幕間 少女との再会
文字数 3,786文字
見渡す限りの草原。雲の流れが速い空。風が私の頬をくすぐって、私は今ここに立っているのだと気づかされた。
この風景を私は過去にも見たことが有る気がした。
何となく振り返と、黒い塊がこちらへ向かって駆けてくる。近付くにつれて相手の風貌が明らかとなった。黒いワンピースと長い黒髪を風にはためかせた少女だった。
「あなたは……」
思い出した。この子は私達が神と呼んでいる存在だ。
しかし神話の絵本に出てくるような威厳はこの少女には無かった。ややぽっちゃりという以外にさして特徴の無い容姿。どこにでも居る十代の女の子、そんな印象を受けた。
「何てことをしたの!」
私の傍に辿り着いた少女がまずしたことは、私……いや私達に対する非難だった。
「あなた達は、自分が何をしたのか解ってるの!? とんでもないことをしたのよ!?」
心当たりは一つだけだ。神が造った時間のループを破壊した。
「私達は、未来へ進みたかったの」
「未来だったらあげたじゃない! エリアスと結婚して幸せになれるって未来を! アルクナイトがいろいろやって相手が変わることも有ったけど、それでも幸せになれるように私が調整してあげたのに。どうして幸せを否定したのよ!」
私は少女の言い分を真っ向から否定した。
「ナレーションで語られるだけの未来なんて要らない。それに幸せは用意されるものじゃないよ。自分で努力して築くものでしょう?」
「努力したって駄目なことって有るじゃない! だから私があなたの幸せに協力してあげたのに!」
どうやらこの少女は見た目通りの精神年齢のようだ。視野が狭いと言うか。
「解ってない……あなた達は何も解ってない……」
少女はワナワナと震え出した。怒り? いや恐怖のようだ。顔が蒼ざめている。
「……私が書いた物語はあの十日間だけだったのに」
「え?」
「あの十日間は、私が造った防御障壁に護られていた世界だったのよ。そこにいる限り、あなたは決して死ぬことなく私に護られることができた」
「…………?」
「だから十日間を永遠に繰り返そうとしたの。全てはあなたを幸せにしたかったから」
「待って、ちょっと待って!」
私には少女の言っていることがよく解らなかった。取り敢えず一番気になっていたことを聞いた。
「どうしてあなたは、そんなにも私を気に掛けるの? あなたは世界を造った神様なんでしょう? 私は普通の人間だよ?」
「普通……」
少女の顔が苦しそうに歪んだ。言ってはならないことを言ってしまったのだろうか。
発言の失敗を心配した私に、少女はか細い声で衝撃の事実を伝えた。
「ロックウィーナ。……あなたはね、この世界に生み出した私の理想なの」
風が二人の間を吹き抜けて、細長い草がお辞儀をするように倒れた。
「理想……? 私が……?」
全くピンと来なかった。ルパートは綺麗になったと評価してくれたが、「絶世の美女とまではいかないが」という枕詞 付きだ。身体能力は中の上、事務能力と家事スキルは並みレベル。誇れる特技を持たない器用とは言えない私。
卑屈になっている訳ではなく、神様が理想する象徴では決してないだろう。
それに生み出した、とは? 私にはちゃんと人間の両親が居る。
「あなたが幸せそうにしていると、私は救われる気分になれたの」
「待って。あなたは……今、不幸なの……?」
今の質問には答えてくれず、少女は僅かに微笑んだだけだった。
「ロックウィーナ、ここから先の世界に私の加護は届かない」
「あなたが創造した世界なのに?」
「ええ。私が作ったお話は十日分だけ」
作ったお話? さっきもそんなことを言っていたな。
「これから世界がどう動くか私にも解らない。気をつけて」
「あの、お話って何の……」
「気をつけて。私はもう世界に干渉できない。あなたの危機に際して誰かを向かわせることもできなくなった」
危機に誰かを? ふとガロン荒野に銃を持って単身乗り込んできたリーベルト(リリアナ)を思い出した。まさか……あれは神の干渉だった?
アルクナイトを封じる為に彼の元部下を差し向けたように、私の危機を防ごうと神はずっと裏で働き掛けていたのだろうか?
「気をつけて、ロックウィーナ。死は簡単に訪れる」
一際強い風が吹いた。私達が居る草原全てを吹き飛ばすかのように。
☆☆☆
瞼 を開いた私は、見慣れた自室の天井を眺めていた。
草原のあれはただの夢だったのだろうか? だが少女と交わした会話を、目覚めた今も鮮明に思い出せる。普段の私は夢の内容をすぐに忘れるタチなのに。
前に見た夢と同じ、神からの警告なのだろう。
ドンドンドン。
乱暴に扉が叩かれた。もう少しベッドの上でまどろんでいたい気分だったが、
「おいウィー、無事か!?」
ルパートだ。奴にはピッキングのスキルが有る。反応を返さないと勝手に扉を開けられてしまう。
「は、はい、大丈夫。たった今起きました! 開けるのはやめて~」
すっぴん、髪ボサ、下着姿の三拍子が揃っていた。もうルパートには過去に見られているが、恋愛対象として意識し合った今と前とでは違う。
「無事ならいいんだ。ちょっと気掛かりだったんでな」
「何か遭ったんですか?」
「変な夢を見たんだよ。俺達全員が」
「全員?」
「ああ。昨日一緒にカウントダウンした全員だ。さっき起きて顔洗いに水場へ行ったら、他のみんなが神妙な顔しててな。聞いたら俺と全く同じ夢を見たらしくて。おまえは見なかったか?」
「少女……神様が出てくる草原の夢ですか?」
「やっぱり見てたか。そのことについて話したい。食堂の開始時間に合わせて降りてきてくれ」
「はい」
あの夢を他のみんなも見ていたのか。着替えや洗顔を済ますと7時半を告げるギルドの鐘が鳴った。食堂が開く時間だ。
私は階段を駆け下りて食堂へ急いだ。既に他のみんなは集まっており、隅のテーブルに固まって座っていた。
「すみません、お待たせしました」
「ああ。取り敢えずメシ取ってこいよ」
私はカウンターでモーニングセットを頼み、食事を乗せた盆を持ってテーブルへ引き返した。
「おはよう、ロックウィーナ」
挨拶してくれたエリアスの笑顔が少し固い。夢のせいだろう。
「寝坊助 だな小娘」
魔王は相変わらずだ。
「あなたが早寝早起き過ぎんのよ。……あれ、そう言えばいつもは22時までに寝落ちするのに、昨晩はよく起きていられたね? 昼間戦闘して疲れも有っただろうに」
「寝落ちするのは少年の姿の時だけだ。本来の姿ではないからな、魔力の循環がうまくいかなくて疲れやすいんだ。おまけに封魔のアクセサリーも装備していたからな」
なるほど。青年時の方がお肌がツヤツヤなのはそういう理由か。
「今の俺はフルパワーで完徹も可能だ。タフだぞ。試してみるか?」
「アル、セクハラをしている場合じゃない。皆が見た夢について話し合わないと」
エリアスが冷静にツッコんでくれた。私は定位置となりつつあるキースの隣りの席に座った。
「あの、皆さんも夢の中で神様と会話したんですか?」
「いいえ、僕達はあなたと少女を遠巻きに眺めている、そんな夢でした」
「ああ。俺達は姿無き背景だったよな。……ん? 背景? 以前誰かに背景になれって言われたような……」
それは一周目だね。首を捻っているルパートを放っておいて、私は話を突き詰めていった。
「マキアとエンも見たの?」
「うん。居るって気づいて欲しくて、ヤッホーとかレンフォードとか叫んだんだけど、俺の声は届かなかったみたいだね」
「おまえそんなことしてたのか……。あの雰囲気の中で度胸有るな」
「神様はどうして全員に夢を見せたんだろう。時間のループを壊した恨みごとを言いたかったのかな?」
「いや、キミを護らせる為だろう」
エリアスが言い切った。
「彼女は言っていた。もう加護は届かない、死は簡単に訪れると。自分の代わりに、これからは私達にロックウィーナを護れと伝えたかったんだろう」
え、そんな。神様の機嫌を損ねちゃったけど、私は普通の人間だよ? 今まで加護を受けていたのが異常な状態だったんだよ?
「なるほどな。俺達にウィーを託したって訳か」
なのにルパートはエリアスに同調した。
「まぁ、ロックウィーナのことは元々護るつもりでしたから。神に言われるまでもなく」
キースが神に対して不敬な発言をした。元僧侶なのに。
「まったくだな。あのガキは俺の小娘を私物化したがって困る」
アルクナイトも乗ってきた。全員乗れるビックウェーブが来ちゃったか。
「あのっ、皆さんにそこまでして頂く理由は有りません!」
私は慌てて波を打ち消そうとした。
「加護が無いのが普通なんです。皆さんは自分の身体と人生を大切にして下さい! 私は私で、身の丈に合った幸せを掴む為に頑張りますから!」
しかし男達は不敵に笑った。
「私はキミを伴侶に望んでいる。自分の人生を大切にする為にキミを護るんだ」
「そういうこった。俺の人生の中心に居るのはウィー、おまえなんだよ」
「魔王の名に懸けて誓おう。おまえを全力で護り愛し抜くと」
殺し文句を三人もの殿方から立て続けに言われて、硬直し掛けた私へそっとキースが囁いた。
「大丈夫、馬鹿が暴走しないように僕が護るから」
ホッとして少し余裕が戻った私の耳に、小さく「レンフォード、レンフォード」と興奮した声が届いた。確認しなくても誰が発したのかは判った。
この風景を私は過去にも見たことが有る気がした。
何となく振り返と、黒い塊がこちらへ向かって駆けてくる。近付くにつれて相手の風貌が明らかとなった。黒いワンピースと長い黒髪を風にはためかせた少女だった。
「あなたは……」
思い出した。この子は私達が神と呼んでいる存在だ。
しかし神話の絵本に出てくるような威厳はこの少女には無かった。ややぽっちゃりという以外にさして特徴の無い容姿。どこにでも居る十代の女の子、そんな印象を受けた。
「何てことをしたの!」
私の傍に辿り着いた少女がまずしたことは、私……いや私達に対する非難だった。
「あなた達は、自分が何をしたのか解ってるの!? とんでもないことをしたのよ!?」
心当たりは一つだけだ。神が造った時間のループを破壊した。
「私達は、未来へ進みたかったの」
「未来だったらあげたじゃない! エリアスと結婚して幸せになれるって未来を! アルクナイトがいろいろやって相手が変わることも有ったけど、それでも幸せになれるように私が調整してあげたのに。どうして幸せを否定したのよ!」
私は少女の言い分を真っ向から否定した。
「ナレーションで語られるだけの未来なんて要らない。それに幸せは用意されるものじゃないよ。自分で努力して築くものでしょう?」
「努力したって駄目なことって有るじゃない! だから私があなたの幸せに協力してあげたのに!」
どうやらこの少女は見た目通りの精神年齢のようだ。視野が狭いと言うか。
「解ってない……あなた達は何も解ってない……」
少女はワナワナと震え出した。怒り? いや恐怖のようだ。顔が蒼ざめている。
「……私が書いた物語はあの十日間だけだったのに」
「え?」
「あの十日間は、私が造った防御障壁に護られていた世界だったのよ。そこにいる限り、あなたは決して死ぬことなく私に護られることができた」
「…………?」
「だから十日間を永遠に繰り返そうとしたの。全てはあなたを幸せにしたかったから」
「待って、ちょっと待って!」
私には少女の言っていることがよく解らなかった。取り敢えず一番気になっていたことを聞いた。
「どうしてあなたは、そんなにも私を気に掛けるの? あなたは世界を造った神様なんでしょう? 私は普通の人間だよ?」
「普通……」
少女の顔が苦しそうに歪んだ。言ってはならないことを言ってしまったのだろうか。
発言の失敗を心配した私に、少女はか細い声で衝撃の事実を伝えた。
「ロックウィーナ。……あなたはね、この世界に生み出した私の理想なの」
風が二人の間を吹き抜けて、細長い草がお辞儀をするように倒れた。
「理想……? 私が……?」
全くピンと来なかった。ルパートは綺麗になったと評価してくれたが、「絶世の美女とまではいかないが」という
卑屈になっている訳ではなく、神様が理想する象徴では決してないだろう。
それに生み出した、とは? 私にはちゃんと人間の両親が居る。
「あなたが幸せそうにしていると、私は救われる気分になれたの」
「待って。あなたは……今、不幸なの……?」
今の質問には答えてくれず、少女は僅かに微笑んだだけだった。
「ロックウィーナ、ここから先の世界に私の加護は届かない」
「あなたが創造した世界なのに?」
「ええ。私が作ったお話は十日分だけ」
作ったお話? さっきもそんなことを言っていたな。
「これから世界がどう動くか私にも解らない。気をつけて」
「あの、お話って何の……」
「気をつけて。私はもう世界に干渉できない。あなたの危機に際して誰かを向かわせることもできなくなった」
危機に誰かを? ふとガロン荒野に銃を持って単身乗り込んできたリーベルト(リリアナ)を思い出した。まさか……あれは神の干渉だった?
アルクナイトを封じる為に彼の元部下を差し向けたように、私の危機を防ごうと神はずっと裏で働き掛けていたのだろうか?
「気をつけて、ロックウィーナ。死は簡単に訪れる」
一際強い風が吹いた。私達が居る草原全てを吹き飛ばすかのように。
☆☆☆
草原のあれはただの夢だったのだろうか? だが少女と交わした会話を、目覚めた今も鮮明に思い出せる。普段の私は夢の内容をすぐに忘れるタチなのに。
前に見た夢と同じ、神からの警告なのだろう。
ドンドンドン。
乱暴に扉が叩かれた。もう少しベッドの上でまどろんでいたい気分だったが、
「おいウィー、無事か!?」
ルパートだ。奴にはピッキングのスキルが有る。反応を返さないと勝手に扉を開けられてしまう。
「は、はい、大丈夫。たった今起きました! 開けるのはやめて~」
すっぴん、髪ボサ、下着姿の三拍子が揃っていた。もうルパートには過去に見られているが、恋愛対象として意識し合った今と前とでは違う。
「無事ならいいんだ。ちょっと気掛かりだったんでな」
「何か遭ったんですか?」
「変な夢を見たんだよ。俺達全員が」
「全員?」
「ああ。昨日一緒にカウントダウンした全員だ。さっき起きて顔洗いに水場へ行ったら、他のみんなが神妙な顔しててな。聞いたら俺と全く同じ夢を見たらしくて。おまえは見なかったか?」
「少女……神様が出てくる草原の夢ですか?」
「やっぱり見てたか。そのことについて話したい。食堂の開始時間に合わせて降りてきてくれ」
「はい」
あの夢を他のみんなも見ていたのか。着替えや洗顔を済ますと7時半を告げるギルドの鐘が鳴った。食堂が開く時間だ。
私は階段を駆け下りて食堂へ急いだ。既に他のみんなは集まっており、隅のテーブルに固まって座っていた。
「すみません、お待たせしました」
「ああ。取り敢えずメシ取ってこいよ」
私はカウンターでモーニングセットを頼み、食事を乗せた盆を持ってテーブルへ引き返した。
「おはよう、ロックウィーナ」
挨拶してくれたエリアスの笑顔が少し固い。夢のせいだろう。
「
魔王は相変わらずだ。
「あなたが早寝早起き過ぎんのよ。……あれ、そう言えばいつもは22時までに寝落ちするのに、昨晩はよく起きていられたね? 昼間戦闘して疲れも有っただろうに」
「寝落ちするのは少年の姿の時だけだ。本来の姿ではないからな、魔力の循環がうまくいかなくて疲れやすいんだ。おまけに封魔のアクセサリーも装備していたからな」
なるほど。青年時の方がお肌がツヤツヤなのはそういう理由か。
「今の俺はフルパワーで完徹も可能だ。タフだぞ。試してみるか?」
「アル、セクハラをしている場合じゃない。皆が見た夢について話し合わないと」
エリアスが冷静にツッコんでくれた。私は定位置となりつつあるキースの隣りの席に座った。
「あの、皆さんも夢の中で神様と会話したんですか?」
「いいえ、僕達はあなたと少女を遠巻きに眺めている、そんな夢でした」
「ああ。俺達は姿無き背景だったよな。……ん? 背景? 以前誰かに背景になれって言われたような……」
それは一周目だね。首を捻っているルパートを放っておいて、私は話を突き詰めていった。
「マキアとエンも見たの?」
「うん。居るって気づいて欲しくて、ヤッホーとかレンフォードとか叫んだんだけど、俺の声は届かなかったみたいだね」
「おまえそんなことしてたのか……。あの雰囲気の中で度胸有るな」
「神様はどうして全員に夢を見せたんだろう。時間のループを壊した恨みごとを言いたかったのかな?」
「いや、キミを護らせる為だろう」
エリアスが言い切った。
「彼女は言っていた。もう加護は届かない、死は簡単に訪れると。自分の代わりに、これからは私達にロックウィーナを護れと伝えたかったんだろう」
え、そんな。神様の機嫌を損ねちゃったけど、私は普通の人間だよ? 今まで加護を受けていたのが異常な状態だったんだよ?
「なるほどな。俺達にウィーを託したって訳か」
なのにルパートはエリアスに同調した。
「まぁ、ロックウィーナのことは元々護るつもりでしたから。神に言われるまでもなく」
キースが神に対して不敬な発言をした。元僧侶なのに。
「まったくだな。あのガキは俺の小娘を私物化したがって困る」
アルクナイトも乗ってきた。全員乗れるビックウェーブが来ちゃったか。
「あのっ、皆さんにそこまでして頂く理由は有りません!」
私は慌てて波を打ち消そうとした。
「加護が無いのが普通なんです。皆さんは自分の身体と人生を大切にして下さい! 私は私で、身の丈に合った幸せを掴む為に頑張りますから!」
しかし男達は不敵に笑った。
「私はキミを伴侶に望んでいる。自分の人生を大切にする為にキミを護るんだ」
「そういうこった。俺の人生の中心に居るのはウィー、おまえなんだよ」
「魔王の名に懸けて誓おう。おまえを全力で護り愛し抜くと」
殺し文句を三人もの殿方から立て続けに言われて、硬直し掛けた私へそっとキースが囁いた。
「大丈夫、馬鹿が暴走しないように僕が護るから」
ホッとして少し余裕が戻った私の耳に、小さく「レンフォード、レンフォード」と興奮した声が届いた。確認しなくても誰が発したのかは判った。