第42話
文字数 1,903文字
街には、夜のとばりが降り、暗闇が辺りを包む、不変的な自然の営みに抗うかの様に人間の作り出した夥(おびただ)しい光の砂漠が昼にも増して自己主張を始める。ネオンは七色に彩れて、喧噪の中を通り過ぎていく人たちに誘いの周波を送る。香月は、昼間に流海と交わした約束の通り、心斎橋の「和彫り師・二代・流海」を訪れていた。
「桑木さん、様子はどうだった?」香月が好きなコーヒーを入れながら流海が訪ねた。
「元気でしたよ!余命宣告を受けているとは思えない程にね、只、通常の治療法ではあそこまで回復はしない筈です。それを行っても車椅子の生活ですけど」香月は昼間の桑木へのインタービューで感じたままの様子と現状を流海に聞かせた。
「香穂さんに撃たれた事が原因よね」流海が返す。
「ええ、大江香穂が放った銃弾は、桑木代行の背中から入り、彼の脊髄に損傷を追わせました。それが元で桑木代行は下半身に深刻な麻痺が残った」香月が続けて言った。
「それにしても、香穂さんが、何故、銃を?」流海が疑問を口にした。
「あれは、五嶋が徳重会長を襲撃したときに使用したものです。彼は犯行の後十三のアパートに、一旦立ち寄りそこに銃を隠していた。その事を大江香穂は知っていたのでしょう」流海の疑問に香月が言った。
「香穂さん、お腹に赤ちゃんおったんやね」流海が消え入りそうな小さな声で呟いた。
「もし、流産していなかったら、彼女は復讐なんて考えなかったでしょうね。母としてお腹の中の我が子と父親を同時に奪った、その、原因を作った桑木代行を許せなかった。それが、彼女の本心なんでしょう」流海の呟きに香月が被せた。
「背中の刺青が完成した夜、別れ際の香穂さんの顔が、忘れられへん、あの時あの顔はそう言う意味やってんね」冷静に話していた流海の言葉から急にこみ上げて来るものがあったのか、流海の話すトーンが急に変化していた。思えば彼女は香穂の背中の鬼子母神の彫り物の最初から完成まで一年と言う時間を対面で共にしている。五嶋聖治と言う男に興味を抱き編集長に取材の企画を持ちかけ、その過程で大江香穂と言う女性を知り、対面では、会ったことがない自分とは思い入れも異なることは当然だろうと香月は推察した。
「香月さん、今回の記事はどう言う形で世の中に出るの」香月のカップにコーヒーを注ぎながら流海が言った。
「取材そのものは、今日で終わりで、後は多少の裏取りと確認作業の後に、一冊の書籍にして出版することが、会社との間で決まっています。執筆は今からですけど一年以内には書籍という形で、街の本屋さんに並べられたらと思います。ただ、その前に、アメリカのジャーナリスト養成学校へ留学して、それと、同時進行となるので希望通りになるかは、未知数ですけど」香月が、今後のスケジュールについて答えた。
「そうなんだ、もし、本が出来たら独立した作家さんになるんだ。最高だね、おめでとう」憂いを表情に浮かべながら流海が呟いたが、その響きからは、何処か流海が自身と香月の置かれた境遇を対比しているように香月には感じ取れた。
「何か?」流海の言葉から感じた違和感を香月はストレートに流海にぶつけてみた。
「ごめんなさい!気に障ったかな」流海は慌てて今しがた発した自信の発言を詫びた。
「いえ、流海さんの言葉に刺のようなものがあったので、真意が聞きたかっただけです」目の前のこの女性の心の底に眠っている本心と本当の望みと夢が知りたい。香月は本心からそう思えた。
「ちょっと、ううん!かなり、香月さんが羨ましかったから、ちょっとチャチャ入れたくなってん」視線をハッキリと合わせ流海は先程とは打って変わり、今までの人生で蟠(わだかま)っていた、胸底の闇を吐露していた。
「私は、今の自分のこの仕事には誇りもプライドも持ってやっているつもり、でも、香月さんが日の当たる場所に思いっ切り羽ばたいて行ける。でも、私は、いくら望んだところで日陰の人間、銭湯やサウナさえ自由に出入りが出来ない。これは、香穂さんにも最後の日に言ったんだけどね」流海が素直に自分の偽ざる気持ちを香月に伝えた。
「貴方の本心からの望みは?」香月が問うた。
「私は、彫り師やけど絵を描くのも好き。いつか自分の描いた絵で個展を開いて沢山の人に、見て貰いたい」香月の問いに流海は答えた。
「こんな事を言ったら、流海さんには申し訳ないですけど、確かに日本では刺青は市民権を得ていないですね。あくまでも、日本ではですけど」香月が顔を下に向けている流海に、含みを持たせたように話し掛け、目の目前のコーヒーカップに手を伸ばした。香月の発言で二人の間に思い沈黙の時刻が流れて行った。
「桑木さん、様子はどうだった?」香月が好きなコーヒーを入れながら流海が訪ねた。
「元気でしたよ!余命宣告を受けているとは思えない程にね、只、通常の治療法ではあそこまで回復はしない筈です。それを行っても車椅子の生活ですけど」香月は昼間の桑木へのインタービューで感じたままの様子と現状を流海に聞かせた。
「香穂さんに撃たれた事が原因よね」流海が返す。
「ええ、大江香穂が放った銃弾は、桑木代行の背中から入り、彼の脊髄に損傷を追わせました。それが元で桑木代行は下半身に深刻な麻痺が残った」香月が続けて言った。
「それにしても、香穂さんが、何故、銃を?」流海が疑問を口にした。
「あれは、五嶋が徳重会長を襲撃したときに使用したものです。彼は犯行の後十三のアパートに、一旦立ち寄りそこに銃を隠していた。その事を大江香穂は知っていたのでしょう」流海の疑問に香月が言った。
「香穂さん、お腹に赤ちゃんおったんやね」流海が消え入りそうな小さな声で呟いた。
「もし、流産していなかったら、彼女は復讐なんて考えなかったでしょうね。母としてお腹の中の我が子と父親を同時に奪った、その、原因を作った桑木代行を許せなかった。それが、彼女の本心なんでしょう」流海の呟きに香月が被せた。
「背中の刺青が完成した夜、別れ際の香穂さんの顔が、忘れられへん、あの時あの顔はそう言う意味やってんね」冷静に話していた流海の言葉から急にこみ上げて来るものがあったのか、流海の話すトーンが急に変化していた。思えば彼女は香穂の背中の鬼子母神の彫り物の最初から完成まで一年と言う時間を対面で共にしている。五嶋聖治と言う男に興味を抱き編集長に取材の企画を持ちかけ、その過程で大江香穂と言う女性を知り、対面では、会ったことがない自分とは思い入れも異なることは当然だろうと香月は推察した。
「香月さん、今回の記事はどう言う形で世の中に出るの」香月のカップにコーヒーを注ぎながら流海が言った。
「取材そのものは、今日で終わりで、後は多少の裏取りと確認作業の後に、一冊の書籍にして出版することが、会社との間で決まっています。執筆は今からですけど一年以内には書籍という形で、街の本屋さんに並べられたらと思います。ただ、その前に、アメリカのジャーナリスト養成学校へ留学して、それと、同時進行となるので希望通りになるかは、未知数ですけど」香月が、今後のスケジュールについて答えた。
「そうなんだ、もし、本が出来たら独立した作家さんになるんだ。最高だね、おめでとう」憂いを表情に浮かべながら流海が呟いたが、その響きからは、何処か流海が自身と香月の置かれた境遇を対比しているように香月には感じ取れた。
「何か?」流海の言葉から感じた違和感を香月はストレートに流海にぶつけてみた。
「ごめんなさい!気に障ったかな」流海は慌てて今しがた発した自信の発言を詫びた。
「いえ、流海さんの言葉に刺のようなものがあったので、真意が聞きたかっただけです」目の前のこの女性の心の底に眠っている本心と本当の望みと夢が知りたい。香月は本心からそう思えた。
「ちょっと、ううん!かなり、香月さんが羨ましかったから、ちょっとチャチャ入れたくなってん」視線をハッキリと合わせ流海は先程とは打って変わり、今までの人生で蟠(わだかま)っていた、胸底の闇を吐露していた。
「私は、今の自分のこの仕事には誇りもプライドも持ってやっているつもり、でも、香月さんが日の当たる場所に思いっ切り羽ばたいて行ける。でも、私は、いくら望んだところで日陰の人間、銭湯やサウナさえ自由に出入りが出来ない。これは、香穂さんにも最後の日に言ったんだけどね」流海が素直に自分の偽ざる気持ちを香月に伝えた。
「貴方の本心からの望みは?」香月が問うた。
「私は、彫り師やけど絵を描くのも好き。いつか自分の描いた絵で個展を開いて沢山の人に、見て貰いたい」香月の問いに流海は答えた。
「こんな事を言ったら、流海さんには申し訳ないですけど、確かに日本では刺青は市民権を得ていないですね。あくまでも、日本ではですけど」香月が顔を下に向けている流海に、含みを持たせたように話し掛け、目の目前のコーヒーカップに手を伸ばした。香月の発言で二人の間に思い沈黙の時刻が流れて行った。