冒険者ギルドへ帰還です!(2)

文字数 3,976文字

「………………」
「………………」
「………………」

 男達はなかなか口を開かなかった。アルクナイトは腕組をして、エリアスは手袋をした右手で口元を隠し、キースは額に片手を添えて馬車の座席にもたれ掛かっていた。
 過去の経験の有無を尋ねるなんてデリカシーが無いことは百も承知だ。でも私だけ情報フルオープンはキツイんです。おぼこちゃんだとからかわれるのも。

 少し経ってから、隣に座るアルクナイトが物憂げに私を見下ろした。
 話を振っておきながら私は緊張した。500歳近いアルクナイトにはかつて何十人、何百人もの恋人が居た可能性が有る。それを告げられたらショックかもしれない。たとえ岩見鈴音が作った設定だとしても。

「……そうか、小娘はえっちなコトに興味が有ったのか……」

 予想外の返答に馬車の座席からずり落ちそうになった。まず確認するのはそこかよ。

「えっちなコトとはアレだな? 男女が(むつ)み合うあのコトで間違いないよな?」

 うきゃあぁぁ。念を押されて聞かれると恥ずかしさMAXだよ。

「そうだけど……、そこを掘り下げる?」
「大切なコトだからな。後々誤解が生じないように」

 私から見て斜め前の席に着くエリアスも続いた。

「ロックウィーナはそういったことが苦手だと思っていた」
「怖いけれど関心は有ります。……そんな私を軽蔑しますか?」
「いや、苦手だと思ったからそちら方面の話題を遠慮していたんだ」

 そう言われてみると……。故郷では男衆が猥談(わいだん)に興じて、女達は眉を(ひそ)めるってのが酒席での通常風景だったけど、ギルドのみんなで飲んだ時は差し障りの無い雑談だった。私に気を遣ってくれていたのか。ありがたいな。
 エリアスが軽く咳払いをした。

「ええと興味が有るということは、話だけではなく、実技にもいずれ挑戦してみたい……で合っているか?」
「!…………」

 アレですよね。エリアスさんは遠回しにお尋ねですが、直訳すると「ロックウィーナはセックスを経験してみたいのか?」という意味ですよね?
 あうぅぅ。セクハラ魔王ではなく、紳士な勇者に念を押されるのは更に恥ずかしいぃ。数値がMAX超えて羞恥心メーターがぶっ壊れたよ。

「は、はい。いずれは……」
「そうか……」

 顔から火が出そう。馬車内の温度が急上昇している錯覚も起きていた。
 少し照れながら、しかし真剣な表情でエリアスが切り出した。

「キミの準備さえ整えば、私はいつだってお相手を務めよう」
「ほえ!?
「キミが勇気を出して踏み出す最初の一歩の相手は、ぜひこの私であって欲しい」

 ちょ、ちょ────っと待って!!
 私は男性陣の女性遍歴を知りたかったんだけど。何故私の初体験の相手に立候補を!? 何だか流れがおかしいような。
 慌てる私へアルクナイトが上から目線で物申した。

「小娘、アドバイスをしてやる。初めては慣れた相手にした方が絶対にいいぞ。初心者同士の契りは上手くいかないものなんだ。幸せな思い出にはならん」

 気のせいじゃない。確実に私の望みとは違う方向へ話が()れていたー!!!!

「よし、指南役は俺に任せろ。男として482年間生きてきたからな、それなりの技術を持っていると自負している。ドンと胸を貸してやるから心配せずに飛び込んでこい」
「いいや、規格外の相手には気後れするものだ。まだ恐れの残る彼女には、そこそこの経験値を持つ私くらいが丁度いいだろう」
「おまえは駄目だエリー。体力勝負で乱暴にしそうだ。小娘が壊れる」
「ばっ……! そのくらいの加減は心得ている!!

 

、その一点のみに男達は喰らい付いていた。飢えた猛獣の如き勢いで。一対一で話していたら、絶対にまた押し倒されていたに3万ゴル賭けてもいい。
 だが冷静にピンクの空気を(はら)う者が居た。

「キミ達ときたら……! ロックウィーナの話をちゃんと聞いていたのか?」

 天職は猛獣使いのキースさんが参戦した。今まで黙って会話を聞いていた彼は地の喋り方で、既にかなりイライラしているご様子だった。

「彼女は好きになった相手とじゃなきゃ絶対に嫌だと言っただろう? 技術や経験がどうとか、問題はそこじゃないんだよ」
「う……、それは……」
「怒るな白。ちょっとそこら辺を聞き逃しただけだ」
「役に立たない耳だね。切り落としたら?」

 めっさ怖いこと言った。魔族の頂点に立つ魔王様が、キースの静かなる怒りにビビりながら応戦した。

「ふ、ふん白、技術が無い負け惜しみか? 刺激の無い退屈な寺院で奉仕活動をしていた、元僧侶のおまえはチェリーっぽいからな」

 おいコラ何てことを。それは思っても口にしては駄目でしょう。処女であることにコンプレックスを抱く私は叫びたくなる。察したのなら頼むから放っておいてくれと。
 しかしキースは哀しそうに微笑んで述べた。

「……僧侶と言っても寺院に居たのは一年半くらいだよ。それに、誰かと肉体関係を持ったことなら有るよ?」

 え、有るの? 奥手そうなキースも経験済み!? 仲間内で私と同じ未経験者は一人も居ないのかな。残る希望は最年少のリーベルトか。
 ぶーたれそうになった私は、次のキースの言葉に息を吞んだ。

「経験人数は男女合わせて八人程度かな。十人には届かなかったと思う。みんな僕の気持ちを無視して強行したクソッタレだったけど」
「あ……!」

 アルクナイトがしまったという顔をした。エリアスも。そしてきっと私も。
 キースは瞳の魔力で老若男女を魅了してしまうのだ。今は強力な防御障壁で相手を弾けるが、魔法に(つたな)い少年期は大変だったはず。
 私はマキアに助けてもらったけど、キースには救いの手が間に合わなかった……。

「幼い頃からずっと僕は、親以外の者達に性の対象として見られてきたんだ。両親は僕を護ろうとしてくれたけど、それぞれすべき仕事が有ったからね、常に僕から目を離さないというのは不可能だった」
「白……」
「狙われて襲われ続けた僕を、両親は寺院に預けることにしたんだよ。俗世から離れて修行する僧侶なら、魅了の瞳に負けない精神力が有るだろうと考えたんだ。……でも結局そこでも駄目だった」

 キースは選んで僧職に就いたのではなかった。寺院に避難していただけだったんだ。

「俺の思慮が足りなかった。許せ」

 ツンデレ魔王が即座にキースへ謝った。偉そうな物言いだが魔王は非を認めた時は素直だ。エリアスは私へ頭を下げた。

「キース殿の言う通りだ。エロスに頭を支配されてしまい、キミの問題なのに勝手に話を進めてしまうところだった。すまなかった、ロックウィーナ」
「あ、いえ……私は大丈夫です」

 デリケートな話題を迂闊(うかつ)に持ち出してキースを傷付けてしまった。思慮が足りなかったのはアルクナイトではなく私の方だ。
 私もキースに謝らないと。

「ごめんなさい先輩。軽い気持ちで人の過去を知りたがったりして」

 キースは私には自然な笑顔を向けた。

「いいんだ。もしも大好きなキミが僕を深く知りたいと願うのなら、キミの前に全てをさらけ出す覚悟が有るよ」
「深く知りたい……全てをさらけ出す……」
「白、言葉のチョイスがいちいちエロいぞ」

 ブツブツ言う外野を無視してキースは続けた。

「さっき言った通り、僕は過去に何人もの相手に暴行されている。そんな僕を(けが)れていると思うかい?」
「思う訳がありません!!

 私は即答した。

「恥じるべきは乱暴した人達です。クソッタレ共です。先輩が気に病む必要なんてこれっぽっちも有りません!」
「ふふっ」

 キースが私の頭をポンポンと優しく撫ぜた。ギルドでもよくやってくれたな。ずっと私にとって優しいお兄ちゃんだった彼。

「キミならそう言ってくれと思った。うん大丈夫、僕も落ち込むことは有ったけど、今はもう遠い過去だと割り切ってるよ。ケイシーがキミと同じように言ってくれたからね」
「ケイシーとはギルドマスターの禿ちゃびんか?」
「そう。寺院を飛び出して行き倒れた僕を拾ってくれた恩人。当時はSランクの凄腕冒険者だった。髪も有った」

 キースは恩人のマスターと一緒に冒険者ギルドへ来たんだね。そして今は落ち着いて生活できているように見える。
 キースがギルドの秩序維持に一生懸命な理由が解った。彼にとってギルドは(ようや)く手に入れた安全な家で、同僚は家族も同然なんだ。それを考えると切なくなる。

「ねぇロックウィーナ」
「はい」
「散々な体験をした僕だけど、えっちなコトには興味が有るよ?」
「ふぇっ!?

 キースも魔王や勇者のように迫ってくるのかと一瞬心配したが、それは杞憂(きゆう)だった。彼は魔法を詠唱する時のような穏やかな声音で囁いた。

「好みの相手にドキドキしたり、触れたいと思うことは自然な感情なんだ。そうやって人は後世に命を繋いできたんだからね。もちろん、相手の意思を無視して強引にしてはいけないけれど」
「………………」

 前髪に隠れたキースの目尻が緩んだ気がした。

「だからキミも、えっちなコトを考えたからって恥じることはないんだよ」
「あ……はい!」

 まさか励まされるとは。私のゲスい質問のせいで、つらい過去をみんなの前で暴露する流れになってしまったのに。

(こういう所がキースなんだよなぁ)

 本気で戦えばアルクナイトの方が圧倒的に強いはず。それなのに魔王は文句を言いながらもキースを立てている。それはきっと、キースの本質を知っているからなんだろうね。
 冒険者ギルド内で誰よりも後輩の面倒見が良いのはキースだ。職場に早く馴染めるよう様々な心配りをしてくれる。客として寮に長期滞在している、エリアスやアルクナイトに対してもそれは変わらない。
 みんなそんなキースが好きなんだ。

「なぁエリー、俺達完全に背景と化してないか?」
「やっぱり私にとって最大の強敵はキース殿かもしれない……」

 外野がゴチャゴチャ言っていたが、私はキースへ笑い返した。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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