冒険者ギルドへ帰還です!(1)

文字数 4,041文字

「はーいみんな起きて。朝だよー」

 手を叩きながら、ベテラン女性兵士がテント内で目覚まし時計の代わりを務めた。
 ……眠っていたのか。
 私はゆっくりと横たえていた身体を起こした。夕べエンとあんなことが遭ったから眠れないと思っていたのに、けっこう図太いんだな私。
 ……なんてね。マキアがいろいろ気配りしてくれたおかげだよね。男に刻まれた恐怖心を、同じ男であるマキアが和らげてくれた。

「ふぁ、おはよ……」

 長い黒髪を掻き上げながら、隣で寝ていたミラが朝の挨拶をした。

「ほらマリナも起きなって」
「うう~ん、あと五分だけ……」
「これでロックウィーナとお別れになるんだよ?」
「はっ、そうだったわ!」

 マリナは跳ね起きて私に抱き付いた。相変わらずおっぱいが見事な質感だ。

「寂しい! せっかく仲良くなれたのに!!

 私達冒険者ギルドメンバーはフィースノーの街へ、王国兵団第七師団は王都へ帰るので、ここからは違う旅程となるのだ。

「フィースノーの街へ来ることが有ったら、ぜひ冒険者ギルドに立ち寄ってよ。誰かしら居ると思うから」
「ロックウィーナもね、王都に来る用事が有ったら事前に連絡をちょうだい。重要任務が無い限りは休暇を貰えると思うから、三人で女子会しましょうよ」
「ああ、そりゃいいね」

 私達は互いの連絡先を紙に書いて交換した。また会えることを期待して。
 テントを撤去し、清掃作業を終えた後に名残惜しいが私達は別れた。久し振りにできた同世代の女友達。彼女達との交流は楽しかった。

「十五分後に出発だぞ! 忘れ物が無いか最終チェックをしろ!!

 隊長クラスの兵士が号令を掛けていた。私は急いでギルドのみんなの元へ向かった。
 着いた冒険者ギルドのエリアもすっかり片付いており、馬車の前で男達が私を待っていた。アルクナイトが一歩前に偉そうに進み出た。

「遅いぞ小娘。それでは本日の馬車の組み合わせグーパーを開始する」

 今日もやるのか。

「あれ? 人数が少ないような」
「ああ、執事のジジイは昨日と同じく不参加だ。ワンコとニンジャーズも今日はいいと言ってあっちの馬車にもう乗っている」
「……そっか、マキアはあっちなんだ」

 ついうっかり呟いてしまった私の発言を、光の速さで男達が拾った。

「何だよウィー、マキアが居ないことが寂しいのか!?
「あんなワンコがなんだ。ちょっとは可愛いかもしれんが、少年になった俺の方が断然イケてるだろうが」
「可愛いは僕が一番でしょう?」

 面倒くせぇ。
 エンと離れられたことにはホッとしたが、正直言ってマキアには傍にいて欲しかった。……でもそんなことを思っちゃ駄目だ。私ったら以前キースに造ってもらっていた安全地帯を、今度はマキアにお願いしようとしている。誰かに護ってもらおうとする癖を直さないと。

「……四人があっちの馬車なら、残った全員でこっちの馬車に乗れるじゃない。馬車は六人乗りなんだから」

 残っているのは私、ルパート、キース、リリアナ、エリアスにアルクナイトだ。

「ふっ、目障りなライバルは少しでも減らす」
「そういうことです。いきますよ、グーパー!!

 全員いい歳をして馬鹿なのか。そうなのか。
 結局私と同じグーを出したキース、エリアス、アルクナイトが同じ馬車となった。

「はっはっは。運が無かったな。さっさと前の馬車に乗り込んで、満員御礼ミッチミチの男祭りを開催するがいい」

 肩を落としたルパートとリリアナへ魔王が追い打ちを掛けた。悔しそうなルパートは背後からルービック師団長に肩を叩かれた。今日も白銀の鎧が眩しい。

「ルパート、ずいぶんと世話になったな」
「いえ、こちらこそです師団長」
「達者でな」
「第七師団の皆さんも」

 ルービックと冒険者ギルドは、アンダー・ドラゴンの件で以降も連絡し合う取り決めだ。しかし何処にスパイが潜んでいるか判らないので、「これで完全にお別れだよ」という白々しい芝居をしている。

「ああ~、もう会えないなんてヤダよ~」

 横から私に抱き付いてきたのは、すっかり調子を取り戻したマシュー中隊長だった。エドガー連隊長のカウンセリングが効いたらしい。

「せっかく仲良くなれたのにな~」

 マシューは私の頭に自身の頬をグリグリ擦り付けた。裏切り者のグラハムを騙す為とはいえ過剰演技では? 周囲の男達が目の笑っていない笑顔で見守っていた。
 そんなお騒がせ聖騎士も自分達の馬車へ乗り込み、私達はいよいよ出発となった。

 ガラガラガラガラ。
 兵団が向かう先とは違う方向へ、私達が乗った馬車は走り出した。遠ざかっていく第七師団の兵士達へ、車窓を通して手を振った。

「ギルドメンバーが、全員無事に帰ることができて良かったです……」

 感慨深そうにキースが言った。時々呪いの言葉を吐くが彼は基本仲間想いだ。兵団には犠牲となった兵士が出た。今回は本当に危険な任務だったのだと改めて思う。

「そう言えばロックウィーナ、昨日マキアとエンが喧嘩したらしいんですが、あなたは理由を知っていますか? マキア曰く、つまらない口論から喧嘩に発展してしまったそうですが」
「あの能天気なワンコが忍者を殴ったんだぞ」

 ドキリとした。

「いえ……何も」

 私の醜聞とならないようにマキアが動いてくれたのだから、私は何も知らない振りをしないと。

「ま、仲が良い者ほど喧嘩をすると言うからな。ワンコと忍者がじゃれ合っただけだろう」
「僕とあなたは仲が良くないのに喧嘩ばかりですよね?」
「それはアレだ……白。おまえは潜在意識で俺のことが好きなんだ」
「ヒッ!? やめて下さい、鳥肌が立ちましたよ!」

 アルクナイトとキースのやり取りを見たエリアスが感想を述べた。

「何だ二人とも、俺が知らない間にずいぶん気安い仲となったんだな」
「そんな訳ないです」
「ヤキモチを焼くなエリー。安心しろ、おまえは別格の友だ。代わりとなる者は居ない」
「……そういうことを皆の前で言うな」
「おまえは俺の領地やソルとの戦いで愛を叫んだじゃないか」
「時と場所を選べと言っている」
「え、何この人達。ピンク色の空気が見えるんですが」

 魔王のストーカー行為で一度は仲がこじれたけれど、エリアスとアルクナイトの絆は深い。普段うるさがっているのに、アルクナイトの危機にエリアスはいの一番に駆け付けた。
 マキアとエンもきっと同じだよね。親友が馬鹿な真似をしたからマキアは怒った。でも……お互いに気持ちが静まれば、また前のような関係に戻られるよね? 私のせいで二人の仲をギクシャクさせてしまった。
 マキアは悪いのはエンだから気にするなと言ってくれたけど……。

(気にするよ。夜に呼び出されて男にノコノコ付いていった、私の危機感の無さも喧嘩の要因の一つなんだから。ごめんねマキア)

 ルパートにも何度か忠告されていたのに。男の性衝動を甘く見るなと。ま、当の本人も私を押し倒してきたけどね。だけど彼は最後まではしなかった。自分の意志で止めてくれた。エリアスとアルクナイトもそうだったな。
 エンと比較して年長組は急ごうとしない。私のペースに合わせようとしてくれる。女性慣れしていてあまりガッツかないのかな? みんな経験済み?

「ロックウィーナどうかしたか? そんな難しい顔をして」
「皆さんの女性遍歴が気になりまして」

 率直に答えたもんで男達が噴いた。
 異性のそのものズバリは聞きたくてもなかなか聞けない。ルパートとマキアの恋愛事情は多少教えてもらえたけど、他の男性陣については未知の世界。だから今までずっとモヤモヤしていたのだ。

「……おい小娘、急に何を言い出すんだ」
「気になるんだもん」
「開き直ってぶ~たれるな。そんな態度も可愛いけどな!」
「だってズルいじゃん。私なんて交際経験が一度も無いことも、スリーサイズまでバレちゃってるのに、プロポーズしてきた皆さんはそこら辺の情報を開示してくれないじゃない」
「う……」

 珍しくアルクナイトが(ひる)んで、代わりに苦笑交じりにエリアスが答えた。

「結婚を考える相手の身上を知りたいと思うのは当然だ。安心して欲しい、私には愛人も隠し子も存在しない」
「はいエリアスさんは誠実な方ですから、二股掛けは無いと信じています」
「ロックウィーナ……」

 感動しかけたエリアスだったが、

「私が知りたいのは過去の女性関係です。覚えている範囲で構いませんので、具体的な交際人数と肉体関係に至ったかどうかも、ちょちょっと教えて頂けると非常に助かります」

 私の踏み込んだ質問に再び彼は噴いた。

「ゲホゲホッ、どうしたんだロックウィーナ、あの男の受付嬢に身体を乗っ取られたか!?
「いーえー。これが私の地ですよ」

 私は軽く息を吐いた。

「未経験だからみんな私を純粋な女だって認定してますけど、そんなことはないです。勇気が無くて一歩を踏み出せないだけで、内心では男の人とお付き合いしたいって日々思ってます」

 恥ずかしいけど本音を言った。比較的落ち着いている年長組に、私を知ってもらうこれは良い機会だ。

「私は清らかな聖女じゃありません。えっちなコトにだって興味有るんです。ちょっと怖いし、好きになった人とじゃなきゃ絶対に嫌ですけど……」

 エンに襲われた時は全身で男を拒絶した。でも護ろうしてくれたマキアが居た。彼が示してくれた勇気と優しさのおかげで、私は男性嫌悪に陥らずに済んだのだ。
 エンだって…………普段の彼は親切な人だ。もう一度信じたい。

「ですから私を変に美化せず、生身の一人の女として見てもらいたいんです!」

 私はずっと抱えていた鬱憤(うっぷん)をぶちまけた。

「………………」
「………………」
「………………」

 男達は全員目を見開いて私を見ていた。
 軽蔑されたかな? 思っていたのと違うとガッカリされたかな?
 それでも聖女と思われるよりはずっといい。みんなが私に理想の女性像を押し付けているようで、少し苦しかったんだよね。私も八方美人になっていた。
 これで嫌われてしまっても仕方が無い。これが私なんだもん。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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