第41話

文字数 4,454文字

 煙草を燻らせながら、桑木は窓の外に視線を移し、暫く物思いにふける仕草を見せる。そして、言った。

「元々、この、抗争は、新参者の松永が手柄欲しさに、早田組に仕掛けたのが始まりやった。その時点では、今まで通りの抗争の開始や。しかし、この事を利用して、うちの会長を消そうとした黒幕がおったとしたら、どうや?そして、そいつらは極道以上に狡猾で汚れ仕事も平気、更に質が悪いことには、世の中の支持を一定以上得てるとしたら」思わせぶりに桑木が言った。

「世の中の支持を・・・・・まさか!警察ですか?」驚いて言った、想定外と言ったような様子香月が声を出した。

「ほう、よう解ったな、そや、警察や」言いながらコーヒーを口に運ぶ。

「警察が頂上作戦を展開していることは知ってるな」桑木が如何にも不愉快げな表情を香月に向け言った。

「知っています。しかし、頂上作戦の目的はあくまで組織のトップとナンバー2の逮捕、殺すことでは無いはずです」桑木の言葉に香月は驚き言葉を返した。

「せや、常識で考えたらな、そこが、盲点やねん。世間様は警察が殺人を犯すなんて一ミリも思うてへんやろ?せやろ。それならばや、こう、考えてみ、例えば俺たちやあんたが人を殺したらどうなる?」涼しい顔で桑木が問いかけた。

「殺人罪で逮捕されます」当たり前の事と香月が答える。

「それならば、逆にや、警察が俺たちを故意に消したとしたら、どうやねん?」桑木が投げ掛けた言葉に香月は戦慄を覚えた。

「書類の操作で、隠蔽が可能です。例えば事故とか、そう考えたら彼らは殺人許可証を国から交付されている様なものです」戦慄の心を包み隠さず香月はそのままを言葉にして桑木に話した。
「その通りや、理屈的には奴らは何をやっても許されんねん。しかし!や、そうは言っても、奴らとて直接自分の手は汚すのは寝覚めが悪いがな。せやから、裏で汚い手を仕掛けてきたんや」我が意を得たりと桑木が言った。

「俄(にわか)には信じられません」桑木の言葉に絶句した香月が言葉を返した。

「そこで、さっきの人間のタイプの話しや、警察はその道でも玄人つまりはプロフェッショナルや、相手の弱点を突き又それを利用することに掛けては、俺ら極道も足下にも及ばんは。その物事に対する冷酷さにおいてもな」極道に対する世間一般の評価に対するこの男の精一杯の反骨心にも香月には聞こえた。

「強く見える奴の中には、実は、とんでもないヘタレがおる。今回の場合は大阪政道会の幹部『高木海斗』と『溝口斉加』の二人や、これがもし『溝口遙』やったら今回のことはここまで大事にはなってへんやろうな」苦り虫を噛み潰したような表情を浮かべた桑木の顔からは無念の心情がにじみ出ていた。

「そうでしょうか?」桑木の言葉に香月は疑問の念を問いかけていた。

「そうや、せやから、警察がビリケンに流したガセネタを裏も取らずに盲目的に信じ込み、よりにも寄って、うちの会長を狙いよった。確認も一切せずにな、諫めた奴は必ずおった筈やのに」 桑木の言葉が先程とは打って変わって怒りに包まれていた。

「挙げ句の果てに、此方が返しに出ると、己の保身のために、あくまでも、うちの会長の襲撃にこだわった、兄弟分であるはずの『五嶋聖治』を自らの手で殺し、うちの手がこれ以上自分たちに及ばないようにしようと企てた。極道の風上にも置けん奴や」桑木が感情にまかせて一気にまくし立てた。

「溝口斉加にしてもそうや。占部の殺害以降尻尾を丸めて韓国に逃亡して音沙汰なしの状態やったわ。怖いのなら最初から五嶋や占部、又は、島内のような連中を諫めて手打ちに持って行く方法はあった。現に大阪政道会の上部組織である早田組とはそう言う話しもあってん。しかし、松永の挑発に乗ってお釈迦にしてもうた。それからは、あんたもご存じやろう」

「ええ、韓国のホテルで毛利組の放ったヒットマンに命乞いをして、その場で引退届を書いた」香月は、大阪政道会の溝口の事の顛末を知り得る限り桑木に話した。

「そう言うこっちゃ、こんな奴らの下で使われた人間には同情するわ、たとえ、敵側でもな」吸っていた葉巻を灰皿に押しつけながら桑木が言った。

「もう一杯どうや!」香月の空になったコーヒーカップを目ざとく見つけ、桑木が言った。

「いいんですか!」香月が返した。

「ええて、今更、遠慮もないやろ!俺の前に一人で立っているいるんやから」桑木から単身で此処に乗り込んでいる香月に対しての気遣いがあった。

『こんな、顔も見せるのか?』笑いを浮かべた桑木の顔は、香月には想定外の出来事だ。巨大な組織を率いるトップに君臨するには、覆面レスラーではないが、色々な顔が必要なのだと香月は感じていた。
「お言葉に甘えます」香月は言うと自分でコーヒーメーカーが置かれている方へと行こうとした。

「かまへん!おーい誰ぞおらんのか」桑木が部屋の外に向かい呼び掛けると、先程の組員が入って来て状況を察したのか香月からカップを受け取ると新しいカップに変えてコーヒーを注ぐと香月へと差し出しす。

「ありがとうございます」丁寧に礼を述べ香月はそれを受け取った。

「せやから、俺は徹底的にやった。奴らが内輪も揉めで自滅をしていく様にな」桑木の声が部屋の中に低く冷たく響く、その気迫に付き添いの組員も驚いたようだ。これが、医者から残り僅かな余命を宣告された男なのか?香月は改めて極道と言うカテゴリーの中で修羅の世界を見続けて来た人間の尋常ならざるものを垣間見た様な気がしていた。しかし、これ程の男だからこそ香月には納得が出来ない疑問がある。心の中にわだかまっていた疑問を香月は桑木に、この取材が台無しになる事も覚悟でぶつける事にした。

「一つ拝聴したいのですか?と言うより、これだけは貴方に直接聞きたかった」香月は己の懸案事項を桑木に持ち出した。

「また、改まって、なんやねん!」香月の只ならぬ気配を感じたのか桑木が身構える。二人の間に暫しの沈黙が流れて行った。

「お気に障りましたなら、謝ります。これは、噂の域を出ませんが、一部の週刊誌等の報道には貴方の所の、山桜の栄二が早田組の若頭を殺害した時、まだ、ご存命中だった、徳重会長から抗争を終息させる旨の指示が出ていたとありますが、それは、真実ですか?また、本当ならば何故貴方は、その指示に従わなかったのですか?」香月が切り出した。

「ほんまや!」桑木はアッサリと認めた。

「何故?」想定外の返事に香月が狼狽える。

「あれ程に貴方は徳重会長に、心酔していたはずなのに、どうしてですか?」重ねて香月は言葉を絞り出した。
「嫉妬や!認めとうは無いけどな」ボソリと小さく桑木は呟いた。

「嫉妬!貴方が?誰にですか?」香月が再度聞き返した。

「会長が撃たれた時、最初の連絡は運転手兼ボディーガードで唯一の生存者の卯月からやった。その時は状況と会長の事後処理の指示をしただけやったが、搬送されて少し冷静さをと取り戻した卯月から、会長が救急搬送された病院の事やら容体やらの報告を受けた時、卯月から会長が救急車の車内、混沌とする意識の中でうなされるように呟いたそうや!、『今の日本で俺を狙うとは、凄い奴ちゃで見上げた根性やと』己を手に掛けたヒットマンに対してや。そんなん、許されると思うか?どうやねん」心の底から湧き上がる感情のままに桑木が一気に言葉を吐き出した。

「俺はな、会長の為やったら、汚れ仕事から何でもやってきた。死んでもええとさえ思うてたよ、ムショにも長年入った。こん人なら俺は一生子分でええ、それで本望やと思うてた。この人と一緒に日本の頂点(てつぺん)の景色を見んねん、それが、俺の偽ざる夢や。そやけど、そんな、俺でもな会長からお前は、凄い奴やなんて一遍も言われたこと無い、それをあんな野郎なんぞに先を越された。生かしてはおけんわな」桑木の憎しみに満ちた顔は、人のそれでは無かった。その狂気に香月は圧倒されて行った。

「やけどな、己の保身のために、高木が五嶋を殺した時、溝口が然したる抵抗も見せずに自身の引退の届けを出したと聞いたとき、なんとも言えんおぞましさを感じたは。会長が俺を止めたのは、こんな奴らはほっといて組織の立て直しに全力を傾けろという意味やったんかと思うたりもした。いや、多分会長が俺に言いたかったのはそう言うことやろうな。それならば、俺という人間は結局会長の心の奥の奥に眠る本心を感じ取り,それに、報いることが出来なかったと言うことや。褒めてもらえるわけも無いわな近々向こうに行ったなら、会長に土下座して詫びるつもりや」桑木が今は亡き『徳重正也会長』に対する心の内を吐露した。桑木の胸の内の嘆きは、他人の香月にも痛いほど伝わってきた。

 桑木寛司と言う男の辞書には『己』の文字は亡いのだと、改めて香月は思った。そして本人の口から直接その言葉を聞いた今、香月の心中に刺さっていた棘が取れたように思えた。

「そう言う事や、今更ながら己の器の小さな事が歯がゆいで」桑木は窓際に立ち夕開けに向かい呟いた。そして、続けて言った「もうええやろ、あんたが今日ここへ来た目的は俺の口から、これが聞きたかったんやろう」香月を見透かしたかの様に桑木は言った

「有り難うございました」無意識のうちに自身の口からこの言葉がついて出た事に、香月は驚いていた。

「さて、ほなら、そっちの話しも聞かせてんか」桑木が返した。

「『大江香穂』は、新地の倶楽部に勤務しているときに、大阪政道会の『五嶋聖治』と知り合ってい、その後に同棲をしています」メモ用紙に目を走らせながら香月が香穂について語った。

「彼女は、五嶋が死んだとき妊娠中で、その事が原因で流産を経験しています。更に、その腹の子は双子だった可能性があります。これは、彼女が生前通っていた、産婦人科医に確認しました」香月は無言で聞いている桑木に向かい話し掛けた。

「あの女の、背中の墨はそう言う意味かい。それなら、殺した張本人よりも俺を狙ったのはそうやろな、仕方が無いと思えるわ。そうか、俺は一遍に三人の命をとったんやんな。そうか、解った、おおきにな」桑木が香月に礼を述べた。その目はまっすぐに香月を捉えていた。

 桑木の病室を辞すとエレベーターホールへと向かい歩き出した。

「記者さんよう」ふいに、呼び止められた、香月は声の方に向かい振り返ると一人の男が香月の方へ向かってきた。清水と名乗った男は香月の所まで来ると、香月と桑木の話しの内容を聞いてきた。

「代行なんぞ組の将来について言ってたか?」唐突に清水が言った。

「いえ、別に、そのような込み入った話はしていませんが」香月は隠すことなくありのままを話して聞かせた。

「残念やが代行は、もう、長くは生きられん。あの人の後の組は毛利の兄貴では、まとまらへんで、いずれは、この俺が至誠会を継ぐつもりや、その時は、派手な記事を頼むで」言いながら香月の肩をポンッ!と叩くと、エレベーターホールまで見送ってくれた。

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