魔王の牽制(1)
文字数 3,484文字
今日の14時に王国兵団第七師団と合流する。そして私達は凶悪犯罪組織、アンダー・ドラゴン本拠地へと乗り込むのだ。そう思うと寝起きだというのに自然と顔が引き締まってくる。
前の周回では首領達にマキアとエンを殺されてしまった。みんなで力を合わせてその未来は回避できたが、結局また今周でも首領達と戦うことになった。
でも、きっと大丈夫。
私達は強い。王国兵団の三千人を超える師団も付いている。油断さえしなければ絶対に勝てる。
アンダー・ドラゴンを壊滅させて、今度こそ憂いの無い
「……朝から元気だな、おまえは」
私独りしか居ない部屋で他の人間の声がした。空耳だろうか。
「寝る時はもう一枚身に着けた方がいい。腹を冷やすぞ」
お母さんみたいな小言まで届いた。気のせいじゃない! そう思った私は音の方を振り返った。ぎゃー。換気の為に開けておいた窓の枠にアルクナイトが座っていた。
「そ、そこで何してんのよ、アンタ!」
寝起き姿を見られた。少年の時も青年の時も同じアルクナイトではあるけれど、大人の男だと思うと恥ずかしさが倍増だ。
私は冬以外の季節、基本的にブラ無しタンクトップとショートパンツを寝間着にしている。そのせいで身体のラインがしっかり出ているはずだ、
身体を縮こめて私は羞恥心でいっぱいなのに、魔王様は平常運転だった。
「日課である朝の散歩をしていた」
「……ここ二階だよ? 飛んだら散歩にならないじゃない」
「せっかくだからな、ついでにおまえを起こしに来てやったんだ。親切な俺様に感謝しろ」
「もう起きてたし。それに起こすんならドアをノックするだけにして。レディの部屋だよ? 不意打ち訪問はやめて」
「レディとして扱って欲しかったらそんな格好で寝るな」
うぎぃぃぃ。ちょっとは意識しなさいな。若い女が薄着でいるんだからね!? 私だけ独りで恥ずかしがっているのは虚しいよ。
アルクナイトは窓枠から床に降り立ち、部屋を横切ってドアまで行った。
「さっさと顔を洗いに来い。服を着ることを忘れるなよ。……俺以外の男にその姿を見せることは許さん」
「え……?」
部屋から出ていった魔王を私は茫然と見送った。いつもだったらもっと絡んでくるのに。前なんて壁ドンまでしてきたのに。
もしかして流石に薄着の私に遠慮してくれた?
それに「俺以外の男に見せるな」って……、アルクナイトも私のこの姿を見て意識したんだろうか。
(わあぁ、そう考えたら余計に恥ずかしくなったぁ!!)
顔の火照りを消してシャッキリしたい。私は急いで着替えて水場へ向かった。しかし間が悪いことに、そこには討伐隊参加メンバーが勢揃いしていた。
引き返そうかと一瞬思ったが、目ざといマキアが元気に挨拶してくれた。
「おはようロックウィーナ!」
はーい、寝起きで洗顔前の私はスッピンでーす。お願いギルドマスター、各部屋に水道引いて洗面所を造ってー!!
「おはよう……」
「どしたの? 元気無いね」
「ハハ……。まだ化粧してないから、あんまり人に顔を見られたくないだけ……」
「あ、ごめんね!」
マキアはすぐに横を向いて私から視線を外した。
「女の人は大変だよね。でも俺、ロックウィーナは素顔のままでも充分に綺麗だと思うよ?」
いい人だ。お世辞でも嬉しいです、ありがとう。
「あっ、違った」
違うんかい。いいもん。
私は水道の蛇口を捻って洗顔を始めた。そこへマキアが
「素顔の時はメイクの時より幼く見えて……、綺麗と言うより可愛い感じだ」
「!」
朝から盛大に褒められて、私は思わず水に濡れた顔を上げてマキアを見た。私が動いたのでマキアも再び私を見た。
「あ、水滴が服に落ちるよ?」
笑顔のマキアは自分の首に掛けていたタオルを手に取って、水が伝う私の顔を優しくトントンと拭いた。
既にタオルは少し湿っていた。ということはマキアの顔を拭いた後だ。あれあれ、これも一種の間接キスになるのかな???
「……おいおまえら、何で恋人同士みたいなやり取りをしてんだよ?」
不機嫌な声の主はルパートだった。ルパートはマキアの服の首の後ろ部分を摘んだ。
「マキア、ちょっとウィーから離れようか」
「へっ? 俺何かマズイことしましたか?」
マキアはポカンとしたが、エリアスとキースがヒソヒソした。
「タオルで顔トントンは無いよな」
「その前の口説き文句もイエローカードですよ」
「口説き!? お、俺そんなつもりじゃ……」
エンが小さく手を上げてピンチの相棒を擁護した。
「今の行動においてマキアに下心は有りません。ソイツは四人兄弟の長男なもんで、人の世話を焼きたがるんです。あと思ったことをすぐ口に出す単純馬鹿でもあります」
しかしエリアスとキースのヒソヒソは止まらなかった。アルクナイトは腕組みをして呆れ顔だった。
「無自覚のたらしか。
「つまりマキアはロックウィーナのことを、綺麗で可愛いと常日頃思っている訳ですよね?」
「それは私も思っているが、ああも素直に口に出すのは危険だな。私の場合、五分の四は心に留めておいている」
「ええ。私もロックウィーナの魅力については一晩語れますが、人前でほいほい口に出したりはしませんね」
聞いてて照れるんですが。
マキアは年長組から非難の視線をぶつけられて、可哀想に涙目になっていた。
「あの、ルパート先輩。マキアを放して下さい。彼は何も悪いことはしていません」
ルパートは更に不機嫌な表情となって私を睨みつけた。
「おまえの為だろうが、口説かれ耐性ゼロのくせに。どうせまたコイツの言葉にポ~っとなったんだろ?」
私に口説かれ耐性が無いのは、アンタとセスが周囲の男達を遠ざけたからじゃないか!
そう抗議したかったが、マキアの言葉にポ~っとなったのは事実だった。
当のマキアはルパートに首根っこを掴まれながら私に謝罪した。
「迂闊なこと言っちゃってごめんねロックウィーナ。俺さ、綺麗とか可愛いとか良い言葉だと思っているから、そう感じたらすぐに言っちゃう癖が有るんだ」
「おいぃ、無自覚!」
「謝らないでよ。私は褒めてもらってビックリしたけど嬉しかったよ?」
「ウィー、おまえもだ! 見つめ合うな、この天然どもが!!」
ルパートはマキアを力づくで引っ張って、私の反対側、水場の端まで連れていった。
「これがおまえとウィーのパーソナルスペースだ。接近し過ぎるなよ?」
「あの……俺、ホントに口説いたつもりは無いんですが」
「行動自体が問題なの。恋心はまだ無くても、褒めたってことはウィーに少なからず好意を持ってるだろ?」
「それは、まぁ……。ロックウィーナは綺麗な上に頑張り屋だから。女性で出動班に入るなんて、相当な努力をしてきた結果でしょう? 尊敬しますよ」
「うん、そうだ。その通りなんだがいちいち褒めるな。さっきも言ったが、アイツは口説かれ耐性がゼロなんだ。褒められたらポ~っとなって、好きだと言われたら鼻血を噴いて、プロポーズされた日には臨死体験するほどの
おぼこ
ちゃんなんだ」「そんなレベルなんですか!?」
ムキィ。酷い言われようだ。否定できないのが哀しい。
「そんなレベルなんだよ。マキア、おまえは異性との交際経験が有るか?」
「え、まぁ。プラトニックなものも入れると三人ほど……」
マキア……、そんなことまで素直に言わなくていいのに。
でも交際経験有るのか。彼23歳だもんな。性格も容姿も良いからそりゃ普通に彼女できるよね、いいなー。
「ウィーは無いんだ。ゼロだ」
「え、ええ!? マジでゼロ!? レンフォード!!!!」
それは言うなあぁぁぁ!
「だからあまりアイツに刺激的な態度を取るな」
「りょ、了解です……!」
水場の端で私の取り扱い注意事項が伝授されていた。惨めだ。泣きそう。
くっそう、こうなったら絶対に口説かれ耐性ゼロを克服してやる。複数の男を手玉に取る魔性の女になってやるんだから!
そんな妄想に浸っていると、ずっと黙っていたアルクナイトが私の傍に寄ってきて小声で苦言を呈した。
「無防備が過ぎるぞ、馬鹿者が」
ううう。確かに今はそう。でも将来は魔性の女だから。
「……おまえには一度きっちり、俺の女だということを自覚させなければならないな」
「!?」
不穏な台詞を置き土産にして、アルクナイトは去っていった。
な、何する気……? 私は本気で脚が震えた。そして自分には魔性の女は絶対に無理だと自覚したのであった。