野郎達の挽歌(ロックウィーナ目線)

文字数 3,515文字

 お茶にしましょうとキースの部屋に招かれた。
 夜に異性の部屋へ行ってはいけないとキース自身から注意を受けていたが、現在の時刻は16時10分。まだ夕飯も済ませていない日暮れ前だ。大丈夫だよね? だからキースも誘ったのだろうし。
 それに落ち着いた所でもう少しキースとお話ししたかった。

 出動先で「愛している」と言われて、その言葉の衝撃に前後不覚となってしまった私。
 毎回そうだ。情けない。相手が真剣に向き合ってくれているというのに、私は動揺してしまったと、それを言い訳にして明確な答えから逃げている。
 これでは駄目だ。

「どうぞ。ミルクティーにしました。熱いから気をつけて」
「あ、ありがとうございます……」

 イスに座る私はキースからティーカップを受け取って、息を吹きかけて冷ました最初の一口を含んだ。ミルクの優しい口当たりとほのかな甘さが身体に染み渡る。
 穏やかに微笑むキース。彼は私をリラックスさせようとしてくれているんだろう。優しい人。だからこそ曖昧な態度を取ってはいけないんだ。

 私はテーブルにカップを置いて、キースと正面から向き合った。そして言った。

「ごめんなさい」

 否定の言葉は受ける側も伝える側もつらい。

「キース先輩のことはとても素敵な男性だと思います。ぶっちゃけると、先輩みたいな人とゆっくり恋ができたら素敵だろ~な~的な妄想もしていました」

 あ、「妄想」じゃなくて「想像」って言えば良かった! 口に出した言葉はもう戻ってこない(泣)。

「でも、私にとって先輩は優しいお兄ちゃんなんです」

 キースは表情を変えない。

「だから、恋人関係にはなれないです。ごめんなさい……」

 私は頭を下げた。好意を抱いてくれたことには本当に嬉しくて感謝しているが、彼を兄と慕う私は気持ちに(こた)えられない。

「顔を上げて、ロックウィーナ。キミが謝ることはありません」

 私は言われた通り顔を上げた。でも申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
 キースは私をずっと好きだったと言った。気持ちに蓋をして誤魔化していたそうだ。私はそんな彼の様子にまるで気づかずに、無神経に甘えて頼りにもしていた。……傷付けてしまっていただろう。

「ふふ、キミは解りやすいな。僕を傷付けたんじゃないかと怖がってない?」

 キースはくだけた口調で図星を指した。

「お兄ちゃんだと思うのは仕方が無いよな。僕がそう接してきたんだから。キミに恋をすることが怖かった。でもキミと関わっていたくて、兄と言うポジションに収まっていたんだ。ルパートと一緒。……だからキミのせいじゃないんだ」
「でも……、私いろいろと図々しかったです」
「いいんだよ。僕がキミに甘えて欲しかったんだから」

 キースはイスごとずれて私のすぐ隣に来た。

「ロックウィーナ、そんなに早く答えを出さないでくれ。それとも1パーセントの可能性も無いくらい、僕には男としての魅力が無い?」

 そんなことは決して無い、キースは素敵だ! 私は思わず力いっぱい頭を左右に振ってしまった。キースに「ぷ」と軽く笑われてしまった。

「ならさ、もう少し時間をかけて僕を見てよ」
「で、でも、私はエリアスさんにルパート先輩、アルにまでプロポーズらしきものをされているんです。ハッキリしない態度で複数の男の人をキープするなんて、まんまビッチちゃんじゃないですか」

 また「ぷ」と笑われた。

「じゃあ彼らにもお断りを入れるの?」
「はい。今みたいに落ち着いて話せる時に」
「それじゃあ全員を振ってしまうことになるよね? いいの?」
「うう……」

 こんなモテ期はもう二度と来ないだろう。

「本音を言うと凄く勿体無いと思います! たぶん後で激しく後悔すると思います!」
「ぶはっ」

 今度は確実に噴き出して笑われた。

「だったら開き直りなよ」
「でも……煮え切らない態度でいるのは卑怯です。ズルイです。迷って答えが出せないのなら、相手を解放するべきだと思うんです」

 相手の恋心を知っていながら、付かず離れずの距離を取るのは残酷な行為だ。かつてルパートにやられて私は苦しんだ。あれをキースや他の人にやりたくない。ルパートにも。

「……本当に、誠実なコだよねキミは。だから好きになったんだけどね」

 キースは優美な笑みを崩さなかった。

「ロックウィーナはさ、結婚願望が有るんだよね? 恋人になる相手とは、結婚を前提にお付き合いをしたいと考えてるんじゃないの?」
「は、はい……。もういい歳ですし」

 改めて言われると照れるな。

「なら迷うのは当然だろう? 一生の問題なんだから」
「………………」
「いいんだよ、相手を選ぶことに時間をかけても。嫌がる男は自分から離れていくよ。だからキミが気に病むことも、諦めることもないんだ」

 いつもの私を安心させてくれるキースの語りだ。違うのは、熱が込められているという点。

「ゆっくりと僕を知ってくれロックウィーナ。兄ではなく、男としての僕を」

 わあぁぁぁぁ。兄的存在だったキースが上書きされていく。男へと。
 またもや意識が飛びそうになった私を現実へ引き戻したのは、無粋なノックの音だった。

「どなたです?」

 口説きモードを邪魔されたキースが不機嫌そうに応じた。

「あ、マキアです。エンも居ます。キースさんとあまりお喋りできていないので、この機会に親睦を深めたいな~なんて」
「間に合ってます」

 取り付く島も無くキースはマキアとエンの来訪を断った。しかし今度は強めに扉が叩かれた。
 舌打ちをしてキースは扉の前に立った。前髪を搔き上げて。
 あ、ヤバイ。私が止める間も無く、扉を開けたキースはマキアとエンの二人を見つめた。倒れて廊下を転がる音。若い二人は魅了の洗礼を受けたのだ。
 二人を沈めたキースは前髪を戻して私の隣に座り直した。

「はい、邪魔者は片づけたから話の続きをしようか」

 そしてフフッと笑った。

「それにしても……みんなイイ奴らだよね」
「はい?」
「いやさ、普通は魅了に掛かった奴はみんな、僕を押し倒して本懐を遂げようとするんだよ」
「………………」
「でも……キミもだけどさ、エリアスさんもルパートもアルも若い二人も、自分の欲求を抑え込もうと必死に悶えて戦ってくれる」
「そりゃ嫌がるキース先輩に、強引にえっちなことはしたくないですもん」
「えっちって……」

 あぎゃー。またストレートに言葉にしちゃったぁ!

「ぷふっ……。だからさ、みんなイイ奴だなって」

 キースは本当に嬉しそうだった。そんな彼を見て、私も何だか嬉しくなってしまった。

「みんなキース先輩が好きなんですよ。だから私みたいに、魅了に負けない第一号になろうとしているんです」
「………………」

 キースの口元からずっと形成していた笑みが消えた。

「今の、反則……」

 だが今日一番に熱が込められていた。

「ロックウィーナ……」

 …………あれ、キースの顔が近いような。あれあれあれ? もうすぐ鼻と鼻が触れそうな距離まで彼の顔が接近してきた。

 トントントントン!
 その時、早いリズムで扉が再び叩かれた。ノックしているのはたぶんせっかちな性分の人物だ。

「……鬱陶しいな、いいところで」

 忌々し気に小さく呟いたキースは完全に男だった。彼はまた前髪を搔き上げて来訪者を撃退しに扉へ向かった。
 そこに居たのは、セクシーポーズで身体をくねらせたアルクナイトだった。
 は? 何してんの阿保魔王と私は呆気に取られた。おそらくはキースも。その隙を突いて(?)アルクナイトは叫んだ。

「我を求めよ!」

 何だかピンク色の風が吹いた気がした。飛び交うハートマークも見えた気がした。
 頭を振って幻覚を(はら)っていると、「あぐっ」と声を漏らしてキースがへたり込んだ。え、どうしたのと私がイスから立ち上がると、アルクナイトも後方へ吹っ飛んでいった。廊下の壁に当たったのか大きな音がした。

「???」

 訳が解らなくて私は立ち尽くした。
 扉が開けっ放しの部屋の入り口に、エリアスとルパートがヒョイと顔を出したので、彼らに状況を説明してもらおうと思った。しかし彼らも揃って壁へ吹っ飛んだ。

「ちょっとみんな大丈夫? 何してんの!? キース先輩?」
「駄目だロックウィーナ! 今の僕に触れるな!!

 肩に触れようとした私をキースが制止した。すっごい切ない声で。

「あ、あの……」
「今は説明……する余裕が無い。へ、部屋に戻っているんだ……。くうぅっ!」
「先輩!?
「ハ……ハァッハァッ。夕食時に……食堂で会おう。早く行け!」

 息が荒いキースに急かされて、私は自分の部屋へ戻った。男達が転がる廊下は地獄絵図のようだった。



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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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