白と黒とピンク(2)

文字数 3,853文字

☆☆☆


 キースの部屋で物騒なお喋りに興じていたら、あっという間に12時になってしまった。いけない、集合時間は13時だ。早く昼食を摂っておかないと。
 うわ。
 焦る気持ちで一階へ降りた私達三人は、大勢の冒険者でごった返す食堂を見てげんなりした。注文するのも席を確保するのも大変そうだ。だから普段は混む時間帯を避けているのに失敗した。

「僕とエンとで食事を持ってきます。ロックウィーナは空いている席を探して、場所取りをお願いします」
「了解です」
「メニューの希望は有るか?」
「日替わりランチで宜しく」

 二人と一旦別れて、私は席を求めて食堂内をざっと歩いてみた。

「ロックウィーナ」

 横から落ち着いた低い声が私を呼び止めた。見るとエリアス、ルパート、マキア、セクハラ魔王が一つのテーブルに揃っていた。彼らは早めに来て食事していたようで、皿の中身はほとんど残っていなかった。

「今日は遅かったんだな」
「おまえの部屋まで呼びに行ったんだぞ。今まで何処に居たんだ?」
「キース先輩の部屋にお邪魔していました」

 私の返答に、エリアスとルパートが表情を険しくした。

「それは迂闊(うかつ)な行動だったな、私のロックウィーナ」
「キースさんもおまえが好きなんだぞ。二人きりになったのか? 何もされなかったか?」
「大丈夫、エンも一緒でしたから。和やかにお喋りをしただけです」

 内容は魔王の暗殺についてだったけどね。

「エンも? アイツがお喋りに参加したの? それなら俺も混ざりたかったよー」

 不満を漏らすマキアに愛想笑いを返して、私はさりげなくアルクナイトに首の左側を見せた。

「………………」

 キースの治癒魔法でキスマークは完全に消えていた。アルクナイトはつまらなそうにそっぽを向いた。ざまぁ。まったく、コイツのせいで貴重なフリータイムを無駄に使ってしまったよ。

「おまえはこれから食べるんだな?」
「はい。空いている席を探しているところです」
「ならここを使うといい。私達はもう席を立つところだ」
「ありがとうございます。あ、キース先輩にエン、こっちです!」

 料理が乗ったトレーを持つ二人に手を振った。

「集合時間には遅れんなよ」
「エン、次は俺も誘ってくれよー?」

 ルパート達は食器を返却しに立ち去った。入れ替わりに私達が彼らの使っていた席に着いた。

「マキア、アイツも計画に一枚嚙みたいのか」
「いや違うから。ていうか暗殺計画自体忘れて。マキアは単に一緒に明るくお喋りしたいだけだから」

 今日の日替わりランチはエンの好きな魚料理だった。わずかに彼の顔が(ほころ)んでいるように見える。
 さて食べようかという時に、

「あのぉ、相席いいですかぁ?」

 少し鼻にかかった、でも可愛らしい声が耳に届いた。

「え、リリアナ!?

 声の主を確認して驚いた。受付嬢をしているリリアナがトレーを持ってエンの背後に立っていた。そこだけ大輪の花が咲いたかのように艶やかな空気に変わる。
 リリアナが身に着けているのは水色のワンピースなのだが、ブリブリした言動のせいか、彼の色のイメージはピンクだと私は思っている。
 エンは一つ空いていた席のイスを片手で引き、リリアナへ提供した。

「どうぞ」
「うふっ、お邪魔しまーす」
「あなたが食堂へ来るなんて珍しいですね」

 ブラック企業の冒険者ギルドにも昼休憩くらい有る。しかしキースの感想通り、いつもリリアナは混み合う食堂が嫌だと言って、カウンター内で軽食をつまんで昼を済ませていた。
 席に着いたリリアナのお盆の中には、日替わりランチの他にチキンナゲットも入っていた。おお、ガッツリいく気だ。私の視線に気づいた彼はエヘッと笑った。

「これから大仕事ですからぁ、しっかり食べておこうと思ったんですぅ」
「え? ギルドに何か大きな依頼が入ったの?」
「やだなぁお姉様。アンダー・ドラゴン本拠地壊滅作戦ですよぉ」
「そっか。事務的にも大変なのね」

 またもや主任のルパートが留守となるので、残った出動メンバーのスケジュール調整とか。

「いえ、私もお姉様達と一緒に行くんですよぉ」
「!」
「?」
!?

 さらりとリリアナはとんでもないことを宣言した。

「へ? どゆこと?」

 私の間抜けな返しに、リリアナは抜群の笑顔で答えた。

「私もぉ、アンドラ討伐隊の参加メンバーなんですぅ。これからしばらくは、お姉様と24時間一緒なんですぅ。同じ空気を吸うんですぅ。きゃ♡」
「え、え、えええええ!?

 何それ、初耳。キースも驚いていた。

「ちょっと待って下さい、ルパートは何も言っていませんでしたよ!?
「はい。ついさっきマスターと話し合って決まったのでぇ」
「はいっ……? シュターク商会を将来継ぐあなたを、ケイシーは危険な任務に組み込んだのですか!?
「あ~、私が志願しましたぁ。マスターは渋ったしアスリーにも大反対されて大変でした☆」
「当たり前でしょうに」

 アスリーとはあの執事さんか。

「自由にさせてくれないなら、お姉様を連れて家出するって言ったらアスリーは折れてくれました」

 私が知らない間に、ギルド職員と受付嬢が駆け落ちするところだった。

「マスターに関しては、古くなった水道管の交換を、商会がお友達価格で行うことで話がつきましたぁ」
「水道管……。確かにギルドの水回りは弱いですからね。それなら仕方が無いか……」

 キースは納得した。最近知ったけどけっこう彼は現金な性格だよね?

「しかし思い切りましたね。ロックウィーナを護る為に志願したのですか?」
「ええ。任務もそうですけど、それ以上に危険な男達からお姉様を護る為に。ま・さ・か、キースお兄様までお姉様に告白するとは予想してませんでしたよぉ?」

 リリアナに嫌味を言われたキースは、コップの水を飲んで聞こえないフリをした。

「……アンタはそのナリで戦えるのか?」

 エンが妖精の如き可憐な容姿のリリアナをジロジロ見ていた。不躾な視線だが、決して他の男のようなエロス目的ではない。

「重要な任務だ。足手まといは困る」
「や~んエンさんたら、怖い顔ー。溜まってますー?」
「………………。アンタは男だという話だが、戦士にも術師にも見えない。そんなチャラチャラした格好で付いてくるのか?」
「そりゃ私の本質は商人ですけどー、ちゃんと戦えるのにー酷ーい」
「頬を膨らませるな。上目遣いもやめろ」

 険悪な雰囲気となったので、私が間に入った。

「リリアナは銃という強力な武器の使い手なんだよ。私は以前ピンチになった時、銃の狙撃で彼に助けてもらったの」
「コイツが……銃士?」
「えっへん」

 リリアナは大きな胸をそらした。そう言えばあそこには何が詰まっているのだろう。

「エンの故郷にも銃が有るの?」
「有るが……。火縄銃は弾込めに時間がかかって実用性が低い。戦場では弓の方が多く用いられているな」
「あはっ、私の銃は最新型ですよぉ。ボルトを操作して短時間で装填(そうてん)、六発撃てます」
「なっ……。どうして軍属ではない民間人のアンタが、そんな大層な物を持っているんだ!?
「金の力です」

 リリアナの仮面を外したリーベルトは言い切った。

「金さえあれば大抵の夢が叶います。飛ぶ鳥も落ちるんです」

 めっさゲスいこと言った。だのにキースがうんうん頷いている。

「ですね。下手な信心より世の中ゼニです」

 うわぁ。元僧侶とは思えないお言葉。私は二人に引いたのだが、エンは静かな面持ちだった。

「そうか、それだけの武器を調達できるとは、アンタは優れた手腕を持つ商人なんだな」
「…………え?」

 リーベルトがあれ? という顔をした。

「エンさんは僕をゲスいとか思わないんですか?」

 私は思ったよ。

「思わない。金を生み出すのも才能の一つだろう、誰にでもできることではない。更に銃まで扱えるなんて大したものだ」
「え、あ、ありがとうございます……」

 素直に褒められてリーベルトはモジモジした。傍から見たら甘酸っぱいカップルだ。二人とも男だけど。
 それにしてもエンは心が綺麗だな。私も何度か褒めてもらっている。下心無く、純粋に相手の能力を評価できる人だ。そして今日の日替わりランチは魚料理なんだけど、ナイフで見事に分解して上手に骨を()けている。そんな所も何気に凄い。

「……何だ?」

 今度は私がエンに不躾な視線を向けてしまっていた。

「ごめん。エンがあまりにも器用に魚を食べるもんで、感心してつい見ちゃったの」
「ホントだ! エンさんてば前世は猫ですか!?

 三人に皿を観察されて、流石のエンも居心地が悪そうだった。

「魚が好きだから……。それに、箸が有ればもっと早く食べられる」
「ハシ?」
「ああ知らないか。たいてい木製で、これくらいの長さの細い棒だ。それを二本こう持って……物を摘んで持ち上げるんだ」

 エンが指の動きだけで表現した。エアー箸。

「二本の棒???」
「物を摘む? トングのようなものでしょうか」

 リリアナとキースはピンと来ていないようだった。異国の文化だ、想像できなくても仕方が無い。
 だというのに私は……箸がどんな物か知っていた。エンの指の動きは私にとって見慣れたものだった。

(………………?)

 おかしいな、エンの出身である東国へは行ったことが無いし、食事はフォーク、ナイフ、スプーンを使っているのに。

「あっと、急いで食べないと待ち合わせに遅刻しますよ」

 キースの注意を受けて全員ハッとした。
 箸についてはきっと本で読んで知っていたのだろう。ほら、私って読書家だから。
 そう結論づけて、私はみんなと同じく食事に専念したのであった。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は撤退済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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