野郎達の挽歌(男達目線)

文字数 3,509文字

 アルクナイトはエリアスの腕の中でジタバタ暴れていたが、流石は魔王と言うべきか、精神力が強かったようで数分間で平常に立ち戻った。

「ふぅっ……、白、あの野郎……」

 憎々し気に呟いた後、アルクナイトは周囲の男達に八つ当たりをした。

「おまえ達は雁首揃(がんくびそろ)えて何をしていた! みすみす小娘を白に拉致されるとは情けないぞ!」
「魅了されて悶絶していた人の言うことじゃない……」
「うるさいわ忍者! クール属性のキャラならこういう時に活躍せんか!」
「理不尽」
「責任の(なす)り付けしてないで、すぐに俺達も後を追わないと」

 ルパートが心配そうに、キースとロックウィーナが去っていった方向を見やった。

「キース殿はアルと違って冷静そうに見えるぞ? そうそうロックウィーナに手を出したりしないんじゃないか?」
「俺はアンタのこともそう思っていたよエリアスさん? でもグイグイ距離を詰めているよな?」
「う」
「好きな女と密室で二人きりになって、指一本触れない自信は有るかい? ハッキリ言うが俺には無いぞ」

 ルパートに指摘されたエリアスもカウンター奥へ視線を送った。

「よし、二人を追うぞ」

 そうと決まったら行動は早かった。男達はカウンターを抜けて、冒険者ギルドの居住スペースへ進入した。

「二人は何処に?」
「たぶんどっちかの部屋」
「忍者とワンコも付いてくるのか?」

 一緒に行動していたエンとマキアにアルクナイトが聞いた。

「はい。キースさんの生まれ持った魅了の力と、ロックウィーナの経験で培った魅了、どちらが勝るか興味が有るので」
「俺も……てか、ワンコって俺のことですか!?
(なつ)きやすくて犬みたいじゃないかおまえ」
「そ、そんな……。犬ぅ~?」
「気にするな。ちょっとは可愛いとも思っているから」
「男が男に可愛いって言われても嬉しくないですよ……」
「シッ、話し声がする!」

 階段を上った独身寮の二階廊下、キースの部屋から途切れ途切れに男女の話し声が漏れ聞こえた。男達は小声でヒソヒソ囁き合った。

「白の部屋へ行ったようだな」
「茶菓子で釣ったな。俺にはウィーを部屋に連れ込まないよう、散々釘を刺したくせによ」
「しかし場所が判ったところでどうする? 邪魔をしに行ったところで、キース殿の魅了に返り討ちにされるのがオチだぞ?」

 アルクナイトが人差し指を立ててチッチッチッと揺らした。

「エリー、世界でどんな疫病が流行ろうと、数パーセントの人間は生き残ると言われている。生まれつきその病原体に耐性を持っているそうだ」
「それが……?」
「精神に影響を及ぼす魔法に関しても同じことが言える。かかりにくい相手というものは確かに存在する。白の魅了の瞳は、自動発動する精神魔法みたいなものだ」
「なるほど、魅了に生まれつきの耐性を持つ人間が居るってことですね! 魔王様は物知りですね!」
「アルと呼べワンコ。俺が物知りなのは当然だ。人間として生活していた頃は賢者と称されていたからな」

 アルクナイト以外の皆は意外そうな顔をした。エリアスすら知らない事実だった。

「人間として……? アル、おまえは魔族ではなかったのか?」
「れっきとした人間だ。魔力の循環のおかげで長生きさんだけどな」
「だが、人間のことを見下していたじゃないか。だからてっきり……」
「……人類に絶望した時期が有ったんだよ。その時の名残りだな」
「アル……?」
「あーもう、デカイ図体をしてしんみりするな馬鹿エリー。忍者とワンコ、キースの部屋に突撃しろ」

 急に指名された二人は目を丸くした。

「俺達ですか!? 何で!?
「声を潜めろワンコ。おまえ達がさっき教えた、魅了に耐性を持つ数パーセントの人間かもしれんのだ」
「違ってたら? 俺達も魅了されて痴態を晒す羽目になりますよね?」
「若者が結果を恐れるな。おまえは困難に負けず数多(あまた)の任務をこなしてきた、勇敢なる忍びの男だろうが!」

 二人は渋ったが、エリアスとルパートに頭を下げられた。

「頼む、茶会に参加する振りをしてキース殿を止めてくれ」
「最後まではいかないと思うけど、放っておいたらウィーはキスぐらいされるかもしれない」
「キースだけに」

 くだらないダジャレを挟みながら説得した結果、マキアとエンはブツブツ言いながらもキースの部屋の扉をノックしてくれた。
 中からキースの声で応答が有った。

「どなたです?」
「あ、マキアです。エンも居ます。キースさんとあまりお喋りできていないので、この機会に親睦を深めたいな~なんて」
「間に合ってます」

 すげなく断られて、マキアはどうしようという顔で振り返った。年長組は拳を振り上げ、「もっと行け、強引に行け」とジェスチャーでエールを送った。

「あの~、お部屋に入れて下さーい!」

 ドンドンドンとマキアは強いノックをした。その甲斐あって扉が開けられた。前髪を掻き上げたキースによって。

「…………ふぁっ!?
「くおっ!」

 マキアとエンは短く声を漏らした後、廊下に倒れてゴロゴロ転がった。それを確認したキースはさっさと扉を閉めた。
 ゴロゴロゴロ。転がる二人は顔が赤く、瞳は熱を帯びていた。

「……やられたな」
「ま、期待はしてなかったけどな」
「数パーセントだもんな」

 少し離れた位置に立つ年長組は冷酷な感想を述べた。

「しかしキースさん、あの人らしくないな。なりふり構わず攻めてるぞ?」
「まさか白、今夜中に決める気か!?
「有り得るな。明日から討伐隊参加でプライベートな空間が少なくなる。今日の内に……と狙っているのかもしれない」

 男達にはいよいよ猶予が無くなった。エリアスに至っては背中の大剣に手を伸ばしていた。

「待ったエリアスさん。強行手段に出る前に、もう一度アルを頼りましょう」
「俺か? しかしチャラ男、この俺様もあの瞳の魔力には(あらが)えなかったぞ?」
「魅了される前に、こちらが先にキースさんを魅了するんです。全系統の魔法を使えるアルなんですから、精神魔法もいけるでしょう?」
「ああ、そういえば使えたな。最後に使ったのがかなり昔だったから忘れてた」
「覚えておけよ馬鹿アルが」
「うるさいわ。好きでもない相手が頬を染めてモジモジするんだぞ? 実験で側近のソルに掛けたら、めっぽう気色悪くて夜にうなされたわ。その時から封印していたんだった」
「まさがそれがソルの、離反の決定打になったんじゃないよな……?」

 呆れるエリアスとルパートの前で、アルクナイトは瞳を閉じて神経を集中させた。

「……うん。精神魔法の感覚を思い出した。やれそうだ」

 アルクナイトはまだ転がっているマキアとエンを一瞥(いちべつ)した後、キースの部屋の前まで進み、トントントントンと早いリズムで扉をノックした。
 ヤレヤレと、再び前髪を搔き上げたキースが現れた。

「我を求めよ!」

 アルクナイトの凛とした声が二階廊下に響いた。
 この直接対決はどうなるのか? エリアスとルパートは固唾を吞んで見守った。

「……あぐっ」

 切ない声を漏らしてキースが膝を折った。勝った! そう思った次の瞬間、

「はぷんっ」

 アルクナイトが自ら後方に飛んで廊下の壁にぶち当たった。

「ど、どうしたんだアル!」

 アルクナイトは荒い息を吐きながら、バンバン壁を叩いていた。本日二度目の魅了の症状が出ていた。むしろさっきより重症に思えた。

「相討ちか……」
「まぁそれでもキースさんが沈んでくれたならいいや」
「だな。アル、後で骨は拾ってやるからな」
「さてと、ウィーを回収するか」

 薄情なエリアスとルパートは部屋に入ろうとして、入口を塞ぐ形でへたり込んでいるキースへ自然と目がいった。

!?
「!…………」

 驚いたことに、アルクナイトに魅了されたキースがめちゃくちゃ色っぽかった。

 瞳を隠していた前髪は横へ追いやられ、乱れ髪となっていた。伏し目な瞳は長い睫毛(まつげ)に縁取られ、頬にはうっすら赤みが挿している。
 微かに肩を上下させる荒い呼吸。両手で自分を抱きしめるようにして、湧き上がる性欲と戦うキースはプルプル震えていた。
 線が細く中性的な彼のこの姿は、男達の劣情を駆り立てるのに充分だった。

 あ、このまま見ているとヤバイ。
 エリアスとルパートは本能で危険を察知し、退却しようとした。
 しかしキースが見上げて、両の瞳でバッチリと彼らを(とら)えてしまったのだった。

「はぎゃああぁ!」
「なんとぉぉぉ!!

 二人もアルクナイト同様に、自ら吹っ飛び壁に身体をしこたま打ち付けた。
 魅了されたキースに魅了されると、もの凄いことになると学んだ瞬間だった。

「ちょっとみんな大丈夫? 何してんの!?

 ロックウィーナの問い掛けに答えられる者は居なかった。
 男達は皆、戦線離脱を余儀なくされたのだ。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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