第37話

文字数 996文字

香月は、境内を一通り見て廻ると、持ってきた花束を供えるために、約一年前に桑木寛司が大江香穂に撃たれた門前へとゆっくりと歩いていった。門の前まで来た香月は自分が目指していた場所に花束を持ったこの季節には不釣り合いな厚着をした、一人の女が立っていることに気付く、香月はその女に見覚えがあった、香月は女性の方へ歩を進めて行き念のためにもう一度確認をして話し掛けた。

「流海さんですよね!」腰を屈め相手の女の目線に合わせて香月が言った。

「エッ!」突然に声を掛けられた女は一瞬戸惑ったように顔を上げ香月と目線を合わせたが、その顔が直ぐに華やいだ。

「アット!、香月さん!香月さんやの、お久しぶり?どないしてたの」流海は満面の笑みで香月に歩み寄り近況を尋ねてきた。

「香穂さんに、花を供えたくて」流海の持つ花束に目を移しながら香月が答えた。

「香穂さんにッ!て?、私もやねん」流海が返した。

「あの、抗争の取材は、まだ、続けているの」興味深そうに流海が香月に尋ねる。

「ええ、実は、今日、最後の取材に行くつもりです」流海の言葉に香月が答えた。

「香月さん、時間ある」唐突に流海が香月にこれからの予定を聞いた。

「済みません。先方との約束があるので」流海の突然の誘いに戸惑うように香月が返した。

「せやの、残念やわ」香月の言葉に落胆した素振りを見せながら流海が言った。

「いや、もし、御迷惑で無かったら、また、お店の方に、お邪魔してもいいですか」落胆した様子の流海を見ながら、香月も流海と話したい衝動に駆られ、思ってもいない言葉が口をついて出ていた。その事に香月は内心驚いていた。

「ほんとう!」俯いて少し落胆した様子を見せていた、流海の顔が瞬く間に笑顔に変わり香月と目線を合わせた。
 
「それじゃ、今日の取材が終わった後、夜にでもお邪魔してもいいですか?」唐突に香月は流海に告げた。

「嬉しい、私の方は、今日は予約も入ってないし、夜は空いてるよっていつでも寄って、ビールと、おつまみ用意しとくね」先だっての取材では見せなかった顔で流海が言う。

「それも、ありがたいですけど、お手間で無かったら、流海さんの煎れたコーヒーが飲みたいです。前回お邪魔したときに煎れて頂いたコーヒーが、とても、美味しかったから」香月は、前年の夏の取材時に流海が煎れてくれたコーヒーをリクエストした。

「わかった、美味しいの煎れとくわ」嬉しそうに流海が言った。

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