冒険者ギルドへ帰還です!(3)

文字数 4,199文字

☆☆☆


 馬車はひたすらフィースノーの街を目指して走った。自分達も早く戻りたいからと言って、短い休憩以外はずっと馬を制御してくれた御者の二人には感謝しかない。彼らには多大なボーナスで報いたいが、冒険者ギルドの(ふところ)事情はしょっぱいからなぁ……。
 帰ったらバリバリ働いてギルドの収益増しに貢献しないと!

(……あ。ルパートとデートの約束をしていたんだった)

 今回の任務が終わったら二人で遊びに行こうと誘われていた。昼間の人が多い街へのお出掛けだから、これまでのようなエロい展開にはならないだろう。
 買い物をしたり屋台で食べ歩きをしたり、公園のベンチに腰掛けてお喋りしたり、とっても楽しくて健全な男女の交流が待っている。

(おおお……! やっと私がしたかったデートができるんだ)

 私はゆっくり異性との距離を縮めていきたいのに、押し倒しされ、キスマークを付けられ、昨夜に至っては直に胸を揉まれた。思い出すと穴に埋まりたい気分になる。
 恋人や夫婦関係を良好に維持する上で、性行為が重要な要素の一つであるということは理解している。私だっていずれはしたい。
 でも身体の関係になる前に、まずは心を通じ合いたいと思う。これは贅沢な望みではないよね?

(て言うか、アイツ約束を忘れてないよね?)

 ルパートから言い出してきたんだから大丈夫だと思うが、一抹の不安がよぎった。楽しみにしているのが私だけだったら切ない。

 ガタン。
 馬車が止まった。ついに私達はフィースノーの街、冒険者ギルドへ帰ってきたのだ! キースの懐中時計によると時刻は16時を少し回ったところだった。
 即座にエリアスが扉を開け、先に降りて私をエスコートしてくれた。

「ありがとうございます。帰ってきましたね~」
「ああ。久し振りにベッドで眠られるな」

 それも嬉しいが一番はシャワーだ! 今日は小さい浴槽も使わせてもらって、まんべんなく身体を洗おう。泡だらけになるんだ~~~~ウフフ。

「おう、お帰り。全員無事で何よりだ」

 エントランスホールへ入った私達を、リリアナの代わりに受付カウンターに座ったギルドマスターの太い声が迎えた。ギルドを空けたのは一週間にも満たない期間なのに、ずいぶんと懐かしく感じてしまった。

「エリアスさんにアル、ギルドへのご協力ありがとうございました。ルパート、よくみんなを(まと)めてくれたな」
「あいよ。長距離移動で身体中がギッシギシだよ」
「だろうな。今日はこのまま上がっていいぞ」
「今日は? 明日も休みを貰えるんだろ?」

 確認したルパートにマスターは首を振った。

「そうしてやりてぇんだが全員一度には無理だな。残ってくれていたヤツらがダウンしそうなんだ。あいつらには強制的に明日から三日間の有休を使わせる」
「ああ……そうだよな。セスの旦那を含めた四人だけで、ずっと休み無く出動班を回してくれていたんだもんな」
「おまえ達も疲れているのは承知の上で言う。すまねぇが内勤のリリアナ以外は一日二人までで、バラけて休みを取ってくれねぇか?」

 私達は頷いて承諾した。

「そうなると……」

 ルパートがすぐに組み合わせを決めた。

「明日の休みは公民館戦で活躍してくれたキースさん、それとまだギルドに慣れていないユアンだ。二日目はマキアとエンのバディ、三日目には俺とウィーが休みを貰う」

 すぐにキースが噛み付いてきた。

「ちょっと待ちなさいルパート。ちゃっかりロックウィーナと一緒の日に休みを取ろうとしていますね?」
「いや俺達バディだし」
「以前出動して、僕とロックウィーナのバディも充分いけると証明しました。休む日を代わりなさい」
「うるせー。主任の僅かな役職手当で面倒くせぇ中間管理職やらされてんだ。このくらいの特権が有ってもいいだろーが!」
「……チッ」

 舌打ちをかましたもののキースは引き下がった。管理職は確かに大変そうだ。
 エリアスが申し出た。

「ルパート、いよいよ人手が足りなくなったら私も出動任務に参加するぞ。またおまえとデキているという噂が流れるかもしれないが、誰かが疲労で倒れてしまうよりは余程いい」
「ありがとな。ヤバくなったら声を掛けさせてもらうよ」

 マスターが私達の中に紛れていたユーリへ視線を留めた。

「おまえさんがエンの義兄弟だな? アルからの手紙で詳細は知っている。今日からギルド職員として宜しくな」
「お世話になります」

 ユーリは深々と頭を下げた。今は身を隠す為の臨時職員だけど、アンダー・ドラゴンの件が片づいたら堂々とできるよね? 将来はここの正規職員になってくれたらいいな。

「エン、独身寮最後の一部屋へユアンを案内してやってくれ。……それとアルに申し上げますが」
「何だケイシー」
「手紙の配達人にその……、空を飛んで人語を喋る猫を使うのはやめて頂けますかね?」
「何故だ」
「迎える側の俺が驚くからです」
「ふっ、案外肝が小さいな。アイツは外見こそ愛らしいがSランクの魔族だぞ。同じSランク同士仲良くせんか」

 配下のお使い魔物は可愛いネコちゃんだったのか! 今度頼んで会わせてもらおう。

「よしみんな解散だ。明日もキースさんとユアン以外は出動になるが、今夜はゆっくり休んでくれ」
「はい!」

 リリアナを除くメンバーがゾロゾロと独身寮へ引きあげていく中、ルパートがそっと私の手に、二つ折りされた小さな紙片を握らせた。そのまま彼は何も言わずに階段を上っていってしまった。

(んん、何?)

 冒険者ギルド二階の自室へ戻った私は、手の中の紙片を広げてみた。

『休みの日、朝10時にギルド横の本屋で待ち合わせな』

(ルパート……!)

 彼は約束を覚えていた。そしてデートできるよう、二人を同じ休みの日にしたのだ。

「ふふっ」

 何故か笑いがこみ上げてきた。
 旅の荷物を部屋の奥へ置いてから、シャワーセットを組んで同じ二階に在る浴室へ急行した。疲れているはずなのに足取りが軽かった。


☆☆☆


 お風呂は最高だった。気持ち良過ぎて湯船の中で寝落ちしそうになるくらいに。頭も身体も二度洗いした。つるピカ肌だし自分の髪がいい匂い♡

「女、おまえも風呂だったか」

 浴室から廊下へ出たタイミングで、隣りのドアから出てきたユーリと鉢合わせした。女性用と男性用の浴室は並びの構造だ。ユーリも湯上り状態で頬がピンク色に染まっていた。
 ……そして、彼の横には弟分のエンも居た。

「………………」

 エンは無言で私に会釈して、そそくさとその場を後にした。自分の部屋へ戻ったのだろう。それを見送ったユーリが苦笑した。

「なぁ女、アイツのこと、フッた?」
「…………!」

 答えに困った。それでどうでもいい返しをしてしまった。

「……私の名前はロックウィーナだよ」
「え? 俺がおまえの名前を呼んでいいのか?」
「?」

 ユーリからはよく解らない質問をされた。

「呼べば?」
「いや俺さ……、おまえに多大な迷惑をかけただろう? 気安く名前を呼ばれるのは嫌なんじゃないかと思って」
「へ?」

 もしかしてユーリ、気を遣って私を「女」呼びしていたの? その結果として余計に失礼を働いているぞ馬鹿ちんが。

「女と呼ばれる方が嫌だよ。名前が有るんだから名前で呼んでよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ」

 少年時代から戦場に身を置いていたユーリには、一般常識が欠如しているのかもしれない。

「んじゃロックウィーナ、おまえにはエンの様子がおかしい理由が判るか?」
「………………」
「マキアと喧嘩したと聞いたが、エンが避けているのはマキアじゃなくておまえのような気がするんだ。昨日の昼までは、おまえに積極的に近付いてみんなを驚かせたアイツがさ」

 しっかり観察されていた。

「……うん、私が原因。でもゴメン、これ以上は聞かないで」

 昨夜のことを明かすとエンの立場が悪くなる。せっかくマキアが動いてくれたのが無駄になってしまう。

「今はそっとしておいてくれるかな? 急いで解決しようとすると、かえってエンとの関係がこじれてしまいそうなんだ」

 私達には時間が必要だ。

「……そうか」

 ユーリが片手で頭を搔いたのでシャンプーの香りが漂った。頭皮がシャキッとする男性に人気のやつだ。エンから借りたんだろう。去ったエンも同じ香りを残していったから……。

「アイツは俺以上に不器用だからな。迷惑をかけて悪いな」
「どうしてユアンが謝るの?」
「何となくだ」

 微笑んだユーリからは首領の側近としてのピリピリした空気が消えていた。じっと見つめてしまった私へ彼は不思議そうに尋ねた。

「どうした? ロックウィーナ」
「……早くユーリって名前を呼べるようになるといいね」
「………………」

 ユーリは私の洗い髪をくしゃっと撫でると、その手を上げて立ち去った。
 エンのことが気になるだろうに、しつこく追及しないでくれた。エンが兄と慕うだけあってユーリも良い人だ。

 ふう、と廊下の壁にもたれて一息吐いたところへ、また男性浴室のドアが開いて誰か出てきた。

「あ……!」

 マキアだった。顔を見合わせた私達は妙にドギマギした。

「……はは、みんな風呂に集結したみたいだね」
「そうなるよね。旅の間はお風呂のことばっかり考えていたもん」
「男は人数多いからシャワーの争奪が大変だったよ? エリアスさんとアルが肉体美を競ってポージング始めたり、もうゴッチャゴチャ」
「あはは……。まだ誰か入ってるの?」
「いや俺で最後。みんな部屋に戻ったんじゃない?」
「そっか……」
「うん………」

 会いたかったのに何故か気まずい。自然に言葉が出てこなくてぎこちない会話となった。マキアと話したいことがいっぱい有ったはずなのに。

 互いに少し沈黙した後、マキアがつらそうな顔をした。そして私へ聞いたのだ。

「ロックウィーナ、泣きたいんじゃない……?」
「!…………」

 その瞬間、私の両眼から涙が(こぼ)れて頬を伝った。
 自覚は無かった。でもマキアの言葉で自分が泣きたかったんだと思い知った。
 エンに襲われて怖かった。そうなってしまったことが哀しかった。それなのに誰にも言えなくて、相談できなくて、無理やり感情を押し込めてしまっていたんだ。
 私の頬に引かれた涙の線を、マキアが肩に掛けていた自分のタオルで優しく拭いた。前にも彼に顔を拭かれたことが有ったなぁ。

 マキアと二人だけの廊下。私はしばし声を殺して静かに泣いた。そんな私にマキアは黙って付き添ってくれていた。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

【ルパート】


 27歳。冒険者ギルドの出動班主任でロックウィーナのバディ。

 ギルドへ来る前は王国兵団に所属する騎士で、風魔法も使えることから聖騎士に選出されたエリートだった。しかし同僚とのトラブルが元で騎士団を除名された。

 かつて恋人から酷い裏切りを受けた経験が有るので、恋に対してはとても臆病。それでロックウィーナからの告白を断ったくせに、距離を取りたがる彼女を自分の手元に置きたがる困った男。

 物語前半は駄目な奴だけれど、『小説家になろう』(現在は退会済み)で当作品を先行公開した際、ルパートが男を見せたエピソードは何度も読み返されて最高PVを記録した。密かに読者さんに応援されているキャラかもしれない。

【エリアス】


 29歳。勇者の一族モルガナン家出身。ディーザ地方を治める辺境伯の三男。品行方正な貴公子。

 幼少期に勇者の宿敵である魔王と知り合い友達になってしまう。家族に隠れて親交を深めるが、魔王の執拗なストーカー行為に嫌気がさして故郷を飛び出し、一冒険者となり貴族のしがらみから離れた自由を手に入れる。

 美男子で怪力持ち、そして病的な方向音痴。

 ソロクエスト中に森で迷い、行き倒れたところをギルド職員のロックウィーナに救出された。大柄な自分を背負った彼女の逞しさと優しさに惚れ込んで、それ以来ロックウィーナへ積極的に求愛するようになる。しかし根が紳士なので彼女が嫌がることは絶対にしない。

【キース】


 29歳。冒険者ギルドの職員。治癒魔法と防御障壁のエキスパート。

 見つめた相手を虜にする魅了の瞳の持ち主。この瞳の魔力のせいで少年期は誘拐や性犯罪の被害に遭った。そのせいで心に大きな闇を背負っている。彼の丁寧口調は人と距離を取る為。地の彼はかなりの毒舌。

 身を護る為に寺院で生活していたが、そこでも同僚の僧侶に襲われてしまう。寺院を飛び出してボロボロになったところを、S級冒険者夫婦だったケイシー(現ギルドマスター)とエルダに拾われて、彼らのパーティに加えてもらい一緒に旅をした。

 数年後、冒険者を引退してケイシーと共にギルドへ就職した。現在は面倒見が良い優しいお兄ちゃんとして他の職員に慕われている。目元を隠すような長い前髪が特徴。

【マキア(左)&エン(右)】


 マキア23歳。火の魔術師。陽気で恋バナ大好き。

 エン21歳。東国からの移住者。寡黙な忍者。

 冒険者ギルドのレクセン支部から助っ人にやってきた二人組。バディで私生活でも親友同士。でもいつも二人一組で扱われるのはちょっと嫌。それなのにこの登場人物紹介でもセット。おかんむり。

 ロックウィーナ達と一緒に、凶悪な犯罪組織アンダー・ドラゴンの本拠地を探すことになるのだが、二人はアンダー・ドラゴンの強襲を受けて任務途中で命を散らしてしまう。ロックウィーナは二人を助ける為に、世界を創造した女神に逆らって過去へ飛ぶことになる(タイムリープ)。

 物語前半の鍵を握る二人組。彼らを救うことはできるのか……!

【リリアナ】


 19歳。冒険者ギルドの美貌の受付嬢。看板娘。

 ロックウィーナを異様に慕う後輩。男の職員に対してはこれでもかという塩対応。百合説が浮上している。

 可憐な外見に似合わずエロトークが大好き。

 ロックウィーナが危険なフィールドへ出動した際には、世界にあまり出回っていない銃を持って単身助っ人に駆け付けた。凄まじい行動力を見せた彼女には大きな秘密が有る。

【アルクナイト(仮の姿)】


 482歳。三百年前に魔物の軍勢を率いて人間の軍隊と戦った魔王。エリアスのストーカー。

 ショタ枠としてデザインされたこれは仮の姿。肉体年齢を少年時まで戻している為に魔力の循環が上手くできず、疲れやすくて夜更かしができない。

【アルクナイト(真の姿)】


 482歳。魔王。本来の姿に戻ったので凄まじい魔力を放出できるようになった。徹夜OK。朝までギンギン。

 非常に布面積が少ない服を上半身に着用している為に、「破廉恥魔王」「下乳男」「エロガッパ」等の蔑称で呼ばれることが有る。本人曰く「お乳はギリ出ていない」。

 通常時はロックウィーナへのセクハラに精を出しているが、緊急時には一番頼りになる男。

 桁の違う年長者のせいか、他のキャラクター達を親目線で見ている。根は優しい。

【ルービック】


 43歳。王国兵団第七師団長を務める聖騎士。治癒魔法も使える超エリート。天然の陽キャでイケオジ枠。

 ルパートのかつての上司で兄貴分的な存在。庇ったものの騎士団を除名となったルパートのことを気に掛けている。

 庶民の出で実力でのし上がった人物なので、高官でありながらロックウィーナ達にも気さくに接してくれるナイスガイ。

 少年時代はヤンチャでよく王国兵団に補導されていた。(本人は補導ではなく保護だと言い張る)

 20代の頃に貴族の女性と結婚していたが、生活様式が合わずに数年で破局。子供は居ない。独身となった現在は兵団の女性兵士から熱い視線を浴びる毎日。

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