幕間 銀色の少年
文字数 3,903文字
一時間半後、私達は昨日と同じメンバーで二つ目のアジトへ向けて出発した。
目的の建物はフィースノーの街から、片道およそ八キロメートルの距離に在るとされる。私達は七キロ程を馬車で進み、そこで小休止を挟んでから、残りの一キロを目立たないように徒歩で進む計画を立てた。
「すまないがここで俺達が戻るまで待っていてくれ。それと馬車はあの小さな丘の陰に隠しておいた方がいい」
予定の七キロ地点でルパートが御者に指示を出した。情報通りにこの先にアンダー・ドラゴンのアジトが存在するなら、街へ向かう犯罪者と出くわす危険が有る。
「ヤバイと思ったら俺達を待たずに逃げていい」
注意喚起されても御者は落ち着いていた。ギルド御用達の彼は荒っぽい仕事に慣れているのだ。頼もしいな。
「んじゃ俺達が周辺を警戒しているから、年少組は休憩に入っていいぞ。トイレも済ませておけ。十分後に交代な」
年齢で分けられるなら私も年少組か。トイレ行っておかないと。
えーと、適した場所は……うん、丘の反対側に回ればみんなの視界から隠れられそうだ。木も生えているし。私は小さな丘に沿って走った。いいよなー、男連中はそこら辺で立ってできるから。女はこういう時に面倒だよね。
……………………。
無事に用を足して、私は丘を逆回りしてみんなの元へ戻ろうした。しかしみんなの姿が見える一つ手前のカーブで、私は進むこと遮られた。
「えっ!?」
銀色の髪を持つ身なりの良い少年が立っていた。突然現れた少年に当然だが私は驚いた。
「あなたは……誰?」
周囲に目を凝らしても彼以外の人物は見当たらない。旅人のような装備も持っていない。街から七キロも離れたこんな場所に少年が独りで?
一瞬、五年前に保護したリーベルト少年を思い出したが、目の前の少年は迷子に当てはまらない気がした。とても落ち着いているのだ。
「こんな所でどうしたんですか……?」
伏し目がちな少年は私の質問に答えなかった。その代わりに右手を静かに伸ばしてきた。私の首へ。
「ぐっ…………!?」
迂闊だった。相手が12歳位に見える少年だからと油断してしまった。私は容易く少年の右手によって気道を塞がれてしまった。
(何て力……!)
私は両手を使って少年の指を開こうと奮闘したのだが、右手一本の少年に力負けしていた。
何なのコイツ!? まさかアンドラの構成員!?
(こんのぉ!)
私は右脚で少年の脛 を蹴り上げようとしたが、見透かされていたようであっさり避けられた。
「……く、くぅぅ……ぐっ」
苦しい。目と鼻の奥が熱い。噓でしょ、私ここで彼に絞め殺されるの!? やめて。どうして私を? アンタ誰なの!?
霞んできた目を懸命に開けて、私は状況を掴もうとした。
「!………………」
どうしてだか、首を絞めている側の少年が苦しそうに顔を歪めていた。そして徐々に指の力が緩まっていった。
「ロックウィーナ!!」
私の名前が叫ばれた。低いその声はエリアスのものだった。彼は大地を蹴り猛スピードで私の元まで駆け付けると、手を放した少年に向けて大剣を構えた。
「ロックウィーナ、奴に何をされた! 無事か!?」
私はエリアスに応じられなかった。急に酸素が供給されて、喉がむせて激しく咳込んでしまったのだ。
「ウィー!?」
「ロックウィーナ!」
やや遅れて他のみんなも走って到着した。キースとマキアが私を後方へ下がらせて、ルパートとエンも抜刀して少年を牽制した。
「何だこのガキ、いつの間にこんな近くまで来たんだ。俺の風魔法で感知できなかったぞ?」
「……只者じゃない。気配が通常の人間と違う」
ルパートとエンは私が襲われている場面を見た訳ではないのに、初対面の少年を敵と認定していた。キースとマキアも強張 った顔で少年を凝視していた。……気配が違う?
エリアスがみんなに忠告をした。
「気をつけろ、コイツは全系統の魔法を使えるんだ。身体に常にバリアを張っていて、大抵の攻撃は相殺される。ルパートの風魔法も届く前に消されたんだ」
「エリアスさん、このガキのことを知ってるんですか?」
その質問には答えず、息を吸い込んだエリアスは、
「アルクナイト、彼女にいったい何をした!!」
少年に大声で怒鳴った。アルクナイト?
「アルクナイト……? その名前って……は? おいおい噓だろ?」
ルパートが何度もエリアスと少年を見比べた。それはつけてはならない禁忌の名前だったのだ。私は過去にその名前を知ることになったが、それは故郷の学校で使った歴史の教本、その中に書かれていた名前だった。
忌々しそうにエリアスが言った。
「魔王アルクナイト。三百年前に世界を混乱に陥れた張本人だ」
全員が息を吞んだ。
魔王!? 目の前に居るあの少年が!?
目を剝いた私達に応えるように、銀髪のアルクナイトは怪しく微笑んだ。美しいが、絶対権力者にのみに許される見下すような笑み。
伝説の魔王と視線を合わせてしまった皆は震え上がったに違いない。私以外は。私はというと、
「はあぁぁぁぁぁ!?」
最大限に不機嫌となり、思わず魔王を指差して疑問を口にした。
「何で魔王が私の首を絞めてんのよ!?」
「ちょっ……、ロックウィーナ!」
「挑発しちゃ駄目だよ。アイツの魔力マジでヤバイから!!」
キースとマキアが慌てて私を止めようとしたが、理不尽な目に遭った怒りの方が勝ってしまった。
「だっておかしいでしょーよ。魔王だよ? 世界の軍隊相手に戦った魔王。そんな人がこんな片田舎で何で女の首を絞めてんのよ!?」
「いけませんってロックウィーナ、落ち着いて」
「ほら俺の腕見て。鳥肌凄いだろ? アイツの魔力を感知して身体中がブルってるんだよ。だから大人しくしておこうよ」
「だって意味解んないんだもん。しかもさ、トイレのすぐ後に襲われたんだよ? 女子のトイレ近くに出没する魔王って何。そんなの居る!?」
そもそも魔王がどういうものか私には判らないが、トイレ後を狙われた恨みは忘れない。
「うわ、殺され掛けたのにどんだけ元気だ」
当の魔王が一番私に引いていた。エリアスが怒りに満ちた声で尋ねた。
「アルクナイト貴様、彼女の用足しを覗いたのか……?」
アルクナイトは腕組みをしてエリアスに目線を合わせた。
「小娘の排泄行為などに興味は無いわ。おまえはいつも微妙にズレているな、エリー」
「その名で呼ぶな!」
「どうしてだ。おまえも俺をアルと呼べば良いではないか。昔のように」
この辺りで魔王に怯えていたキースとマキアがおや? という表情になった。
「魔王とエリアスさん、妙に親しそうじゃないですか……?」
「エリーとかアルとか呼び合ってんのな。何で?」
「いつもとか、昔がどうとかも言っていましたよ」
「相当の仲っぽいッスね」
井戸端会議に興じる主婦と化したキースとマキアに、背中越しにエリアスが説明をした。
「アルクナイトは私の父が所有する領地の近くに住んでいるんだ。あの外見に騙されて、子供の頃に魔王と知らずに友人になってしまった。今は断じて違うがな!」
「え、友達……?」
キースとマキアはかつての私とルパートのように、一拍置いてから驚愕した。
「ええええええ!?」
「エン聞いた? 魔王とエリアスさんダチだって! 幼馴染みだってさー!!」
衝撃の事実を聞かされて、キースとマキアのテンションも私同様におかしくなった。
「やかましい連中とつるんでいるんだな、エリー」
「誰のせいだ。ロックウィーナに手を掛けたこと、決して許さない」
「未遂だ。見逃せ」
アルクナイトの身体がふわりと浮いた。風魔法?
「あっ、待て逃げるな!」
エリアスが飛びかかったが、それよりも早く魔王は手の届かない空中まで浮上した。そして後ろ向きになり、腰をクネクネと動かした。
ま・た・な。
彼のお尻は空のキャンバスにそう文字を描いた。
「……ルパート先輩、かまいたちの魔法でアレを切り刻んで頂けますか?」
「……俺もそうしたいところだがやめておこう。どうせ放った魔法は相殺される」
私達が冷めた目で見守る中、魔王アルクナイトは鳥のように空を飛んで彼方 へ去っていった。何しに来たんだいったい。
「ロックウィーナ、首が……!」
魔王の指の形に肌が赤く腫れてしまったようだ。冷静になったキースが回復魔法を掛けてくれた。私の周りにみんなが集まった。
「すまない、来るのが遅れて。アルクナイトの気配に気づいた時に私は離れた所に居たんだ。そのせいでキミを危険な目に遭わせてしまった」
「それでもエリアスさんが気づいてくれて良かったぜ。しっかし何でアイツはウィーを狙ったんだ? ウィー、アイツとの間に何か有ったのか?」
「いいえ、急に首を絞めてきたんです」
魔王に狙われる心当たりがまるで無かった私は、頭を横に振って否定した。
エンが口を挟んだ。
「その後の行動が最悪だ。強敵相手に煽るような真似はするな」
「……ごめんなさい」
確かに魔王と呼ばれる存在に暴言を吐くなんて正気の沙汰じゃない。言い訳をするが、私は今までモンスターにもチンピラ達にも喧嘩を売ったことなんて無い。
でも……。
みんなが緊張して対峙した魔王アルクナイト。私は彼に恐怖心を不思議と抱かなかった。どうしてだろう? 恐怖どころか懐かしいという感覚が生まれているのは。
以前彼とは親しく会話したことが有るような……、そんな既視感が私の中には在ったのだ。
それにアルクナイトは、エリアスがまだ遠くに居る時点で私の首に掛けた指の力を抜いていた。苦悶の表情と共に。
(意味解んない)
私は魔王が飛んで行った方角を眺めた。それで答えが出ることはなかったけれど。
目的の建物はフィースノーの街から、片道およそ八キロメートルの距離に在るとされる。私達は七キロ程を馬車で進み、そこで小休止を挟んでから、残りの一キロを目立たないように徒歩で進む計画を立てた。
「すまないがここで俺達が戻るまで待っていてくれ。それと馬車はあの小さな丘の陰に隠しておいた方がいい」
予定の七キロ地点でルパートが御者に指示を出した。情報通りにこの先にアンダー・ドラゴンのアジトが存在するなら、街へ向かう犯罪者と出くわす危険が有る。
「ヤバイと思ったら俺達を待たずに逃げていい」
注意喚起されても御者は落ち着いていた。ギルド御用達の彼は荒っぽい仕事に慣れているのだ。頼もしいな。
「んじゃ俺達が周辺を警戒しているから、年少組は休憩に入っていいぞ。トイレも済ませておけ。十分後に交代な」
年齢で分けられるなら私も年少組か。トイレ行っておかないと。
えーと、適した場所は……うん、丘の反対側に回ればみんなの視界から隠れられそうだ。木も生えているし。私は小さな丘に沿って走った。いいよなー、男連中はそこら辺で立ってできるから。女はこういう時に面倒だよね。
……………………。
無事に用を足して、私は丘を逆回りしてみんなの元へ戻ろうした。しかしみんなの姿が見える一つ手前のカーブで、私は進むこと遮られた。
「えっ!?」
銀色の髪を持つ身なりの良い少年が立っていた。突然現れた少年に当然だが私は驚いた。
「あなたは……誰?」
周囲に目を凝らしても彼以外の人物は見当たらない。旅人のような装備も持っていない。街から七キロも離れたこんな場所に少年が独りで?
一瞬、五年前に保護したリーベルト少年を思い出したが、目の前の少年は迷子に当てはまらない気がした。とても落ち着いているのだ。
「こんな所でどうしたんですか……?」
伏し目がちな少年は私の質問に答えなかった。その代わりに右手を静かに伸ばしてきた。私の首へ。
「ぐっ…………!?」
迂闊だった。相手が12歳位に見える少年だからと油断してしまった。私は容易く少年の右手によって気道を塞がれてしまった。
(何て力……!)
私は両手を使って少年の指を開こうと奮闘したのだが、右手一本の少年に力負けしていた。
何なのコイツ!? まさかアンドラの構成員!?
(こんのぉ!)
私は右脚で少年の
「……く、くぅぅ……ぐっ」
苦しい。目と鼻の奥が熱い。噓でしょ、私ここで彼に絞め殺されるの!? やめて。どうして私を? アンタ誰なの!?
霞んできた目を懸命に開けて、私は状況を掴もうとした。
「!………………」
どうしてだか、首を絞めている側の少年が苦しそうに顔を歪めていた。そして徐々に指の力が緩まっていった。
「ロックウィーナ!!」
私の名前が叫ばれた。低いその声はエリアスのものだった。彼は大地を蹴り猛スピードで私の元まで駆け付けると、手を放した少年に向けて大剣を構えた。
「ロックウィーナ、奴に何をされた! 無事か!?」
私はエリアスに応じられなかった。急に酸素が供給されて、喉がむせて激しく咳込んでしまったのだ。
「ウィー!?」
「ロックウィーナ!」
やや遅れて他のみんなも走って到着した。キースとマキアが私を後方へ下がらせて、ルパートとエンも抜刀して少年を牽制した。
「何だこのガキ、いつの間にこんな近くまで来たんだ。俺の風魔法で感知できなかったぞ?」
「……只者じゃない。気配が通常の人間と違う」
ルパートとエンは私が襲われている場面を見た訳ではないのに、初対面の少年を敵と認定していた。キースとマキアも
エリアスがみんなに忠告をした。
「気をつけろ、コイツは全系統の魔法を使えるんだ。身体に常にバリアを張っていて、大抵の攻撃は相殺される。ルパートの風魔法も届く前に消されたんだ」
「エリアスさん、このガキのことを知ってるんですか?」
その質問には答えず、息を吸い込んだエリアスは、
「アルクナイト、彼女にいったい何をした!!」
少年に大声で怒鳴った。アルクナイト?
「アルクナイト……? その名前って……は? おいおい噓だろ?」
ルパートが何度もエリアスと少年を見比べた。それはつけてはならない禁忌の名前だったのだ。私は過去にその名前を知ることになったが、それは故郷の学校で使った歴史の教本、その中に書かれていた名前だった。
忌々しそうにエリアスが言った。
「魔王アルクナイト。三百年前に世界を混乱に陥れた張本人だ」
全員が息を吞んだ。
魔王!? 目の前に居るあの少年が!?
目を剝いた私達に応えるように、銀髪のアルクナイトは怪しく微笑んだ。美しいが、絶対権力者にのみに許される見下すような笑み。
伝説の魔王と視線を合わせてしまった皆は震え上がったに違いない。私以外は。私はというと、
「はあぁぁぁぁぁ!?」
最大限に不機嫌となり、思わず魔王を指差して疑問を口にした。
「何で魔王が私の首を絞めてんのよ!?」
「ちょっ……、ロックウィーナ!」
「挑発しちゃ駄目だよ。アイツの魔力マジでヤバイから!!」
キースとマキアが慌てて私を止めようとしたが、理不尽な目に遭った怒りの方が勝ってしまった。
「だっておかしいでしょーよ。魔王だよ? 世界の軍隊相手に戦った魔王。そんな人がこんな片田舎で何で女の首を絞めてんのよ!?」
「いけませんってロックウィーナ、落ち着いて」
「ほら俺の腕見て。鳥肌凄いだろ? アイツの魔力を感知して身体中がブルってるんだよ。だから大人しくしておこうよ」
「だって意味解んないんだもん。しかもさ、トイレのすぐ後に襲われたんだよ? 女子のトイレ近くに出没する魔王って何。そんなの居る!?」
そもそも魔王がどういうものか私には判らないが、トイレ後を狙われた恨みは忘れない。
「うわ、殺され掛けたのにどんだけ元気だ」
当の魔王が一番私に引いていた。エリアスが怒りに満ちた声で尋ねた。
「アルクナイト貴様、彼女の用足しを覗いたのか……?」
アルクナイトは腕組みをしてエリアスに目線を合わせた。
「小娘の排泄行為などに興味は無いわ。おまえはいつも微妙にズレているな、エリー」
「その名で呼ぶな!」
「どうしてだ。おまえも俺をアルと呼べば良いではないか。昔のように」
この辺りで魔王に怯えていたキースとマキアがおや? という表情になった。
「魔王とエリアスさん、妙に親しそうじゃないですか……?」
「エリーとかアルとか呼び合ってんのな。何で?」
「いつもとか、昔がどうとかも言っていましたよ」
「相当の仲っぽいッスね」
井戸端会議に興じる主婦と化したキースとマキアに、背中越しにエリアスが説明をした。
「アルクナイトは私の父が所有する領地の近くに住んでいるんだ。あの外見に騙されて、子供の頃に魔王と知らずに友人になってしまった。今は断じて違うがな!」
「え、友達……?」
キースとマキアはかつての私とルパートのように、一拍置いてから驚愕した。
「ええええええ!?」
「エン聞いた? 魔王とエリアスさんダチだって! 幼馴染みだってさー!!」
衝撃の事実を聞かされて、キースとマキアのテンションも私同様におかしくなった。
「やかましい連中とつるんでいるんだな、エリー」
「誰のせいだ。ロックウィーナに手を掛けたこと、決して許さない」
「未遂だ。見逃せ」
アルクナイトの身体がふわりと浮いた。風魔法?
「あっ、待て逃げるな!」
エリアスが飛びかかったが、それよりも早く魔王は手の届かない空中まで浮上した。そして後ろ向きになり、腰をクネクネと動かした。
ま・た・な。
彼のお尻は空のキャンバスにそう文字を描いた。
「……ルパート先輩、かまいたちの魔法でアレを切り刻んで頂けますか?」
「……俺もそうしたいところだがやめておこう。どうせ放った魔法は相殺される」
私達が冷めた目で見守る中、魔王アルクナイトは鳥のように空を飛んで
「ロックウィーナ、首が……!」
魔王の指の形に肌が赤く腫れてしまったようだ。冷静になったキースが回復魔法を掛けてくれた。私の周りにみんなが集まった。
「すまない、来るのが遅れて。アルクナイトの気配に気づいた時に私は離れた所に居たんだ。そのせいでキミを危険な目に遭わせてしまった」
「それでもエリアスさんが気づいてくれて良かったぜ。しっかし何でアイツはウィーを狙ったんだ? ウィー、アイツとの間に何か有ったのか?」
「いいえ、急に首を絞めてきたんです」
魔王に狙われる心当たりがまるで無かった私は、頭を横に振って否定した。
エンが口を挟んだ。
「その後の行動が最悪だ。強敵相手に煽るような真似はするな」
「……ごめんなさい」
確かに魔王と呼ばれる存在に暴言を吐くなんて正気の沙汰じゃない。言い訳をするが、私は今までモンスターにもチンピラ達にも喧嘩を売ったことなんて無い。
でも……。
みんなが緊張して対峙した魔王アルクナイト。私は彼に恐怖心を不思議と抱かなかった。どうしてだろう? 恐怖どころか懐かしいという感覚が生まれているのは。
以前彼とは親しく会話したことが有るような……、そんな既視感が私の中には在ったのだ。
それにアルクナイトは、エリアスがまだ遠くに居る時点で私の首に掛けた指の力を抜いていた。苦悶の表情と共に。
(意味解んない)
私は魔王が飛んで行った方角を眺めた。それで答えが出ることはなかったけれど。