それぞれの想い(3)

文字数 4,021文字

☆☆☆

 ゴシゴシゴシ。
 20時、女性兵士テント。支給されたお湯を湿らせたタオルで、念入りに私は身体の汚れを払拭した。この後エンと会う約束が有るからね~。
 いやもう、一週間近くお風呂に入れてない状態だから男連中だって臭い。汚れているのはお互い様だ。でもそれでもやっぱり女としては、人と会う時は少しでも綺麗に身繕いしたいと思ってしまう。
 それとエリアスの時に学んだ。好意を持った異性の体臭はフェロモンになると。私に恋をしているかもしれない(?)エン。きっと彼と私は至近距離で話すことになる。できるだけ体臭を消してから臨まないと。

「ロックウィーナさーん、男のコが呼んでるわよ~」

 来た! 三十路らしき女性兵士がテント入口で私を手招きしていた。もう私の顔は兵士達に覚えられている。成人しているのに男のコ呼ばわりされて、エンは気まずいだろうなと私は苦笑した。

「ロックウィーナってば逢引き!?
「丁寧に身体を(ぬぐ)っていたけど、これから一戦交える感じ? きゃっ♡」
「違ーーう!」

 ニヤニヤと(はや)し立てるミラとマリナに強く否定してから、私は服を着てテントの外へ出た。遠くへは行かない約束なので防護ベストまでは身に着けなかった。万が一の敵襲に備えて鞭ホルダーだけは腰に付けたけどね。

「お待たせ」
「!」

 私を迎えに来てくれたエンもラフな服装だった。覆面もベストも無い。私同様にクナイを収納したホルダーを腰に付けていたが。
 何故か驚いた様子のエンであったが、すぐに引き締まった表情になった。

「あちらへ行こう」

 彼に先導されて少し歩き、草の上に並んで腰を降ろした。女性兵士テントからさほど離れていないが、側に隆起した小さな丘のようなものが在り、座ると私達の身体は人目から隠れた。視界が狭くなる夜であるし、すぐ近くまで来ない限り二人の密会は他者に気づかれないだろう。
 落ち着いて話しはできそうだが……。

(う~ん、年下とはいえ男の人と二人きりになるのは緊張するなぁ)

 エンは私をどう思っているのか……それを確かめに来たんだよね? もしも本当に私を好きだという結論が出てしまったら、彼はいったいどうなるのだろう。私はどう受け止めたらいいんだろう?
 私が頭を悩ませているというのに、エンったら隣で呑気な感想を漏らした。

「アンタ、髪を下ろすとだいぶ雰囲気が変わるんだな」

 身体を清めたばかりの私は髪を結っていなかった。さっき彼が驚いた顔をしたのはこのせいか。

「そうなのかな? 今までにも何度か下ろした姿を見せてなかったっけ?」
「見たことはある。でもまだその時は意識して見ていなかった」

 と言うことは今は意識しちゃってるのか。ヤッベェ。

「はは、エンもターバンが無いと印象違うよね」

 他愛の無い雑談だ。彼の瞳が熱を帯びてさえいなければ。

「……俺はどんな風にいつもと違う?」

 自分がどう見られているか無頓着っぽかった彼が、らしくない質問をしてきた。

「ええと、ターバンしている時はモロ戦士って見た目だけど、外すとフツーの……いや普通じゃないね、カッコイイ街のお兄さんって感じ!」

 私としては明るい軽口で緊迫した空気を和ませようとしたのだが、

「俺の容姿はアンタの目に、多少なりとも色男に映っているのか?」

 更に気まずい質問をエンは重ねた。

「あの……充分に整った顔立ちだと思うよ」
「そうか」
「他意は無く客観的に見た上での感想ね!」

 予防線を張った私へ彼は微笑んだ。

「ありがとう。アンタもいい女だ」
「ど、どうも……」
「今の姿はとても女戦士に見えない。何処に出しても恥ずかしくない綺麗な(ねえ)さんだ」

 それは褒め過ぎだ。すっぴんだし、身内の欲目が多分に入っていると思われる。解っているのに私は照れてしまう。
 少し下げた私の顔へエンの腕が伸びて来て、指先で髪の毛をなぞられた。

「………………!」

 失敗した。濡れていても髪はキッチリ結って、色気の無い防護ベストを着てくるべきだった。
 恋人同士のいい雰囲気が生まれつつあるよ。マズイかも。

「ひゃっ!?

 髪の毛から頬の曲線へ、エンの指がスムーズにお引っ越しを果たした。青年の若い指が私の頬の弾力を確かめる。

「……柔らかいな」
「コラ、それは駄目でしょーよ!!

 払い除けようとした私の手をエンの手が握った。

「どうして?」

 えええ? そう返されるとは思わなかった。駄目だったら駄目なんじゃい。

「どうしてって……私達は恋人同士じゃないし」
「恋人になればいい」

 ほ、ほえぇぇ!? 何言ってんのこのコ!! するっと凄い発言をしたよ!

「待ってよ、あなたは心が混乱していて、それが何なのかを確かめたかったんでしょう? 結論を出す前に手を出すなんていけないよ!」
「答えは出ている」
「えっ」

 エンの瞳が真正面から私を捉えた。

「俺はアンタに恋をしている。それをもう自覚している」
「!………………」
「最近の俺は一日中アンタのことばかり考えてしまう。アンタに他の男が近付くことが面白くない。他の誰でもなく、俺を見て頼って欲しいと思う。……魅了の技や術は使ってないんだよな?」
「それは……うん。そもそもそんな技知らないし」
「ならばこの想いは、恋としてしか説明がつかない」

 彼の気迫に押されて私は、座ったままジリジリと後退りしたくなった。腕を掴んだエンはそれを許してくれなかったが。

「アンタの傍に居たい」
「エン」
「触れたい」
「あのね……」
「心が欲しい」
「待って、そんなに急いで答えを出さないで」
「無理だ」

 言ってエンは私を草の上に押し倒した。
 またか~~~~!!!! エリアス、アルクナイト、ルパートに続いてこれで四人目だよ。性急な男共と、危険を学習しない私。どっちも大馬鹿だ。

「エン、どきなさい。私の気持ちを無視してコトを進めないで!」

 私は自分の上に()し掛かる男へ抗議した。

「アンタは俺に恋をしていない」
「……そうだね。友達だと思ってる。でもそれは他の男性にも同じことを言えるよ。私はまだ誰にも恋をしていない。急に何人もの人に告白されて戸惑ってるの。お願いだから考える時間をちょうだい」

 私はゆっくりした口調でエンの気を静めようと努めた。しかし彼は既に心を決めてこの場に来ていたのだった。

「悪いがロックウィーナ、アンタの気持ちが固まるまで待っていられない」
「はっ……?」
「グズグズしていたら他の誰かに先を越される。アンタが他の男に抱かれるなんて、そんなことは許せない」
「エン…………?」

 私はエンの瞳の中に、若さ故に暴走する狂気を見つけた。この後のことを想像して全身が(おのの)き、私は彼を跳ね除けようとした。

「くっ」

 エンの目を狙った私の熊手突きは払い落とされ、もう一方の手はエンの脇に挟まれて動きを封じられた。そして彼は左手で私の服の後ろ襟首を掴み、腰を捻って両脚を前に出して抑え込みの体勢を取った。
 これは岩見鈴音の住んでいた「日本」という国に存在する柔道の技だ。(はし)もそうだが、エンの故郷である東国と日本には共通点がたくさん有った。



「うう~~~~っ」

 しばらく私はエンの腕の中でもがいていたが、抑え込みは解けず体力だけが消耗していった。エンは私に怪我をさせずに無力化することに成功したのだ。

「う~~~~……」

 やがてぐったりと私から力が抜けたタイミングで、腰部分に熱い何かが触れた。エンの指だった。

「っ!?

 腰に付けていた鞭が外され、少しめくられた私の服の中に彼の手が侵入していたのだ。肌へ直に指が這う感触。私は思わず身をよじった。

「エン、やめて!」
「………………」

 眉一つ動かさずに彼は私を見下ろしていた。まるで忍びとして任務に当たっている時のように。

(どうしよう、どうしよう、エンは本気だ……!)

 彼は私を抱こうとしていた。
 エンの手は私の肌を撫でながら上がってくる。やがて胸部へ到達するだろう。このままでは、なし崩し的に私は彼と肉体関係を持つことになる。

(駄目、そんなことできない!!

 エンが真面目で優しい青年だということは知っている。自分の損得を考えずに、バディのマキアや義兄弟のユーリの為に陰で動く仲間想いの人だ。
 好きだよ。だけど私にとってエンは友達なのだ。
 恋してない相手に

は捧げられない。

(大声を出して女性兵士を呼ぼうか!?

 そうしたらエンは兵士達に袋叩きにされるだろう。規律の厳しい王国兵団内で、婦女暴行を働いた者として処罰対象になってしまうのだ。ギルドの仲間もきっと彼を許さない。
 それは避けたい。エンさえ考え直してくれたら丸く収まるのだから。

「エン、あなたは私がアルクナイトにキスマークを付けられた時、強引な彼の行動に対して怒ってくれたじゃない」

 私は説得を試みた。彼の心に響くことを願って言葉を(つむ)いだ。

「あなたは無理やり女性にこんなことをする人じゃない。今は頭に血が上ってどうかしちゃってるの」
「………………」
「お願い、冷静になって」
「俺は冷静だ。自分が何をしているか理解している」
「エ……」

 私の懇願は最悪な形で退けられた。エンの唇によって口を塞がれたのだ。

「!……!……!」

 情熱的で長いキス。これによって悲鳴を上げて女性兵士に助けを求めるという、残されていた最終手段も封じられてしまった。

!!

 エンの指が私の胸の膨らみに触れた。親とは違う、性欲に突き動かされた接触。
 増幅された恐怖と、拒絶心。
 抵抗できない自分よりも強い男の下で、私の肌は容易く蹂躙されていった。

(嫌、嫌だ、こんなのは嫌……)

 絶望が涙を形成しようとしたその時、

「この馬鹿野郎、エン!!!!!!

 怒気を(はら)んだ声が頭上から降り注いだ。
 同時にふっと身体が軽くなり呼吸も楽になった。閉じていた(まぶた)を開けると、上に乗っていたエンが横の草の上に尻餅をついていた。

 柔らかい月の光に赤髪がぼんやり照らされていた。
 私の危機に駆けつけ、エンを突き飛ばしてくれたマキアがそこに居た。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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