第25話

文字数 2,488文字

曾根崎新地銃撃事件で、至誠会会長代行に就任した桑木組組長『桑木寛司』の跡目を継いで新しく至誠会系桑木組の組長に就いた、元、桑木組若頭、毛利は、至誠会本部の地下へと降りていった。本部の地下には部屋が三室とその奥が倉庫となっており、毛利は倉庫の手前の部屋の前に立った。一呼吸ついて厚い鉄の扉のノブに手を掛けた、が、その、瞬間、悪寒が走り全身が泡立ち、冷たい汗が背中を伝った。「なんや、これ、お前、怖いんか?」心の中のもう一人の自分が話し掛けて来る。この部屋の主は、鉄の扉越しでも感じる有り余る、殺気を抑えようともしていないようだ。毛利は怯える心を押し殺し、重たい鉄の扉を一気に部屋側へと押し開けた。薄暗い部屋の中に、一人の男が背中を毛利の方へ向けて椅子に腰を掛けていた。男の鍛え上げられた筋骨隆々の背中には、中央に満月が輝きその月灯りに照らされた山桜の彫り物が色鮮やかに浮かび上がっていた。男は全裸だ、男の手が動いているのが毛利にも確認できた。男はスプーンに乗せた白い結晶をライターで炙り、溶け出した液体を注射器に充てんして左手にゴムチューブを巻き付けていた。「そがーな所に隠れとらんで、堂々と入って来いよ。隠すつもりはないけー」不意に毛利に男が言った。「誰が、隠れとんねん、この、シャブ中が、組長代行に言われて来ただけや、行くで、早う服を着いや」心の奥を見透かされた毛利が苦し紛れに反論した。

 北新地で至誠会会長、『徳重正也』が撃たれた、その日、緊急の幹部会が至誠会本部で開かれたが、参集できたのは、桑木組傘下の組織と関西在住の一部の組の幹部に限られた。
「こんな、遅い時間に集まって貰ったのは他でも無い、今日、いや、日付が変わったから、昨日か?うちの会長が新地で何者かに撃たれた。運転手の卯月の話しでは、会長は救急車の順番を流れ弾に当たった堅気さんに譲って自分は後回しにしたそうや、そのために処置に遅れが生じて、今現在、意識不明の重体やそうや」桑木の発する言葉に場が凍り付いた。「会長を撃った犯人については、まだ、何も、解ってはないが、心当たりがないわけやない」沈黙をつんざいて桑木が言う、その言葉には、桑木の凄まじいまでの怒りがにじみ出ていた。
「心当たりとは、何処ですか?」桑木組『狂虎会』会長で桑木組若頭補佐の、清水が言った。 桑木組にはこの清水を始め四人の若頭補佐がいる清水はその筆頭格だ。「早田組や!うちの傘下の松永組と早田の所の大阪政道会はやり合ってる最中や」桑木が答えた。「それは、なんぼなんでも、あらへんでしょう。組の格を考えたら」清水が反論をする。「本当のところ、俺は、誰がやったかなんて、どうでもええねん。はっきり言って、今回は、向こうから犯人差し出すくらいの恐怖を与える位の報復をせんと、腹の虫が収まらへんのや」苦虫をかみ殺したような顔で桑木が主張する。「栄二を使うで!」続けて桑木が、一人の男の名前を出した。「栄二って!山桜の栄二ですか?本気ですか?あんなん娑婆へ離して好き勝手させたら、俺らお天道さんの下歩けんようになりまっせ」もう一人の若頭補佐の北村が言った。「山桜の栄二言うたら、栄二や、あの半グレの近畿遊撃隊のメンバー三人を、奴らのアジトの貝原荘に襲って射殺した、あの栄二や」驚く幹部達を尻目にして桑木が念を押すように言った。
「ウチの組からは、栄二を出すさかい、自分らも、各自危ない奴を出してや、今回は徹底的にやるさかいに、途中の手打ちなんぞないからな」桑木が宣言する。
「しかし、栄二言うたらシャブ中ですやろ、至誠会は薬物禁止の筈や、それはええんですか?」清水が疑問を投げ掛けた。「今回に限って、俺は、栄二に極上もんのブツを喰わすつもりや、ええ仕事させるためにの、ブツは規約違反した組織から押収したものを与えた」桑木が言った。

「ほな、エネルギーを入れるさかい」言うと栄二は左腕に注射器の針を刺した。「嗚呼!、ええ気持ちや、これさえ、あったら、俺は女も金も、なんも要らんわ」シャブが効いてきたのか栄二が恍惚の声をあげる。「何が、女も要らんや!己の好みは若い男やないかい、この変態が」毛利が軽蔑の声言葉を掛ける。「チッチッチッ!、栄二が人差し指を口に当て左右に振って見せた、「確かに、俺は男の方が好きやが、女もイケるで人聞きの悪いこと言わんでもらえる!」「どうでもええわ、早よう、用意せえよ」毛利が急かした。「どうでも、ええって!聞いてきたんは、そっちやろ、好みや無いが、お前にも一発サービスしよか」好色で卑猥な表情で栄二が毛利に言った。「要らんわ!キリがないから、行くで!」再び毛利は急かした。
「シャブが禁止や言うても、疲労によく効く、滋養強壮に『ヒロポン』言うって、昔は合法に普通の薬局で売られとったんで、あんた、知らんのかい」栄二が毛利をからかうように言った。

 幹部たちが控える至誠会本部執務室に、毛利に続いて『山桜の栄二』が入って来た。「おおっ、栄二か、よう、来てくれた、今回は頼むで」表情が曇りがちな他の幹部達を尻目に桑木が栄二を迎えた。「組長代行、ほんまに、何をやっても、ええんですね」栄二が桑木に確認を求めた。「おおっ!存分にやれや、なんなら、ヒットした相手の女房なり愛人なりが側に居ったとして、それが己の好みなら、その場で犯ってもええで」桑木が非常の言葉を口にした。「・・・・・」 栄二が無言で頷いた。「でっ!何で、己は礼服なんぞ着てんねん」清水が言った。「これから、人間を何人かあの世に送るのに正装はエチケットや無いですか」嬉しそうに栄二が答えた。
「しかし、日頃は栄二の事を避けている会長代行が、今回はどう言う風の吹き回しや」清水が北村に尋ねた。「今回は、会長だけやなく、ボディーガードの武田と甲斐も殺られてる。代行としても生半可な事では引かれへんねん」北村が答えた。「それにしてもや、俺が気になっているのは、卯月からの事後報告の連絡やねん、あの電話を受けてから代行の様子がおかしくなったことや」北村と清水の話しに毛利が割り込んだ。
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