幕撤去 不穏な動きと輝ける聖騎士(3)
文字数 3,627文字
「冒険者の情報によると、忘れ物をしたのはこの辺りみたいですね」
地面が平坦になった場所で、キースが地図を見ながらキョロキョロし出した。確かに野営をするには適した場所かもしれない。モンスターの襲撃に備えて見張り役は必須だが。
私達はあまり離れないようにしながら周辺を探索した。……ん? 陽の光を反射して、草の陰で何かが光ったような。
「有りました! コレじゃないですか!?」
私は手にしたブツを持ってキースの傍に駆け寄った。キースは指示書を取り出して、捜索対象物のチェックをした。
「うん。これで間違いなさそうです」
今回の回収物は魔道ランプだった。魔法石が入っており、暗くなると自動的に光る優れもの。おまけに油を使わないので汚れにくく手間も掛からない。高価な品なのでギルドに多少の金を払ってでも取り戻したかったのだろう。
自分達で探しに来ればタダで済むが、一日をロスしてしまう。Cランクのパーティがミッションに出て一日で稼げるお金は平均3万ゴル程度だ(※1ゴル=1円)。それを三~四人のメンバーで分けるので、一人当たりの稼ぎは大した額にならない。
対してギルドへの物品回収依頼は2万ゴル。少しでも多く稼ぎたくてギルドへ依頼したのだろう。
「探し物は見つかりましたし、少し座って休憩にしましょう」
言い終わると同時にキースは草の上に腰掛け、自分の前の地面をポンポン叩いた。ここへ来るまでに連続で戦闘して疲れていた私は、腰を下してキースの向かいに座った。
「どうぞ。ハーブティーです」
お茶が入った水筒をキースから受け取って飲んだ。いいなぁこの和やかな空気。
ルパートとの休憩はピリピリしていたからなぁ。いかに「ウンコ?」と聞かれないようにトイレを早く済ますか、そんなことばかりに気を取られていた。あんちくしょうが。
「このお茶すごく美味しいです。疲れが吹っ飛ぶみたい!」
「ふふ、それは良かった」
私が返した水筒にキースも口を付けて飲んだ。あれ? 完全に間接キス……。
いかんいかんいかん。キースは全く意識していないんだから、私がここで顔を強張 らせたら彼を困らせる。できるだけ自然に笑うんだ私。
「目下 のところ問題は魔王様なんですよね。ああ、今はアルと呼ばなくては」
キースは急にアルクナイトの話題を振ってきた。
「彼がどうかしましたか?」
「あなたに最近セクハラばかりしてくるでしょう? あのエロ魔王」
「あ、あはは……」
大きくなった途端にエロ度が増したからなぁ。ていうかキースもエロとか言うんだね。
「ルパートとエリアスさんは、魅了をチラつかせれば僕の言うことを聞くので何とかなるんですが、アルは魔法使いとして僕の数段上に居る存在なので対抗できず……。ああでも、一度彼にも魅了を試してみるべきですか。食事の時に対面に座って、偶然を装って見つめてみましょう」
ブツブツ言い始めたキースを私は慌てて止めた。
「駄目ですよ、先輩がそんなことしなくていいです! 私のことなのに!」
「え、あ……」
私の言葉を受けたキースは、明らかに落胆の色を声に滲ませた。
「……すみません、僕一人で先走っていたみたいですね。余計なお世話を焼いてしまうところでした」
「あの、そうじゃない、違うんです」
「…………?」
しょんぼりしているキースへ、私はゆっくり尋ねた。
「先輩は、その瞳でずっと苦労してきたんでしょう?」
「え? ええ、まぁ……」
「前髪でずっと隠しているんだもの、封印してきた力なんでしょう? だったら駄目ですよ、私の為にそんなことしたら」
キースは一瞬黙ったが、すぐに反論して来た。
「ですがこのままでは、あなたがあのエロテロリストの餌食になってしまいます」
「それは嫌ですね。でもそれ以上に、キース先輩が苦しむ姿を見たくありません。本当はしたくないんでしょう?」
「僕は……もう慣れていますから大丈夫です」
「苦しいことに慣れてほしくもありません」
「………………」
キースの言葉が途切れたので、私は別の質問をしてみた。さっき気になったことだ。
「先輩はいつも誰かのサポートをしてくれますよね。とても助かってますが、先輩自身にやりたいことは無いんですか? 自分の為に何か」
「無いです」
全く考えることなくキースが答えたので、私は彼が心配になった。
「やりたいこと……無いんですか? 将来の夢とか……」
「無いです」
そういえばキースは独身主義者とも言っていた。恋すらするつもりが無いのだろうか?
下向き加減のキースの顔、口角が僅かに上がった。笑ったのだが、それは自嘲の笑みだった。
「この瞳の力を自覚した時から、僕は幸せになることを諦めています」
とても哀しいことをキースは言い放った。
「そんな……」
「だって無理でしょう? 心を通わすこと無く、誰もが瞳の魔力に魅了されていく。この力を使えば王様にだってなれるかもしれない。でも魅了されて、我を失った相手に崇められて何が嬉しいんです? 虚しいだけでしょう?」
富と地位を得られるのなら、禁じ手を使ってもいいと思う者は多く居るだろう。実際に去年王国兵団に検挙されたカルト宗教は、麻薬を使って信者を獲得していたそうだ。
しかし真面目で誠実なキースは偽りの賞賛など欲しない。他人を思い遣れる優しい彼は、自分の好きな相手が心を失ったら嘆き苦しむだけなのだ。
「僕のことを気遣う必要は有りません。僕は自分が所属している、冒険者ギルドの調和の為に動くだけです。手始めにあのエロガッパを魅了の沼に沈めます」
キースは完全に殻に閉じ籠ってしまっている。そしてどんどんアルクナイトの呼称が酷くなっていく。
たくさん親切にしてもらった。彼の助言で今までどれだけ助けられたか。それなのに当の本人は幸せを諦めてしまっている。
「先輩!」
衝動的にキースの至近距離に寄った私は、彼の前髪を両手で掻き上げていた。
「ロック……ウィーナ……!」
目を逸らそうとした彼に怒鳴った。
「逃げないで! 私を見て!!」
なんて大胆で無謀なことをやってしまったのだろう。私はキースと……いや、彼の魅了の瞳と直接見つめ合ったのだ。
「!……………………」
怯えたような、困ったような表情をさせてしまったな。それがまたそそる。ん? そそる? うわぁ、いけない、もう私は魅了されてしまっている。
線の細いキース。でも骨格は男性のそれだ。思ったよりも肩幅が広い。抱きしめられたら私の身体がすっぽり収まりそうだ。胸に顔を埋めたいな。
ゴクリと私は生唾を飲み込んだ。すっかりエロ親父と化していた。
中性的なキース綺麗だな。彼にも性欲が有るんだろうか? ああ、前にルパートを諌める時に、「僕も男だから解る」とか言っていたような。その気になったキースはどんな感じなんだろう、見てみたいな。
えっちな妄想がどんどん湧いてきた。━━━━限界だ!
「くはぅっ!」
私はキースから手を放し、身をよじって草の上に倒れた。そうしないと確実に彼を押し倒していた。
「ロックウィーナ!」
ばったんばったん、あっちこっち転がる私へ、今度はキースが怒鳴った。
「何やってんだ馬鹿!! こうなることは判っていただろう!?」
キースらしからぬ乱暴な口調だ。これが本来の彼の口調なのかもしれない。いつもの丁寧な話し方は、心を封じる為の鎧代わりなのかもしれない。
そう考えた途端に、彼の表情をハッキリ読み取れた。
怒りでも戸惑いでも怯えでもない。あれは…………哀しみだ。
耐えろ、堪えろ私。魅了の瞳に負けるな。彼を哀しませるな。独りにするな。
「はぁっ、はあっ、はぁっ、はあっ」
息が荒い。だけどえっちな気持ちは少しずつ消えていっている。……彼にキスしたい。……それ以上に傷つけたくない! そうだ、その気持ちこそが真実!!
「ふあぁぁぁぁ、乗り切ったぁぁ━━━━!!!!!!」
私は大声を上げて残りの雑念を振り切り、両のこぶしを空中に掲げた。
「うわっ、何!?」
驚くキースを安心させようと、私は笑顔で宣言した。
「安心して下さい先輩! エロスの波は引きました!! もう押し倒したいとは思いません!」
満面の笑みで何を言ってるの私。やっちまったよ。キースは眉間に皺 を寄せていた。だよね。
「嘘……だろ? あれだけバッチリ僕の目を見たのに、もう正常に戻ったのか?」
あ、そっちか。私の発言にドン引きした訳じゃなかったのね。良かった。
「まだちょっと心臓がドキドキ鳴ってますけど……、もう大丈夫だと思います」
「どうして……? 何で平気なんだ? 魅了されたんだろう?」
「気合いで跳ね返しました!」
「は?」
「気合いですよ先輩。強く願えばたいていの暗い気持ちは吹き飛ばせます」
「強く……願う……」
呼吸の乱れがようやく治まった。私は上半身を起こして、今度こそ自然にキースへ笑い掛けた。
「そう簡単にはいかないと思うけど、もっともっと心を強くして、私が魅了に負けない第一号になります!」
地面が平坦になった場所で、キースが地図を見ながらキョロキョロし出した。確かに野営をするには適した場所かもしれない。モンスターの襲撃に備えて見張り役は必須だが。
私達はあまり離れないようにしながら周辺を探索した。……ん? 陽の光を反射して、草の陰で何かが光ったような。
「有りました! コレじゃないですか!?」
私は手にしたブツを持ってキースの傍に駆け寄った。キースは指示書を取り出して、捜索対象物のチェックをした。
「うん。これで間違いなさそうです」
今回の回収物は魔道ランプだった。魔法石が入っており、暗くなると自動的に光る優れもの。おまけに油を使わないので汚れにくく手間も掛からない。高価な品なのでギルドに多少の金を払ってでも取り戻したかったのだろう。
自分達で探しに来ればタダで済むが、一日をロスしてしまう。Cランクのパーティがミッションに出て一日で稼げるお金は平均3万ゴル程度だ(※1ゴル=1円)。それを三~四人のメンバーで分けるので、一人当たりの稼ぎは大した額にならない。
対してギルドへの物品回収依頼は2万ゴル。少しでも多く稼ぎたくてギルドへ依頼したのだろう。
「探し物は見つかりましたし、少し座って休憩にしましょう」
言い終わると同時にキースは草の上に腰掛け、自分の前の地面をポンポン叩いた。ここへ来るまでに連続で戦闘して疲れていた私は、腰を下してキースの向かいに座った。
「どうぞ。ハーブティーです」
お茶が入った水筒をキースから受け取って飲んだ。いいなぁこの和やかな空気。
ルパートとの休憩はピリピリしていたからなぁ。いかに「ウンコ?」と聞かれないようにトイレを早く済ますか、そんなことばかりに気を取られていた。あんちくしょうが。
「このお茶すごく美味しいです。疲れが吹っ飛ぶみたい!」
「ふふ、それは良かった」
私が返した水筒にキースも口を付けて飲んだ。あれ? 完全に間接キス……。
いかんいかんいかん。キースは全く意識していないんだから、私がここで顔を
「
キースは急にアルクナイトの話題を振ってきた。
「彼がどうかしましたか?」
「あなたに最近セクハラばかりしてくるでしょう? あのエロ魔王」
「あ、あはは……」
大きくなった途端にエロ度が増したからなぁ。ていうかキースもエロとか言うんだね。
「ルパートとエリアスさんは、魅了をチラつかせれば僕の言うことを聞くので何とかなるんですが、アルは魔法使いとして僕の数段上に居る存在なので対抗できず……。ああでも、一度彼にも魅了を試してみるべきですか。食事の時に対面に座って、偶然を装って見つめてみましょう」
ブツブツ言い始めたキースを私は慌てて止めた。
「駄目ですよ、先輩がそんなことしなくていいです! 私のことなのに!」
「え、あ……」
私の言葉を受けたキースは、明らかに落胆の色を声に滲ませた。
「……すみません、僕一人で先走っていたみたいですね。余計なお世話を焼いてしまうところでした」
「あの、そうじゃない、違うんです」
「…………?」
しょんぼりしているキースへ、私はゆっくり尋ねた。
「先輩は、その瞳でずっと苦労してきたんでしょう?」
「え? ええ、まぁ……」
「前髪でずっと隠しているんだもの、封印してきた力なんでしょう? だったら駄目ですよ、私の為にそんなことしたら」
キースは一瞬黙ったが、すぐに反論して来た。
「ですがこのままでは、あなたがあのエロテロリストの餌食になってしまいます」
「それは嫌ですね。でもそれ以上に、キース先輩が苦しむ姿を見たくありません。本当はしたくないんでしょう?」
「僕は……もう慣れていますから大丈夫です」
「苦しいことに慣れてほしくもありません」
「………………」
キースの言葉が途切れたので、私は別の質問をしてみた。さっき気になったことだ。
「先輩はいつも誰かのサポートをしてくれますよね。とても助かってますが、先輩自身にやりたいことは無いんですか? 自分の為に何か」
「無いです」
全く考えることなくキースが答えたので、私は彼が心配になった。
「やりたいこと……無いんですか? 将来の夢とか……」
「無いです」
そういえばキースは独身主義者とも言っていた。恋すらするつもりが無いのだろうか?
下向き加減のキースの顔、口角が僅かに上がった。笑ったのだが、それは自嘲の笑みだった。
「この瞳の力を自覚した時から、僕は幸せになることを諦めています」
とても哀しいことをキースは言い放った。
「そんな……」
「だって無理でしょう? 心を通わすこと無く、誰もが瞳の魔力に魅了されていく。この力を使えば王様にだってなれるかもしれない。でも魅了されて、我を失った相手に崇められて何が嬉しいんです? 虚しいだけでしょう?」
富と地位を得られるのなら、禁じ手を使ってもいいと思う者は多く居るだろう。実際に去年王国兵団に検挙されたカルト宗教は、麻薬を使って信者を獲得していたそうだ。
しかし真面目で誠実なキースは偽りの賞賛など欲しない。他人を思い遣れる優しい彼は、自分の好きな相手が心を失ったら嘆き苦しむだけなのだ。
「僕のことを気遣う必要は有りません。僕は自分が所属している、冒険者ギルドの調和の為に動くだけです。手始めにあのエロガッパを魅了の沼に沈めます」
キースは完全に殻に閉じ籠ってしまっている。そしてどんどんアルクナイトの呼称が酷くなっていく。
たくさん親切にしてもらった。彼の助言で今までどれだけ助けられたか。それなのに当の本人は幸せを諦めてしまっている。
「先輩!」
衝動的にキースの至近距離に寄った私は、彼の前髪を両手で掻き上げていた。
「ロック……ウィーナ……!」
目を逸らそうとした彼に怒鳴った。
「逃げないで! 私を見て!!」
なんて大胆で無謀なことをやってしまったのだろう。私はキースと……いや、彼の魅了の瞳と直接見つめ合ったのだ。
「!……………………」
怯えたような、困ったような表情をさせてしまったな。それがまたそそる。ん? そそる? うわぁ、いけない、もう私は魅了されてしまっている。
線の細いキース。でも骨格は男性のそれだ。思ったよりも肩幅が広い。抱きしめられたら私の身体がすっぽり収まりそうだ。胸に顔を埋めたいな。
ゴクリと私は生唾を飲み込んだ。すっかりエロ親父と化していた。
中性的なキース綺麗だな。彼にも性欲が有るんだろうか? ああ、前にルパートを諌める時に、「僕も男だから解る」とか言っていたような。その気になったキースはどんな感じなんだろう、見てみたいな。
えっちな妄想がどんどん湧いてきた。━━━━限界だ!
「くはぅっ!」
私はキースから手を放し、身をよじって草の上に倒れた。そうしないと確実に彼を押し倒していた。
「ロックウィーナ!」
ばったんばったん、あっちこっち転がる私へ、今度はキースが怒鳴った。
「何やってんだ馬鹿!! こうなることは判っていただろう!?」
キースらしからぬ乱暴な口調だ。これが本来の彼の口調なのかもしれない。いつもの丁寧な話し方は、心を封じる為の鎧代わりなのかもしれない。
そう考えた途端に、彼の表情をハッキリ読み取れた。
怒りでも戸惑いでも怯えでもない。あれは…………哀しみだ。
耐えろ、堪えろ私。魅了の瞳に負けるな。彼を哀しませるな。独りにするな。
「はぁっ、はあっ、はぁっ、はあっ」
息が荒い。だけどえっちな気持ちは少しずつ消えていっている。……彼にキスしたい。……それ以上に傷つけたくない! そうだ、その気持ちこそが真実!!
「ふあぁぁぁぁ、乗り切ったぁぁ━━━━!!!!!!」
私は大声を上げて残りの雑念を振り切り、両のこぶしを空中に掲げた。
「うわっ、何!?」
驚くキースを安心させようと、私は笑顔で宣言した。
「安心して下さい先輩! エロスの波は引きました!! もう押し倒したいとは思いません!」
満面の笑みで何を言ってるの私。やっちまったよ。キースは眉間に
「嘘……だろ? あれだけバッチリ僕の目を見たのに、もう正常に戻ったのか?」
あ、そっちか。私の発言にドン引きした訳じゃなかったのね。良かった。
「まだちょっと心臓がドキドキ鳴ってますけど……、もう大丈夫だと思います」
「どうして……? 何で平気なんだ? 魅了されたんだろう?」
「気合いで跳ね返しました!」
「は?」
「気合いですよ先輩。強く願えばたいていの暗い気持ちは吹き飛ばせます」
「強く……願う……」
呼吸の乱れがようやく治まった。私は上半身を起こして、今度こそ自然にキースへ笑い掛けた。
「そう簡単にはいかないと思うけど、もっともっと心を強くして、私が魅了に負けない第一号になります!」