それぞれの想い(4)

文字数 4,120文字

「マキア……!」

 邪魔をされたエンは突然現れた相棒を睨みつけたが、

「エン、自分がした結果を見てみろよ……」

 怒っていると言うよりも泣きそうな表情をしたマキアに指摘されて、ハッと目を見開いて私を振り返った。

「ロックウィーナ……」

 マキアと言う救いの主の登場で気が緩んだ私は、両手で自分を抱きしめながら、ガクガクと身体が揺れる程の大きな震えと戦っていた。
 怖かった。本当に怖かったんだよ。
 マキアが止めてくれなかったら、私とエンは確実に一線を越えていただろう。

「ロックウィーナ」

 エンが腕を伸ばした。私にとってその腕は恐怖の対象だった。反射的に顔を(そむ)けて身体を縮めた。

「ロックウィーナ……」

 エンは私に触れなかった。チラリと彼を窺うと、行き場を失った自分の手の平を絶望したように眺めていた。
 彼もまた私に拒絶されて傷付いたのだろう。だけど慰めの言葉は掛けられない。今夜の彼の行いを私は許せないから。女の尊厳を完全無視して、彼は自分の()を通そうとしたのだ。

「おーい、何か遭ったのー? そこに誰か居る?」

 女性の声で呼び掛けられた。小さな丘を挟んでいるので互いの姿は見えないが、テントの見張りで立っていた兵士の一人が騒ぎを聞きつけたのだ。
 マキアが声の方角へ咄嗟(とっさ)に言い訳をした。

「うるさくしてスミマセン! 小便しに来たんですが、暗くて木の根っこに足を取られてコケちゃいました!!
「あははは、ドジだねぇ。怪我はしてない?」
「はい、大丈夫です。お騒がせしました!」

 マキアの言を信じた兵士は持ち場へ戻った。私達がしていた細かい会話内容までは届いていなかったようだ。

「……マキア、俺を兵団に突き出してもいいんだぞ?」

 投げやりな口調で呟いたエン。相棒が機転を利かせて庇ってくれたのにそれを言うのか。私はエンを殴りたくなった。
 しかし私よりも先に拳を握った者が居た。

 バキッ。

 マキアの右拳がエンの左頬へまともに入った。

「……ってぇ!」

 痛がったのはマキアの方だった。格闘初心者で優しい彼は、人を本気で殴ったのはこれが初めてなのかもしれない。拳骨を鍛えることはもとより、殴る時は拳と手首が一直線になるように。この基本を守らないと手を痛めちゃうんだよね。
 そんな素人の拳を、接近戦のスペシャリストである忍びのエンは避けることなく受けていた。マキアの方を見ていたので不意を突かれた訳ではないのに。

「おまえを許すか罰するか決めるのはロックウィーナだ」

 マキアは項垂(うなだ)れる相棒へ強く言い放った。

「おまえには苛立つことも拗ねる権利も無い。誰よりもショックを受けているのは彼女なんだ」

(マキア……)

 マキアはきっと、二人きりで夜に会う私とエンを心配して捜しに来てくれたんだね。信じていたバディが私に覆い被さっている姿を見た時は驚き、情けなく思い、そして哀しかっただろう。
 ありがとう。彼に感謝すると共に、甘く考えて結局一人では何もできなかった私自身に腹が立った。

「おまえはギルドの馬車に独りで寝て頭を冷やせ。……ロックウィーナは大丈夫? ミラさんかマリナさんを呼んでこようか?」

 マキアが遠慮がちに私に尋ねた。彼が私の気持ちに寄り添ってくれたので、だいぶ心は落ち着いていた。

「……大丈夫。女性兵士のテントはすぐ近くだから私だけで戻れるよ。それとね、他の人には今夜のことを知られたくない」
「……だよね」

 マキアはつらそうに私を見てから、エンの腕を引っ張った。

「今夜のことは、俺とエンが別件で喧嘩したことにしておくよ。俺の力だからたいした傷にならなかったけど、エンの顔には殴られた(あと)が付いちゃったからね。エン、おまえも口裏を合わせろよ? これはおまえを庇う為ではなくロックウィーナの名誉の為だ」
「……ああ」

 立ち上がったエンは私へ向かって深く頭を下げた。

「すまなかった」

 私は複雑な心境で彼の謝罪の言葉を聞いた。今はとても受け入れられない。エンもそれを解っているようで、下手な言い訳を続けることは無かった。

「じゃ……」

 マキアはエンを伴ってギルドテントの方向へ去っていった。

(……あーあ、まいったなぁ……)

 明日からエンにどう接すればいいんだろう。もう普通の友達ではいられないよね。それを考えると気が重くなったが、いつまでも夜の草原に独りで居る訳にはいかない。
 脚の震えが取れたことを確認してから立ち上がり、服や髪の毛に付いていた草を念入りに手で払った。

(何も無かったことにしないと。ミラとマリナには、またギルドの業務連絡で呼ばれたと誤魔化そう)

 幸い肌に傷は付いていない。乱れた髪と服さえ整えれば、女性兵士達に不審がられることはないだろう。
 エンは強引に私を抱こうとしたが、私に怪我をさせないように気遣う余裕が有った。彼の言った通り彼は冷静だったのだ。だからこそタチが悪い。

(エンの馬鹿……!)

 暗くて二人きり、接近し過ぎたから理性が飛びそうになったんじゃなくて、最初から私を抱くつもりだった。



(ここで焦っちゃ駄目でしょうよ)

 それで関係を持ったとしても、私はエンの女には決してならない。人の心は力づくでどうこうできるような単純なものじゃない。あのままコトに至っていたら私は彼を軽蔑して憎んで、遠ざけようとしただろう。

(マキアの恋愛事情に口を出していたけど、エンも本気で誰かと付き合ったことが無いんだろうなぁ……)

 忍びは敵を欺いて(ふところ)近くへ潜入する。人心掌握術の一環として、女性の扱い方もエンは故郷で学んだだろう。でもそれはあくまでも表面的なもの。
 エンは女性の抱き方を知っていても、女心までは解っていなかった。

(エンのばーか。馬鹿馬鹿)

 テントへ戻らなければならないのだが、私はまた草の上に腰を降ろしてしまった。どうせ今晩は脳が興奮して眠れやしない。
 見上げた月が無駄に綺麗で(しゃく)(さわ)った。


☆☆☆
(マキア視点)


「月が無駄に綺麗だな」

 冒険者ギルドが使っているエリアへエンと一緒に戻ってきた俺は、夜空を見上げてどうでもいい感想を漏らしていた。

「……ホラ、今夜はここで寝な。先輩達には俺が上手く話しておくから」
「………………」

 俺に言われたエンは素直に馬車の一つに乗り込んだ。そして俺の手によって扉が閉められる直前に頼み事をしてきた。

「すまないがマキア、もう一度さっきの場所に戻ってロックウィーナの様子を見てきてくれ。この草原はCランクのモンスターが出る。彼女独りでは危険だ」
「おまえは……何で」

 俺は胸がいっぱいになって言葉に詰まった。

「優しい男なのに、何であんなことをしちゃったんだよ……!」

 エンは静かに述べた。

「ロックウィーナを愛しているからだ。彼女の全てを俺のものにしたかった」
「馬鹿! 愛してんなら我慢しなくちゃ駄目だろう!! 大切な相手を自分から傷付けてどうするよ!?
「……ああ。今は馬鹿なことをしたんだと解っている。もう遅いけどな」
「ホントに、馬鹿だよ…………」

 暴走してしまった相棒。こうなる前にもっと注意してやれば良かった。

「ロックウィーナを見てくる。おまえはここで今晩の反省をしてろ。寝る時は鍵を掛けろよ?」
「ありがとう……マキア」

 馬車の扉を完全に閉め、俺は速足でロックウィーナと別れた草原へ引き返した。エンに言われるまでもない、最初から彼女がちゃんとテントへ戻ったか確認するつもりだった。

(ロックウィーナ、泣いてなきゃいいけど)

 僅かなかがり火と見張りの兵士。静寂が支配する夜の草原。こんな寂しい時間帯に、ロックウィーナがどうしているか想像して気が()いだ。

「ロックウィーナ?」

 やっぱりまだ居た。別れた時と同じように彼女は草の上に座っていた。

「……マキア?」

 戻ってきた俺の顔をロックウィーナは不思議そうに眺めた。泣いてはいなかったので少しだけ安堵した。

「どうしたの?」
「キミがまだ草原に残っているかもって心配になった。案の定だ」
「ゴメン……。いろいろ考えごとしてた」

 そりゃそうだ、あんなことが遭った後なんだ。すぐに気持ちを切り替えられる訳がない。

「ロックウィーナ、眠れなくても女性兵士と一緒に居た方がいい。この草原にはけっこう強いモンスターが出るからさ」
「うん……そうだよね」
「テントまで送るよ。立って」

 俺はロックウィーナへ手を差し出した。立ち上がる補助として。しかしその手を見たロックウィーナは顔を強張(こわば)らせた。

「あっ……ゴメン!」

 何をやっているんだ俺は。男に襲われたばかりの彼女に触れようとするなんて。
 手を引っ込めようとした俺だったが、ロックウィーナが手を掴んできた。

「ロックウィーナ……?」
「大丈夫、マキアは怖くないよ。ありがとう……」

 馬鹿、笑顔が引き()ってるぞ。無理してんなよ。自分が大変な時に何で俺なんかを気遣ってんだよ。
 いろいろな感情が溢れて涙が出そうになる。でも一番つらい彼女が(こら)えているのだから俺は泣けない。
 エンとロックウィーナ。どちらも大切な友達だ。だから二人には幸せになってもらいたいのに。

 エンに組み敷かれたロックウィーナを見た時は、心臓がどうにかなりそうだった。
 暴挙に出た相棒を止めたかった。でもそれ以上に、ロックウィーナを助けたくて俺は走ったんだ。

 彼女のことが大好きだから。

「歩けそう?」
「うん……」

 ロックウィーナはもう何人もの男達に求婚されている。毎日が大変そうだ。ここで俺が好きだと告げたら更に困らせることになるだろう。
 それに俺はいい加減な男だ。付き合った女のコ達を全員泣かせて振られた。とても立派な先輩達と張り合える立場に無い。

「マキア、今晩はありがとうね。あなたが来てくれなかったら大変なことになってた」
「いや……」
「それとごめんね。あなたは夜に二人で会うべきじゃないと忠告してくれていたのに」
「キミが気にしなくていい。今回悪かったのは明らかにエンなんだから」

 礼も謝罪もする必要は無いよ。キミへ気持ちを伝える勇気が無いヘタレな俺なんかに。
 俺には祈るしかできないんだ。キミの未来が幸せであるようにと。

 見上げた欠けた月が、やっぱり無駄に綺麗で少し目が滲んだ。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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