックウィーナ。望むのなら相手の暗殺を請け負うが」
物騒なことを言われて、涙と生まれそうだった恋心がスンッと引っ込んだ。
いや、私もアルクナイトを殺すとか心の中で言ってたけど、アレはあくまでも比喩表現だから。実際には十数発ボディブローを叩き込めれば満足するから。でもエンは文字通り息の根を止めようとしているよね?
「ホントに大丈夫。取り敢えずこの痕を消せればいいの」
「俺の薄手のマフラーを貸そうか? 首全体を隠せるぞ」
「それだとルパート先輩やエリアスさんに、どうしたんだって問い
「なるほど」
エンは腕組みした。治療に賛成かと思いきや、
「アンタを問い質すということは、ルパートさんやエリアスさんが痕を付けたのではないんだな」
キス魔が誰かを考察し出した。
「キースさんに頼むのなら彼もシロ。マキアにはいきなりそんなことをする度胸は無い。…………つまり魔王が犯人か」
特定しちゃったよ! 頭イイよ!
「あ、あの、このことはどうかご内密に……。ルパート先輩やエリアスさんにバレたら、死人が出そうな勢いで怒るでしょうから……」
つい私は敬語になってしまった。
「それはその通りだな。あの二人はアンタに本気で惚れてる」
言われてちょっと照れた。
「それにしても碌なことをしない魔王だな」
まるっと同感だ。
「それじゃ、私はキース先輩の部屋にお邪魔してくる」
「俺も同行しよう。キースさんもアンタを好きだと名言していた。昼間だろうが二人きりにならない方がいい」
その通りだ。私はいつも油断してしまう。
「ありがとう。お願い……します」
私は素直にエンの厚意に甘えることにして、二人でキースの部屋を訪れた。
「ロックウィーナ、……それにエン?」
妙な組み合わせの私達を見てキースは戸惑ったが、すぐに笑顔で部屋に招き入れてくれた。
「少し待ってくれたらお茶を淹れますよ」
「どうぞお構いなく。あの先輩、コレを消して頂きたくて参りました」
私は横を向いて魔王マークをキースの眼前に晒した。
「なっ…………!」
キースはしばしプルプル震えていた。それから地の底から響くような声で呪詛を吐いた。
「あのクソ魔王~~! 深淵を覗いてそのまま地獄まで落ちろ!!」
乱暴な言葉使いにも驚いたが、それ以上に何の説明もしていないのに、キースが犯人を言い当てたことに驚愕した。
「なっ、なんでアルにやられたって判ったんです!?」
「魔王のいやらしい魔力のカスが、キミの身体に付着しているからだよ!」
ほえ。魔法使い同士は魔力の細かい識別ができるらしい。
「ロックウィーナ、キミは変態乳野郎に
嫌ぁ~。普段真面目なキースがえげつないこと言うと威力が半端ない!
「ち、違います! 身も心も許していません! 来訪を断ったのに、アイツってば開錠の魔法で勝手に部屋に入ってきたんです!」
「そんな魔法が有るのか。侵入任務に便利だな」
エンがどうでもいい所で感心していた。
「あの野郎……! ロックウィーナ、これから毎晩僕の傍で寝るんだ! 僕の障壁で魔王だって遮断してみせるから!」
「あのでも、二十代の男女が近くで眠るのはどうかと……。私は妹分を卒業していますし」
「あぁ~くそっ、告白はもっと後にすれば良かった! そうすればお兄ちゃんポジで堂々と傍に居られたのに! しくじった!!」
しくじったって……。頭を抱えるキースの姿を、私とエンは茫然と眺めた。
「キースさんて、こんなキャラだったか?」
前も思ったが、こっちの方がキースの地なのかもしれない。丁寧口調で誰にでも親切に接する彼は、心を閉ざした状態だとしたら……。
とか考えていたら、急にキースは落ち着きを取り戻した。ホッとしたのも束の間、
「エン……。忍者のキミに依頼したいことが有るんだけど、いいかな?」
「依頼内容は察しました。しかし敵は強大です。任務完了まで時間がかかると思いますが……宜しいか?」
「ああ。確実に仕留めてくれるなら時間がかかっても構わないよ。僕も参加するし。と言うより、僕がメインであのセクハラ魔王を血祭りに上げるから」
「キースさんの魅了ならいけそうですね」
「仲間内で魅了は原則、使用禁止となったがこの場合やむを得ないだろう」
「そうですね。ルパートさんもエリアスさんも解ってくれますよ」
キースとエンは魔王暗殺を共謀し始めた。
「いけません二人とも! 暗殺ダメ、絶対!」
慌てて止めた私にキースは笑顔で言い放った。
「ロックウィーナは優しいね。でもね、変態は治らない。むしろどんどん悪化する。腐って悪臭を放ち出す。汚物の消毒は世界の為なんだ」
目の前に居る彼はお年寄りに道を聞かれて、現地まで手を引いて案内してあげた優しい元僧侶と同一人物なのか。
「俺もキースさんに賛同する。あの魔王はヤバイ。後々大問題を起こしそうだ。主にアンタ関係で。今の内に仕留めておこう」
白い魔術師と黒髪の忍者が混ざると、恐ろしい化学反応が起こると知った。
馬鹿ちんでもアルクナイトは(一応)大切な仲間。
私はヒートアップしそうな二人を、午前中いっぱいかけて必死に宥めたのであった。