エリアスの背中(3)

文字数 3,887文字

(敵は何人だ……?)

 今の時刻は19時半頃だろうか。月光と焚き火のほのかな灯りだけでは広範囲を探れない。
 右斜め十メートル先がポンッと明るく光ったと思ったら、二連のファイヤーボールがこちらへ向かって飛んできた。敵には魔術師が居るのか!
 てい。私は軌道から逸れるように横っ飛びした。物理攻撃ならガードが可能だけれど、魔法攻撃に関しては避けるしかない。
 とか思ったけどエリアスが大剣で火球を薙ぎ払った。その剣には魔封じの印が彫られているんでしたね。

「ぎゃっ」

 男の短い悲鳴と誰かが倒れた音がした。ファイヤーボールの発射位置を読んだユーリが、クナイを投げ刺して敵の魔術師を倒したのだ。この暗い中でよく投擲(とうてき)武器を命中させられるものだ。

「畜生が……」

 暗闇から男達がゾロゾロと武器を手に現れた。遠距離攻撃が効かなかったので接近戦に切り替えた模様。夕飯の為に起こした焚火の炎が招かれざる客の姿を照らし出した。
 総勢二十五名ほどだが、モヒカン率が異様に高い。素肌に革製のジャケット、棘の付いた肩当てを装着し、あまり精巧ではないタトゥーを入れている。この終末臭はアンダー・ドラゴン構成員に間違いない。()の組織には服装規定でも有るのだろうか?

「ヒヒッ、殺すには惜しいイイ女が居る…………んん?」
「へ? あ、アンタはユーリさんかい!?
「死んだって聞いたけど、生きてたのか!?

 近付くことで私達側の細やかな容貌が敵へ伝わった。ユーリを見たアンダー・ドラゴン構成員達は皆一様に驚愕の表情を浮かべた。
 ユーリはマキアから借りた服でイメージチェンジを図ったものの、東国の特殊武器クナイを構える姿は首領の側近そのものであった。

「おいユーリさん、アンタは何でそっちに居るんだ……?」
「俺達を……組織を裏切ったのか!?

 かつての仲間から問われてユーリは舌打ちをした。
 エリアスが私の前に出た。

「下がっていろロックウィーナ」
「え、でも……」
「敵を全員殺す必要性が出てきた。下がっていろ」
「!…………」

 そうだ。ユーリが生きていると知った彼らを帰すことはできない。捕縛した場合も彼らの口から、ユーリ生存がグラハムに伝わる可能性が有るのだ。
 殺すしかない。長らく重犯罪を重ねてきた集団だ、逮捕後は成人以上の者はほぼ処刑台へ昇ることになるだろう。だったらここで殺しても同じことだ。むしろ兵士から拷問に掛けられない分、彼らにとっては幸せな最期になるかもしれない。
 でも……。

 私には人を殺した経験が無かった。今ここで出来るのだろうか?
 きっと迷いで動きが鈍る。私が下手な行動を取ればエリアスとユーリの危険が増える。足手まといにならないよう、私は下がるしかないのだと悟った。
 広いエリアスの背中を見ながら、私はゆっくりと後退(あとずさ)りをして大木の陰に身を潜めた。
 何もできない自分が情けなかった。

 ギインッ。

 構成員達は剣や槍を構えて突進を試みたが、エリアスの大剣に打ち負けて途中から折られていた。返す刃でエリアスは彼らの肉と骨を分断した。
 ユーリは素早い動きで相手の懐に飛び込み、武器が振り下ろされる前に急所へクナイを沈めた。
 全く勝負にならない。三下の構成員達に比べてエリアスとユーリは強過ぎた。これではまるで大人と子供の喧嘩だ。

(うう……)

 次々に物言わぬ肉塊と化していく構成員達。私は目を逸らしたくなった。
 昨日公民館へ突入した時だって対人間戦だった。沢山の死体を目にした。でもあの時は、「エンの義兄弟を救い出す」という前向きな目標が有ったから進めた。

「な、なんだアイツ、化け物だぁっ!」

 勇者エリアスの長剣は、一振りで相手の身体の大半を欠損させた。巨漢モンスターであるトロールでさえ両断してみせた彼だ、人体をバラすなど造作もないことだろう。

(生臭い血の匂い。これはモンスターではなく人間のものなんだ……!)

 強盗、放火、麻薬取引、人身売買に殺人……。アンダー・ドラゴンはありとあらゆる犯罪に手を染めてきた。命を散らした構成員に同情なんてしない。
 でも怖い。すぐ側で人が斬られている事実が怖い。

「うわ、ああぁぁぁ!!

 短時間で二十数名の屍の山が築かれた。残った構成員はたった二人だけだった。完全に戦意を喪失した二人は逃げ出したが、足の速いユーリに追い付かれ、背後から首の血管を斬られて声も立てずに絶命した。

「……済んだな。ユアン、怪我は無いか?」
「大丈夫だよエリアスさん。顔だけじゃなく腕も立つんだな。アンタには喧嘩を売らない方が良さそうだ」

 エリアスとユーリは武器に付いた血糊を布で拭き取りながら、避難していた私の元へ歩いてきた。
 余裕の足取りの二人に対して、下半身に力が入らない私は立っていられず、大木の根元にしゃがみ込んでいた。

「ロックウィーナ!?

 吐き気までもがこみ上げてきた私は、口元を両手で覆って必死に耐えた。これ以上の迷惑をかけたくないのに、エリアスが背中をそっと(さす)ってくれた。

「楽になるなら吐いてしまえばいい。恥じることではない」
「……おい女、どうしたんだ?」
「彼女は人が斬られる場面に慣れていない。もっと配慮してやるべきだった」
「え、そうなのか……?」

 指先が冷たくなっていく。雪の中へ放り出されたかのように、私はブルブル小刻みに身体を震わせた。

「おいおいおい、そんなに気分が悪いのか? エリアスさんの言う通り吐いた方がいいぞ?」
「ち、違……う、自分が、情けなくて……」
「?」

 泣くな。それだけは我慢しろ。
 戦力にならないばかりか、役目を果たした二人に気遣われている始末だ。これ以上みっともない姿を見せるな。
 私は滲んできた涙が落ちないように気合いを入れた。

「人を殺す覚悟が無いくせに……、後ろへ下げられたことに拗ねて……馬鹿みたい。私へのみんなの評価は正しかった……」
「ロックウィーナ……」

 エリアスが優しく言った。

「私は……キミはそのままでいいと思う。人を殺すことになんて慣れないでくれ」
「だな。知らなくて済むなら知らない方がいいぞ? 殺人技なんか碌なモンじゃない」

 ユーリも慰めてくれた。みんなみんな私が役に立たなくても責めない。いつもだ。



「でも……でも、みんなは必要に応じて手を汚してる。私だけ何も背負わないなんて……」
「キミの分は私が背負う」

 間髪入れずにエリアスが宣言した。

「キミがするはずだった汚れ仕事も、背負う罪も、全て私が引き受けよう」
「そんな、そんなことは!」

 私は彼のプロポーズを受けていない。たとえ受けて結婚したとしても、エリアスに「汚れ」の全てを押し付けるなんてできない。

「それは優しさじゃなくて甘やかしです。私をこれ以上無能な人間にしないで!」
「キミは無能じゃない。そして甘やかすつもりも無いよ。ちゃんと私の行動に見合うだけの代償は支払ってもらう」

 ……代償? 彼のことだから金品ではないよね。結婚を承諾してくれ……とか?

「ええと、それは……?」

 おずおず尋ねる私へエリアスは柔らかく笑った。

「私がどれだけ汚れても、私を嫌いにならないでくれ」
「…………!」

 駄目だった。涙腺が完全に崩壊した。
 あああ、もう、この人ってば。それを甘やかすって言うんです。溺愛ですよ、こんちくしょう。
 出会った時から変わらない。私の全てを包み込む寛容力。格好をつけている訳ではなく、きっとこれが彼の地なんだろう。世界を創造した神様ポジションの少女に、「エリアスと結婚すれば幸せになれる」と太鼓判を押されるだけのことはある。

「……大したもんだよエリアスさん。ソイツに対する愛情も、俺という第三者が居る前で歯の浮く台詞を言えちゃう度胸も」

 涙で視界が不鮮明だがユーリはきっと苦笑している。首領の隣に居た時は丁寧口調だったからクールな雰囲気だったが、実際はけっこうくだけた態度の青年みたいだ。

「ま、エリアスさんが手を下すまでもない。ソイツの分の汚れ仕事なら俺がやってやるよ」

 迂闊な台詞を忍者Ⅱが吐いたので、勇者は再び身に闘気を(まと)った。

「……それは私に対する宣戦布告だろうか?」
「うお、殺気放つなよ。違う違う、俺は別にソイツのこと狙ってないから!」
「ではどういう意味だ?」
「俺もアンダー・ドラゴンに居たんだ。そこで死んでる奴らと同じ穴のムジナさ。奴らが断罪されて、俺だけ許されていい理由がない」
「……………………」

 エリアスは少し考えてから、改めてユーリへ質問した。

「汚れ仕事を引き受けて、罰の代わりとしたいのか?」
「そういう感じかな。ソイツは弟にとって大切な女になったようだし、しばらくは護ってやるよ」
「そしていずれ、おまえもロックウィーナに恋をすると」
「しないから。俺の好みは精悍な顔立ちと、ほのかに立ち昇る色香。この二点は譲れない」
「ロックウィーナには充分な色気が有るだろうが」
「いや、もうちょい胸が欲しいかな。尻のデカさはちょうどいい。安産型だ」
「貴様! 何処を見ている!!

 ユーリのセクハラ発言で涙が引っ込んだ。仕事と雇い主に忠実な生真面目な戦士に見えたのに、アンタも根っこはアルクナイトと同類だったんかい。
 でもだからこそ、モヒカン達と「同じ穴のムジナ」だと言われてもピンと来ない。あっけらかんと下ネタを口にして、その一方で知り合ったばかりの私へ親切に接する快活な青年。アンダー・ドラゴンに属していたことは確かだが、胸糞の悪くなる犯罪に本当に手を染めていたのだろうか?
 下衆な笑みを浮かべていたモヒカン構成員や連絡係、グラハムとは何て言うか……、ユーリは匂いが違うんだよなぁ。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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