大きなうねり(2)

文字数 3,979文字

 ユーリは自分の境遇を冷静に受け止めているように見えた。
 それはつまり公民館で戦った時、ユーリは死を覚悟していたということだ。そして毒殺されかけた件に関しても彼は動揺していない。
 組織とボスに尽くしたというのにあんまりな仕打ち。怒りや悔しさが湧き上がらないのか?

「それでいいの?」

 思わず口をついて出てしまった言葉。ユーリは発した私を一瞥(いちべつ)したが答えなかった。

「でもあなたは毒を吐き出したよね? 生きようとしたんだよね?」
「……………………」

 まただんまりを決め込んだ兄の代わりに、エンが複雑な表情で私に説明した。

「俺達忍びはどんな状況でも生き延びるよう訓練されている。そして生きている限りは雇い主の為に動くようにと」
「その雇い主にユーリさんは毒を盛られたんじゃない! もう彼は()らないって態度で示されたんだよ!?

 本人の前で酷いことを言っている自覚は有る。私はユーリに気づいて欲しかった。くだらない相手の為に命を張る必要は無いと。
 ここでユーリが(ようや)く私へ口をきいた。

「俺の雇い主は首領レスター・アークだ。水に毒を仕込んだのは首領の指示ではなく、内通者の独断だろう」
「だから!?

 私は反射的に言い返した。

「首領は毒殺を命じていないからまだ彼に従うの? 生きている限り? 理不尽な任務に就かされても!?
「そうだ。契約が有効である限り。それが忍びのあるべき姿だ」
「そんなの、人間の生き方じゃないよ……」

 優しいマキアが端の席で嘆いた。私も同感だ。
 ユーリの目が据わった。

「その通りだ。忍びとは人間ではない。兵器だ」

 言い切ったユーリ。マキアは数秒間圧倒されていたが、キッと瞳に強い意志を宿した。

「違う! エンは忍びだけど人間だ! 俺の大切な相棒なんだ!!

 マキア~。よく言ってくれた! 私は心の中で彼に拍手を贈りながら追随した。

「そうだよ。エンは言葉が少なくて誤解されることも有るけど、仲間想いの優しい人だ。優秀な戦士であっても兵器なんかじゃない!」

 しかしユーリは冷たく言い放った。

「だからソイツは忍びの落ちこぼれだったんだ。戦闘技術だけ上がっても心を殺すことができなかった。肝心な所で情に左右されて何度も任務遂行に支障をきたした。いつも俺が尻拭いをしてやったんだよな?」
「……………………」

 エンは唇を嚙んで目線を下に落としてしまった。

「もうおまえのお守り役は御免なんだよ。俺の前から消えてくれ、エン」

 それは残酷な拒絶だった。国を捨ててはるばるこのラグゼリア王国まで、ユーリに会いたい一心で長い旅をしてきたエン。だのにユーリはエンの想いを一刀両断に斬り捨てた。エンが膝の上で握りしめている拳が微かに震えていた。
 マシューが自分の隣のユーリを(さげす)む目で見た。

「あ~もう、胸糞悪いな。キミがそんな態度を取るなら、こちらとしても優しくしてやれないよ?」
「好きにしたらいい」
「尋問……ハッキリ言って拷問だけどさ、毒を飲んでおけば良かったと思える程にキツイよ?」
「死ぬまで責めればいい。俺は何も話さない」

 マシューはヤレヤレと肩を揺らし、ルービックは大きな溜め息を吐いた。

「……残念だがこういう結果となった。冒険者ギルドの諸君は馬車を降りてくれ」

 師団長は結論を出してしまった。そんな。ここで降りたら聖騎士によるユーリの尋問が始まる。マシューのあのおっかない影の手で、ユーリは身体中を締め上げられるのだろう。窒息死する寸前まで、何度も何度も。

「ユーリ頼む、俺達に協力してくれ!」

 義兄弟を苦しませたくないエンが懇願した。素直に聞くユーリではなかったが。

「さっさと消えろ。目障りだ」

 最後まで憎まれ口でエンと話し合おうとしない彼に、私の我慢は限界点を突破してしまった。

「アンタって馬鹿じゃないの!?
!?

 私は興奮のあまり身を乗り出した。止めようとする対面の席のマシューを逆に押し戻して、私は覆面を外されているユーリの素顔を睨みつけた。

「解ってんの? アンタこれからマシューさんの黒いナニかに縛り上げられるのよ? 嫌がっても強引に! あっちこっちをね!」
「何かその言い方だと俺、変態みたい……」

 マシューが視界の隅で落ち込んでいた。ユーリも想像してしまったのか一瞬戸惑ったが、すぐに平静を保った。

「苦痛に耐える訓練も受けてきた。拷問など俺には無意味だ」
「耐えてんじゃん! カッコつけてるけどホントは痛いんじゃん!」
「!…………」

 感情が高まってどんどん言葉使いが乱暴になっていく。所々巻き舌になっている気もする。でももう止められない。この分からず屋には丁寧な対応なんてしていられない。

「なんでそこまで首領を庇うのよ!」
「雇い主だからだ」
「戦うあなたを盾にして首領はさっさと逃げたじゃない! 毒を仕込んだどっかの阿保を止めることもできてないじゃない!」
「どっかの阿保……」
「どうせ契約を結ぶなら知性・体力・技能・美しさ・漢気(おとこぎ)の揃った至高の存在とにしなさいよ! 仲間を見捨てて我先に逃げるような奴にね、命を張るのは馬鹿のやることだよ!!
「……………………」

 これまで淡々としていたユーリが珍しく怒りの表情を浮かべた。自分が命懸けでやってきたことを否定されたのだ。そりゃ不機嫌になるよね。
 だが彼は私に向き合わず、正面のエンに視線を戻した。

「その小うるさい女を黙らせろ」

 余計に腹が立った。

「私に直接言いなさいよ! 今あなたと話しているのは私でしょう!?
「…………黙れ!」
「首領がいくらアンタに払ったかなんて知らないよ? でもそれ、アンタのたった一つの命に見合う報酬なの?」
「………………」
「命はね、一つしかないのよ。死んだらそれっきり」

 前の周で切り刻まれて殺されたエン。高熱で燃え尽きて何も残らなかったマキア。もう嫌だ。二度と繰り返したくない胸の痛み。
 苦痛と死を間際にしても達観しているユーリを張り倒したい。馬車がもう少し広ければ、確実に四発目の蹴りを叩き込んでいた。

「アンタは忍びとしての自分に誇りが有るんでしょう? でも死んだ途端に全部が無くなるから。ずっと鍛錬を積んで身に付けた技も思い出も何もかも。命を無くしたらその人の歴史がそこで終了するのよ」

 赤ん坊としてこの世に生まれて、歩けるようになるまでたっぷり一年。意思の疎通が可能なレベルまで喋れるようになるには更に一年。
 長い長い時間をかけて人間は少しずつ必要なことを習得していく。でも死んだらそれで終わりだ。

「……………………」

 ユーリは押し黙っていた。何を考えている? 私の言葉は少しでも彼の心に届いたのだろうか?

「言ってくれ、ユーリ」

 沈黙を破ったのはエンだった。

「まだ首領に遠慮しているのなら彼の情報は要らない。独断で毒殺を企んだ内通者の名前を教えてくれ」
「!…………」

 ユーリと、彼の左右に座る聖騎士達の顔が険しくなった。エンは続けた。

「おまえの言う通りだユーリ。俺は忍びとしては甘過ぎる。落ちこぼれだ。今も心が乱れている」

 自身を卑下する言葉を使ったが、エンは背筋を伸ばして前を向いていた。

「おまえに毒を盛って殺そうと企んだ者、俺はソイツを絶対に許さない」

 エンは力強く宣言した。

「おまえは俺の、たった独りの家族なんだ」

 拒絶されてもエンはユーリを支えると意志表示したのだ。気迫勝負に負け、今度はユーリが視線を下へ落とす番だった。

「……………………」

 ユーリは短い息を何度も吐いた。
 きっと迷っている。私達は彼の気持ちが決まるのを待った。

 そして。
 苦しそうに歪めた彼の唇から、ついに(かす)れた声で本音が漏れた。

「…………おまえは…………」

 みんな静かに見守った。

「おまえは……エン、ずっと変わらない……。初めて人を斬った晩に熱を出して寝込んだおまえ……。命を奪ってもまるで動じなかった俺……」

 これは昔語り? おそらく故郷での話だろう。

「俺達は何から何まで一緒だと思っていた……。でもあの時に感じたんだ、おまえは俺とは違う。このまま忍びでいてはいけないって…………」
「ユーリ……?」
「優れた忍びになるということは、人間らしさを捨てるということだ……」

 え? え? これは、もしかして……。

殿(との)が失脚したのは良い機会だった……。解散命令を出されてみんなバラバラになって……、もうおまえが忍びの掟に縛られずに済むんだと思った」

 エンが茫然とユーリを見つめた。

「……ユーリ、おまえは俺を戦場から遠ざけようとしたのか……?」

 たぶんそうなのだろう。この不器用忍者が。ちゃんと去る前に言葉にして伝えておきなさいな。もっとも、それでもエンは兄を追い掛けただろうけどね。

「だからユーリ、俺を置いていったのか?」

 ユーリは苦笑した。

「……それと、嫉妬心だ。エン、俺はずっとおまえに嫉妬していた」
「嫉妬……?」
「その気になれば人間らしい幸せを掴めるであろうおまえを、傍で見ていたくなかった……」

 ああ。前の周でエンを殺害した理由はそれか。
 幸せを祈って遠ざけたというのに追ってきたエン。犯罪組織の用心棒である兄。犯罪撲滅の為に働く弟。真逆の立場となり再会した兄弟。愛情が憎悪へと変わってしまったのだ。

「ユーリ、おまえを死なせたくない。頼むから内通者の名前を言ってくれ」
「……言えない。俺はおまえのように生きられない。せめて任務に生きる忍びの矜持(きょうじ)を持ったまま死にたい」
「あのさぁユーリさん」

 無粋だろうが私は兄弟の間に割って入った。

「エンを忍びの掟から解放したかったとか嫉妬してしまったとか……、それって何だと思う?」
「…………?」

 私は彼の目を見て言った。

「人間の感情だよ。ユーリさんあなただって充分、人間臭い人間なんだよ」

 ユーリは目を丸くした。まるで初めて、自分の中に流れる人の血に気づいたかのように。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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